ブロックチェーンのBtoB活用を民主化せよ!日立が進める研究開発とOSSコントリビューションの真髄

ブロックチェーン=暗号資産というイメージがなんとなく持たれていた2016年頃の「仮想通貨ブーム」から状況が一変して、ここ最近ではブロックチェーンを活用したビジネスや社会変革への動きが国内外問わず活発化しています。

特に2022年以降は、インターネットの自律分散的な運用のあり方が志向される「Web3」への注目度が高まり、政府による「骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針2022)」にもその文言が加わったことも相まって、社会課題を解決するための技術として広く認知されるようになってきました。

そんなブロックチェーンに早くから着目し、プロジェクトチームを組成してBusiness to Business(以下、BtoB)領域への社会実装方法等を研究してきたのが日立製作所です。同社は自社での研究開発だけではなく、Hyperledger FabricへのOSSコントリビューションなど、市場やユースケースの拡大に向けた取り組みも積極的に行っています。

ブロックチェーン活用の未来をどのように捉えていて、どんなコントリビューション活動を行っているのか。今回は、ブロックチェーンを活用したサービス企画の責任者と、同社ブロックチェーン事業の立ち上げ段階から携わっている研究員の2名にお話を伺いました。

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プロフィール

梅田 多一(うめだ たいち)
株式会社 日立製作所
サービス&プラットフォームビジネスユニット マネージドサービス事業部 デジタルサービス本部 Blockchain推進部 担当部長
2000年、日立製作所に入社。Hitachi Application Server等のミドルウェア製品の開発に従事した後に、OSSソリューションセンタに異動してNoSQLをはじめとするオープンソフト関連事業を担当。2016年には現在のBlockchain推進部に移り、ブロックチェーンビジネス企画の責任者として、社内を横断したブロックチェーンビジネスの推進やHitachi Blockchain Service for Hyperledger Fabricのサポート業務等に従事している。趣味はラズパイを使った実証実験。

 

近藤 佑樹(こんどう ゆうき)
株式会社 日立製作所
研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 サービスシステムイノベーションセンタ デジタルエコノミー研究部 研究員
2008年、日立製作所に入社。主に金融システムのソフトウェアエンジニアリング/システムアーキテクチャやビッグデータソリューション等の研究開発を担当した後に、2016年より日立アメリカ(Hitachi America Ltd.,)に出向し、ブロックチェーンの研究開発やブロックチェーンのユースケース開拓、Hyperledger OSSコミュニティ活動に従事。2019年に出向復帰してからは現在に至るまで、トークンやDeFiの研究開発、およびHyperledger Fabricへのトークン機能のOSSコントリビューションを牽引している。

社内でブロックチェーンが関わる事業は「すべて」推進対象

――まずは日立のブロックチェーン事業の成り立ちについて教えてください。

梅田 : ブロックチェーンを活用したサービスが日立の複数部署で展開されています。各取り組みはそれぞれの経緯で立ち上がったものなのですが、今のようにブロックチェーンの認知が広がる前の段階から「何らかのソリューション事業部を立ち上げたいよね」という話が出ていました。そこで、私が現在所属するBlockchain推進部が2016年に立ち上がり、社内のブロックチェーン事業を推進していこうという動きが本格的に始まりました。

――梅田さんは現在、Blockchain推進部の担当部長をされていますが、それ以前は何をされていたのでしょうか?

梅田 : 2016年の異動前まではソフトウェア開発者として「OSSソリューションセンタ」(※)に所属し、NoSQLを中心に扱っていました。ブロックチェーンもNoSQLも、ある種「データベースではないが入れ物である」という点が似ていたことから、Blockchain推進部立ち上げに向けて声がかかり、OSSに詳しい人、金融領域に携わっていた人、そして暗号技術に詳しい人が社内から集められました。現在の役割としては、隣にいらっしゃる近藤さんのような技術研究者とフロントSEや事業部メンバーの間に立って、各ソリューションに向けての連携の橋渡しをしています。

※OSSソリューションセンタについては、以下の記事も併せてご覧ください。
▶︎OSS活動を自分の仕事に。日立Keycloakメンテナー×Qiita開発マネージャーが語るOSSのやりがいと論点

――なるほど。日立のブロックチェーン事業の全体像はどのようになっているのでしょうか?

梅田 : 簡単に表現すると、こちらの図のような構造になっています。

梅田 : 一番下にはHyperledger Fabricというエンタープライズ向けの分散台帳プラットフォームの利用環境を、マネージド型クラウドサービスとして提供する「Hitachi Blockchain Service for Hyperledger Fabric」があります。その環境を基盤として各ソリューションを立ち上げることができるように、処理を共通化したフレームワークやテンプレートなどを整備し、「ブロックチェーンシステム開発支援サービス」として提供しています。その上に、サプライチェーンや電子署名など、各事業部が展開しているソリューションが載っているという形になります。

――ブロックチェーン活用と聞くと、BtoCでの活用がメディアでは多く目につきますが、日立さんの事業領域としてはBtoBがメインということですね。

梅田 : そうですね。これまでIT × OTの領域で多くのご支援をさせていただいて得た業務ドメイン知識と、異なる業界をつないでビジネスに変革をもたらすブロックチェーン技術で、BtoB領域をメインに事業開発を行っています。そして、その基盤となるのが、近藤さんを中心として進めているHyperledger FabricへのOSSコントリビューションとなります。

早くからBtoB活用に着目してHyperledger エコシステムへのコントリビューションに参加

――基本的なことで恐縮なのですが、Hyperledger Fabricとはどういうものなのでしょうか?

近藤 : Hyperledgerはエンタープライズ向けブロックチェーン開発にフォーカスしたオープンソースコミュニティです。Hyperledger Fabricは、ブロックチェーンベースのアプリケーションやソリューションなどを構築するためのモジュール式フレームワークになります。
こちらを運営するのはHyperledger Foundationと呼ばれる非営利団体で、日立をはじめ、IBMや富士通、アクセンチュアなどの大手グローバル企業がプレミアメンバーとして参画しています。

――そうそうたるメンバーですね!オープンソースとのことですが、なぜそのような形で進めているのでしょうか?

近藤 : そもそもブロックチェーンは、人や企業同士をつなぐという思想に基づいた技術なので、1社単独で開発を進めても使われないというリスクがあります。また、技術革新のスピードに鑑みても、各社で進めていてはとてもではありませんが時代変化についていけません。これは、ブロックチェーンに限らず、あらゆる技術についても言えることです。

世の中にしっかりと社会実装されるものをスピーディーに開発するためには、作るプロセスそのものも非中央集権的なオープンソースで進めるというのが定石であると思っています。個人的には、BtoB領域ではこのHyperledger Fabricが一種のデファクトスタンダードとして機能していると感じています。

――昨今のBtoC領域ではNFT(非代替性トークン)が非常に注目されています。BtoB活用において、FT(代替性トークン)とNFTの用途の違いはどうなのでしょうか?

近藤 : FTは基本的には通貨系なので、例えば会社が独自で発行する「〜コイン」などでよく使われています。一方でNFTには、より多様なユースケースがあります。Hyperledgerコミュニティにおいても、例えばカーボンクレジットやサプライチェーン、債権の追跡などに使われていたりしますね。

――なるほど。コンソーシアムを組んでコントリビューションを進めるにあたって、技術面や進め方で留意したポイントを教えてください。

近藤 : いわゆる「オープン&クローズ戦略」の部分かなと思っていまして、我々としては、どの範囲の機能をいつ出すかというタイミングのところが大きいと感じています。
一般的にソフトウェア開発は、下のレイヤーから徐々に開発されていくもので、コアの部分がオープンソースとしてコントリビューションされていきます。Hyperledger Fabricについても、合意形成のアルゴリズムや認証の仕掛け、トランザクション処理の部分などを最初にIBMが作成して、そこから各社がコントリビューションしていったという流れがあります。
そのプロセスを経て、日立はFTやNFTの標準仕様に準拠したリファレンス実装を開発し、Hyperledger Foundationに提供しました。

リファレンスモデルとライブラリの開発

――BtoBにも様々な業態やビジネスモデルがあると思うのですが、ブロックチェーンはどのようなビジネスで有用なのでしょうか?

梅田 : ビジネスでの有用性を考える上で、まずは技術としての特性を正確に理解する必要があります。ブロックチェーンには以下のとおり5つの技術的特徴(分散・P2P・対等性・不変・耐障害性)があるので、これらの特徴をもって価値へと変えることのできるビジネスである必要があります。

――自社でブロックチェーンを活用できるか否かの判断はなかなか難しそうですね。

梅田 : おっしゃる通り、「本当にブロックチェーンを使うべきかがわからない」というお声は非常に多くあります。なので日立では、ブロックチェーンの適用ユースケースを、ユーザーが享受する価値に基づいて11のパターンに整理しました。

――これなら直観的に分かりますね!

梅田 : こちらはワークショップなどで活用しており、顧客とのディスカッションを通じてトークンの活用方法などをデザインしていくツールとして使用しています。
またそれとは別に、ユースケースを問わず共通して使える汎用的な部品としてライブラリの提供も日立として行っています。例えばライブラリの1つである「Hitachi Data Hub」は、様々なデータをリアルタイムに収集・加工・蓄積するための基盤なのですが、現在社内実験としてHyperledger Fabricと連携させて、社内にあるトイレの空き状況を可視化する取り組みを進めています。

日立の横浜事業所では、トイレのドアのセンサーが発した情報をもとにブロックチェーンが空き状況を配信している

――すごくユニークな使い方ですが、日常の課題を解消するという意味では非常に大事ですね。

梅田 : このほかにも、生体情報による厳格な本人認証で不正入力のリスクを低減する「PBI認証」など、Hyperledger Fabricにすぐに組み込めるプログラムとして、要望の高いものから順次開発しています。

証跡共有型、価値流通型、そして自動執行型

近藤 : ここまでお伝えしたもの以外にも、顧客の要件に適したブロックチェーンシステムを構築するための各種フレームワークを提供しています。例えば、ブロックチェーンがよく使われる証跡共有型のビジネスでは、ブロックチェーンへの登録・参照処理や台帳設定、ハッシュ化による秘匿化の実施などに関する専門的な知見がなくてもすぐにGUIベースで自動生成できる開発フレームワークを提供しています。

――先ほど事業構成を見せていただいたと思うのですが、証跡共有型とはこちらのことですよね?

梅田 : はい。「私の会社がいつ記録した」という記録のトラストを担保することが、証跡共有型におけるブロックチェーンの価値になります。
一方で左上に記載した価値流通型は、「私がいつ取引処置をして、その取引結果を誰々と確認して記録した」という取引結果のトラストを担保するものになります。

その担保したトラストの上にトークンを流通させることで、トレーサビリティによる合理化を実現できると考えています。金融領域でいうリコンサイル(取引明細や残高などの照合処理)を都度行うことで合理化するというイメージです。
まとめますと、Hyperledger Fabricという基盤に対してコアとなるフレームワークを提供しつつ、日立としては価値流通型と証跡共有型という2つの領域にこれまで着目して、ビジネスを展開してきた形になります。

――なるほど。価値流通型ではトークンの機能に着目されているので、トークンフレームワークをご提供しているということですね。

梅田 : そういうことです。

――もう1つ、自動執行型とはどういうものでしょうか?

梅田 : こちらは証跡共有型、価値流通型の次に来るものということで、具体的にはブロックチェーンのスマートコントラクト機能を活用したものを想定しています。
例えばJ-クレジット制度(適切な森林管理によるCO2等の吸収量をクレジットとして国が認証する制度)を考えてみると、認定制度に準拠した取り組みを農業者が実施した場合、ブロックチェーン上にその取り組みの情報を載せることで、自動的にクレジットを発行するという活用方法が想定されます。

ほかにも、病院のレセプト情報をもとにした保険金の支払いや利用履歴に応じたクーポンの付与など、世の中の不合理を探していけばたくさんの想定ユースケースが見つかります。このような、証跡を元に価値を自動的に流通させるものが自動執行型の特徴だと言えます。

――自動執行型の活用による実績としては、どんなものがあるのでしょうか?

梅田 : 例えば、長崎市でゼンリンと日立などで進めているMaaS実証実験(※)で活用している「権利流通基盤」は、まさに自動執行型のブロックチェーン活用を前提にしています。
この実証実験では、多くの地域事業者と観光客がプラットフォームで扱うユーザーとして想定されているのですが、一言でお伝えすると、それぞれを一意のIDとして管理することで決済やクーポンの付与/譲渡などのオペレーションをシームレスに行おうとしています。現時点での実証としては価値流通型の側面にフォーカスさせたものとなっていますが、自動執行型の側面を前提にすることで、1ユーザーごとの行動を証跡として管理し、その履歴をもとにクーポンのような権利を発行していくことが可能になります。よって中長期的には、利用者や各事業者の状況に応じたリソースの変動調整を実施して、より最適な価値を提供できるようにしたいと考えています。

個人の行動や運行情報、季節イベント情報といったイベント判断のトリガーに基づいて自動的にインセンティブ付与等のサービスを実行する仕組みが想定されている

※MaaS実証実験の詳細については、以下の記事も併せてご覧ください。
▶︎地図データのゼンリンと技術の日立。両社の強みを活かした長崎の観光型MaaSが面白い!

もっとブロックチェーンを社会課題や環境問題の解決に使っていきたい

――ブロックチェーンと聞くと、ここ最近ではWeb3の話題がビジネス界隈で注目されていますが、この辺りのトレンドはどのように捉えていらっしゃいますか?

梅田 : インターネットの民主化など、様々なテーマについて語られていますが、個人的にはそこにある大きな価値は「社会の合理化」だなと捉えています。数年前に日本政府がSociety 5.0やDFFT(Data Free Flow with Trust:信頼性のある自由なデータ流通)を提唱して、分野間で安全に情報共有して取引する世界の実現を目ざすとしましたが、インターネットであれ社会であれ、その世界を実現するのにブロックチェーンを使うんだろうなという印象です。

――そのような環境の中で、日立の開発者・研究者として、今後どのような取り組みを進めていかれる予定でしょうか?

梅田 : Society 5.0はまだまだ入り口だなと思っているのですが、それに向けたブロックチェーンの活用領域として個人的に最も注目しているのがサプライチェーンです。商流・物流・金流・情報流、いずれの機能においても先ほどからお伝えしている価値流通型・証跡共有型・自動執行型が応用できると考えているので、まずは目先の目標としてサプライチェーン領域でのブロックチェーン実装を進めていきたいと考えています。

近藤 : ブロックチェーンをもっと、社会課題や環境問題の解決に使っていきたいと考えています。先ほどリファレンスモデルのところで、「なぜブロックチェーンを使う必要があるのか?」という話がありましたが、経済的な取引領域は国が主体となって進めるところが大きいです。しかし、それ以外の社会価値や環境価値的な部分では賛同者が手を取り合って進めていく色合いが濃いと感じるので、ブロックチェーンの自律分散性がよりフィットしやすい領域としてうまく活用できたらいいなと思います。

2〜3年前までは、「NFTって何?」という反応がほとんどで説明するのに一苦労だったのですが、ここ最近で状況がガラッと変わってきたので、そういうチャレンジに向けてはいい環境が整ってきたと感じています。

――ありがとうございます。最後に、今後日立で目ざしたいことやジョインしてほしいメンバー像などについて教えてください。

近藤 : 社会課題の解決・改善に向けて、これまで携わってきたオープンイノベーションには引き続き取り組んでいきたいです。イノベーションは異質なものの組み合わせで成り立つものなので、コラボをうまく引っ張っていけるような活動をしていきたいと思いますし、新旧様々な技術を使って社会イノベーションを牽引したいと思っている人に、ぜひ入社していただきたいと思っています。

梅田 : 僕の立場は開発というよりも企画サイドなのですが、企画をやるにしても、本質を見極めるという意味においては技術ドリブンであってほしいと思っています。なので、私自身いつまでも技術者だと思っていますし、メンバーについても、実際に手を動かして自分の言葉で価値を語れるような人に来てほしいと思っています。

編集後記

ブロックチェーンのようにトレンドとして急速に認知が広がるようなテーマについては、往々にして誤解が蔓延するものです。2016年の仮想通貨(暗号資産)ブームのときは「ブロックチェーン技術は素晴らしいが仮想通貨は怪しい」という意見もあり、その兆候は現在のWeb3トレンドにおいても少しばかり垣間見える気がしています。だからこそ、有識者による正しい情報が重要なのであって、今回のおふたりのように早い段階からブロックチェーンと向き合ってきた方々のお話は非常に貴重なものだと感じます。社会のトレンドに大きく左右されることなく、必要な技術を早い段階で見極め、社会実装に向けて着々と磨いていきたいという方に最適な職場環境だと感じました。

取材/文:長岡 武司
撮影:法本 瞳


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