マイクロソフトが力を入れる「OpenHack」とは?11月開催の現場に潜入してみた
エンジニアリングにおける学びとエコシステムの仕組み構築を積極的に進める日本マイクロソフト株式会社(以下、マイクロソフト)。これまでQiita Zineでは、その具体的な取り組み内容を何度も取材させていただきました。
独自の学び文化である「Skilling Culture」は社内外のステークホルダーに対する良質な成長を促し、またGitHub社との協働ではニューノーマル環境下での生産性を向上させるデベロッパー・エコシステムを盛り上げています。
楽しさこそ、学びの原点。「Skilling Culture」についてマイクロソフト・NTTデータ・suinさんに聞いてみた。
Visual Studio 2022 × GitHub Codespaces × Azureで、デベロッパー・エコシステムを盛り上げろ!
そんなマイクロソフトが毎月の頻度で開催しているのが「OpenHack」と呼ばれるイベントです。このイベントは、あらかじめ設定されている「ビジネス上の課題」に対して、参加者が複数チームとなり、Azure実環境を使って実際にアプリケーションを構築していくというもの。実プロジェクトに非常に近いハッカソンイベントと言えるものです。
今回は、2021年11月24日(水)〜26日(金)の3日間にかけて開催され、計18社35名のエンジニアが参加した「OpenHack | Modern Data Warehouse」の様子をレポートします。
※具体的なチャレンジ内容については、全世界共通のテーマを扱っているため、本記事では言及しません。気になる方は、ぜひ実際に参加されてみてください!
目次
OpenHackとは何なのか
OpenHackは、もともとは米Microsoftがスタートさせた取り組みです。
公式ページを訪問すると、そこには「開発チームと専門家を結びつけ、実際に手を動かして実験を進めることで、現実世界の一連の課題に取り組むという、開発者に焦点を当てた活動」だと説明されています。
多様な参加者(Open)がチャレンジングな課題を使って実装を進める(Hack)。そのフィールドワークの場としてスタートしたこちらの取り組みは、米国でのリリースから1年ほどで、日本にも上陸することとなります。
2017年の立ち上げ期から参画しているのは、今回潜入したイベントのテックリードを務める畠山 大有氏。国内外の企業や社会でのITを活用した 各種プロジェクトに参画しており、 そこでの学びを講演やブログ、サンプルコード などで社会へとフィードバックしている人物です。
OpenHackが誕生した背景には、エンジニアリングにおける機械学習領域の存在が大きいと、畠山氏は言います。
「データが大事だと言われてはいますが、その見方が良く分からないという顧客は多く、どういう形でデータセットを作れば良いのか、そもそもどんな流れで製品を作っていけば良いのか分からない、というマイクロソフト側の悩みもありました。顧客との対話におけるフィードバックをより深いものにして、互いに成長できる。そんな場を作ることが、大きな軸としてありました」(畠山氏)
2017年といえば、まだCOVID-19が起きる前。当時はオフラインでのリアル会場に参加者が集まり、1テーブル5〜6人くらいのチームに分かれてコンテンツを進めていました。
2020年以降は試行錯誤を繰り返しながら、オンラインでの開催を前提に進めている状況だと言います。
「普段、マイクロソフトのエンジニアがどのように課題へと取り組んでいるのか。参加者の皆さまにはこのフィールドエンジニアリングの方法をぜひ学んでいただきたいですし、逆に私たちもたくさんのことを参加者の皆さまから学んでいます。とにかく、エンジニアリングを楽しんでもらいたいというのが、思いとして一番大きなものとなります」(畠山氏)
OpenHackでは具体的に何をしているのか
では、具体的にOpenHackはどのように進んでいくのかというと、こちらが大まかなタイムテーブルとなっています。詳細はオープンにできませんが、イベントの冒頭で提示されたシナリオに沿って、課題を解決していく3日間を過ごすことになります。
今回のテーマは「Modern Data Warehouse」。大量のデータに対する高い信頼性、拡張性、保守性を実現する 最新のクラウドソリューションを扱うということで、マイクロソフトが提供する技術を活用して、マルチソースでのData Warehouseソリューションを実装、運用する方法を習得していくという内容でした。
参加者は、Azure Synapse Analyticsや Azure Data Lake Storage、Azure Data Factory、Azure Databricks、Azure DevOps などといった技術を活用していきます。
基本的には課題解決のためのチームによる「Hack」タイムがメインとなっていますが、合間合間にミニセッションとして、課題解決のために必要なインプットを促す時間が設けられています。
例えば初日のオープニングでは、「データ分析基盤を構成するAzureサービスの概要」と題したミニセッション解説が設けられており、Azureのデータ分析基盤における各コンポーネントの概要についての知識リフトアップが進められました。
また2日目には、CI/CD(継続的インテグレーション/継続的デリバリー)をテーマに、Azure Synapse Analyticsにおける基本的な概要から、構築のイメージを掴むところまでが解説されました。
現場に活かせる「知識」を習得するだけならば、このようなミニセッションをずっと受講するというのも手かもしれませんが、大事なことは「より現実的な環境下でのリアルな課題解決を擬似体験してみることにある」と、畠山氏は強調します。
「プログラミングをはじめとするエンジニアリングは、人による生産性の違いが非常に大きい領域だと感じます。10倍違うとかは良くある話です。また、Azureは更新頻度が非常に高く、これらを早くキャッチアップしながら参加者全員がなるべく実業務に活かせる方法を模索した際に、やはり4〜5人程度のチームによるワークが最も良いだろうと考えています。
そして、その学びを最大化するのに重要な役割を担っているのが、『コーチ』の存在です」(畠山氏)
OpenHackに不可欠な存在「コーチ」
OpenHackにおけるコーチとは、各チームに1名ずつ配置される、課題解決のための相談役です。コーチ役は日々顧客の課題解決を進めている現役でマイクロソフト社員が務めています。コーチの1人である高橋敬祐氏(写真中央)は、コーチの役割を以下のように説明します。
「OpenHackでは、参加者が楽しみながら学びを得ていく場ですので、ある程度の難しさは必要ですが、難しすぎてもいけません。参加者一人ひとりのスキルレベルに依存することになるので、それを汲み取って、適切なレンジ・難易度に収まるようにブロッカーを排除したり、インプットをするようにしています」(高橋氏)
また、同じくコーチの1人である中里浩之氏(写真左)は「参加者の学びを最大化する役回り」であるとし、そのための唯一のルールとして「答えを教えない」と強調しました。 コーチ役として、参加者に答えを教える「ティーチング」ではなく、参加者自身で気付いたり学んでもらうのを助ける「コーチング」を行うよう意識しています。
さらに、お二人と同様にクラウドソリューションアーキテクトとして活躍するコーチの西村栄次氏(写真右)は、その役割を「コーディネーター」だと説明します。
「チームの調整役、もっと言うとコーディネーターかなと思います。先ほど高橋も言ったとおり、ある程度の難易度をもった課題になるので、それに対して参加者が適切な情報を色々と調べながら課題をクリアできるか。その、知識を得て使ってみようかな、というアクションの部分を調整するのが役目だと捉えています。ハックしている最中に進んでいるなと思ったら何も言わないですし、進め方はわかっているが具体的な課題で止まっている場合は、解決のための考え方のヒントを提示したりします」(西村氏)
先述したとおり、COVID-19を経てOpenHackはオフラインからオンラインへと運営方針が切り替わりました。それによって、確かに参加者同士のコミュニケーションの設計難度がグッと上がったものの、一方でそれ以外の部分はむしろプラスに働いていると、畠山氏は言います。
「オフラインの時には、2日目の夜にネットワーキングの時間を設けていました。それをオンラインで再現するのは、現時点ではどうしても限界があると感じています。でも、それ以外の作業の部分に関しては、何ら問題を感じていないです。OpenHackではTeamsを使うのですが、画面共有の機能を使うなどすれば、学びを得るという作業については順調にできていると感じます」(畠山氏)
これに加えて西村氏は、物理的な距離を問わない参加が可能になったので、より多様性あるメンバーが参加できるようになったと続けました。
「チームごとに Teams のチャネルを分けているので他のチームがどんな具合かはわかりませんが、私のチームでは大阪と九州から参加している方もいて、距離を感じさせないなと思いました。前は東京会場での開催だったので、どうしても近郊の方しか実質的に参加しにくい状況だったと思うので、そういう意味でもオンライン開催は大きな可能性があると感じています」(西村氏)
企業版OpenHackもあり
ここまでご覧になったマイクロソフトによるOpenHackイベント。実はこちらは、同社が展開する「データ分析・活用 内製化支援プログラム」でも、専用の内容にパッケージングされて「OpenHack for Data」として提供されています。
オープンな形で開催されるOpenHackと比較して、より自社に最適化された内容での実施を期待することができるでしょう。
他のプログラムについてもご紹介します。
2番目の「Azure Light-up for Data」では、実際の自社環境を使ってのハッカソン形式で、企業担当者と分析専門のパートナー企業が協働して、分析基盤の構築を進めていくことになります。
短期間でデータの加工から可視化、モデル構築・デプロイまでの一連のフローを『体感』することを目的とするものです。
3番目の「Data Hack」では、より担当者の実践範囲が広がり、分析テーマの選定から実際に使うデータの準備・加工、モデル作成、そしてデプロイまでを実際に行うことになります。こちらはマイクロソフトの特定の顧客に向けた無償の特別支援サービスで、同社のデータサイエンティストおよびアーキテクトが分析プロジェクトの導入フェーズに数日間参画し、持続的なプロジェクトフレームの構築を支援するものとなっています。
さらに上位のプログラムとなる「Cloud Native Dojo for Data」では、本格的な企業DXを進めるものとして、単一の分析プロジェクト支援の枠を超え、マネジメント改革からそれに伴う組織づくり、データカルチャーの醸成、分析チームの育成、分析環境の構築までを一気通貫で支援するものとなっています。
このようなマイクロソフトによるデータ分析の一端を擬似体験できる場としても、OpenHackへの参加は意義のある時間だと言えそうです。
OpenHack参加によって持ち帰れる「モノ」と「コト」
話をOpenHackに戻します。参加者は3日間で特定の課題解決を進めることができたら、こちらにある「OpenHack完了認定バッチ」を受け取ることができます。各OpenHackで扱うテーマや課題・シナリオ等は、全世界にて共通で使われていることから、このバッチは全世界でフィールドエンジニアリングにおける課題解決の力を証明するものとして、活用することができると言います。
ただし、このバッチを受け取ることがOpenHackの本質的な目的ではありません。畠山氏と同様にOpenHackの運営を担う海老島幹人氏は、以下のようにその思いを語ります。
「参加者の皆さまには、マイクロソフトのツールや技術を使えばすごくワクワクできるというところを、ぜひ持ち帰ってほしいなと思っています。イベントを作る側としては、そういう思いで設計しています」(海老島氏)
また、インタビューに参加していただいた3名のコーチからは、それぞれ以下のコメントがなされました。
「3日間フルでの参加はかなりハードルが高かったとは思いますが、現実においてデータがたくさんあって悩んでいるという課題感を持っている方は間違いなく多いので、今回受け取った学びを現場業務へと持って帰っていただき、すぐに使える形にしていただければと思います」(中里氏)
「ぜひここでの学びをアウトプットしていただきたいなと。その際には、それこそQiitaのようなオープンでのアウトプットだけでなく、例えばチーム内で『こんなものがあったよ』と広めてもらうとか、そういう形でも十分だと思っています」(西村氏)
「今回ご参加いただいた方には、ぜひエンジニアリングのカルチャーを、もっと自社内に醸成していく橋渡し役になってもらいたいなと思っています。得てして自社に戻ると、エンジニアであっても日々の庶務やドキュメント作成といったタスクが降って来ることになると思います。そういう意味で、非日常の経験を3日間でしていただけるかなと思っていまして、ぜひここで感じた強力なエンジニアリングカルチャーを、自社でも実現できるような存在になっていただくきっかけになったらいいなと思っています」(高橋氏)
各コーチが強調するように、3日間、フルで特定の課題に集中できる環境は、日々過ごしていてもなかなか得られるものではありません。OpenHackの立ち上げ期より運営に携わっている畠山氏は、この「短期間での圧倒的に濃密な学びの時間」こそがOpenHackの真髄だと強調します。
「私はOpenHackがすごく好きです。まずは楽しい。そして、短期間で一気に触って学べる機会って、そうそうないです。今世の中では様々な文脈で『スキルアップ』が求められていると思いますが、これだけ短期間で学べる場を他に知りません。しかも、困ったときにはすぐに聞ける専門家が隣にいるわけです。個人的には3日ではなく、1週間欲しいくらいだと思います。このような圧倒的な学びの時間を持ち帰っていただけると確信しています」(畠山氏)
いずれはメタバース環境(Microsoft Mesh)でのOpenHack開催も
これからもOpenHackは続いていきます。今後の運営の展望について、畠山氏と同様に運営チームとして動いている樋口拓人氏からは「熱量を上げるための仕組み」についてがコメントされました。
「COVID-19前のOpenHackと比べて、オンラインではまだまだ課題だと感じているのが、参加者と運営チーム、双方の『熱量』だと思います。ここだけはOpenHackに限らず、あらゆるイベントのオンライン化の課題と言えるでしょう。多くの方がオンラインコミュニケーションに慣れてきた頃にOpenHackを再開できたのは、とても良いタイミングだったと思いますが、今後はこの熱量をもっと高めていきたいなと思います。
中長期的には、Microsoft Meshを使ってのメタバース的な空間でOpenHackをやるのも、面白いなと考えています」(樋口氏)
次回OpenHackのお知らせ
次回のOpenHackは1月19日~1月21日です。
通常のハンズオントレーニングやハッカソンとは異なり、技術課題にチーム5~6人ごとで取り組み、3日間でMVPまで開発するプログラムです。1チームにつきマイクロソフトのCSAコーチが1人つきますが、基本的に課題解決を実施するのは皆さま自身です。
OpenHack Modern Data Warehouseでは、開発者は、Azure Data Lake Storage、Azure Data Factory、Azure Databricks、Azure DevOps、Azure Synapse Analyticsなどの技術を活用して、Microsoft Azure上でマルチソース データウェアハウス ソリューションを開発、実装、運用する方法を習得することを目指します。
データビジネスは全てのビジネスパーソンにとって必要不可欠な領域な為、皆さまのご参加をお待ちしております!
開催概要
日時 | 2022年1月19日(水)~2022年1月21日(金)9:00~17:00(受付9:30) |
金額 | 無料 |
場所 | オンライン開催 |
定員 | 45名定員に達し次第締め切ります |
対象者 | データサイエンティスト、アナリストなどデータを扱っている方 エンドユーザー企業、ISV、パートナー企業の開発者の方 |
OpenHackに参加するメリット | 1.NoSQLデータベースの設計・運用方法が身につく 2.問題解決のためのアプローチ、情報収集力が身につく 3.ミッションクリティカルなデータソリューションを開発、実装、運用する方法が身につく |
OpenHackチームは是非、皆さまが1つでも多くの学びを持ち帰っていただき、今後の開発に向けての一助となることを心より願っております。
是非ご興味のある方はお席に限りがありますのでお早めにご登録いただけますと幸いです。
皆さまとOpenHack当日にお会いできますことを心より楽しみにしております!
Let’s Hack!!
編集後記
企業、特には大企業で働くエンジニアの方は、往々にして企業内環境に閉じたコミュニケーションしかしないケースも多いのではないでしょうか。そんな方にこそ、このOpenHack参加による他企業エンジニアとのチームメイキングや協働コーディングは、とても有効で刺激的な3日間なのではないかと強く感じました。
以前の取材でも言及されたとおり、学びの本質はコミュニティ起点のコミュニケーションにあると感じています。OpenHackでも、参加者同士がイベント終了後も交流できるようにグループを作っているとのことで、社外の優秀なメンバーとつながって技術交流をするという観点でみても、参加しないてはないと感じます。非常に熱量の高い運営メンバーだからこそ、得られるものも大きいと思いますよ。
取材/文:長岡武司