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走れメロス 〜ディレクターとの衝突の果てに〜

Last updated at Posted at 2025-08-31

※この物語は7割フィクション、3割ノンフィクションです。

メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐(じゃちぼうぎゃく)のディレクターを除かなければならぬと決意した。メロスにはディレクションがわからぬ。メロスは、しがないデザイナーである。Macをいじり、Figmaと遊んで暮らしてきた。けれども 「やっぱり最初の案がいい」 という変更に対しては、人一倍に敏感であった。

1. 伝書鳩

メロスが三日三晩、血潮で描くが如く創り上げたWEBサイトのデザインは、クライアントの一言で紙くずとなった。正確には、ディレクターがヘラヘラしながら伝えてきたクライアントの一言によってだ。

「クライアントさん、もっとこう、ドーン!と突き抜けた感じが欲しいんだって。で、色々考えたんだけど、やっぱり最初のA案の方向性でいきたい、とのこと」。

またか。メロスは奥歯を噛み締めた。かのA案は、プロジェクトの初期に方向性の選択肢として提示した、いわば叩き台だ。「あのディレクターは、クライアントの言葉を右から左へ流すだけの伝書鳩か。なぜそこで戦わぬのだ。なぜデザインの意図を、我々の努力を、クライアントに説明しようとしないのだ。ただヘコヘコと修正指示を持ち帰ってくるだけ。楽な仕事だ。」
メロスにとってディレクターとは、創造性の敵であり、理不尽の化身であった。スケジュール管理という名の締め付けと、フィードバックという名のちゃぶ台返しを繰り返すだけの、邪智暴虐の王なのである。

2. 邪智暴虐の王、真の姿

転機は、ある炎上プロジェクトのさなかに訪れた。予算もスケジュールもカツカツの中、クライアントの重役が突如 「競合のサイトがかっこいいから、ああいう感じにして」 という、精神と肉体の飢餓行進(デスマーチ)確定の指示を出してきたのだ。
「終わった…」メロスが絶望に打ちひしがれていると、会議室からディレクターの怒声が聞こえてきた。普段は温厚(悪く言えば事なかれ主義)なあの男が、クライアントに対して声を荒らげている。

「今からデザインの方向性を変えるのが、どれだけスケジュールと予算に影響するかご存じですか! それに、あのデザインは御社のブランドイメージや、今回のサイトの目的とは相容れません。我々が目指すべきは、見た目の模倣ではなく、ビジネスの成功です!」

メロスは息を飲んだ。その後もディレクターは、データを提示し、ロジックを積み上げ、重役を懸命に説得していた。それは、メロスが今まで見たことのない 「戦う」姿 だった。彼はただの伝書鳩ではなかった。デザイナーが最高のパフォーマンスを発揮できるよう、見えないところでクライアントと、予算と、スケジュールと、孤独に戦う防波堤だったのだ。
クライアントの無茶な要望を、彼がどれだけフィルタリングし、噛み砕き、我々デザイナーが理解できる「指示」に翻訳してくれていたのか。メロスは、己の不明を恥じた。 ディレクションとは、波に揉まれながらも防波堤のように我々を守り、プロジェクトという船の針路を指し示し続ける、闇夜を照らす灯台のような仕事なのだ とその時初めて知った。

3. 鍛錬

その日から、メロスは変わった。 ただ美しいデザインを作るだけでは、ディレクターの防波堤を超えてくる怒涛の要求には勝てぬ と悟ったのだ。

メロスはFigmaをいじる時間を少しだけ減らし、マーケティングやプロジェクトマネジメントの勉強会に参加し、文献を読み漁った。デザインを説明する際、「美しいから」「新しいから」ではなく、「このデザインは、ターゲット層のITリテラシーを考慮しており、コンバージョン率の向上に寄与します」というように、ビジネスの言葉で語ることを心がけた。

メロスは、ディレクターが作る要件定義書やワイヤーフレームを食い入るように見て、その意図を学んだ。なぜこの機能が優先されるのか、なぜこの構成なのか。一つ一つの判断の裏にあるビジネス上の理由を問い、吸収していった。自ら率先してクライアントとの打ち合わせに同席し、これまでディレクターに任せきりだった「対話」と「交渉」の技術を、その背中から盗んだ。

デザインという名の剣だけでは足りぬ。 プロジェクト全体を俯瞰し、仲間を守り、クライアントを導くための盾と鎧が必要なのだ。
メロスは、静かに己を鍛え続けた。

4. 背おう者

数年の月日が流れ、メロスはディレクターとして大規模プロジェクトのキックオフミーティングに臨んでいた。メロスの前には、期待と不安の入り混じった顔つきのクライアントと、少し前の自分を見るような若いデザイナーがいる。
プロジェクトは佳境を迎えた。そして、その日はやってきた。クライアントの担当者が、申し訳なさそうに口を開いた。

「色々見させていただいたんですが…その… やっぱり、一番最初のA案が良かったかな 、なんて…」

空気が凍りつく。デザイナーの顔が絶望に歪むのを、メロスは視界の端で捉えた。だが、メロスは激怒しなかった。彼は静かに微笑み、クライアントに問いかけた。

「A案ですね。承知いたしました。A案の、どの部分に特に魅力を感じられましたか? もしかして、この大胆な写真の使い方でしょうか。それとも、このキャッチコピーの力強さでしょうか。」

「対話」が始まった。メロスはクライアントの漠然とした「好み」を丁寧に分解し、その奥にある「真のニーズ」を言語化していく。そして、最終的に練り上げたD案に、そのニーズが「より洗練された形で反映されていること」そして「ビジネスを成功させるという目的に沿っていること」を、論理的に、そして情熱的に説明した。

「…なるほど。言われてみれば、確かにそうだ。君の言う通りだ。このD案でいこう!」

クライアントは納得し、デザイナーは安堵の表情を浮かべた。メロスは、かつて自分が憎んだディレクターと同じ椅子に座っている。ディレクターの背を追い、鍛錬を続けた今のメロスにはわかる。この仕事は、王になることではない。 デザイナーとクライアント、双方の想いを理解し、同じゴールへと導く、泥臭い案内人なのだ と。

メロスはPCの画面に映る自分を見た。そこには、邪智暴虐の王ではなく、仲間とプロジェクトを背負う覚悟を決めた、一人のディレクターの顔があった。

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