はじめに
セルフサービスBIは「データの民主化」を掲げ、現場主導の意思決定を加速させる仕組みとして広く導入されています。
一方で、運用が成熟していない組織では、誤ったデータや解釈が「それっぽい可視化」によって急速に広まるという致命的な問題を抱えやすいです。
本記事では、セルフサービスBIで起きがちな構造的な問題と、その現実的な対策について整理します。
それっぽいグラフが真実に見えてしまう問題
BIツールを使えば、以下のようなことが起きます。
- 軸や分母が少しおかしくてもグラフは成立する
- 粒度が壊れていても見た目はきれい
- 欠損や重複があってもトレンドは描ける
結果として、正しさよりも見た目が勝つ状況が生まれます。
会議の場では、SQLを書いたかどうかや指標定義の妥当性ではなく、「それっぽいダッシュボードを出した人」の主張が採用されがちになります。
指標定義が崩壊する
セルフサービスが進むほど、指標の意味が分裂しやすいです。
| 指標 | 曖昧になりがちな点 |
|---|---|
| 売上 | gross なのか net なのか、税込みか税抜きか |
| アクティブユーザー | 日次なのか週次なのか、ログイン基準なのか行動基準なのか |
各自が自由に定義し、自由に集計し、自由に可視化すると、同じ言葉で違う数字が並ぶ状態になります。
これは後から是正するほどコストが高くなります。
粒度が壊れていることに気づけない
データエンジニア視点ではよくある問題ですが、BI利用者は気づきにくいです。
よくあるパターン
- 日次集計テーブルとユーザーテーブルを雑にJOIN
- 集約済みのデータをさらに集約
- DISTINCTの意味を理解せずに使用
その結果
- 前月比はそれっぽく見える
- 絶対値は合わない
- でもトレンドは正しそうだから問題なし
という危険な状態になります。
仮説のない可視化が量産される
セルフサービスBIでは、「問い」よりも「操作」が先に立ちがちです。
- とりあえず切る
- とりあえず並べる
- とりあえずフィルタを動かす
スライサーやグラフが増えるほど、何を検証したかったのかが不明瞭になります。
可視化は増えているが、意思決定の質は上がっていないという状態が起きます。
誤りが高速で増幅される構造
最も致命的なのがこの問題です。
- 誤った理解でダッシュボードが作られる
- 「BIにある数字」として共有される
- 他部署や経営資料に引用される
- 誤った前提が事実として固定される
BIというだけで信頼性が補強されるため、間違いが指摘されにくく、訂正も遅れます。
なぜこの問題は起きるのか
根本原因はシンプルです。
BIは操作を簡単にするが、意味理解は簡単にしてくれない
- SQLを書かなくていいことと、データを理解しなくていいことは別
- ダッシュボードがあることと、定義が共有されていることは別
この混同が、問題を加速させます。
現実的な対策
指標定義はセルフサービスにしない
以下は中央集権にします。
- KPI定義
- 集計ロジック
- 粒度設計
BIで自由に触ってよいのは以下に限定します。
- フィルタ
- 切り口
- 可視化の形式
Semantic Layerを必須にする
LookerのLookML、dbt metrics、viewベースの集計などを活用します。
| 方針 | 内容 |
|---|---|
| rawデータを直接触らせない | 事前に加工・定義されたデータのみを公開 |
| 数字の意味をコードとして固定する | 定義の揺れを防ぐ |
自由度より再現性を優先する設計が重要です。
ダッシュボードに説明を義務付ける
最低限、以下を書かせます。
- この指標は何に答えるものか
- 前提条件は何か
- この数字で判断してはいけないことは何か
文章として説明できないものは、理解も浅い可能性が高いです。
レビュー文化を入れる
- 新規ダッシュボードはレビュー必須
- KPI系はデータチーム承認制
コードレビューと同じ考え方が有効です。
まとめ
セルフサービスBIは、使い方を誤ると意思決定の質を下げます。
データリテラシーが低い状態で解放されたBIは、便利なツールではなく危険な武器になる
BIを解放する前に、「何を自由にして、何を固定するか」を設計することが重要です。
| 自由にしてよい | 固定すべき |
|---|---|
| フィルタ、切り口、可視化形式 | KPI定義、集計ロジック、粒度設計 |