この記事はLITALICO Engineers Advent Calendar 2025 カレンダー4 の 8日目の記事です
はじめに:生成AIを使いたいけれど、うまく使えるか不安なマネージャーたち
「うちの若手は生成AIでサクサク仕事してるのに、自分だけ置いてけぼり...」
そんな声を、最近よく聞いたりしませんか。営業マネージャー、人事マネージャー、経理マネージャー。どの職種でも、「プロンプトエンジニアリング」という言葉に「自分にもできるだろうか」と不安を感じている管理職の方が多いのではないでしょうか。
でも、ちょっと待ってください。
私はエンジニアとして、長年にわたって新人育成やチームマネジメントを担当してきました。最初は「プロンプトエンジニアリング」なんて難しそうな言葉に「自分にできるかな」と思っていましたが、実際に生成AIを使ってみて気づいたのです。
画面の向こうにいるのは、ブラックボックス化された魔法の箱ではありません。
そこにいたのは、「記憶力は最強だが、空気が読めず、指示待ち傾向のある超・真面目な新人」 でした。
「なんだ、これは私が何十年もやってきた『新人育成(OJT)』そのものじゃないか」
そう気づいた瞬間から、生成AIが最強のビジネスパートナーに変わりました。
あなたがこれまで培ってきた人材育成スキルこそが、実は最高のAI活用術だったのです。
1. 「背景」を語らずに仕事は振れない(コンテキストの共有)
「新人に詳しい説明なしに依頼しても良い結果は出ない」 - これは、どの職種のマネージャーでも経験したことがあることですよね。
新人に仕事を振るとき、「なぜこの業務が必要なのか」「誰がターゲットか」「過去の経緯は?」を丁寧に説明しますよね。AIに対しても全く同じなのです。
❌ ダメな指示の例
営業マネージャーの場合:
「提案書を作って」
人事マネージャーの場合:
「採用要件をまとめて」
経理マネージャーの場合:
「予算資料を作成して」
✅ マネージャー的思考(プロンプト)
営業マネージャーの場合:
「これは、3年前から取引のあるA社(従業員300名のIT企業)への
システム更新提案だ。現在は競合B社のシステムを使っているが、
コスト削減とセキュリティ強化が課題になっている。
決裁者は情報システム部長(技術に詳しい)で、
予算は年間500万円程度を想定。
この文脈で、説得力のある提案書を作成してほしい」
人事マネージャーの場合:
「急成長中のスタートアップで、エンジニア採用が急務。
現在チーム10名、半年で5名増員予定。
技術力重視だが、チームワークも大切にしたい文化。
リモートワーク可、給与は市場相場より少し上を想定。
この条件で魅力的な採用要件を作成してほしい」
AI用語では「コンテキストを与える」と言いますが、マネージャー目線では 「業務の引継ぎ」 です。引継ぎ資料が雑だと新人がミスするように、AIも的外れな結果を出してくることがあります。
💡 実践のコツ:
- 5W1H(いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのように)を意識
- 相手の立場・感情状態も伝える
- 成功基準・ゴールを明確化
2. 「背中を見て覚えろ」は通用しない(サンプル提示)
「いい感じにやっといて」で済むなら、マネージャーは要らない
伝統的な「見て覚えて」という指導方法は、現代の新人には適していません。AIも同じです。具体的な 成功パターン(お手本) を見せるのが、教育の基本中の基本です。
職種別・お手本提示の実例
📊 営業マネージャーの場合:
「顧客フォローメールを作成する前に、
以下の『成約につながった過去のメール』を参考にしてほしい:
(過去の優秀なメール例をペースト)
文体、構成、クロージングの仕方は
このレベルを基準として作成してくれ」
👥 人事マネージャーの場合:
「面接評価シートを作る前に、
以下の『採用成功者の評価シート』を見てほしい:
(優秀な人材を採用できた時の評価例をペースト)
評価観点、コメントの詳しさ、
判断基準の明確さを参考にして作成してほしい」
💰 経理マネージャーの場合:
「月次レポートを作成する前に、
以下の『役員に好評だった過去のレポート』を確認してほしい:
(過去の優秀なレポート例をペースト)
グラフの見せ方、数値の解釈コメント、
改善提案の書き方を同じレベルで頼む」
🎯 お手本提示のコツ
- 具体例は2-3個:多すぎると混乱、少なすぎると偏る
- 成功の理由も説明:「なぜこれが良い例なのか」を明記
- 悪い例も併記:「こうはしないで」という反面教師も効果的
AI用語では「Few-shot Prompting」と呼びますが、要は**「サンプル提示による指導」**です。お手本なしに品質を求めるのは、指導者として適切ではありませんね。
3. 「君ならできる」と役割を与える(期待役割の明確化)
新人のポテンシャルを引き出すのは、明確な役割期待
「君はこのプロジェクトのリーダーだと思って発言してごらん」
「君が顧客の立場だったら、どう感じる?」
こんな風に役割を与えると、普段は遠慮がちな新人でも、目の色を変えて良いアウトプットを出してくれます。AIも全く同じなのです。
職種別・役割設定の実例
📈 営業マネージャーの場合:
「あなたは20年のキャリアを持つトップセールスです。
私が持参するこの提案書を、
『絶対に契約を取ってくる営業のプロ』として厳しく査定してください。
甘い部分、説得力不足の箇所を容赦なく指摘してほしい」
🔍 人事マネージャーの場合:
「あなたは優秀な転職希望者です。
この求人票を見て、正直な感想を聞かせてください。
『本当に応募したくなるか?』
『他社と比べてどう見えるか?』
求職者目線で率直に評価してほしい」
💼 経理マネージャーの場合:
「あなたは投資判断を下すファンドマネージャーです。
この事業計画書を見て、投資するかどうか判断してください。
財務的なリスク、収益性の課題を
プロの投資家として厳しくチェックしてほしい」
🎭 役割設定のバリエーション
内部視点:
- 「社長だったら...」
- 「新入社員だったら...」
- 「ベテランだったら...」
外部視点:
- 「顧客だったら...」
- 「競合他社だったら...」
- 「業界専門家だったら...」
批判的視点:
- 「辛口コンサルタントとして」
- 「リスクマネージャーとして」
- 「コンプライアンス担当として」
役割を与えることで、AIの「視座」が大きく変わります。これは 「期待役割のセットアップ」 という、マネジメントの基本中の基本ですね。
4. 答えではなく「考え方」を聞く(思考プロセスの可視化)
「なぜその判断をしたの?」は、マネジメントの基本質問
新人が持ってきたアウトプットが正解だったとしても、「どうやってその答えに辿り着いたの?」と聞くのが育成の鉄則。まぐれ当たりを防ぎ、再現性のある思考力を身につけてもらうためです。
AIに対しても全く同じ。答えだけを求めると、時々不正確な情報を出してくることがあります。
職種別・思考プロセス確認の実例
🎯 営業マネージャーの場合:
「提案書を作成する前に、以下の手順で考えをまとめて:
1. 顧客の課題を3つ以上列挙
2. 各課題に対する解決策を検討
3. 競合との差別化ポイントを明確化
4. 価格設定の根拠を整理
5. 最後に提案書を作成
各ステップの考え方も一緒に書いてほしい」
📋 人事マネージャーの場合:
「採用計画を立てる前に、思考過程を整理してほしい:
1. なぜこのポジションが必要なのか?
2. どんなスキル・経験が必須なのか?
3. 社内で育成 vs 外部採用の判断基準は?
4. 予算とスケジュールの制約は?
5. 最終的な採用戦略の決定
ロジックも含めて段階的に示してください」
📊 経理マネージャーの場合:
「予算修正案を作る前に、分析手順を見せて:
1. 現在の予算と実績の乖離要因を分析
2. 各要因の影響度を定量化
3. 修正が必要な項目の優先順位付け
4. 修正案の作成と根拠の整理
5. リスクシナリオの検討
各段階での判断理由も書いてほしい」
🔍 思考プロセス確認のメリット
- 間違いの早期発見:どこで論理が破綻したかすぐ分かる
- 品質の向上:浅い思考では答えられない
- 学習効果:あなた自身の思考も整理される
- 再現性:同じ品質のアウトプットを継続的に得られる
AI用語では「Chain of Thought(思考の連鎖)」と呼びますが、要は 「思考プロセスの可視化」 です。プロセスを見せてもらえば、指導(修正指示)もより的確にできますね。
5. 非エンジニアだからこそ気づける「人間らしさ」をAIに教える
技術者が見落とす「感情・心理面」こそ、マネージャーの得意領域
エンジニアは論理的思考に長けていますが、人間の感情や微妙なニュアンスを読み取るのは、実は人をマネジメントしてきたあなたの方が上手なのです。
🎭 感情・心理面でのAI指導例
営業マネージャーの強み:
「この提案書は論理的には完璧だけれど、読み手の心理を考慮して:
・相手が不安に思いそうなリスクを先回りして言及
・競合比較で相手のプライドを傷つけない表現に調整
・導入後のサポート体制で安心感を与える文言を追加
感情面でも納得してもらえる版に修正して」
人事マネージャーの強み:
「この採用要件は条件面は整っているが、候補者の気持ちを考えて:
・『厳しい条件』よりも『成長できる環境』として表現
・求めるスキルを『必須』と『歓迎』に分けて圧迫感を軽減
・働く仲間の人柄や職場の雰囲気も伝わる内容に
応募したくなる気持ちにさせる版に修正して」
🌍 ビジネス文脈での価値判断
マネージャーならではの「現実感覚」:
「AIの提案は技術的には素晴らしいが、現実的な観点で再検討して:
・お客様は本当にこの機能を求めているか?
・現場の負担や組織文化への影響はどうか?
・ROIは良くても、実際の運用継続は可能か?
・競合との差別化として、本当に有効か?
ビジネス的な実現可能性も含めて判断して」
🎯 直感的ユーザビリティチェック
非エンジニアの視点を活かす:
「このシステム画面について、非技術者の目線でチェックして:
・60代の役員でも迷わず使えるか?
・忙しい営業が移動中でも操作しやすいか?
・新人研修で説明しやすい画面構成か?
・エラーが起きた時、一般的なユーザーでも対処できるか?
技術に詳しくない人でも使いやすい改善案を提示して」
6. マネージャー特有の「組織視点」でAI活用を最大化
エンジニアは技術を見る、マネージャーは人と組織を見る
個人のスキルアップも重要ですが、マネージャーの真価はチーム・組織全体でのAI活用にあります。
📊 チーム状況の可視化・分析
1on1での悩み相談パターン分析:
「最近の1on1で部下から聞いた悩みを分析してパターン化して:
・技術的な課題:○○、××、△△
・人間関係の課題:□□、■■
・キャリアの課題:◇◇、◎◎
各パターンごとの効果的な支援方法と、
チーム全体で解決できる仕組みを提案して」
チーム生産性データからの改善点発見:
「今四半期のチーム生産性データから改善ポイントを見つけて:
・個人別の強み・弱みの傾向分析
・プロジェクト種別による効率性の違い
・時期・曜日による生産性変動パターン
データから見えるチーム運営の改善策を3つ提案して」
👥 人材育成プランの最適化
個人別成長戦略の設計:
「メンバー○○の今後6ヶ月の成長プランを設計して:
・現在の強み:技術力A、コミュニケーションB、リーダーシップC
・本人の希望:将来的にプロジェクトマネジメントに挑戦したい
・チームの期待:メンター役としての活躍を期待
・市場トレンド:××スキルの需要が高まっている
これらを踏まえた具体的な成長ステップを提案して」
📈 戦略的意思決定支援
市場動向との比較分析:
「来期の事業戦略について、以下を整理して提案して:
・競合3社の直近の動向と我々への影響
・業界全体のトレンドと我々のポジション
・内部リソース(人・予算・技術)の現状分析
・リスク要因の洗い出しと優先順位
これらを踏まえた来期の重点施策案を3パターン提示して」
🔧 実践編:今日からできる「AI×マネジメント」活用術
📅 週次・月次業務でのAI活用例
👨💼 1on1ミーティング準備
「来週の○○さんとの1on1で話すべきトピックを整理して:
・最近のプロジェクト状況:××の進捗が遅れ気味、△△は好調
・本人の様子:少し疲れている印象、新しい技術への興味は旺盛
・チーム内での役割:後輩指導を任せ始めたところ
・前回の1on1フォロー:◇◇の件はどうなったか確認したい
建設的で前向きな対話のきっかけを3つ提案して」
📊 月次振り返り・改善案作成
「今月の営業実績データから、来月の戦略立案に活かせる示唆を抽出して:
・成功案件の共通パターン(顧客属性、提案タイミング、価格帯)
・失敗要因の分析(競合に負けた理由、価格面での課題)
・メンバー別の強み・課題の傾向
・市場環境の変化の兆し
これらから導き出される来月のアクションプランを具体的に提案して」
🎯 目標設定・評価面談準備
「メンバー○○の来期成長目標を設定したい:
・本人の強み:××に長けている、△△への理解も深い
・改善ポイント:□□のスキルアップが必要、■■への挑戦も期待
・キャリア志向:将来的に◇◇を目指している
・チーム期待:◎◎の分野でリーダーシップを発揮してほしい
・市場トレンド:▲▲のスキルが今後重要になる
チャレンジングだが達成可能な目標案を3パターン提示して」
💡 マネージャーの「隠れた困りごと」をAIで解決
🤝 部下との世代ギャップ解消
「20代エンジニアとの効果的なコミュニケーション方法を教えて:
・リモートワーク世代の価値観や仕事への考え方
・モチベーションを上げる声かけや評価方法
・キャリア相談で聞くべき質問と避けるべき話題
・フィードバックする際の効果的な伝え方
具体的なシーン別の対話例も含めて提案して」
📈 他部署との調整業務効率化
「営業部との連携でよく発生するトラブルを事前に防ぐために:
・過去によくある認識のズレパターン
・事前に合意しておくべき項目リスト
・効果的な調整会議の進め方
・トラブル発生時の迅速な解決方法
予防策と対処法をセットにした実用的なガイドを作成して」
🎭 上層部への報告・提案スキル向上
「役員会議での提案承認率を上げるコツを教えて:
・データの効果的な見せ方(グラフ、表の使い分け)
・リスクや課題の伝え方(隠さず、でも前向きに)
・質疑応答で想定される質問と模範解答例
・提案資料の構成テンプレート
次の提案に すぐ使えるチェックリストも含めて」
💡 追加テクニック:マネージャーだけが知る「AI使いこなし術」
1. 段階的レビュー(新人指導と同じ)
「一度にすべて完成させなくていい。
まず第1稿を作って、一緒にレビューしよう。
その後、修正版を作成してほしい」
2. 複数案の提示を求める
「1つの案ではなく、
アプローチの異なる3つの案を提示してほしい。
それぞれのメリット・デメリットも含めて」
3. 品質チェックリストの活用
「完成前に以下をセルフチェックして:
- 誤字脱字はないか?
- 論理的整合性は取れているか?
- ターゲットに適した文体か?
- 行動を促すメッセージになっているか?」
まとめ:あなたのマネジメント経験こそが、最強のAIスキル
「プロンプトエンジニアリング」は難しいプログラミング技術ではありません。
それは、「言葉足らずな指示を出して、思い通り動かないと嘆く」という、よくあるマネジメント失敗を解消するためのコミュニケーション技術です。
🎯 マネージャーのAI活用が他の人より優れる理由
- 指示出しの経験値:部下に分かりやすく伝えるスキルがある
- 品質管理の目:良い・悪いアウトプットの判断ができる
- 段階的指導:一度に完璧を求めず、改善を重ねられる
- 目的思考:何のためにやるかを常に意識している
🚀 今日からできる実践ステップ
Week 1: 普段の業務を1つ、AIに依頼してみる
Week 2: 「背景説明→お手本提示→役割設定」を意識
Week 3: 思考プロセスを確認する質問を追加
Week 4: 段階的レビューで品質を向上
もしあなたが「自分は文系だし」「もう歳だし」とAIの活用をためらっているなら、それは本当にもったいないです。
あなたが長年苦労して培ってきた「部下に気持ちよく、正確に動いてもらうための言語化能力」こそが、今最もAIに必要なスキルなのです。
画面の向こうにいる「記憶力最強だが、空気の読めない超・真面目な新人」は、あなたの的確な指示(プロンプト)を待っています。
さあ、OJTを始めましょう。あなたが最高のAIトレーナーになってみませんか。
🤝 それでも不安な時は、周りの力を借りましょう
もしかすると、「理屈は分かったけれど、やっぱり一人で始めるのは不安...」と感じている方もいらっしゃるかもしれません。
そんな時は、恥ずかしがらずに周りのエンジニアや、実際にAIを使いこなしている人たちに声をかけてみてください。
「ちょっと教えてもらえる?」「一緒にやってみてもらえる?」
そう言われて嫌がるエンジニアは、まずいません。むしろ、「マネージャーがAIに興味を持ってくれている!」と、喜んで手伝ってくれるはずです。
マネジメントで大切なのは「一人で抱え込まない」ことですよね。AI活用も同じです。チームの力を借りながら、一歩ずつ前進していけば大丈夫。
あなたのその一歩が、チーム全体のAI活用レベルを押し上げることにもつながります。きっと、みんなで支え合いながら、新しいスキルを身につけていけるはずです。
この記事が役に立ったら、ぜひ職場の他のマネージャーにもシェアしてください。みんなでAIを活用できる組織になれば、もっと価値の高い仕事に集中できるはずです!