エンタープライズにおける AI 活用によるデジタル変革の現場では、最初の一歩として必ずといってよいほど「どこから着手すべきか」「信頼できるベストプラクティスは存在するのか」という問いが挙がります。
この問いに対して重要なのは、PoC(概念実証)の段階から適切なアーキテクチャ設計、セキュリティとガバナンスの統合、そしてスケーラブルな運用基盤を前提に組み込むことです。これらを後追いで付け足すのではなく、最初から設計に反映することで、本番環境への移行を確実に進めることが可能になります。
そのための出発点として、Microsoft は複数の Solution Accelerator を提供しています。これらは単なるサンプルコードではなく、実際の顧客プロジェクトを通じて得られた知見を体系化し、Azure Well-Architected Framework (WAF) の原則を実装レベルで反映した、本番運用を見据えたリファレンスアーキテクチャです。AI を安全かつ迅速にスケールさせるうえで、非常に有効な指針となります。
さらに、一部の Solution Accelerator では、本番環境での運用にも耐えうる信頼性の高いマルチエージェントフレームワークとして Semantic Kernel が採用されていますが、今後は Microsoft Agent Framework を活用した実装も順次展開されることでしょう。
カテゴリ別 Solution Accelerator 分類
📊 データ基盤・データ管理
1. Unified Data Foundation with Fabric Solution Accelerator
- Medallion Architecture (Bronze/Silver/Gold)
- データレイクハウス構築
Medallion Lakehouse Architecture (Bronze-Silver-Gold) を採用し、4 つの柔軟なアーキテクチャオプションから選択可能です。Microsoft Fabric、Microsoft Purview、Azure Databricks の組み合わせにより、ガバナンスされた統合データ基盤と事前構築された Power BI ダッシュボードを提供します。
データメッシュコンセプトにより共有ドメイン(customer、product)と専門ドメイン(sales、finance)を効率的に管理。Fabric のショートカット機能で Databricks データをデータ移動なしで Gold 層に統合し、ワンコマンドデプロイメント(azd up) で迅速な環境構築が可能です。
2. Agentic Applications for Unified Data Foundation
- 構造化データのクエリと分析
- セマンティックモデル探索
OneLake および SQL Database in Fabric と Azure AI Foundry を統合し、自然言語でのセマンティックモデル探索を可能にします。Semantic Kernel によるインテリジェントなオーケストレーションで、構造化データに対する協調的な応答生成を実現する統合データ基盤上のエージェント型アプリケーションです。
Managed Identity によるセキュアな認証とAzure Container Appsのスケーラブルなホスティングにより、エンタープライズグレードの運用を実現。Bicep によるモジュール化された IaCとApplication Insights 統合で、再現可能なデプロイメントと包括的な観測性を提供します。
🔍 ナレッジマイニング・検索
3. Conversation Knowledge Mining Solution Accelerator
- 会話データからのエンティティ抽出
- RAG パターンによる検索
イベント駆動型処理パイプラインにより、音声とテキストの会話データから実用的なインサイトを抽出します。Azure AI Content Understanding と Microsoft Fabric による大規模データ処理、RAG パターンによるセマンティック検索、インタラクティブなダッシュボードで、会話からセンチメント、キーフレーズ、トピックを効率的に分析します。
5 段階の処理フロー(Ingest→Understand→Index&Store→Orchestrate→Frontend)により、音声からインサイトまでの一貫したパイプラインを実現。Azure AI Search と Azure SQL Database の組み合わせで構造化・非構造化データを統合管理し、Semantic Kernel による LLM ベースのワークフローオーケストレーションで高度な会話分析を提供します。
4. Document Knowledge Mining Solution Accelerator
- ドキュメント処理とナレッジ抽出
- AKS ベースのスケーラブルアーキテクチャ
Azure Kubernetes Service (AKS) をベースとしたスケーラブルなコンテナアーキテクチャで、OCR とマルチモーダル LLM を組み合わせます。Application Gateway Ingress Controller による負荷分散と、Azure AI Document Intelligence + Azure OpenAI Service のハイブリッドアプローチにより、事前トレーニングなしでドキュメントから情報を抽出します。
マネージドコンテナアプリケーションにより高可用性、スケーラビリティ、複数リージョン展開を実現。Kernel Memory (.NET実装) によるドキュメント処理とAzure AI Searchの統合で、テキスト、手書き文字、チャート、グラフ、表など多様な形式に対応します。
💬 対話型AI・Copilot
5. Build Your Own Copilot Solution Accelerator
- 顧客対応業務の効率化
Azure OpenAI Service と Azure AI Search を組み合わせ、顧客対応業務の効率化を実現するカスタム Copilot ソリューションです。従業員の生産性向上と顧客会話の改善により、組織がより多くの顧客にサービスを提供し、収益増加を実現します。
RAG パターンとセマンティック検索により企業固有の知識を活用し、Semantic Kernel の自律的関数呼び出しで構造化・非構造化データとの柔軟な対話を可能にします。WAF 準拠のデプロイメントオプションとマネージド ID によるセキュアな設計で、エンタープライズグレードの信頼性を提供します。
6. Build Your Own Copilot Solution Accelerator (BYOC Researcher)
- リサーチ支援
研究助手向けに特化した AI アシスタントで、Azure AI Foundry、Azure AI Search、Microsoft Fabric を統合しています。研究データの効率的な検索と分析を支援し、学術研究の生産性向上を実現するソリューションです。
Named Entity Recognition (NER) による Person、Location、Organization 等の自動抽出と、ハイブリッド検索(キーワード+ベクトル検索)により高精度な情報発見を実現。環境に応じた認証戦略とマルチステージ Docker ビルドにより、開発環境から本番環境までシームレスな移行が可能です。
7. Chat with Your Data Solution Accelerator
- 企業データとの対話インターフェース
PostgreSQL と Cosmos DB の 2 つのデプロイメントオプションを提供し、組織のニーズに応じた柔軟な選択が可能です。RAG パターンによるセマンティック検索と、Azure AI Search を活用したベクトル埋め込みにより、企業データとの高度な対話機能を実現します。
Advanced Image Processing により GPT-4 Vision と Azure Computer Vision を統合し、画像とテキストの両方からインサイトを抽出。統合ベクトル化でドキュメント処理を効率化し、3 つのオーケストレーション戦略(OpenAI Functions、Semantic Kernel、Prompt Flow)から最適な手法を選択可能です。
📝 ドキュメント処理
8. Content Processing Solution Accelerator
- 非構造化コンテンツの変換
- イベント駆動型処理パイプライン
Azure AI Content Understanding ServiceとAzure OpenAI Service (GPT-4o Vision) を組み合わせ、PDF、画像などの非構造化コンテンツを変換します。イベント駆動型パイプラインによる精度スコアリングと、自動処理と人間検証の適切な識別により、大量のドキュメント処理を効率化します。
マイクロサービスアーキテクチャ(Content Processor、Content Process API、Monitor Web)により関心の分離を実現し、Azure App Configuration による一元的な設定管理で運用効率を向上。Pydantic ベースのカスタムスキーマ定義により、組織固有の要件に柔軟に対応可能です。
バッチ型の Azure AI Search スキルパイプラインではなく、イベント駆動型アーキテクチャを採用することで、リアルタイム処理、カスタムスキーマ検証、人間参加型レビューを柔軟に統合している点が特徴です。
9. Document Generation Solution Accelerator
- ドキュメントテンプレート生成
- DOCX 形式エクスポート
Azure AI Foundry を中核とし、Azure OpenAI Service と Azure AI Search を統合したRAG パターンによるドキュメント生成ソリューションです。セマンティック検索で関連情報を識別し、Prompt Flow (注:ハブ ベースのプロジェクトのみ) による要約とテンプレート生成により、企業データに基づく DOCX 形式のドキュメントを自動作成します。
5 つの検索クエリタイプ(simple、semantic、vector、vectorSimpleHybrid、vectorSemanticHybrid)から最適な手法を選択可能。Managed Identity とマルチレイヤーセキュリティでエンタープライズグレードの安全性を確保し、WAF 対応のデプロイメントオプションで本番環境への段階的な展開を支援します。
🔄 マイグレーション・モダナイゼーション
10. Container Migration Solution Accelerator
- EKS/GKE から Azure へのコンテナ移行
- マルチエージェントによる移行自動化
Semantic Kernel を活用した 7 つの専門 AI エージェントが協調動作し、EKS/GKE から AKS へのコンテナ移行を自動化します。Model Context Protocol (MCP) による標準化されたツール統合と、Azure Well-Architected Framework 準拠の設計変換により、分析→設計→YAML 変換→ドキュメント生成の 4 段階プロセスで包括的な移行を実現します。
Sequential Authority パターンにより MCP 操作の重複を抑え、Azure OpenAI o3 モデルの高度な推論で複雑な移行判断を自動化。プロセスフレームワークとマルチエージェント協調の組み合わせによって各フェーズで専門知を結集し、人的エラーを最小化した高信頼な移行を実現します。
Sequential Authority パターンの優れた点として、各エージェントのプロンプトに明確な権限階層と冗長性防止ルール(Anti-Redundancy Enforcement) を組み込み、Foundation Leader(基盤構築者)が一度だけ MCP 操作を実行し、後続の Enhancement Specialist(強化専門家) 以降は既存の基盤を読み取り専用で活用する設計です。プロンプトレベルで「DO NOT perform redundant source file discovery」「READ and TRUST the authoritative foundation」といった明示的指示を与えることで、冗長な MCP 操作を75%削減しつつ、各専門家が自身の領域に集中できる協調動作を担保します。
11. Modernize Your Code Solution Accelerator
- SQL クエリの翻訳・最適化
- レガシーコードのモダナイゼーション
Azure Well-Architected Framework (WAF) 準拠の 2 つのデプロイメントオプション(Sandbox/Production)を提供します。マルチエージェント型アプローチにより、レガシーコードからモダンなターゲット環境への SQL クエリ変換を自動化し、ビジネスロジック分析、反復的エラーテスト、要約レビュー機能で移行時間と労力を大幅に削減します。
Zero Trust Network とプライベートエンドポイント、Azure Bastion + Jumpbox による内部管理アクセスでセキュリティを強化。Infrastructure as Code (Bicep) による再現可能なデプロイメントと、Log Analytics + Application Insights による包括的な観測性で、本番環境での信頼性の高い運用を実現します。
🤖 マルチエージェント・自動化
12. Multi-Agent Custom Automation Engine Solution Accelerator
- 専門化された AI エージェントによる協調作業
- インテリジェント自動化パイプライン
専門化された AI エージェントの協調により、ユーザー入力に基づいてタスクを計画・実行・検証する自動化エンジンです。Model Context Protocol (MCP) による標準化されたツール統合と、ドメインベースのサービス組織化により、1 つの機能で無制限のユースケースをサポートする GenAI スケーラビリティを実現します。
FastMCP ベースの Factory Pattern により再利用可能なツール管理を実現し、複数トランスポート(STDIO、HTTP、SSE)をサポート。Entra ID 認証統合と Private DNS Zones によるセキュアな通信基盤で、エンタープライズレベルのセキュリティとスケーラビリティを提供します。
🚀 インフラストラクチャ・デプロイメント
13. Deploy Your AI Application In Production
- Azure AI Foundry プロダクション環境デプロイメント
- Well-Architected Framework 準拠
- ネットワーク分離とプライベートエンドポイント
- マネージド ID による認証
- Bicep ベースのモジュール化された IaC
ネットワーク分離とプライベートエンドポイントによる完全なセキュリティ環境を実現し、Azure Bastion 経由のジャンプボックスアクセスでエンタープライズグレードの保護を提供します。Managed Identity による認証、Log Analytics との統合診断、モジュール化された Bicep インフラストラクチャにより、AI Foundry のプロダクション環境デプロイメントのベストプラクティスを実装します。
Well-Architected Framework (WAF) の 5 つの柱を包括的に適用し、最新の Azure OpenAI API (2025-04-01-preview) を活用。機能フラグシステムにより必要なサービス(Cosmos DB、SQL Server、ACR、API Management)を選択的にデプロイ可能で、柔軟かつコスト効率の高いインフラストラクチャを構築できます。
2024 年版
2023 年版

























