2
2

Delete article

Deleted articles cannot be recovered.

Draft of this article would be also deleted.

Are you sure you want to delete this article?

社内AIエージェント開発における toE / toD 分離という考え方

Posted at

〜EmpX と DevX を混ぜると、使いづらくなる?〜

はじめに

「誰でも作れる時代」がやってきた

昨今、AIを取り巻く環境は劇的に変化している。

Vibe Coding(バイブコーディング) の登場により、「こんな感じで作って」という自然言語の指示だけでアプリケーションが生成できるようになった。Claude Code, Codex, Cursor、GitHub Copilot、Replit Agent などのAIコーディングツールは、もはやエンジニアの標準装備になりつつある。

さらに、ノーコード/ローコード開発プラットフォーム(Dify、n8n、Microsoft Copilot Studio など)の進化により、プログラミング知識がなくても社内向けAIエージェントを構築できる時代が到来した。

これまで「開発チームに依頼して数ヶ月待つ」必要があった社内ツールが、今では現場の担当者が数日で作れてしまう。

「ChatGPTのようなものを社内でも使いたい」
「問い合わせ対応を自動化したい」
「ドキュメント作成を効率化したい」

こうした声に対して、「じゃあ作ってみよう」と気軽に着手できる環境が整ったのだ。

しかし、「作れる」と「使われる」は別の話

ところが、いざ開発を始めてみると、こんな違和感を感じたことはないだろうか。

  • 一般社員には「難しそう」「何を入力すればいいかわからない」と敬遠される
  • 開発者からは「自由度が低い」「ブラックボックスすぎて改善できない」と不満が出る
  • 結果として、誰にも刺さらない中途半端なアプリになる
  • ローンチしたものの、1ヶ月後にはほとんど使われなくなる

技術的には作れるのに、なぜ使われないのか?

その原因の多くは、ユーザーを一括りにしてUXを設計してしまうことにある。

「社内の全員が使えるように」という善意の設計が、皮肉にも「誰にとっても使いづらい」プロダクトを生み出してしまうのだ。

本記事の目的

本記事では、社内AIエージェント開発において重要となる
toE(Employee)/ toD(Developer)というターゲット分離と、
それぞれに最適化された EmpX / DevX の考え方を、事例・ユースケースを交えて整理する。

この考え方を理解することで、「作ったけど使われない」という悲劇を防ぎ、本当に価値のある社内AIエージェントを構築できるようになるはずだ。


toE / toD とは何か

用語の定義

まず、本記事で使用する toE / toD という用語を明確に定義しよう。

用語 正式名称 意味 対象者
toE to Employee 一般社員向け AIを「使う」人
toD to Developer 開発者向け AIを「作る・育てる」人

これは、BtoB(Business to Business)やBtoC(Business to Consumer)のような、「誰に向けたプロダクトか」を明示する表記法である。

社内AIエージェントには、この2種類のユーザーが存在する。そして、この2種類をきちんと分けて設計することが、成功の鍵となる。

なぜ「toE / toD」という分け方なのか

「社内向けアプリなんだから、社員全員がユーザーでしょ?」

そう思うかもしれない。しかし、実際にはこの2つのグループは、AIエージェントに求めるものがまったく異なる

  • toE(一般社員):AIに「答え」を求める。仕組みには興味がない。
  • toD(開発者):AIを「制御」したい。仕組みを理解し、改善したい。

この違いを無視して「全員向け」に設計すると、どちらにとっても中途半端なプロダクトになってしまう。


toE(to Employee):一般社員向け

特徴

  • 社内の一般社員(営業、人事、経理、製造、企画など)
  • ITやAIは本業ではない
  • アプリは「業務を終わらせるための手段」であり、それ自体が目的ではない
  • 新しいツールの学習に割ける時間は限られている

典型的なユーザー像

「営業事務のAさん」
日々の見積書作成、顧客対応メール、会議の議事録作成に追われている。
ITツールは「教えられたことだけやる」タイプ。
新しいツールには興味があるが、使い方を覚える時間がもったいないと感じる。

目的・ニーズ

早く、正しく、考えずに業務を終わらせたい

このペルソナにとって、AIは「魔法の杖」であってほしい。
「何か入力したら、正しい答えが出る」——それだけでいい。
AIがどう動いているか、どんなプロンプトが裏で走っているか、そんなことには興味がない。

重視するポイント

  • 迷わない(何をすればいいか明確)
  • 失敗しない(間違った操作ができない設計)
  • すぐ終わる(最小のステップで結果が得られる)

toD(to Developer):開発者・IT担当向け

特徴

  • 社内の開発者、情シス、IT担当、テクニカルリード
  • AIエージェントを作る・育てる・運用する立場
  • 保守・拡張・再利用・トラブルシューティングを考える必要がある
  • システム全体のアーキテクチャを理解している(または理解する必要がある)

典型的なユーザー像

「情報システム部のBさん」
社内向けアプリの開発・保守を担当。
現場から「こういう機能がほしい」という要望を受け、実装する役割。
「なぜ動かないのか」「どう改善するか」を常に考えている。

目的・ニーズ

安全に、効率よく、継続的に作り続けたい

このペルソナにとって、AIは「制御可能なシステム」であってほしい。
中身が見えて、挙動が予測でき、問題が起きたら原因を特定できる。
そうでなければ、本番運用なんて怖くてできない。

重視するポイント

  • 透明性(AIの思考過程が見える)
  • 制御可能(プロンプトやフローをカスタマイズできる)
  • 再現性(同じ入力に対して予測可能な出力が得られる)
  • 運用性(ログ、監視、バージョン管理ができる)

なぜこの分離が重要なのか

toEとtoDは、同じAIエージェントに対して、まったく異なる期待を持っている

観点 toE toD
AIへの期待 「答えをくれる」 「制御できる」
学習意欲 低い(覚えたくない) 高い(理解したい)
エラー時の反応 「壊れた」「使えない」 「なぜ?原因は?」
成功の定義 業務が終わった システムが安定稼働

この2つを混同したままプロダクトを作ると、必然的に「どちらにも中途半端」な結果になる。


EmpX と DevX はまったく別のUXである

用語の定義:EmpX / DevX とは

toE / toD が「誰に向けたプロダクトか」を示すのに対し、
EmpX / DevX は「その人たちにどんな体験を提供するか」を示す概念である。

用語 正式名称 意味 関連するターゲット
EmpX Employee Experience 従業員体験 toE(一般社員)
DevX Developer Experience 開発者体験 toD(開発者)

つまり、toE / toD = ターゲット(誰に)EmpX / DevX = 体験設計(何を) という関係だ。

なぜ「体験」を分ける必要があるのか

「ターゲットが違うのはわかった。でも、同じアプリで両方対応できないの?」

答えは No だ。なぜなら、EmpX と DevX が追求する価値は真逆だからである。

EmpX(従業員体験)とは

EmpX(Employee Experience) とは、一般社員がAIエージェントを使う際の体験全体を指す。

EmpXが目指すもの

  • 「使いやすさ」:何も考えなくても操作できる
  • 「安心感」:間違った操作ができない設計
  • 「迷わなさ」:次に何をすべきか明確

EmpXの設計思想

「AIを使っている」と意識させない。
ただ「業務が終わる」という結果だけを提供する。

一般社員にとって、AIは手段であり目的ではない。
彼らが求めているのは「AIと会話すること」ではなく、「仕事を早く終わらせること」だ。


DevX(開発者体験)とは

DevX(Developer Experience) とは、開発者がAIエージェントを構築・運用する際の体験全体を指す。

DevXが目指すもの

  • 「透明性」:AIの思考過程が見える
  • 「柔軟性」:プロンプトやフローを自由にカスタマイズできる
  • 「デバッグしやすさ」:問題が起きたとき原因を特定できる

DevXの設計思想

「AIを制御できる」という安心感を提供する。
ブラックボックスではなく、理解可能なシステムとして扱える。

開発者にとって、「中身がわからないシステム」は恐怖でしかない。
本番運用するためには、「なぜこの出力になったのか」を説明できる必要がある。


EmpX と DevX の違い:詳細比較

同じ「AIエージェント」を扱っていても、
toE と toD では UX の正解が真逆になることが多い。

観点 EmpX(toE) DevX(toD)
自由度 低い方が良い(選択肢を絞る) 高い方が良い(何でもできる)
入力方式 選択式・定型・ガイド付き 自由記述・プロンプト・コード
出力形式 結果だけをシンプルに 中間過程・ログ・メタ情報も
エラー設計 そもそも起きない設計 原因が特定できる設計
説明方法 画面内ガイド・ツールチップ ドキュメント・API仕様書
習熟曲線 限りなくゼロに近く ある程度の学習を前提
カスタマイズ 不要(標準のまま使う) 必須(自分好みに調整)

具体例で見る「真逆のUX」

例:入力フォームの設計

EmpX(一般社員向け) ── ボタンを押すだけ。何を入力すべきか考える必要がない。

image.png

DevX(開発者向け) ── すべてを細かく設定できる。自由度が高い。

image.png


なぜ混ぜると失敗するのか

EmpX と DevX を同じ画面・同じUXで両立させようとすると、
どちらにとっても使いづらいものになりがちである。

よくある「混ぜてしまった」UI

image.png

結果

  • 一般社員:「詳細設定?プロンプト?怖い…触らないでおこう」
  • 開発者:「詳細設定が隠れてて面倒。プロンプトの編集範囲が狭い」

両方の機能があるのに、両方が使いづらい。これが「混ぜた」UIの末路である。


事例①:問い合わせ対応AIエージェント

社内ヘルプデスクや総務への問い合わせを自動化するAIエージェントを例に、
EmpX と DevX の違いを具体的に見てみよう。

toE(一般社員)向けUX ── EmpX

画面イメージ

image.png

回答画面イメージ

image.png

UX設計のポイント

  1. 選択式が主役

    • 「問い合わせ内容を選ぶ」だけで解決へ導く
    • 自由入力も可能だが、選択肢を先に提示
    • 「何を聞けばいいかわからない」を防ぐ
  2. 出力は「最終回答」だけ

    • AIの思考過程は見せない
    • ツール呼び出し(DB検索、FAQ参照)も裏で実行
    • ユーザーが見るのは「答え」だけ
  3. 「AIに聞いている」感を出さない

    • 「AIが回答しました」ではなく「ヘルプデスクの回答」
    • チャットUIよりも、Q&A形式のほうが安心感がある
    • 「間違うかもしれない」という不安を与えない

成功指標

  • 問い合わせ解決率
  • 人間対応への escalation 率
  • 利用継続率

toD(開発者)向けUX ── DevX

管理画面イメージ

image.png

UX設計のポイント

  1. すべてを制御可能に

    • プロンプトは自由に編集
    • ツール(外部連携)のON/OFFを選択
    • パラメータ(温度、トークン数)の調整
  2. 実行ログが見える

  • どのツールが呼ばれたか
  • どんな中間結果があったか
  • なぜこの回答になったか
  1. 改善サイクルを回せる
    • ABテスト機能(プロンプトAとBを比較)
    • 品質ダッシュボード(解決率、満足度推移)
    • 失敗ケースの分析(なぜ解決しなかったか)

成功指標

  • デプロイ頻度
  • 障害復旧時間(MTTR)
  • プロンプト改善によるKPI向上率

事例②:資料作成・要約AIエージェント

ドキュメント作成業務を支援するAIエージェントでも、
EmpX と DevX は明確に分けて考える必要がある。

EmpX のユースケース

典型的なシナリオ

シナリオ ユーザーの操作 期待する結果
会議議事録を要約 音声ファイルをアップロード → 「議事録作成」ボタン 整形された議事録が出力
資料を1枚にまとめる PDFをアップロード → 「エグゼクティブサマリー」選択 A4 1枚のサマリー
上司向け報告書作成 データファイル → 「週次レポート」テンプレート選択 報告書フォーマットで出力

UI設計例

image.png

ポイント

  • 操作は「ファイル選択+目的選択」の2ステップのみ
  • 「どう要約するか」は聞かない(ベストな方法で自動実行)
  • 専門用語を使わない(「トークン」「プロンプト」などは表示しない)

DevX のユースケース

開発者は、EmpX で提供する「テンプレート」を作成・調整する。

作業内容

作業 具体的な操作
要約粒度の定義 「3行要約」「1ページ要約」「章ごと要約」のルール設定
文体の調整 「である調」「ですます調」「ビジネス敬語」の切り替え
部署別テンプレート 営業向け、技術向け、経営向けの出力フォーマット作成
誤出力検知 「機密情報が含まれていないか」「数値に矛盾がないか」のチェックルール
品質調整 ログを見ながらプロンプトを改善

管理画面例

image.png


推奨アーキテクチャ:UX起点の三層構造

ここまでの議論を踏まえ、社内AIエージェントの推奨アーキテクチャを提案する。

各層の役割

対象ユーザー 目的 特徴
EmpX層 一般社員 業務を完了させる 安心・簡単・迷わない
Agent層 - AIの実行基盤 共通化・ガードレール
DevX層 開発者 AIを構築・改善する 透明性・制御可能性

重要な設計原則

1. EmpX と DevX は物理的にUIを分ける

「同じ画面に両方の機能を詰め込む」のではなく、
完全に別のアプリ・別のURLとして提供することが重要。

image.png

2. Agent層は両方から利用される共通基盤

EmpXの画面からもDevXの画面からも、同じAgent層を利用する。
これにより、開発者がDevX層で行った改善が、自動的にEmpX層にも反映される。

3. ユーザーは自分に必要な層だけを見る

一般社員は EmpX層 だけを見る。DevX層の存在すら知らなくていい。
開発者は DevX層 で作業し、EmpX層の使われ方をログで確認する。


よくある失敗パターン

社内AIエージェント開発でありがちな失敗を、toE / toD 分離の観点から整理する。

失敗①:一般社員にプロンプト入力を求める

症状

「まずはプロンプトを入力してください」
「より良い結果を得るには、具体的に指示してください」

なぜ失敗するか

  • 一般社員は「プロンプト」という概念を知らない
  • 「何を書けばいいかわからない」で離脱する
  • 書いても「思った結果が出ない」→「使えない」と判断される

解決策

  • プロンプトはDevX層で開発者が設計
  • EmpX層では選択式・テンプレート化された入力のみ

失敗②:開発者に「裏側は触れない」制約を課す

症状

「このAIツールは設定変更できません」
「プロンプトはベンダーが管理しています」
「ログは見られません」

なぜ失敗するか

  • 問題が起きても原因を特定できない
  • 改善したくても手が出せない
  • 「ブラックボックス」への不信感が蓄積

解決策

  • DevX層を用意し、開発者には完全な制御権を渡す
  • ログ、プロンプト、パラメータすべてを開示
  • 「自分たちで改善できる」状態を作る

失敗③:EmpXの安心感を優先しすぎて拡張不能

症状

「一般社員が混乱するから、機能は最小限に」
「シンプルさ重視で、カスタマイズ機能は付けない」

なぜ失敗するか

  • 現場の多様なニーズに対応できない
  • 「ちょっと違う用途」に使えない
  • 利用シーンが限定され、普及しない

解決策

  • EmpX層はシンプルに保ちつつ
  • DevX層で「テンプレートの追加」「ユースケースの拡張」ができるようにする
  • 新しいニーズに素早く対応できる仕組みを持つ

失敗④:DevXを優先しすぎて利用者が増えない

症状

「開発者は便利に使っているが、一般社員は誰も使っていない」
「機能は豊富だが、敷居が高いと言われる」

なぜ失敗するか

  • 「できること」の説明ばかりで「やりたいこと」に対応していない
  • 技術者目線のUIで、非技術者が迷う
  • 利用者数が少なく、投資対効果が出ない

解決策

  • EmpX層の設計に、現場社員の声を反映する
  • 「業務ベースのユースケース」から逆算してUIを設計
  • 技術用語を排除し、業務用語で説明

失敗パターンまとめ

失敗パターン 根本原因 対策
プロンプト入力を求める toEとtoDを混同 層を分離
裏側を触れない DevX層の欠如 開発者向け管理画面を用意
拡張不能 EmpX層のみ設計 DevX層で拡張可能に
利用者が増えない DevX層のみ設計 EmpX層を現場目線で設計

まとめ

本記事で伝えたかったことを整理する。

3つのポイント

1. 社内AIエージェントは「全員向けアプリ」ではない

「社内の全員が使える」という理想は美しいが、
それを追求するとかえって「誰にも使われない」アプリになる。

2. toE と toD は別のプロダクトだと考える

一般社員(toE)と開発者(toD)では、求めるものが根本的に異なる。
同じ画面で両方を満たそうとしないこと。

3. EmpX と DevX を明確に分離することで、初めてスケールする

  • EmpX層:シンプル、安心、業務に集中
  • DevX層:透明、柔軟、改善可能

この2つを物理的に分け、それぞれを磨き込むことで、
両方のユーザーに愛されるプロダクトになる。


本当に重要なこと

AIエージェント開発において重要なのは
「どんなAIを使うか」ではなく
「誰のUXを最優先するか」を決めることである。

GPT-5.2を使うか、Claudeを使うか、Geminiを使うか。
の議論の前に、まず「誰のために作るか」を明確にしよう。

ユーザーが定義できていないプロダクトは、
どんなに優れたAIを使っても、成功しない。


おわりに

もし社内で AI エージェントを展開しようとしているなら、
まずは toE / toD を分けて言語化するところから始めてほしい。

やってみてほしいこと

それだけで、設計・議論・合意形成の質は大きく変わるはずです。


この記事が、あなたの社内AIエージェント開発の一助になれば幸いである。

2
2
0

Register as a new user and use Qiita more conveniently

  1. You get articles that match your needs
  2. You can efficiently read back useful information
  3. You can use dark theme
What you can do with signing up
2
2

Delete article

Deleted articles cannot be recovered.

Draft of this article would be also deleted.

Are you sure you want to delete this article?