突然ですが、皆さんの会社には「なぜ作ったのかわからない」「作ったはいいけど、誰も使っていない」……そんな社内システムは眠っていませんか?
いわゆる JTC(日本の伝統的な大企業)では、こうした課題が起こりがちだと感じています。
今回は、そんな課題に一石を投じるべく、社内システムの PoC 開発に「デザイン思考」を取り入れてみたお話です。
なぜデザイン思考だったのか?
きっかけは、情報システム部門(情シス)が主導する、ある社内システムの PoC 開発プロジェクトに私達(エンジニア 5 名のチーム)が参加させてもらったことでした。
プロジェクトのプロダクトオーナー(PO)を任されたのは、情シスの若手社員の A さん。A さんにとって、今回の PoC が初めてのシステム開発経験でした。
ユーザーは社内にいる研究員たちです。
JTC の情シスにおけるシステム開発は、ユーザーから聞いた要件を元に仕様を固め、ウォーターフォールで開発を進めるスタイルがまだまだ主流です。しかし、この進め方では、ユーザーの本当の課題
を見過ごしてしまいがちです。
「せっかく新しいシステムを作るなら、本当にユーザーに喜ばれる、価値あるものを作りたい!」
そんな想いから、私達は PO の A さんに「ユーザーの課題を深く理解するところから始めませんか?」と提案し、チームでデザイン思考のプロセスを実践することにしました。
私達が実践した 3 つのステップ+ α
具体的に私達が取り組んだプロセスは以下の通りです。
1. ユーザーインタビュー 〜「現場」を知る〜
何はともあれ、まずはユーザーの声を聞くことから始めました。
今回のユーザーである研究員の方々に、時間をいただいてインタビューを実施しました。

インタビューを通して得られた最大の気づきは、「同じ研究員
という職種でも、担当業務や役割によって見ている世界が全く違う」 ということでした。私達が漠然と抱いていた「研究員」というユーザー像が、いかに解像度の低いものだったかを痛感した瞬間です。
日々の業務で何に時間を取られているのか、どんなことにストレスを感じているのか。
生の声を聞くことで、私達のユーザーに対する解像度は爆発的に上がっていきました。
2. 共感マップ 〜ユーザーの「気持ち」になりきる〜
次に、インタビューで得た情報を元に「共感マップ」を作成しました。
これは、ユーザーが「見ていること」「聞いていること」「考えていること・感じていること」「言っていること・行動していること」を整理し、ユーザーのペイン(悩み)とゲイン(喜び)を深く理解するためのフレームワークです。

チーム全員で「このユーザーさんは、きっとこんなことでイライラしてるよね」「こういう情報がパッと手に入ったら嬉しいはずだ」と議論を重ねることで、メンバー間の目線が揃い、ユーザーへの共感が一気に深まりました。
このプロセスを通じて、PO の A さんも「何のためにこのシステムを作るのか」という目的意識をより強く持てたようでした。
3. ユーザーストーリーマップ 〜届ける「価値」を見える化〜
ユーザーへの共感が深まったところで、いよいよ「何を作るか」を具体化していきます。
私達は、ユーザーの業務フローを軸に、提供したい価値をマッピングしていく「ユーザーストーリーマップ」を作成しました。

これにより、
- ユーザーが本当に価値を感じる機能は何か?
- どの順番で開発すれば、最小限の労力で最大の価値を届けられるか?(MVP(Minimum Viable Product: 実用最小限の製品)はどこか?)
といった、開発の全体像と優先順位がクリアになりました。
要件定義書をいきなり書き始めるのではなく、ユーザーの体験価値を軸に開発スコープを決めることができたのは、非常に大きな収穫でした。
+ α. インセプションデッキ 〜チームの「北極星」を作る〜
デザイン思考のプロセスとは少し毛色が異なりますが、その後のスクラム開発にスムーズに移行するため、「インセプションデッキ」も作成しました。

インセプションデッキは、プロジェクトの「なぜ?(Why)」と「どうやって?(How)」を明確にし、チーム全員のベクトルを合わせるための強力なツールです。
- われわれはなぜここにいるのか?
- エレベーターピッチ
- パッケージデザイン
- やらないことリスト
- 「ご近所さん」を探せ
- 解決案を描く
- 夜も眠れなくなるような問題は何だろうか?
- 期間を見極める
- トレードオフスライダー
- 何がどれだけ必要か
これらの問いにチームで答えていくことで、「このプロジェクトで何を成し遂げ、何を成し遂げないのか」という"北極星"を全員で共有することができました。
やってみてどうだったか?
一連のプロセスを終えたところ、チームからポジティブなフィードバックがあり、特に PO の A さんからは次のような声が聞かれました。
「最初は手探りでしたが、研究員さんの顔や困っている姿が具体的に思い浮かぶので、何を作るべきかが明確になりました。このプロセスがなければ、ただ言われたものを作るだけになっていたと思います。」
これを聞いて、私達は「やってよかった!」と心から思いました。
さらに、嬉しいことに、この活動はユーザーである研究員の方々にも伝わり、途中から開発チームに研究員が 2 名参加してくれることになったのです。
実際にユーザーがチームに加わってくれたことで、私達だけでは気づけなかった専門的な観点からの指摘や、プロトタイプに対する的確なフィードバックを迅速に得られるようになりました。これにより、システムの精度は格段に向上しました。
そして、今回の経験を通して強く感じたのは、「JTC の社内システム開発にこそ、デザイン思考は必要だ」 ということです。
BtoC や BtoB のサービス開発と違い、社内システム開発のユーザーは同じ会社にいる仲間
です。
「ちょっと 30 分いいですか?」と、気軽にユーザーインタビューのアポが取れる。これは、デザイン思考を実践する上でとてつもないアドバンテージです。この恵まれた環境を活かさない手はありません。
作ってから「使われない」と嘆く前に、作る前に「本当に価値があるのか」をユーザーと一緒に考える。
この当たり前だけど忘れがちなプロセスが、社内の資産となる本当に使える
システムを生み出すのだと思います。
おわりに
今回は、私達が社内システムの PoC 開発でデザイン思考を実践した事例をご紹介しました。
この活動が、私達の会社の中で「ユーザー中心の開発」が当たり前になる、その第一歩になればと願っています。
この記事を読んでくださった皆さんも、もし身の回りに「なんだか使いにくい」社内システムがあれば、ぜひユーザーインタビュー
から始めてみてはいかがでしょうか。
きっと、たくさんの発見があるはずです。