「コードはAIで誰でも書ける時代」に生き残るのは、“書く前”を設計できる人
※技術実装の話ではなく、思考と設計の話です。申し訳ないけれど、あえてコードの前段にフォーカスします。
結論(要旨)
- 生成AIにより実装速度の優位は減衰した。差がつくのは課題定義・価値仮説・施策分解といった「コードになる前」の工程である。
- 生き残るエンジニアは、ユニークなアイデアを思いつく人ではなく、再現可能な思考プロセスで価値を設計できる人である。
- この記事は、アイデア出し/水平思考の技法と、“前工程”を形にするテンプレートを提示する。
1. 何が変わったのか(環境認識)
- コーディングの非希少化:同等品質のコード断片はAIで短時間に生成可能。
- 要件の複雑化:価値は誰のどの痛みを、どの瞬間に、どの制約下で解決するかの設計に宿る。
-
差の源泉の移動:
- Before:個の手数・記憶量 → After:問題設定力・探索設計・意思決定の質
- よって、“実装前”の精度が直接プロダクトの勝率を決める。
2. 「コードになる前」の5工程(ミニフレームワーク)
- 課題定義:誰の、どの状況で、何が阻害要因かを具体の文脈で言語化
- 価値仮説:その課題に対し、どうなれば価値を生むかを計測可能な結果で定義
- 施策分解:仮説検証に必要な機能を最小単位まで分割(意思決定を早回し)
- MVP設計:本質検証に不要なものは切り捨て、計測可能に絞る
- 計測と更新:KPI/KGIよりもまず行動指標(Leading) を設計し、意思決定をループさせる
合言葉:“作る前に、何を捨てるか決める”
3. アイデア出しの技法(実務で回せる最小構成)
3.1 SCAMPER(改良・転用の王道)
- Substitute / Combine / Adapt / Modify / Put to other use / Eliminate / Reverse
- 既存機能の何を置換/合体/転用/削る/逆にすると価値が跳ねるかを列挙する。
ワーク例(5分スプリント)
- 対象機能:例)通知機能
- S:メール→LINEに置換
- C:通知×スヌーズを組み合わせ
- E:二重通知を削除
- R:ユーザー→システムではなく、システム→ユーザー能動プルに逆転 …など
3.2 JTBD(Jobs To Be Done)
- ユーザーは製品を雇って仕事を片づける。
- 「ユーザーは何の“進歩”を達成したいのか?」から逆算する。
テンプレ
- [状況] ______ のとき、
- [進歩] 私は ______ を達成したい、
- [制約] なぜなら ______ が障害だからだ。
3.3 「逆張り四象限」
- よくある選択軸2つを十字に置き、空いている象限で解決策を設計。
- 例)「高機能⇔単機能」「汎用⇔特化」の軸で、単機能×特化の空白を狙う。
3.4 アナロジー転移
-
他業界の成功手口を構造化し、対象に写像する。
- 例)ゲームのデイリーミッション→B2B SaaSの定着施策に転用。
3.5 強制連結(ランダムワード法)
- ランダムな名詞を3つ出し、強制的に関連づける。
- 意味の飛躍で非連続の組み合わせを作る。
3.6 NABC(スタンフォード系ピッチ骨子)
- Need / Approach / Benefit / Competitionで1分ピッチを作る → 粗粒度で捨てやすくする。
3.7 TRIZライト(矛盾解消)
- 「Aを上げたいが、Bが下がる」タイプの技術的矛盾を列挙 → 空間分離・時間分離・階層分離で回避策を案出。
3.8 先祖返り(First Principles)
- 解決対象を前提なしの物理量/事実に分解してから再構築。
- 「本当に必要なのはXか?条件Yが本質では?」の再質問を連打する。
4. 水平思考を鍛える日課(15分×平日)
- 観察: その日見たプロダクトの削れそうな要素を3つ書く
- 逆転: 今日触れた仕様の前後関係を逆にしたら何が起こるかを1案
- 転用: 他業界の施策を1つ抽象化→1つ具体化
- 要約: 「何を捨てたから速い/軽いのか?」を140字で言語化
5. “仕様にならない仕様書”テンプレ(前工程を固める最短キット)
5.1 課題定義カード
[対象ユーザー] ______________________
[状況コンテキスト] __________________
[阻害要因/痛み] ______________________
[既存の対処/限界] __________________
[成功状態(行動指標)] ________________
[成功状態(体験/感情)] ________________
[非ゴール/やらないこと] ____________
5.2 価値仮説カード
もし[ユーザー/状況]に対して[施策X]を行えば、
[行動指標A]が[現状値]→[目標値]に変化し、
その結果[ビジネス指標B]が[目標値]に近づく。
検証は[期間/サンプル/判断基準]で行う。
5.3 MVPカット表
| 値の核 | 依存関係 | 省略可 | 代替 | カット理由 |
|---|---|---|---|---|
| 例:即時リマインド | Push権限 | × | 行動変化の核 |
5.4 ADR-lite(意思決定記録)
[決定] ________________________________
[背景] ________________________________
[採用した代替案/捨てた案] __________
[影響範囲/リスク] ____________________
[再検討トリガー] ______________________
6. アイデア評価スコア(短時間で“賢く捨てる”)
- 尺度:Impact / Confidence / Effort / Differentiation(各1〜5)
- 計算:
(Impact × Confidence × Differentiation) ÷ Effort - まず上位3案だけ残し、他は捨てる。スピードを担保。
7. AIと協働する“前工程”プロンプト(抜粋)
7.1 課題スコープ絞り込み
あなたはプロダクトストラテジスト。次の課題定義カードを読み、
・曖昧な語(多い/少ない/すぐ等)の数値化候補
・状況の粒度を下げるための追加質問
・非ゴールの提案
を箇条書きで出力せよ。
7.2 逆張り四象限の空白探索
対象ドメインの一般的な2軸を列挙し、各象限の代表プロダクトと
未充足ニーズを箇条書きにせよ。空白象限に対する施策仮説を3つ。
7.3 検証設計(行動指標優先)
次の価値仮説カードをもとに、2週間で回せる実験計画を作れ。
・必要なデータ/ログ
・Leading指標と閾値
・停止/継続の判断条件
・想定されるバイアス
重要:AIは発散と整形に強いが、意思決定と捨てる判断は人間が行う。
8. ミニケース:出欠管理の「差が出る前工程」
- 悪手:すぐに出欠フォームを実装
-
良手:
- 課題=「主催が当日朝に出欠未回答者を最小工数で確定したい」
- 成功=「当日9:00時点で未確定0、主催の操作は2クリック以内」
- MVP=回答催促の自動化と未回答者のワンタップ確定(既定値) だけ先に作る
- 計測=未回答者数、催促→回答のラグ時間中央値
- 結果:“回答フォームの美しさ”より“未回答を減らす仕組み” が価値の核と判明。
9. アンチパターン(やりがち注意)
- 要件≒UIの断片になっている(画面から考えない)
- KPI先行で行動指標が空洞(数字だけ追って行動が変わらない)
- 仮説の複合投下(何が効いたか不明になる)
- ToDo山盛りMVP(検証が遅れて意思決定コストが肥大)
10. 明日からの実践ステップ(30日ブートキャンプ)
- Day 1–3:課題定義カード×3ドメイン
- Day 4–7:SCAMPER&逆張り四象限で各5案、評価スコアでTOP3
- Day 8–10:価値仮説カードとMVPカット表を埋める
- Day 11–14:検証計画(行動指標・閾値・停止条件)
- Day 15–21:PoC実施、ログ整備、ADR-liteで意思決定記録
- Day 22–30:学習の統合(捨てた案含む)→次イテレーションに反映
11. 付録:ワークシート一式(コピペ可)
11.1 How Might We(HMW)生成テンプレ
[ユーザー] が [状況] のときに [進歩] を達成するために、
私たちは どうすれば [障害] を乗り越えられるだろう?
11.2 実験ログ雛形
[実験ID] / [仮説] / [施策] / [期間] / [サンプル]
[Leading指標の推移]
[意思決定] 継続 / 停止 / ピボット(根拠を定量+定性で)
[学び] 次の仮説に何を引き継ぐか
11.3 アイデア評価シート(CSV見出し)
idea,impact,confidence,effort,differentiation,score,notes
おわりに
実装の巧拙は重要だが、価値は実装前に決まる。
アイデアは天才の閃きではなく、再現可能な思考プロセスで量産できる。
本稿のテンプレと短時間ワークを、自分とチームの日課にしてほしい。
“書く前の設計”を武器にしよう。それがAI時代のユニークさの正体である。