ビジネスをつくる
前回の続き
何を売るのか?
プログラムを勉強しているとプログラム脳になっていき、なんとかプログラムだけで稼げないかと考えがちである。自動トレードや、AIを使ったリスティングでアフィリエイトなどである。
そうなってしまうと、狭くて深い穴に陥っているのと同じである。
ビジネスは自由やん。
別に大根を売ってもいいやん。堀江さんは肉を売ってるし、孫さんは会社を売っている。
ITやプログラミングというのは、あくまでも目的の為の道具であって、目的そのものやない。ユーザーは、バックでどういう言語やフレームワークが動いてるかなんて、どうでもOK.
で、まず、個人で何かビジネスを始めようと思わば、壺であれ、青汁であれ、情報商材であれ、映像コンテンツであれ、何か売るものを見つけないといけない。
なにもしない人をレンタルすると言う人が居たが、あれもなにもしないと言うコンセプトで自分の時間と話のネタを売っているわけだ。
今の時代、よほどのニッチマーケットでも競争がある。完全なる青い海は存在しない。
なにを売ったらええんや、儂なんにもあらへんがな と思い悩む時には、色々考えるべきポイントがある。
- 他の人よりも自分の方が上手く出来ることは何か
- 競合他社と比べて、自分のアイデアは何が違うのか
- モチベーションを持ち続けられるのか
- 何が面白いのか、自分で完璧に理解できているか
他の人よりも自分の方が上手く出来ることは何か
正直、自分よりも優れている人は世にごまんといる。
その中で、勝てない相手と無闇に競うよりも、他人と違っている部分にフォーカスする事は重要だ。 イチローに野球で勝てなくても、そば打ちでは勝てるかもしれない。
その時の考え方として、掛け算の思考法は役に立つ。
自分の場合、ひのきの棒であっても、何か武器を持っているだろうかと書きだしてみる。
- 英語力
- 日本語力(海外にいる場合は、日本語が話せると言うのは紛れもないメリット)
- 長年の自営経験
- 海外でのビジネス経験
- 長年住んでいるフィリピンでの土地勘や人脈
- 多少のプログラミングスキル
結構あるではないかと思うけれど、個々の能力自体は雑魚師匠である。
自分よりもフルーエントな英語が話せる日本人なんて山ほどいる。
どんな僻地に行っても日本食レストランがあるように、海外で小さなビジネスをやっている異邦人など、全くめずらしくない。
自分のプログラミングスキルなんて、ピラミッドの最下層である。
ただ、これらを掛け合わせていく。
英語が出来て、多少のプログラミングスキルがあると、レア度が上がる。
さらに、英語が出来て、プログラミングスキルがあり、なおかつ海外でビジネス立ち上げ経験があるとなると、さらにレア度が上がる。
そう行った感じでプロパティを掛け合わせていくと、他ではなかなか居ないユニーク人材となるのだ。
そういった視点から自分を見た時に、何が他の人よりも上手く出来そうなのかが、何となく見えてくる。
自分は日本人であり、英語でコミュニケーションがとれ、なんの因果かフィリピンという土地に長く滞在し、ここに人脈もあり、ビジネスの立ち上げ経験もある。
野球選手が居酒屋を始めるが如く、ここで、日本に帰って豆腐屋等をはじめてしまったのでは、全くダメなのである。
自分の武器が何一つ活かせないまま、豆腐業界の熾烈な競争に巻き込まれて即死は必至である。
で、まず、簡単に思いつくのは、英会話サービス。
フィリピンはアジアで最も英語が話されており、気質がフレンドリーで、人件費は安い。
逆に日本人は英語は全くダメで、ほぼ聞き取れないし、話せない。習いたいと思っている日本人は多いので、マーケットはでかい。まさに無いものがこちらにはあり、パズルがハマる。
なので、フィリピンの先生を雇い、英会話サービスを日本で売ると言うのは、かなり誰でも思いつく鉄板ネタである。実際、日系、韓国系、中国系とかなりの数の英会話スクールが設立されており、すでに血の海である。
競合他社と比べて何か違うものがあるか
英会話で考えると、今更大きな資本がやってるような事を、自分の様な個人がなぞった所で、上手く行く訳がなかろう。喧嘩自慢が格闘家にボコられるあれである。
大手には出来ないもの。全く違う何かが必要なのだ。大手企業って、実は出来ないことも多いのだ。
そう言うことを考えていた時に思い浮かんだのは、こちらのKTVである。何かと言うと、いわゆるキャバクラで、セクシーな女の子が隣につき、ビールなどを飲んでカラオケを歌えるという場所である。
何度か付き合いやアテンドで、日本からの客人を連れていったことがあるのだが、普段は恥ずかしがって英語なんてとんと話さない紳士たちが、こういう場所に行くと、嬉しそうになんとか話そうとするのである。
ビールやカラオケというリラックスしたムード、フィリピン特有のユルイ雰囲気、セクシーギャルというモチベーション。ひょっとすると、KTVっていうのは、語学習得にバッチリな空間なのじゃないかと気づいたのである。
こういうエッセンスを持った語学学習の場って、ないよね。で、大手は絶対出来ないよね。
個人的にも、こっちの語学学校には色々と知り合いも働いていて、だいたい内部がどういう感じなのかも分かっている。
語学学校というフォーマットは、どこも同じような内容に収束していき、結局は価格競争の血の海になる。
出来るだけ高学歴で、ネイティブのような発音のエスタブリッシュな先生を雇い、TOEFLだビジネス英会話だと同じような教材とサービス内容になり、似たり寄ったりのカリキュラムになっていく。親子留学など、どこかのアイデアが流行ると、すぐに他者がパクリだす。
パッと見ると、ほとんど違いが分からないという末路をたどる。
そもそも、会話っていうのは、本来は生のコミュニケーションであって、勉強っていうフォーマットに乗っちゃうと本当に楽しい部分がなくなっちゃうんじゃないかと。
普段の生活でも、高学歴のちゃんとした人と、教科書に載っているような会話してたって、全然面白くないよね。逆にストレスだし、苦痛。
普通に現地の綺麗な子と、何を食べたとか、どこで遊んでるのとか、正しい文法とか気にせずに他愛もない会話をしてた方が楽しいよね。
で、それが英語習得に繋がったらめちゃいいやん っていう風にだんだんイメージが膨らんできたのである。
英語スクールというか、英語でおしゃべり出来るような空間。
英語のオンラインチャッティングプラットフォームって面白いよね。
コンプライアンスのキツい世知がないこの世の中で、大手のスクールは、こういう出会い系的な要素を持ったビジネスはまず出来ない。特に日本をベースにしていると無理。
で、これってコアの部分は人材業なのである。リアルな人を管理しないといけない。
こういう性質のビジネスは、やはり現地にいないとかなり難しい。
多くの外国人がアジアで経営するビジネスを見てきたけど、リモートでやろうとするとほぼ失敗している。
つまり、日本にいる自分より優秀な日本人よりも、自分自身が現場にいるという自分の強みを活かせるわけだ。
モチベーションを持ち続けられるのか
自分で何かをはじめる場合、やはりモチベーションを保ち続けられるかは重要だ。
だって、誰からも求められてない訳で、それをやった所で自営は給料が払われる訳ではない。24時間働こうが、利益が出なければ、収入はゼロ。またはマイナスである。
そんな中で、何かを継続してやって行くというのはなかなかに難しい。
また、好きなことや趣味っていうのはそれを商売にした途端ほぼ確実にそれが好きではなくなってしまう。
趣味で楽しくやっていたことが、仕事になると途端にそれに対する報酬が支払われないとやる気がなくなってしまったりするよね。イラストとかゲームとか。
趣味で始めた商売で、継続して上手くやっている人を見たことがない。
物乞いにお金を恵んではいけない
そういう時に重要なのは、なんらかの意義やヴィジョンであると思う。
アジアに来て、現地の人達の中に入り、見えて来たのは、日本の格差など誤差なくらいの格差である。
あと、勿体無いなーと常日頃思うのは、エネルギーに溢れた若い奴らが仕事にあぶれ、貴重な時間を持て余してぶらぶらしているのを見たり、相当な数の若いシングルマザー達が子育てに忙殺され、定職につけず、結果貧乏に喘いで子供達にまともな教育を与えられず、そういう子供たちが成長するとまた仕事にあぶれて貴重な時間を持て余し、昼間からぶらぶらとしているのを見たりする時である。
あと、外国人だと、色んな人から金を無心される。2-3回しか会ったこと無いのに、Hi Friend! とかとメッセージが送りつけれ、誰それが病気だとか、子供の学校にあれこれの経費がかかるとかで、外国人のお前は可哀想な私にお金を直ちに送金する様に命じられる。まさに困っている者にはパンを与えよを貧者目線で解釈しているのである。
基本、可哀想でもお金を送るのはダメである。
なぜかというと、物乞いすればお金がもらえるんだ!という成功体験が刻み込まれ、困ったら物乞いという思考回路になってしまうし、そもそもお金は稼ぐものではなくてもらうものという意識になり、どんどん堕落していくからであり、彼らの子供達にも全くいい影響を及ぼさない。アジアに行くと、今でも乳飲み子を連れて物乞いしている人達を路上の至る所で見かけるであろう。
また、あげたお金がなくなったらさらに物乞い、それがなくなればまた、、という無間地獄に陥るしかなくなってしまう。
魚を与えるより、釣竿を与えよ という教えがある様に、お金ではなく、お金を稼ぐ方法なりツールを与えるのが、時間はかかっても問題の根本解決になる。
つまり、こちらに来てから長年の間、労働機会の創出というのは、ずっと頭の中にあるテーマで、そういう事が出来たら素晴らしいなあと思っていたのである。
労働機会の創出とかというと、大層に聞こえるやもしれませんが、やる気のある人に、ちょっとしたバイト仕事とインカムの機会を作れればそれで十分意義がある。
つまり、このビジネスを通して、仕事の機会を創出したいというのがビジョンとなる。
基本的に、子育てに忙しいシングルマザーや、9時5時の仕事が難しい人達に、フレキシブルな仕事を創出できれば、オーケーである。
つまり、在宅ワークで登録制というシステムが見えてくる。
空いてる時間をサイトに登録してもらって、生徒にブッキングしてもらうというシステムである。
これは自分にとっても好都合で、固定の人材を抱える必要が無くなり、こなしたレッスンの分だけ支払えば良いので、先生に対する支払いで赤字になることは無い。
つまり、サービスをプラットフォーム化するのだ。
ここまでで、ビジネスのアウトラインがだいぶんはっきりとして来たね。
- フィリピンの定時の仕事が難しい若い層にフレキシブルな仕事の機会創出を目的とした、英語のおしゃべりプラットフォーム。
- 学歴不問で魅力的な若いフィリピン人を集めて、テキストブックや決まり切ったトピック、カリキュラム一切無し。より生のコミュニケーションにフォーカスしたサービス。
- 決められたカリキュラムよりも、先生個人の個性でリピーターが付くようなスタイルのレッスン。
何が面白いのか、自分で完璧に理解できているか
これって、何を始めるにしても、作るにしてもかなり重要だと思っている。
他人からすればどうでも良いことでも、自分の中で何が面白いかを理解できていると、アイディアに芯が通るからだ。
アイディアを形にして行く過程では、無数の決断が必要になる。
その時に必要なのは、背骨である。それを無くすと、アイデア全てが崩壊するという部分。
妥協しないといけない場面も多々あると思うが、絶対に譲れない芯の部分がはっきり分かっていれば、決断は簡単である。そこさえ守っていれば良いからね。
例えば、自分がジャックドーシーで、140文字しか書けないブログの様なサービスを思いついたとしよう。
この文字数。短文であること、シンプルであることが何より重要な訳だ。
多分、こういうアイデアを他人に話すと、すでにブログってえものがあんだから、もう少し文字数増やしたほうが良いよとか、動画とか写真とか、色んなメディアをアップできるようにした方がきっと面白いよ とか、ツィートに関連した自動広告をこういう風に色々な場所に表示できる様にして とかなんとかかんとか色々言われると思うのだけれど、自分はこの文字数が1番重要であり、余計な要素は省いて極力シンプルな短文サービスだから良いんだ と理解していれば、そういう外野の声にブレることはない。
前回の記事にも書いたけど、その部分がないから、外から色々言われて泥団子化し、結局何がやりたかったのか誰もわからないような愚かなサービスが出来上がるのだ。 フワッとしたアイデアは瞬時にゴミ化しやすい。
自分のサービスは自分が誰よりも理解しているべきで、そこは譲ってはいけない。
失敗しても、自分で面白いと思うことをやりきったんだから、それはそれで清々しいではないか。
例えば、子供って、よく分からない作業に没頭して遊んでいることがあるけれど、大人がこっちの方が面白いとか、これを使った方が良いとか口を挟むと、途端に興味を失ったりするよね。彼らなりに、その作業になんらかの面白さを感じてやっているわけで、ほんのちょっとしたことでそれは失われてしまうのだ。
自分が本当に面白いと思うということは、すでにサービス開始前に、自分という顧客が世界に1人はいるという事実である。
世界に1人いるということは、10人はいるだろうし、10人いれば、100人はいるという事だ。
そもそも、自分で何が面白のか分からないようなものを、わざわざ自己開発で作っても、それは誰にとっても意味がなく、時間とコストの無駄にしかならないよね。
それは上手くいかないだろうね
で、ここまでに書いてきた英会話プラットフォームのラフなアイデアを、酔った勢いで何人かのビジネスをやっている近しい友人に話したところ、返ってきた感想である。
理由は皆同じような事由で、まず、個人に依存するビジネスは上手くいかない。 という点である。
ネットアイドルのように、先生個人の個性に生徒が付くようなイメージを考えていたのだが、例えば人気のある先生が辞めるとか、何か問題が起こったときに、他の人がカバー出来ないよね?っていう事である。なので、出来るだけスクールとして均一化、マニュアル化していった方が良いよという話である。
そうなると、すでに書いたように結局他のスクールと同様に、同じ様なサービスに収束していって、ただの英会話スクールになっちゃうよね。自分は英語学校がやりたいわけではない。
もう一つの感想として、出会い系的なカジュアルな雰囲気にすると、色々とイメージが良くないよと言ったもの。
出会いっていうのは刺激的で、言葉を習得する上で最高のモチベーションになると個人的には思っている。
言語習得の近道は、その言語を話す友達、恋人、ビジネスパートナーなどを作ることである。言葉っていうのは、生々しいものなのだ。
なんか、他の英会話スクールって、そういう部分が抜け落ちていると思う。
色々と建前は言っても、やっぱり人間は刺激を求めていて、少しいかがわしい匂いに敏感である。
それこそ大手が出来ない部分で、自分の様な個人が攻めていける部分だと考えている。
完璧にクリーンな雰囲気にしちゃうと、すでに書いたように結局他のスクールと同様に、同じ様なサービスに収束していって、ただの英会話スクールになっちゃうよね。自分は英語学校がやりたいわけではない。
結局、他の人から言われる上手くいかないよっていう部分が、このアイデアを形作る重要な部分なんじゃないかなと。 で、ここでブレてはいけない。
もちろん上手くいかない可能性も大いにある。
それも込みで、このアイデアを実際のサイトとシステムに落とし込み、サービスを立ち上げ、何が起こっていくのか、次回以降書いていく予定であります。
予定は未定。明日は明日の風がふく