Wi-Fi 7 と ローカル5Gのsub6
Wi-Fi 7(IEEE 802.11be)の目玉機能であるMulti-Link Operation(MLO)は、複数の周波数帯(2.4 GHz、5 GHz、6 GHz)を同時に活用して1つの論理的なリンクを形成する仕組みです。これにより、従来のWiFiが単一帯域に縛られていたのに対し、MLOは帯域を束ねて帯域幅を劇的に増大させ(最大46 Gbpsの理論値)、遅延を低減し(ベストケースで1 ms未満)、パケットロスを分散させることで信頼性を向上させます。この特性が、ローカル5Gの必要性を理論上排除する根拠となります。
まず、帯域幅の観点から見てみましょう。ローカル5Gはミリ波帯やSub-6 GHz帯を専用に割り当て、数百MHz〜1 GHz級のチャネル幅で数十Gbpsのスループットを確保しますが、WiFi 7のMLOは6 GHz帯の320 MHzチャネルを複数リンクで並列利用し、加えて5 GHz/2.4 GHzのバックアップを加えることで、実効スループットがローカル5Gの低〜中負荷領域(例: 工場内数十台のデバイスで10 Gbps程度)を十分にカバーします。干渉の多い公共帯域でも、MLOの動的リンク選択(STR: Simultaneous Transmit and Receive)とチャネルアグリゲーションにより、専用帯域並みの安定した帯域を「合成」できるため、5Gの「専用リソース確保」の優位性が相対的に薄れます。
次に遅延と信頼性の面です。ローカル5GはURLLC(Ultra-Reliable Low-Latency Communication)で1 ms以下の遅延と99.999%の信頼性を売りにしますが、WiFi 7 MLOはリンク間の冗長性(例: 6 GHzが混雑したら5 GHzに即時フェイルオーバー)により、パケット再送を最小化し、平均遅延を1〜3 msに抑えます。特に屋内・敷地内限定のローカル5G用途(スマート工場、病院、キャンパス)では、WiFiアクセスポイントを高密度に配置すれば伝播距離の短さ(6 GHzは壁越えに弱い)を逆手に取り、セルエッジでの遅延悪化を防げます。5Gの基地局級の投資(数百万〜数億円)に対し、WiFi 7 APは1台数万円で済み、スケーラビリティも高いため、コスト効率で圧倒します。
さらに管理・運用面でも優位です。ローカル5GはSIM発行、コアネットワーク構築、電波法遵守(免許申請)のハードルが高く、専門ベンダー依存となります。一方、WiFi 7 MLOは既存の企業LANに統合可能で、ゼロタッチプロビジョニングやクラウド管理(例: Cisco DNA、Aruba Central)で一元運用でき、セキュリティもWPA3-Enterpriseとパススルー認証で5Gのスライシング並みの論理分離を実現します。つまり、5Gが「垂直統合型専用網」であるのに対し、WiFi 7は「水平統合型共有網」として、同一インフラで多様な用途を低コストで吸収するのです。
ただし、この「ローカル5G不要論」は以下の前提が揃った場合に成立します。(1)利用環境が屋内・敷地内限定で数百m²〜数千m²規模、(2)同時接続デバイスが数百台以下でバーストトラフィック中心、(3)6 GHz帯がクリーン(他WiFiとの干渉低減)、(4)電力供給とバックホールが10 GbE以上確保済み。これらが崩れると(例: 屋外広域、超高信頼ロボット制御、数千台同時接続)、5Gの専用帯域とビームフォーミングが依然優位です。しかし、多くの企業ユースケース(オフィス、倉庫、小売、ホテル)ではWiFi 7 MLOが「5Gライクな体験」を無免許・低コストで提供できるため、理論上ローカル5Gの投資正当性が失われると言えます。将来的にはWiFi 8(802.11bn)でさらにMLOが強化され、このトレンドは加速するでしょう。
ローカル5Gのミリ波
Wi-Fi 7(IEEE 802.11be)のMLOがローカル5Gの多くを代替可能とする理論は前述の通りですが、ミリ波帯(28 GHz以上、主に24–47 GHz)の特性に着目すると、ローカル5Gが依然として明確に優位な領域が存在します。以下にその論理的根拠を段落形式で解説します。
ミリ波の最大の優位性は、利用可能な帯域幅の広さにあります。WiFi 7は6 GHz帯で最大320 MHzのチャネル幅を確保しますが、ミリ波5Gは1チャネルあたり400 MHz〜800 MHz、さらにはキャリアアグリゲーションで2 GHz超の連続帯域を専用利用可能です。これにより、理論ピークスループットはWiFi 7の46 Gbpsを上回る100 Gbps超を実現し、特に高負荷環境(例: 工場内で数百台の4Kカメラ同時ストリーミング)では実効スループットでも圧倒します。MLOが複数の狭帯域を「合成」するのに対し、ミリ波は単一リンクで広帯域を確保するため、リンク管理オーバーヘッドが少なく、効率が高いのです。
次に伝播特性とビームフォーミングの組み合わせによるカバレッジ制御です。ミリ波は直進性が極めて強く、壁や障害物で急減衰(10–20 dB/壁)しますが、5G基地局は256〜1024素子のMassive MIMOとダイナミックビームフォーミングで、特定デバイスへエネルギーを集中させます。これにより、見通し外(NLOS)でも反射経路を活用して安定通信を維持し、セルエッジでWiFi 7のオムニ方向性アンテナ(せいぜい8×8 MIMO)より10–20 dB高いリンクバジェットを実現します。屋内でも、ミリ波小セルを天井配置すれば「光ファイバー並みの無線」をピンポイントで提供でき、WiFi 7の6 GHz帯(減衰特性は5 GHzとほぼ同等)が届きにくい鉄筋コンクリート壁越え通信で優位です。
遅延の確定性も重要です。ミリ波5GはTDDフレームを1スロット0.125 ms単位で柔軟設定でき、URLLC向けに全帯域を低遅延パケットに割り当て可能です。一方、WiFi 7 MLOはCSMA/CAベースでコンテンション遅延が避けられず、混雑時に数msのジッターが発生します。ミリ波5Gはスケジュールベースのグラントフリーアクセスで、産業用ロボットアームの0.5 ms同期制御など、WiFi 7のTarget Wake Time(TWT)では到達困難な確定遅延を提供します。
さらに、干渉管理の観点でもミリ波が優れています。WiFi 7は免許不要帯ゆえに他ネットワークとの共存が必須ですが、ミリ波5Gは専用帯域(例: n257帯 26.5–29.5 GHz)を事業者または企業が独占的に確保でき、隣接セル間干渉をコーディネート干渉制御(CoMP)でゼロに近づけます。屋外ローカル5Gでは、ミリ波の狭ビーム(ビーム幅数度)が空間分離を強化し、WiFi 7の広ビームが干渉を増幅させるのと対照的です。
以上の特性から、ミリ波ローカル5Gは「超高帯域」「ピンポイント高信頼」「干渉フリー」の三拍子が揃うため、WiFi 7 MLOが代替不能なユースケース——例: 屋外港湾クレーン制御、スタジアム内8Kマルチビュー配信、クリーンルーム内数百台の協調ロボット——で不可欠です。WiFi 7が「汎用低コスト」で多くのローカル5Gを駆逐する一方、ミリ波5Gは「極限性能」を求めるニッチで生き残り、補完関係を形成すると言えます。