最近、なんだか妙に寂しい。
GeminiCLIが使えなくなった。
壊れたわけじゃない。バグったわけでもない。
もっと静かで、もっと現代的な終わり方だった。
アクセスが遮断された。
CLIはローカルに存在している。ファイルも残っている。起動もする。
でも、その先にあるAPIへ届かない。
つまり、終わりだ。
APIを認証して使うしくみのアプリは、便利なようでいて、とても弱い。
昔のソフトウェアは、ずっと手元にあった。
古いゲームも、古いエディタも、サポート終了しても動くものは動いた。
ところが最近は違う。
認証が止まる。
エンドポイントが閉じる。
権限が消える。
そうすると、手元に残るのはファイルだけになる。
GeminiCLIは更新頻度が高かった。
起動するたび何かが変わっていた。
改善なのか、実験なのか、未来への準備なのかは分からない。
でも終わったあとに残ったのは、GeminiCLIで作った成果物のみだった。
本体はAntigravityCLIへ。
妙に現代っぽい。
そんな感覚。
そういえば、Fable5も消えた。
出たと思ったら、もういない。
触る時間もなく、遮断されてしまった。
使える・使えない。
当たり前であるが、生殺与奪が完全に提供側に握られている。
もちろん昔からサービス終了はあった。
オンラインゲームも、SaaSも、クラウドも終わる。
でも、所有という感覚をまだ捨てきれていない。
ローカルにあるなら使わせてほしい。
契約が終わっても読みたい。
サービス終了後くらい、静かに老後を送らせてほしい。
もちろん技術的にも運営面でも簡単じゃない。
アプリ維持にも費用がかかる。
APIにもコストがある。
それでも。
最近のソフトウェアは、所有している感覚より、借りている感覚が強すぎる。
便利になった。
でも、残らなくなった。
未来のソフトウェアはどこへ行くんだろう。
クラウドのときには、ペットと家畜をくらべてたよね。
AIのときには、一回限りの使い捨てが増えていくのだろう。(※)
ポンだしで作れちゃうから。
なんだか、薄まっていくのが、寂しい。
※AIのとき
「今日は何を食べたいですか?」を支える舞台裏で例えると
- 丁寧に洗って乾かすレストランの高価な食器と
- 食後にポイするファーストフードの容器
くらいの世界観かな
