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はじめに
本記事は、メインフレーム業界の未来を担う若手の育成と活躍をテーマとした活動発表の記録です。
私たちは
「若手が集まり、誇りを持って働き続けることができる業界」
という最終目標を掲げ、業界の将来像を議論しました。特に、業界外から若手が入ってくるための入口づくりと、業界に入った若手が誇りを持って働き続けることができる環境づくりという二つの課題に注目し、その理想と具体的なアプローチを整理しました。本稿では、その内容を共有します。
理想の将来像
私たちが描く理想の将来像は、メインフレームが若手技術者にとって積極的に選ばれる技術となり、高いエンゲージメントをもって成長できる環境が整っている未来です。
外部から見たときに「古い技術」や「先細り」といった印象ではなく、その価値と魅力が正しく伝わり、自然と若手が集まる状態になる。そして業界に入った若手は、学びの機会や仲間とのつながりを得て、自らの成長を実感しながら主体的に取り組める環境をつくる。この循環によって、メインフレーム業界は将来にわたって活力を維持し、社会を支える人材を育て続けられると考えます。
理想の具体化
理想を具体化すると、二つの大きな方向性が見えてきます。
A. 若手が業界に入ってくるための入口づくり
メインフレームの価値や魅力が外部に正しく伝わり、自然に若手が集まる状態を目指します。情報の不足や誤解をなくし、業界への入口を広げることが前提です。
B. 若手が誇りを持って働き続けることができる環境づくり
仲間とのつながりや学びの機会が充実しており、若手が自らの成長を実感しながら主体的に取り組める環境が理想です。こうした状態が整うことで、業界全体の活力が維持され、若手が長期的に活躍できる土台がつくられます。
この二つを整えることが、若手が集まり、誇りを持って働き続けることができる業界を実現する鍵になると考えます。
A. 若手が業界に入ってくるための入口づくり
1.メインフレーム業界の若手技術者を取り巻く現状分析
メインフレームは、企業の重要なシステムを支える基盤技術として、多くの企業で使用されています。今後のメインフレーム業界を担う若手技術者を増やすための施策を考えるべく、まずは現状を整理してみました。
若手メインフレーマーを増やしていくためには、まずはメインフレームのことを知ってもらい、さらにキャリアとして選択してもらう必要があります。この2段階に沿って深掘りをしてみます。
1-1. メインフレームが知られる機会が少ない
大前提として、IT業界内外を問わず、メインフレームをより多くの若者に知ってもらうことが必要です。メインフレーム業界外でメインフレームを知っている方は非常に少ないと考えられます。実際に本ワーキンググループに参加している私たち自身も、配属となって初めてメインフレームの存在を知ったという人が80%以上を占めております。既にメインフレームを知っていたというメンバーも皆、「冷蔵庫より大きなマシーンのことを指すらしい程度の理解だった」「存在は知っているが、詳しくは知らない」という程度の理解に留まっていました。
1-2. キャリアとして選ばれることが少ない
この原因の背景には、メインフレームに対するレガシーな印象やネガティブな先入観があるのではないかと考えられます。また、そもそもオープン系領域と比べてインターネットに情報が少なく、メインフレーム自体の魅力、やりがいやキャリアが想像しづらいことも大きな要因ではないでしょうか。結果として、若者は他領域と比べてメインフレームに触れる機会が少なく魅力を感じにくい状態となっていると考えます。
ここまでで、メインフレームが知られる機会が少ない現状およびキャリアとして選ばれることが少ない現状と、その背景にある情報不足やイメージの問題について分析しました。次に、若手にメインフレームを「知ってもらい」「選んでもらう」ための具体的な施策例を考え、述べていきます。
2. メインフレーム業界の若手技術者を増やすための施策
2-1.メインフレームを「知ってもらう」ための施策
・意図せず情報が届く仕組みづくり
対象を「学生」と「社会人」に分け、それぞれに適したアプローチを設計します。
【学生向け】
大学に出向いての講義提供やインターン募集を通じて、まずは「ITインフラ」や「モダン技術」といった広いテーマを入口に興味を引きます。その後、メインフレームの役割や技術的特徴を紹介し、ハンズオン形式で実際に触れてもらうことで、具体的なイメージを持っていただきます。
【社会人向け①:社内教育】
メインフレームを利用する各企業に対し、メインフレームの位置づけや役割を体系的に紹介する教育コンテンツを全社向けに提供します。これにより、社員の理解と関心を高め、社内でのメインフレームの価値を再認識いただきます。
【社会人向け②:異分野コミュニティへの参加】
クラウド、AI、DevOpsなどのモダン技術系コミュニティーへのメインフレーム技術者の登壇・参加を促し、「その裏でメインフレームが今も動いている」事実を自然に刷り込むことで、異分野の技術者にも関心を広げます。
・調べやすくする工夫
「メインフレーム」という言葉を知らなくても、関連する情報に自然と触れられる環境を整えます。たとえば、「サーバー」「ITインフラ」などのキーワードで検索した際に、メインフレームの事例や技術が紹介されるような記事やブログをWeb上に増やしていきます。加えて、若手向けにわかりやすくまとめた技術ブログやQ&Aサイトの運営も有効と考えられます。
2-2. メインフレームを「選んでもらう」ための施策
・やりがいの可視化
金融・交通・行政など社会インフラを支えるメインフレームの役割を、ブログやSNSを通じて継続的に発信します。現場の声や成功事例を紹介することで、「自分の仕事が社会に貢献している」という実感を若手に届けます。さらに、各企業がこのような情報発信活動への参画を評価指標としてカウントすることを提言し、発信活動の継続性と組織的な価値を高めます。
・技術の面白さを伝える
既存コンテンツ(IBM Z XploreやIBM SkillsBuild)で提供されている環境を活用し、日本語で学習や質問ができる教材及びプラットフォームの整備を進めます。これにより、若手が安心して技術に触れられる環境を整えます。
・キャリアパスの明確化
メインフレーム技術者のキャリアや立ち位置を、ブログやSNSを通じて発信します。特定企業に限らず様々な企業・様々な立ち位置の技術者の声によって多様なキャリアパスイメージを届け、若手が将来像を描きやすくします。また、オープン系とメインフレームの両分野に精通した技術者が登壇するキャリアイベントの開催も有効と考えられます。
・社内イメージの刷新
若手技術者の活躍を社内報やイベントで紹介し、「壊してはいけない」「難しそう」といったイメージを刷新します。2-1でも触れた教育コンテンツを社内研修で活用し、ハンズオン形式での実施や社内コミュニティでの展開を促進します。さらに、将来のメインフレーム運用要員の育成という観点から、各社に対してこれらコンテンツの活用機会を訴求する活動も担います。
こうした施策を検討する中で、私たちはそれらを継続的かつ戦略的に遂行するためには、メインフレームの広報を担う企業横断的な組織が必要であると強く感じました。メインフレームの未来は、技術そのものに加え、それを伝える力にもかかっているのではないでしょうか。広報組織の立ち上げと継続的な各施策の実行が、次世代の技術者にとってメインフレームを「よく知られ・選ばれる技術」へと変えていく第一歩になると考えます。
B. 若手が誇りを持って働き続けることができる環境づくり
1. 若手技術者が抱えるメインフレームへの悩み
若手のエンゲージメントが高まる一因として、「自分の成長を実感すること」や「仲間とのつながり」があります。
しかし、現在メインフレームに携わる若手技術者の多くは、自分の成長が実感できず、同世代の仲間が少ないと感じており、エンゲージメントが低い状態にあります。
1-1. 成長の実感について
自分の成長は「断片的な知識がつながり全体像がより見えるようになる瞬間」や「独力で問題解決できた瞬間」に実感するものだと私たちは考えました。
メインフレームの技術は専門性が高く多岐にわたるため、全体像が見えにくく、断片的な知識がつながり全体像が見えるまでに時間がかかります。そのため若手が自分の成長をなかなか実感できず、メインフレームの魅力・面白さも理解できません。
また、メインフレームは分かりやすく解説されているWebサイトや参考資料が少なく、実機に触れる機会も限られていることから、学習のハードルが高く、習得までに時間がかかります。さらに、メインフレームは「動いていて当たり前」の存在であり、自分の技術が本当に役に立っているのか実感しにくいです。
それに対して、オープン系技術は成果が目に見えやすく、学習環境も整っているため、若手にとっては取り組みやすい印象があります。
その結果、メインフレームの魅力・面白さを理解する前に、他の職種や新技術開発など、新たに興味を持った分野へ転職するケースも見られます。
一方で長年メインフレームに携わってきたベテラン技術者は、長年の経験からメインフレームの技術を身に着け、数々の困難を乗り越えることで、少しずつ成長し、独力での問題解決能力も向上させてきました。その過程でメインフレームの魅力や面白さを理解し、メインフレームに愛着や誇りを持っています。
若手とベテランの間にあるギャップを埋める鍵は、「経験の蓄積」にあるのではないでしょうか。
メインフレームは、理解するまでに時間がかかる技術です。しかし、経験を積むことで、断片的な知識がつながり、全体像が見えてきたとき、初めてその面白さや奥深さに気づくことができます。
1-2. 仲間とのつながりについて
近年の「脱メインフレーム化」の流れにより、私たちの職場は年齢層が高く同世代の仲間が少ないと感じています。こうした状況は、若手にとって孤独感を生み出し、「自分だけがこの分野にいるのでは?」という不安を強める要因にもなっています。
しかし、社内に同世代の仲間が少ない環境でも、メインフレームの若手技術者が集まるイベントやコミュニティに参加することで、同世代のメインフレーマーに出会うことができます。実際のイベントでは、企業の垣根を越えて若手が集まり、勉強会や情報交換を通じて前向きな気持ちになれる空気が生まれていました。参加した若手からは「自分だけじゃなかった」「これから一緒に支えていく仲間がいる」といった声が聞こえ、孤独感が和らぎやキャリアに対する意識も前向きに変化していく様子が見られました。
こうした仲間とのつながりは、技術的な成長だけでなく、精神的な支えにもなります。孤独を感じやすい環境だからこそ、横のつながりを意識的に作ることが、若手の定着や成長につながるのではないでしょうか。
1-3. 現状分析のまとめ
メインフレームは、専門性の高さや学習環境の不十分さから、若手が自分の成長を実感するまでに時間がかかり、モチベーションを維持するのが難しいです。しかし、若手同士がつながりを持ち、励まし合いながら取り組むことでモチベーションを保ちやすくなり、成長を実感するまでの時間も前向きに乗り越えることができます。
つまり、「全体像の理解・独力での問題解決を促進し、成長の実感を得るまでの時間を短縮する工夫」と「仲間とのつながりをを強化する取り組み」が、エンゲージメントの向上において重要な鍵になると考えます。
2. 若手技術者のエンゲージメントを高めるための3つの施策
現状分析の結果、若手技術者は成長を実感しづらいこと、同世代の仲間が少なくキャリアへの不安や孤独感を抱えていること、などがエンゲージメント低下の要因となっていることが分かりました。この課題の鍵は、「成長の実感を得るまでの時間を短縮する工夫」と「仲間とのつながりをを強化する取り組み」にあります。
では、「自分の成長を実感すること」と「仲間とのつながり」には、具体的に何が必要なのでしょうか。
分かりやすく解説されたWebサイトや参考資料が少ないという問題意識から、私たちはこれまで若手向けの資料作成とWeb公開にも取り組んできました。しかし、単にナレッジを増やすだけでは十分ではありません。重要なのは、蓄積したナレッジを若手技術者がいかに効率的に活用し、自らの成長や仲間とのつながりに繋げられるかという点です。この観点を踏まえた具体的な解決策として、私たちは以下の3つの施策をメインフレーム業界全体で取り組むべきだと考えます。
1.定期的な勉強会の実施
2.AIを活用した資料探索
3.研修の実施
2-1. 定期的な勉強会の実施
一つ目は、知識の共有と技術者同士のつながりを促進するための勉強会です。
メインフレーム技術は多岐にわたり、自社内だけで学べる範囲には限界があります。まずは保険や金融といった業界単位で勉強会を実施し、そこで生まれた成功事例やノウハウを共有します。将来的にはその輪をメインフレーム業界全体に広げ、技術者同士が組織の垣根を越えて教え合い、学び合えるコミュニティを形成します。これにより、若手は断片的な知識をつなぎ合わせ、技術の全体像をより早く、広く理解できるようになります。また、同じ課題を持つ同世代の仲間との交流は孤独感の解消にも繋がり、学習意欲の向上に貢献します。
2-2. AIを活用した資料探索
二つ目は、学習速度を上げるためのAI活用です。
メインフレームに関する情報は、社内外に点在するマニュアルや手順書などに限られ、必要な情報を探し出すことに多大な労力がかかります。実際に「社内資料がどこに格納されているかわからない」や「Web上のどのマニュアルを見ればいいかわからない」といった声もあります。そこでAIを活用して必要な情報を瞬時に引き出すことで、探す時間が大幅に削減され、若手は問題解決そのものに集中できます。また、自己解決能力が高まることで、成長実感を得やすくなり、自信を持って業務に取り組むことができます。このようなAI活用もメインフレーム業界全体で取り組むことでさらなる効果が得られます。各企業が保有する資料の量や範囲には大きな差があります。そこで、各企業が持つマニュアルや手順書といった貴重な資料をメインフレーム業界全体で集約することで、アクセス性の向上にも繋がります。さらに、このAI活用は技術者同士の新たなつながりも生み出します。効果的なAIの使い方や成功事例を共有する場を設けることで、互いに教え合い、学び合う文化が生まれます。こうした情報交換が組織を越えたコミュニケーションを活性化させ、仲間との連携を深めます。
2-3.研修の実施
三つ目は、キャリアへの不安を払拭し、成長の土台を築くための研修です。
企業によっては十分な研修がないまま現場に配属されるケースもあり、体系的な知識がない状態では、成長スピードが鈍化してしまいます。研修の有無や手厚さは、現場配属後のモチベーションや業務へのとっかかりやすさに大きく影響します。そのため、現場配属前の研修は若手技術者にとって必要不可欠です。そこで、企業ごとの研修内容のばらつきをなくし、メインフレーム業界全体で標準化された質の高い研修プログラムを設けることで、すべての若手がメインフレーム技術者としての確固たる土台を築けるようにすることが最適だと考えられます。初期段階で体系的な知識と全体像を掴むことで、その後の知識吸収の効率が飛躍的に高まり、成長スピードを加速させます。
また、研修プログラムの内容を若手が主体となって企画や資料作成に関わることで、若手技術者が現場で本当に困っていることや、その具体的な解決策が直接的に反映されます。これにより、研修がより実践的なものになるだけでなく、共同で作業を進める中で若手技術者同士のつながりが深まり、互いに学び合う機会にもなります。
2-4. 施策がもたらす効果
これら3つの施策が連携することで、断片的な知識がつながり全体像がより見えるようになる瞬間や独力で問題解決できた瞬間が増え、成長の実感を得ることができます。また、組織の垣根を越えて実施することで仲間とのつながりをを強化し、キャリアへの不安や孤独感を解消します。
こういった施策を実施することで、若手技術者のエンゲージメントが高い将来が実現できます。
最後に
私たちは、メインフレーム業界が「若手が集まり、誇りを持って働き続けることができること」を目標としています。
そのためには、まず「入口づくり」として、メインフレームを“知ってもらう”“選択してもらう”技術にしていく必要があります。
さらに、業界に入った若手が早期に成長を実感でき、仲間とのつながりを得ながら主体的に取り組める環境づくりが不可欠です。
これらの実現には、個人や企業内での取り組みにとどまらず、企業間が手を取り合い、業界全体として同じ課題感を共有し、
「若手が集まり、誇りを持って働き続けることができる業界」へと、同じ方向性で進むことが重要だと考えました。業界全体での広報機能の整備や、研修・ナレッジ継承施策の標準化などがその一例です。
私たちは、こうした協力の先に、メインフレームが「脱却対象」ではなく、クラウドやAIなどの流行りの技術と並び立つ、ITインフラの一つとして認識される未来があることを願っています。
若手が誇りを持ってメインフレームに携わり、社会を支える技術として選ばれる時代を、私たちは本気で目指しています。
これにて、私たちのプロジェクトを終了します。
研究テーマを「若手視点で考える、メインフレームの将来像」と位置づけ、メインフレームの魅力探索やナレッジ継承に関する現状分析を行い、若手技術者の視点から将来像の考察と提言をまとめ、「若手が集まり、誇りを持って働き続けることができる業界にしたい」という具体的な姿を提示しました。
業務の傍ら、若手メンバーで継続的に話し合いを重ねる中で、業界の課題や解決策を見出し、それらを記事として記録に残しています。
ぜひ、メインフレーム業界の未来のために、業界全体で協力しながら、目指すべき方向へ進んでいければと思います。ご覧いただき、ありがとうございました。皆様からのご意見をお待ちしております。
この記事は、IBM Community Japanの主催する2025年ナレッジモール研究における「メインフレーム若手技術者の広場」の成果物です。