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YampaでFunctional Reactiveな認知行動療法ボット

Last updated at Posted at 2017-12-13

YampaでFunctional Reactiveな認知行動療法ボットを書く

これはHaskell Advent Calendar その3、13日目の記事です。前日の記事はmatsubara0507さん Haskell Backpack覚え書きでした。

はじめに

Functional Reactive Programming(FRP)を使うと、時間軸に沿って入出力の関係が変化するシステムの挙動を、シンボリックに記述し、組み合わせることができます。ロボット、ゲーム、GUIなどのプロラミングに便利です。Yampaは、Arrowの記法をフル活用するFRPのライブラリです。

認知行動療法(Cognitive Behaviour Therapy, CBT)は、医学的に確立された心理療法の一種です。ここでは、CBTの自己対話スキームを提供するボットを、Yampaを使って書いてみます。

目標

時間と入力によって変化するボットの挙動を、 正規表現のようなDSL(Domain Specific Language) で表せると便利です。状態変数を直接扱うと、コードが見にくくなったり、少しの挙動の変更が状態変数の意味や数に大きな変更を生じたりするからです。

Yampaでそのような正規表現的状態機械DSLを書いて、CBTボットのコーディングに使ってみます。

このCBTボットで何ができるか

ここで実装するCBTボットは人工知能ではなく、自己対話のためのガイダンスが目的です。ユーザーの指示にしたがって、必要な情報を表示し、記録し、後に分析を行う機能を持つことがゴールです。FRPで定義するボットの挙動は完全にピュアでIOと独立であるため、後の機能追加が用意であることが利点です。

YampaとArrowised Functional Reactive Programming(AFRP)

FRPは主に二つの概念によってなりたっています。

  1. 時間tにそって連続的に変動するシステムの挙動
  2. イベントの時系列[ev(t0), ev(t1), ... ]

この二つをシンボリックに組み合わせ、より複雑なシステムを記述していく技法が、Functional Reactive Programmingです。

FRPには次のような利点があります。

  1. 単純なシステムをシンボリックに組み合わせ、より複雑なシステムを記述する、 関数言語の方法論が使える。(例: sf1 >>> sf2)
  2. システムを入出力系と独立に定義できる。(e.g. stdio, http, websocket, GUI..)

欠点としては、特にデフォルトで遅延評価を行うHaskellの場合、パフォーマンスやリークの分析が難しいことがあげられます。FRPで起きるリークは、スペースリークとタイムリークに分けられますが、Yampaでは、時間tを直接露出せず、シグナル関数を操作するAPIを提供することによって、タイムリーク の問題を緩和しています。

Yampaを構成する概念は主に次の四つです。1

  1. 時間Time。システムが動きだした時を0とする。
  2. シグナル Signal a = Time -> a。値aを取るTimeの関数。
  3. シグナル関数 SF a b = Signal a -> Signal b。シグナルをシグナルへ写す、高階関数。
  4. イベント Event a = NoEvent | Event aMaybeと同型。シグナル関数から別のシグナル関数にスイッチするときに使う。

シグナルTime->aの直接操作はタイムリークを起しやすいので、シグナル関数をArrowとして抽象化し、シグナルを直接扱わないようにするというのがYampaの考え方です。もし時間を直接操作できるようにすると、「昔の記憶」がどこかに残っていれば、その記憶につながった他のデータも全てリークしてしまう可能性があります。

Yampaでは過去を参照する操作(e.g. integral, differential, delay, etc.)は限定され、タイムリークをおこしにくいよう設計されています。

シグナル関数は自然にArrowインスタンスを持ちます。時間とシグナルを隠すYampaののArrowプログラミングは、「状態」を隠すIOモナドプログラミングの一般化と見ることができます。(ArrowとMonadの相違については、@LugendreさんのAdvent記事がわかりやすいです)

状態機械DSLをYampaで定義する

基本的なYampaの使い方については、こちらのスライドがわかりやすいと思います。

ここでは、時間そしてイベントごとに状態を変えるロボットを、簡単に記述するためのDSLを考えてみましょう。

Yampaでシステムの状態を操作するには、次の方法があります。

  • loopPre :: c -> SF (a,c) (b,c) -> SF a b
    状態変数をフィードバックする

  • スイッチ2
    イベントによってシグナル関数の変遷を定義する

         -- *Switchとd*Switchの違いはスイッチが起きた瞬間、スイッチ前と後のどちらの出力を使うか
         -- d(==delayed)はスイッチ後の出力を使う

         -- Switch once and for all
         switch   :: SF a (b, Event c) -> (c -> SF a b) -> SF a b
         dSwitch  :: SF a (b, Event c) -> (c -> SF a b) -> SF a b

         -- Recurrent switches
         rSwitch  :: SF a b -> SF (a, Event (SF a b)) b
         drSwitch :: SF a b -> SF (a, Event (SF a b)) b

         -- Switch with continuation
         kSwitch  :: SF a b -> SF (a, b) (Event c) -> (SF a b -> c -> SF a b) -> SF a b
         dkSwitch :: SF a b -> SF (a, b) (Event c) -> (SF a b -> c -> SF a b) -> SF a b

状態変数を直接使った記述は、複雑な状態機械の記述にはあまり向きません。単純な正規表現や生成文法から、大量の状態変数が必要になることはよくありますし(最悪で正規表現の長さに対し指数的に増大)、少しの文法の変更が状態機械の大きな変更を強いることもあります。

ここでは、スイッチを使いシグナル関数の正規表現コンビネータを定義してみます。


    type UnitEvent = Event ()
    type ESF i o a b = i -> SF a (b, Event o)
    type UnitSF a b  = ESF () ()

    -- | Sequential associative composition along the Event timeseries (similar to regexp "ab")
    dStep :: ESF e e a b -> ESF e e a b -> ESF e e a b
    dStep x y e = x' `dSwitch` y
        where
            x' = x e >>> arr (flip (,) NoEvent) *** identity

    -- | Choice operator -- "a|b"
    dAlt  :: ESF il ol a b -> ESF ir or a b -> ESF (Either il ir) (Either ol or) a b
    dAlt x y e = case e of
        Left  il -> x il >>> identity *** arr (fmap Left)
        Right ir -> y ir >>> identity *** arr (fmap Right)

    -- | Non-empty Kleene's operator, "a+"
    dPlus :: ESF e e a b -> ESF e e a b
    dPlus x = x `dStep` dPlus x

これで、ロボットの動きを正規表現的に記述できるようになりました。("空"ロボットを許すと話は少し複雑になりますが、ここでは省きます。)

関数Time -> aのグラフをイメージしてみると、シグナル関数のArrowインスタンスは、値a軸の方向のデータフローを定義します。一方、上で定義した正規表現コンビネータは、時間軸方向のシステムの変化を定義します。組み合わせると、複数の正規表現を並列に動かし、どれかを取り出したり、重ね合せたりすることもできます。例えば、通常システムと緊急時システムを同時に動かし、状況によっていずれかの出力を選ぶことができます。

(以下自問です。答をお持ちの方は教えてください)

  • Ex.1 delayedでないバージョン step, alt, plus を定義してください。どんな場合にビジーループが発生するでしょうか。

  • Ex.2 以下の型A a bArrowになるでしょうか?SFのArrowインスタンスとの関係は?

type A a b i o = ESF i o a b
  • Ex.3 型レベルプログラミングを用いて、dAltを一般の直和型に拡張してください。

  • Ex.4 上の正規表現コンビネータを、LL(1)文法に拡張してください。

  • Ex.5 非決定性オートマトンを表現するにはどうすればよいでしょうか。

認知行動療法に基づく自己対話

認知行動療法(CBT)は、鬱病患者が一定のテキストを自習することでも効果があるそうです(Jamison and Scogin1995)。投薬および専門家によるセラピーとの組み合わせで効果があがるとの結果(F. Scogin1989)もあるそうなので、主治医に相談されることをお勧めします。 CBTは保険適用されます

ここでは、スタンフォード大学名誉教授 David Burns医師によるCBT自助テキスト Feeling Good(Burns 1981)にある、自己対話スキームの一つを紹介します。

邦訳はこちらです。

Triple-column technique

  1. 「自動思考」の記述
    頭に自然に受かぶ、ネガティブな考えを書く
    例: 自分はろくなコード書けない、だめなやつだ

  2. 「認知の歪み」のチェック

    自動思考を10の主な認知の歪み(Cognitive Distortion)のパターンと照らしあわせる
    例:

  • All-or-Nothing(全か無か)
    完璧でないコードでも、実際使われているなら無意味とはいえない

  • Overgeneralization(過度の一般化)
    今体調が悪いだけかもしれない。ずっといいコード書けないとは限らない

  • Mental Filter(ネガティブの取りだし)
    今いいコードを書けないことを取り出して、ことさらに強調している。

  • Disqualifying the Positive(ポジティブの無視)
    他にいいコードを書いてるかもしれないし、コーディング以外にうまくいってることもあるかもしれない

  • Fortune Teller Error(占いミス)
    根拠なく、この先もいいコード書けないと予想

  • Maginification/Minimization
    今の体調でいいコード書けなかったことを過大に考えている

  • Emotional Reasoning(感情思考)
    気分が沈む、だからいいコード書けないだろう。論理でなく、感情的な推論

  • Labeling/Mislabeling(レッテル)
    どんな点でもまったくだめな人間などいないので、レッテル貼りはほぼ常に誤り

その他のパターンと詳細な説明は"Feeling Good" Chap.3 を参照してください。

  1. 理性的反応 認知の歪みのパターンをチェックしたら、それを基に自動思考に反応してみます。

例:

自分は過去にはいいコード書いたこともあるし、評価もされた。今調子が悪いからといってずっとそうとは限らないし、今書いたコードがまったく無用とも言えない。 コーディング以外にも料理がおいしいと言われたし、話やすいとも言われた。今書いたコードは確かに完璧でないしバグもあるけど、それだけで自分がだめなやつとは言えない。自己管理を向上させて、体調を整えてもっと勉強して、もっといいプログラマになればいい。

同書には、10以上の自己対話スキームが紹介されています。抑鬱状態時のモチベーションの低下、予定の引き延ばし(procrastination)、人間関係の悪化など、状況ごとに方法論が整理されています。便利な自己診断チェックリストもあり、不調を抱える方は是非一読をお勧めします。

YampaでTriple-column Techniqueを実装

正規表現コンビネータを使うと、簡単に自己対話スキームを表現することができます。

    type ESF ei eo a b = ei -> Yampa.SF a (b, Yampa.Event eo)
    type EBot i o = ESF i o BotInput [BotOutput]
    type CbtBot   = EBot CbtCommand CbtCommand

    -- 通常時の状態機械stmと緊急時状態機械abortを重ねあわせる
    cbtE :: CbtBot
    cbtE e = (stm e &&& abort e) >>^ cat
       where
         -- 通常時状態機械
         stm   = dPlus $ cbtSessionGuideE `dStep` doMethod
         -- 緊急時状態機械
         abort = cbtAbort

         -- 重ね合せ
         cat ((xs, e), (ys, _)) = (xs++ys, e)

         -- `dAlt`の変わりに、case表現を使います
         doMethod e = case e of

             -- ヘルプモード
             CbtSessionHelpStart  -> cbtSessionHelpE e

             -- Triple-column technique モード
             CbtMethodStart CbtTripleColumnTechnique
                                  -> cbtTripleColumnTechniqueE e

             -- 警告を表示
             _                    -> cbtUnimplementedE e

Haskellではユナリオペレータの定義に制限があるため、普通の正規表現と完全に一致するような自然なDSLは作れませんが、かなり直感的な表現が可能であることがわかると思います。

Triple-column technique自体は、分岐のない三つの対話モードの連結で表現できます。


    -- 三つのコラムを連結
    cbtTripleColumnTechniqueE :: CbtBot
    cbtTripleColumnTechniqueE = foldl1 dStep [atMode, cdMode, rrMode]
      where
        method = CbtTripleColumnTechnique
        -- 自動思考コラム
        atMode = cbtColumnE method CbtAutomaticThought
        -- 認知の歪みコラム
        cdMode = cbtColumnE method CbtCognitiveDistortion
        -- 合理的反応コラム
        rrMode = cbtColumnE method CbtRationalResponse

以下が対話の例です。

bot> BotStart
you> :3
bot> BotMethodStart CbtTripleColumnTechnique
bot> BotMethodColumnStart   CbtStackAT
you> I'm a dumb
bot> BotStackPush CbtStackAT "I'm a dumb"
you>
bot> BotStackFreeze  CbtStackAT
bot> BotMethodColumnFinish  CbtStackAT
bot> BotMethodColumnStart   CbtStackCD
you> All-or-Nothing, Labeling
bot> BotStackPush CbtStackAT "All-or-Nothing, Labeling"
...

シグナル関数の実行

Yampaでは、次の「メイン関数」が用意されています。

     reactimate :: Monad m
                  -- ^ Initialization action
               => m a
                  -- ^ Input sensor
               -> (Bool -> m (DTime, Maybe a))
                  -- ^ Output processor
               -> (Bool -> b -> m Bool)
                  -- ^ Signal function
               -> SF a b
               -> m ()

任意のモナドでパラメトライズされているので、どのような入出力系にも適用できます。

他のライブラリとの兼ね合いでエントリーが制限されている場合は、IORefを使いシグナル関数をステップごとに実行するAPIも用意されています。

結論

Functional Reactive Programmingは関数言語の強みをフル活用した方法論と言えます。「システムの挙動」という高階データを、通常の(一階の)データと同様に、引数として渡し、あるいは合成して複雑な挙動を組み上げていくことができます。本記事では、シグナルの値方向への計算を定義するArrowインスタンスと別に、時間方向の状態変動をシンボリックに表す正規表現DSLを定義しました。Slack、Line、Twitterなどのウェブサービスを利用するボットや、実際のロボットの制御などに活用できるかもしれません。

参考文献


* D. Burns. 1981. Feeling Good: The New Mood Therapy. New York, N.Y.: Penguin Books.


* C. Elliott, P. Hudak. 1997. "Functional Reactive Animation." In International Conference on Functional Programming. http://conal.net/papers/icfp97/.


* F. Scogin, K. Gochneaut, C. Jamison. 1989. "The Comparative Efficacy of Cognitive and Behavioral Bibliotherapy for Mildly and Moderately Depressed Older Adults." Journal of Consulting and Clinical Psychology 57:403--7.


* J. Hughes. 2000. "Generalising Monads to Arrows." Science of Computer Programming 37 (May):67--111.


* C. Jamison, F. Scogin. 1995. "Outcome of Cognitive Bibliotherapy with Depressed Adults." Journal of Consulting and Clinical Psychology 63:644--50.

コードはこちら


  1. Paul HudakによるYampaスライドを参照。 

  2. スイッチのダイアグラムがわかりやすいです。 

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