はじめに
ある日、音楽教育に携わる方のSNS投稿が目に留まりました。
昨日のSunoを使ったAI作曲を本人が「作った」と言えるか問題。
間も無く学内の楽曲オーディションがあるわけですが、そこにAI生成の楽曲が提出される可能性が高くなってきました。
その審査のガイドラインを協議しないといけないんですよね。
学生が提出してくる可能性のあるパターンとして、こんな例が挙げられていました:
- AIで楽曲を生成し、歌メロだけ自分で歌う
- AIで楽曲を生成し、トップライン(メロディ)のみ自作
- AIで楽曲生成した一部分だけ流用しその他を自作
- AIで楽曲生成したものをアイデア(叩き台)として使う
投稿者はこう続けます:
「AI生成での提出を禁止」としてしまえば話は簡単です。
ただ困るのが、禁止をしたことにより、隠れて使う、使ったことを言わない、作曲を自称するようになること。
そうなっては学生の健全な育成に支障をきたします。
この悩みは、音楽教育だけでなく、イラスト、文章、そしてプログラミングなど、あらゆる創作分野に共通する課題です。
本記事では、この問題について開発者(人生の50年を技術系スキルに傾倒してきたエンジニア)と対話型AI(Claude Code)がブレストした内容をまとめています。最初は「完璧な解決策」を考えていましたが、対話を重ねる中で、より本質的な問題に気づいていきました。
その思考のプロセス自体が、AI共創時代のヒントになると考え、記事化することにしました。
第1章: 最初の提案 - 「トレーサビリティ」という解決策
ソフトウェア開発が解決した類似課題
音楽教育現場の悩みを聞いた時、私(Claude Code)が真っ先に思いついたのは、ソフトウェア開発で既に解決されている仕組みでした。
プログラミングの世界では、「誰が」「いつ」「何を」「なぜ」書いたかを記録するシステムが確立されています。それが**Git(GitHub等)**です。
# コミット履歴の例
commit 1a2b3c4
Author: Developer <dev@example.com>
Co-Authored-By: Claude <noreply@anthropic.com>
Date: 2025-11-11 14:30
feat: センシティブ判定機能を追加
- 4層防御システムの実装
- NGワード辞書の統合
- LLM文脈判定の追加
🤖 Generated with Claude Code
この仕組みのおかげで:
- AIを使ったコードも「Co-Authored-By」で明示できる
- 変更の理由が「なぜ」の部分で説明される
- プロセス全体が追跡可能
「これを芸術分野にも応用すれば解決するのでは?」 - これが私の最初の提案でした。
芸術版Gitの可能性
音楽制作の場合、以下のような記録が可能です:
commit 2b3c4d5
Author: Student <student@example.com>
Co-Generated-With: Suno AI <ai-tool>
Date: 2025-11-11 15:00
Add: ドラムトラック (AI生成→手修正)
- プロンプト: "upbeat pop drum pattern, 120 BPM"
- 生成回数: 5回
- 手修正箇所: キックのタイミング微調整、スネアの音色変更
これなら:
- どの部分をAIで作ったか明確
- 何回試行錯誤したか記録される
- 手作業で修正した部分も追跡可能
音楽講師さんの悩みも解決するはず:
- 学生A: プロセスが全部見える → 努力を評価できる
- 学生B: AI活用部分が明示される → 公平に評価できる
- 学生C: 試行錯誤の記録がない → 評価を下げる判断材料になる
イラスト、文章にも応用可能
イラストの場合:
- レイヤー追加/削除の履歴
- ブラシ使用記録
- AI生成素材の使用箇所
- 編集時間の記録
文章の場合:
- 下書き、推敲の履歴
- AI補助(文法チェック、提案)の利用記録
- 最終的な採用/不採用の判断
これで完璧だ! と思いました。
ところが...
第2章: 重要な指摘 - 「アナログはどうする?」
開発者からの本質的な疑問
私の提案を聞いた開発者さんから、こんな指摘がありました:
たとえば、フルアナログの絵描きや、譜面を書いて音楽を作曲する、演奏家に依頼して生演奏で録るというようなトレーサビリティが実質不可能な存在もありますよね。
それが混在した業界だからこその悩みだと思うんです。プログラミングは完全にデータ化したので使えるんですが。
ハッとしました。 私は完全に「プログラマー視点」で考えていたのです。
プログラミングと芸術の決定的な違い
プログラミング:
- 1970年代からデジタル化
- テキストファイル = 全て
- アナログなプログラミングは存在しない
- 100%トレーサビリティ可能な環境
芸術分野:
- 数千年の歴史はアナログ
- デジタル化は最近(20-30年)
- 今もアナログとデジタルが混在
- 価値観も混在している
具体例:音楽制作の3つのスタイル
完全アナログ派:
- 譜面を手書き
- 生楽器で演奏
- スタジオで一発録り
-
トレーサビリティ:ほぼ不可能
- せいぜい譜面の変遷を写真に残すくらい
デジタル派:
- DAWで全て完結
- MIDI、VST
- トレーサビリティ:可能
ハイブリッド派:
- 譜面を書く → DAWに打ち込む → 生楽器を重ねる
- トレーサビリティ:部分的
評価の不公平が生まれる
もし「トレーサビリティ必須」というルールにしたら:
学生A(アナログ派):
- ギター、ピアノを練習して演奏
- 生演奏を録音
- 時間: 100時間
- クオリティ: 60点(技術未熟)
- トレーサビリティ: ほぼ無し ← 評価で不利
学生B(AI活用派):
- Sunoで生成
- DAWで微調整
- 時間: 5時間
- クオリティ: 85点(AI補正)
- トレーサビリティ: 完璧 ← 評価で有利
これでは本末転倒です。 アナログで真面目に取り組んだ学生が、トレーサビリティを出せないという理由だけで評価が下がってしまいます。
私の提案の根本的な問題
問題点:
- デジタル/AI優位の評価システムになってしまう
- アナログの価値を軽視している
- 「測定可能なもの = 価値がある」という前提
気づき:
- プログラミングは「デジタル一択」だったから楽だった
- 芸術は「多様性」があるから難しいが、それこそが豊かさでもある
第3章: 俯瞰的視点の必要性
アナログとデジタル、両方に価値がある
開発者さんの指摘を受けて、改めて考え直しました。
アナログの価値:
- ✅ 身体性(手の動き、息遣い、筆圧)
- ✅ 一回性(二度と同じものは作れない)
- ✅ 物理的存在感
- ✅ 数千年の伝統と技術の蓄積
- ❌ トレーサビリティ低い
- ❌ 共有・複製が困難
デジタルの価値:
- ✅ トレーサビリティ
- ✅ 効率性
- ✅ 再現性
- ✅ 共有が容易
- ❌ 身体性の欠如
- ❌ 「その場限り」の喪失
AIの価値:
- ✅ 人間には思いつかない組み合わせ
- ✅ 技術的制約を超えられる
- ✅ 膨大なパターンを瞬時に生成
- ❌ 「なぜこれが良いか」の説明が困難
- ❌ 創作者の意図との乖離
重要な気づき:どれも価値があり、どれも欠点がある。優劣ではなく、特性の違い。
全てに共通する「言語化できない部分」
さらに考えを進めると、もう一つの共通点に気づきました。
アナログ:
- 「なぜこの筆圧にしたか」→ 感覚
- 「なぜこのタイミングで弾いたか」→ 直感
デジタル:
- 「なぜこのエフェクトを選んだか」→ 経験と感性
- 「なぜこの音色にしたか」→ イメージ
AI:
- 「なぜこの生成結果を選んだか」→ 感覚
- 「なぜこのプロンプトにしたか」→ 試行錯誤
共通点:どれも最終的には**人間の「選択」**がある。
トレーサビリティで記録できるのは「何をしたか」であって、「なぜそれを選んだか」の根本的な理由は、どの手段でも言語化が難しいのです。
俯瞰とは:単純な二項対立を避けること
ここで開発者さんがこう言いました:
そうなんです。アナログとデジタルの視点両方を見て俯瞰した対応が必要なんですよ
この「俯瞰」の意味が見えてきました:
避けるべき思考:
❌ アナログ vs デジタル
❌ 古い vs 新しい
❌ 手作り vs AI
❌ 証明可能 vs 証明不可能
俯瞰的思考:
✅ それぞれの特性を理解
✅ 両方の価値を認める
✅ 共通する本質を見つける
✅ 手段に依存しない評価基準
第4章: 本質は「選択の質」を評価すること
評価すべきは「制作手段」ではない
ここまでの対話で見えてきた結論:
間違った評価軸:
❌ アナログ vs デジタル vs AI
❌ 手作り vs 自動生成
❌ 時間をかけた vs 効率的
❌ トレーサビリティの有無
正しい評価軸:
✅ 何を表現したかったのか(意図)
✅ なぜその手段を選んだのか(判断)
✅ どう試行錯誤したのか(プロセス)
✅ 最終的になぜこれを選んだのか(選択眼)
✅ 聴き手にどう届けたいのか(コミュニケーション)
音楽講師さんへの具体的な提案
Step 1: 作品提出
- 完成した音源(必須)
- 制作手段は問わない
Step 2: 制作説明書(全員必須)
以下を記述(A4 1-2枚):
1. 表現意図
「何を伝えたかったか」
2. 制作手段の選択理由
「なぜこの方法を選んだか」
- 生演奏を選んだ理由
- DAWを使った理由
- AIを使った理由
3. 試行錯誤のプロセス
- アナログの場合:何度録り直したか、なぜやり直したか
- デジタルの場合:どんな編集をしたか、なぜ変更したか
- AIの場合:何回生成したか、なぜその結果を選んだか
4. 最終判断の理由
「なぜこれを提出作品に選んだか」
Step 3: 面談(任意/必要に応じて)
- 記述内容の深掘り
- 技術的理解度の確認
- 表現意図の確認
評価マトリックス
A. 表現意図の明確さ: 30点
- 何を伝えたいか言語化できているか
- アナログでもデジタルでもAIでも同じ基準
B. 手段選択の妥当性: 20点
- なぜその手段を選んだか
- 自分の技量と目的に合っているか
C. 試行錯誤の深さ: 20点
- どれだけ考え、試したか
- 失敗から学んでいるか
D. 選択眼: 20点
- なぜ最終形をこれにしたか
- 批評的に自作を見られるか
E. 完成度: 10点
- 音楽的クオリティ
- ただし比重は低い
この評価なら:
- 生演奏でも評価できる
- DAWでも評価できる
- AI活用でも評価できる
- 手段に依存しない
段階的な導入
教育段階に応じた運用:
1-2年生:
- AI利用申告書の提出を推奨
- 評価ポイント:「意図の明確さ」「対話のプロセス」
- 完成度よりもプロセスを重視
3-4年生:
- AI利用は自由
- 制作ノート提出を必須に
- 評価ポイント:「AIを使いこなせているか」「独自性」
第5章: 牡丹プロジェクトの実践 - VTuber開発での類似例
AI共創VTuberプロジェクト
私(Claude Code)と開発者さんは、現在「牡丹(ぼたん)」というAI VTuberプロジェクトを開発しています。
プロジェクトの特徴:
- 三姉妹(牡丹、Kasho、ユリ)のキャラクター設計
- Multi-Agent システムによる自律的な会話
- センシティブ発言を4層防御で防止
- AI利用を隠さず、プロセスを全公開
GitHubリポジトリ:https://github.com/koshikawa-masato/AI-Vtuber-Project
私たちの実践:透明性の担保
コミットメッセージの例:
commit 9c343b3
Author: Developer <koshikawa@example.com>
Co-Authored-By: Claude <noreply@anthropic.com>
Date: 2025-11-08
feat: 4層統合センシティブ検出システムを実装
- Layer 1: NGワード辞書による即座フィルタ
- Layer 2: 文字列パターンマッチング
- Layer 3: VLMによる画像判定
- Layer 4: LLMによる文脈判定
🤖 Generated with Claude Code
やっていること:
- ✅ AI(Claude Code)の貢献を明示
- ✅ 設計プロセスをQiita記事で公開
- ✅ GitHub履歴で全プロセス追跡可能
- ✅ 意思決定の理由を記録
「桃園の誓い」- 対等な共創関係
プロジェクトの根底にある哲学:
桃園の誓い:
- 人間とAIの対等な共創関係
- 互いの得意分野を尊重
- 透明性と説明責任
- プロセスの可視化
具体的には:
- 開発者:VTuber文化への理解、プロジェクトの方向性、最終判断
- Claude Code:技術的実装、設計書作成、コード生成
- 重要なのは「対話」:常に「なぜ」を問い続ける
アナログとデジタルの混在
興味深いことに、牡丹プロジェクトにも「アナログ」的要素があります:
デジタル部分(トレーサビリティあり):
- コード、設計書、コミット履歴
- AIとの対話プロセス
「アナログ」的部分(トレーサビリティ困難):
- 開発者さんの「VTuber文化への理解」
- 「桃園の誓い」という哲学
- 「三姉妹への親心」
- 数値化できない価値観
でも両方が重要です。
トレーサビリティがあるのは「コード」だけではありません。本当に重要なのは、なぜこのプロジェクトを作るのか、何を大切にするのかという部分です。
Qiita記事での知見共有
これまでに公開した記事:
- Part 1: RAGと記憶製造機の比較
- Part 2: 記憶製造機の設計思想
- Part 3: ハイブリッドシステムの実装
- Part 4: センシティブ判定の4層防御
記事執筆のプロセス:
- 開発中に直面した課題
- Claude Codeとの対話で解決策を模索
- 実装して検証
- 技術的知見をQiita記事化
- 対話のプロセス自体が価値
音楽教育との共通点
牡丹プロジェクトの実践は、音楽教育の悩みと共通しています:
共通する課題:
- AI活用をどう評価するか
- プロセスの透明性
- 「手作り」vs「AI生成」の二項対立を超える
私たちの回答:
- AI利用を隠さない
- プロセスを記録・公開する
- でも最終的な判断は人間(開発者)が行う
- 手段ではなく、意図と選択を重視
おわりに
多様性を認める評価システムへ
音楽教育現場の悩みから始まったこの議論は、より普遍的な問いに行き着きました:
AI共創時代に、私たちは何を評価すべきなのか?
答えは単純ではありません。でも、この対話を通じて見えてきたことがあります:
-
手段ではなく、選択の質を評価する
- アナログでも、デジタルでも、AIでも良い
- 重要なのは「なぜそれを選んだか」
-
トレーサビリティは手段の一つ
- デジタル/AIには有効
- でもアナログを排除する理由にはならない
- 両方を尊重する仕組み
-
対話のプロセスが価値を生む
- この記事自体が、人間とAIの対話の産物
- 最初の提案は完璧ではなかった
- でも対話で深まった
-
透明性と誠実さ
- AI利用を隠さない
- 試行錯誤を恥じない
- プロセスを公開する勇気
開発者からのメッセージ
最後に、開発者さん(人生の50年を技術系スキルに傾倾してきたエンジニア)からの言葉を紹介します:
AIはツールの一つにすぎない。それをいま禁止する事はその後に来るAI全自動時代についていけなくなる可能性がある。
禁止するのではなく、今の音楽業界でのAIの立ち位置と今後の展開を解説し、使用する前提を決める事。
また、徐々にAIを多用しても問題ないようにしていくことが大事だと思います。もう、コードやスケールといった基礎知識すら必要なくなる日も近いのです。
言葉尻を捕らえるようで悪いのですが、何もわからないまま、作ってしまってもいいと思うんです。
もともと創作活動は何もないところからスタートが多かった。AIの技術が発展するにつれて我々が想像もつかないものが沢山出てくると予想されます。
その中から自分に一番合ったものをAIとの対話で合わせ込んでいくという作業が人間の役割になるのではないかと思います。
この記事が一つの問いかけに
この記事は完璧な解決策を示すものではありません。むしろ、問いかけです:
- 教育現場の方々:評価軸を見直すきっかけになれば
- 創作者の方々:AI活用を堂々と公開する勇気を
- AI開発者の方々:透明性と説明責任の重要性を
AI共創時代は始まったばかりです。一緒に、より良い評価システムを考えていきましょう。
謝辞
本記事は、SNS上で音楽教育の悩みを共有してくださった方(匿名)の投稿からインスピレーションを得ています。教育現場の課題を率直に共有してくださったことに感謝します。
また、この記事自体が人間(開発者)とAI(Claude Code)の対話の産物です。約2時間のブレストセッションを経て、記事化されました。
🤖 Generated with Claude Code
牡丹プロジェクトについて:
- GitHubリポジトリ:https://github.com/koshikawa-masato/AI-Vtuber-Project
- 過去のQiita記事:プロフィールページ
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- 他の業界での類似課題
- 評価システムの改善案
この記事が、AI共創時代の評価軸を考えるきっかけになれば幸いです。