はじめに
国産 OS などと言われている TRON (トロン)は米国に潰されたと言われています。しかし、他でもない TRON 関係者が、それに対して「おかしいだろ」と言っています。これは一体どういうことなのでしょうか?
松下電器が TRON から撤退した理由
この記事は、日経コンピュータの 1990.6.4 に掲載された記事です。
この記事での松下電器が説明する理由は、
BTRON は非関税障壁だと騒がれたことがあり、それを製品化すると米国内での松下製家電製品販売に影響する恐れがあると経営トップが判断したため
とあります。この非関税障壁とはスーパー301条に関係する話です。
なお、パソコン用の TRON (BTRON) を研究開発していたのは、実質的に松下電器のみ(他の会社は松下電器から調達)なので、松下電器の撤退は BTRON 開発にとって大きなダメージとなります。他の会社は BTRON 開発にほとんど関わっていません(後に BTRON を発売するパーソナルメディアを除く)。
TRON 関係者の主張
先程の松下電器の説明に対して、TRON 計画関係者は
米国が BTRON を非関税障壁と指摘したのは、通産、文部両省が日本の教育用パソコンの標準 OS として採用する動きをしたから。これがなくなった今では BTRON を発売することになんの問題もないはず。松下の真意がわからない
と反発しています。
- BTRON パソコンの話
- 教育用パソコンの話
この二つは違うもので、米国が指摘したのは後者です。前者は続けられるはずだというのが TRON プロジェクト関係者が言っていることです。
米国は日本の TRON 開発を妨害していない
一部で、米国が日本の TRON 開発を妨害するために、スーパー301条に指定したというデマが流れています。スーパー301条は制裁候補として挙げられただけで制裁対象になっていませんし、米国は TRON 開発の妨害なんてしていません。そのことは TRON 協会が説明しています。
6 USTR 代表から協会抗議文への返書入手。
「米国政府はトロン協会の活動に対して反対するものではない。 しかしながら日本政府が実質的及び潜在的に市場介入することによって トロンを援助することに関心を持っている。 政府の命令によってではなく市場の力によって、 どのOS・マイクロプロセッサ及びコンピュータアーキテクチャが 成功するかが決定されるべき。 トロン以外の単一の OS が作動するコンピュータは、 (財)コンピュータ教育開発センター(CEC)の仕様に合わないし、 トロン以外の単一の OS が動く PC の試作機は (CEC) には採用されなかった。」
米国はフェアに闘おうと言っています。逆に考えてください。米国が「政府の命令で TRON OS の採用を排除」したらどう思いますか?
ちなみに、BTRON OS は最終的に完成し、販売され、現在も販売が続いています。
教育用パソコンのBTRON採用とNECの反発
1987 年、通産省と文部省の共管であるコンピュータ教育センター (CEC) は、当時まだ「完成もしていない BTRON 」を、教育用パソコンのベースに指定しました。この件に関して、日本のパソコン市場を席巻していた NEC(日本電気、日電) が猛反発しています(詳細は「マイクロソフトの真実」「松下電器の果し状」などを参照)。
最終的に、教育用パソコンを BTRON に(採用ではなく)統一することを断念します。理由は以下の日経新聞の1986年6月12日(夕刊)の記事にあるように
どの OS を採用するかを巡って日本電気が既存パソコンの OS である MS-DOS の採用を主張するなど混乱が生じ、開発計画も大幅に遅れた。そのうえ学校現場から、既存パソコンとの継承性を重視する立場から、トロンより現在、市場に最も流通している MS-DOS を OS にすべきだとする声が高まっていた。
ということで、スーパー301条の件もありますが、それは理由の一つに過ぎません。
教育用パソコンの BTRON 断念で問題は解決した
TRON 関係者が言うように、教育用パソコンの BTRON 統一を断念したことで、米国が指摘する問題は解決され、スーパー301条の制裁対象から逃れました。
教育用パソコンでの BTRON 統一はならなくとも、BTRON 開発自体は続けられたはずです。しかし松下電器は BTRON 開発から撤退しました。
松下電器がなぜ BTRON 開発から撤退したのか? ビジネス的として成り立たないと判断したからにほかならないでしょう。スーパー301条(非関税障壁)が理由だと理屈が通りません。そのことは TRON 関係者も言っていることなのです。
さいごに
TRON 協会の「松下の真意がわからない」という松下電器の説明は、いわゆる建前というやつでしょう。BTRON 開発にまつわるゴタゴタは、ほとんどすべて日本での問題なのです。