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「正論」だけでは人は動かない。スクラムマスター、プロジェクトマネージャーのための『レトリック』入門

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はじめに

こんにちは、KDDIアジャイル開発センター(KAG)でスクラムマスターをしている川下です。

私は2025年の8月にKAGにジョインし、現在は大規模スクラムチームのPMとして、開発チーム全体のファシリテートや、プロダクトオーナー(PO)をはじめとするステークホルダーとの折衝など、チームが成果を出すための「調整役」として日々奔走しています。

それ以前は、いくつかのSaaS企業でスクラムマスター(SM)やプロジェクトマネージャー(PM)、エンジニアリングマネージャー(EM)を経験してきました。さまざまな現場で開発プロセスや組織の課題に向き合ってきたのですが、そのキャリアの中で私が最も悩み、何度も壁にぶつかってきたテーマがあります。

それは、「なぜ、正しいことを言っているのに伝わらないのか?」 という問題です。

SMやPMとしての経験を積み、アジャイルやスクラムの知識が増えれば増えるほど、「理論上の正解」が明確に見えるようになります。しかし、その「正解」をチームやステークホルダーに提示しても、期待通りに動いてもらえない、あるいは反発されてしまう——。そんな経験を何度もしてきました。

「スクラムガイドにはこう書いてある」「認証資格で学んだセオリーではこれが最適解だ」 そう主張すればするほど、周囲との溝が深まっていくような感覚。

もしかすると、今この記事を読んでいるあなたも、同じようなもどかしさを感じているかもしれません。

今回は、私自身が過去の失敗や経験から学び、現在の大規模チームでのマネジメントでも大切にしている 「人を動かすための『レトリック』」 についてお話ししたいと思います。

紹介するのは、 『THE RHETORIC 人生の武器としての伝える技術』 という本のエッセンスです。知識や正論を「相手に受け入れてもらい、行動してもらう」ための技術として、皆さんのヒントになれば幸いです。

「正解」を押し付けても、人は動かない

私たちエンジニアリングに関わる人間は、どうしても「ロゴス(論理)」を重視しがちです。 「AだからBである。ゆえにCすべきだ」というロジックが通っていれば、相手は納得するはずだと考えます。

しかし、現実はそうではありません。 どれだけアジャイルの理論として正しくても、どれだけ効率的でも、それを受け取る「人」が納得しなければ、組織は動きません。

本書では、アリストテレスの時代から続く説得の3要素として以下が挙げられています。

  1. エートス(人柄・信頼): 誰が言っているか
  2. パトス(感情・共感): 相手の感情に響くか
  3. ロゴス(論理・理屈): 話の筋が通っているか

私たちが陥りがちなのは、「ロゴス(論理)」だけでゴリ押ししてしまう罠です。しかし、土台となる「エートス(信頼)」や、相手を動かす「パトス(感情)」が欠けていれば、どんなに素晴らしい正論も「ただのうるさい説教」になってしまいます。

相手を知ることが、すべてのスタート地点

では、どうすれば「正論」を受け入れてもらえる関係性を築けるのでしょうか? 本書の中で特に重要だと感じたのが、 「相手(聴き手)への深い理解」 です。

自分の主張(What)を考える前に、まず相手(Who)を知ること。 具体的には、提案をする前に以下の問いを自分に投げかける必要があります。

  • 相手の現状(現在地)はどこか?
    • 彼ら/彼女らのコミュニティが共通でもっている価値観はなにか?
    • 彼ら/彼女らは何に不安を感じているのか?
    • 彼ら/彼女らにとっての「メリット」とは何か?
  • 相手との共通点は何か?
    • 「敵対する改善者」ではなく「同じゴールを目指す仲間」として認識されているか?

例えば、デイリースクラムの時間を厳格に守らせたいとします。 「タイムボックスは基本です(ロゴス)」と言うだけでは、忙しいメンバーは反発します。

そこで一歩立ち止まり、相手を理解します。「彼らは開発時間を確保したいから、会議を嫌がっているんだ(相手の現状)」と分かれば、伝え方は変わります。 「開発に集中する時間を最大化するために、朝の同期を15分で終わらせる工夫をしませんか?(パトスへのアプローチ)」と言い換えることができるはずです。

「レトリック」は口先だけの技術ではない

「レトリック」と聞くと、言葉巧みに相手を騙すテクニックのように聞こえるかもしれません。しかし、本来の意味は 「誠実に相手と向き合い、最適解を共に創り出すためのコミュニケーション技術」 です。

資格や知識は、武器として振り回すものではなく、相手の課題を解決するための道具です。

  1. まず、相手の抱える痛みや文脈を理解する(リサーチ)
  2. その上で、信頼関係(エートス)をベースにする
  3. 相手の感情(パトス)に配慮した言葉を選ぶ
  4. 最後に、正しい論理(ロゴス)を載せる

この順序を意識するだけで、チームやステークホルダーとの調整は劇的にスムーズになります。

おわりに

アジャイルの知識が豊富で、「正解」を知っているあなただからこそ、もどかしい思いをすることがあると思います。 ですが、その「正解」をチームの成果に変えるためのラストワンマイルが、この「伝え方(レトリック)」にあります。

もし、「言っていることは正しいのに、なぜかうまくいかない」と感じているなら、ぜひ一度、自分の「主張」を脇に置き、目の前の「相手」を深く理解することから始めてみませんか?

今回紹介した本
『THE RHETORIC 人生の武器としての伝える技術』 (ジェイ・ハインリックス 著)

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