前提
- Qiitaの今回の変更(いいね→LGTMへの変更)自体の可否ついては言及していません。
- 言及しているのは、今回の変更をリリースする際のユーザへの伝え方です。
- 私はQiitaの1ユーザですが、QiitaまたはIncrements株式会社の関係者ではありません。
- 私は国内向け自社サービスを開発・運営しています。なのでユーザがサービスの変更に対して、どう捉えるか過敏になっている節があるのは否定しません。
- この記事には個人的な見解が多く含まれています。
言及しているQiitaブログ記事(2020/3/13 2:14 時点での印象)
良くない1:Qiitaユーザへの事前通知が一切ない
これは私が日常的に利用しているTwitterのタイムラインの観測範囲では、変更リリース自体と言及ブログ記事がユーザへの最初の通知であると認識しています。
他情報で事前通知をしていたのであれば、読み飛ばしていただければと思います。
一般的に、変更にはユーザの混乱が伴います。
それを軽減するために、問い合わせフォームの設置、FQAや事前通知、プレスリリースを打つなどをするのが王道です。
変更が軽微であればユーザへの通知をしないことも多くありますが、以下の理由から今回の変更が決して小さいものでないことを説明します。
Qiitaサービスでは、ユーザは多種のコンテンツを生成できます。
- Qiita記事
- 編集リクエスト
- コメント
- ストック
- SNS共有(外部サービスではあるが)
- 旧いいね
しかし多種のユーザ生成コンテンツの中で**最も気軽に、多く作られているコンテンツは「旧いいね」**であります。
Qiitaサービスの中でも「旧いいね」は、ユーザの目にする記事への評価軸として一番利用されてきたと考えられます。
今回のようなサービスのミッションに関わる変更は、事前通知を行い、それが仮に批判を浴びたとしても、そのまま続行されると考えられます。
だからこそ不可逆で永続的な変更としてユーザに理解・納得してもらう時間は必要であります。その時間と機会が少なければ少ないほど、ユーザからのフィードバックも急なものになり、ユーザの離脱などのデメリットを被ることになります。
どうしたら良かったのか
事前通知をちゃんとする。
もしくは最初から不可逆で永続的な変更という形では見せず、「旧いいね」をどう使ってほしいかユーザへゆっくりと伝播させる必要があった。
疑問:果たして「旧いいね」は「LGTM」に置き換え可能であったのか?
これはやや今回の変更自体に触れています。
自身のQiita記事、またはブックマークしているQiita記事を見る限り、「旧いいね」の数はそのまま「LGTM」の数に置き換わっているように見えます。
言及記事にもある通り、
ただ面白い記事であれば「いいね」が多く押されているような状況にもなっています
既存のいいねは自分にとって良いもの
という意味から外れた使い方をされているという印象は、私も抱いています。
だからこそ自分がやっていた「旧いいね」が「LGTM」にそのまま置き換わることは違和感しかありません。
どうしたら疑問を抱かなかったか
「旧いいね」≠「LGTM」
だとブログで明言しているのであれば、システム的に別物の表現がされていればよかった。
ジャストアイデアですが、当面はいいね
数とLGTM
数を分けて表示するべきで、LGTM
はどの記事も0からカウントされていれば公平な印象を受けます。
良くない2:全社戦略の前に、ミッションと期待される結果を説明しなかった
この言及記事は誰向けの文章なのかは、Qiitaユーザであることは明確であると考えられます。
Qiitaユーザの大部分は、Increments株式会社の社員ではなく、Qiitaサービスで恩恵を預かりたい人たちです。
なので、このような大きな変更をする/したい場合、その変更によって受けられる恩恵自体(WHAT)や何故(WHY)が重要であり、戦略(HOW)はあまり重要視しません。
ぶっちゃけた表現をすればどうでもいい
です。
どうでもいい話を前置きに置かれてもユーザは困惑するし、混乱します。
(個人的な話しをすると、私自身サービスをどう発展させていきたいのか、戦略の部分を説明したい欲はもちろんありますが、だからといってユーザがそれを聞きたいかを考えると、聞くメリットがないなと諦めることが多いです)
さらに利益を創出
といったワードは、使い手側のメリットのみが先行するイメージがあります。
ユーザメリットを明確に説明しないまま、この言葉を使ったことによって、自社利益追求の印象が強くなり、転じてユーザを軽んじている印象を与えかねません。
どうしたら良かったのか
読み取り手のことを考えた文章構築をする。
ユーザが第一であることを、常に先に表現する。
よくない3:サービスが期待された使い方をされていなくても、ユーザの責任にしない。少なくともそう表現しないよう努める
記事の内容をほとんど読まなくてもつい「いいね」している、ということがわかりました。また、技術情報が主題でなくても、ただ面白い記事であれば「いいね」が多く押されているような状況にもなっています。
「Contribution」として表現されることからもその意図は伝わるかと思います。
反射的に押すのではなく、一度その対象をよく見てから押してもらえるようになると幸いです。
面白い記事であれば、いいねをしたくなるのは一般的な感情だと考えられます。
それが常人で思いつかないユーモラス溢れていれば多くのいいねが与えられるのは必然ですね。
少なくともそう使ってほしいようにしか見えませんでした。
結果的にもいいねの使われ方は、
前提として、Qiitaの「いいね」は他のSNSにある「いいね」とは少し異なる意味を持っています。
ということをユーザは意識できなかった。これはサービス提供者の失敗であり、改善すべき点です。
どうしたら良かったのか
「そう捉えてほしい」「そう伝わることを期待している」では何も解決しません。
完全に絶対にそうとしか伝わらないシステム表現を目指すべきで、ユーザの行動を咎めることは避けるべきです。
ましてや、最初の最初の変更通知でこれをやってしまうと**『ユーザの使い方が悪いから、自分たちは変えたくないけど、仕方がなく変えてやってるんだぞ』**という捉え方をしてくださいと言っているようなものです。
絶対に止めましょう。
小さいよくないこと:あわせてストックアイコンも変更
あわせないでください!!
少なくとも文書上一緒に表現しないほうがいいです。
もっと言えばリリースも分けた方がいいです。
まとめ
あまりQiita記事を書く人間ではないのですが、言及ブログをひと目読んで、これはよくないなーと思い、走り書きしました。
自分もサービス提供者であって、ユーザへの表現に気をつけるべき人間です。
反面教師として言及記事は捉えていこうと考えています。以上