愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ
どうも愚者です。
掲題は、ビスマルク氏が「人の振り見て我が振り直せ」を最高にカッコよく言った歴史上の名言ですね。
一人の人間に経験できることには限りがあるし、痛みも伴わないし歴史から学ぶのはスマートにも思えます。
ということで賢者と愚者を題材にマネジメントについて雑多に書きたいと思います。
賢者チェック
以下の様な追加開発案件があったとします。
『A機能に類似した機能を持つB機能を作ってください』
あなたは、どの様に取り組みますか?
a. A機能のソースをコピペ
b. A機能のソースを理解する
c. A機能に関連する機能のソースを理解する
d. ソース全体を理解する
e. 使ってるライブラリも一通り理解する
f. 変更部分仕様書を読む/理解する
g. 仕様書全体を読む/理解する
こうして見ると、『A機能のソースをコピペしてビルドを通してエラーが出なくなるようにして、言われた機能を追加する』のは愚者の行為であり、何も学んでいないという事が分かります。
ITの仕事には納期があるので当然最短ルートを選択するのは理解に苦しくないですが、長いIT人生を見た時に本当に最短ルートか一考してみるのもおもしろいかもしれません。
人の振り見るだけで我が振り直せるの?
何かを見て理解するためには 基本的な知識量と知覚力 が必要です。
また、それを自分で使いこなしてアウトプットするためには 反復練習(=経験) が必要です。
先の例では、移植元ソースを自分で書けるだけのスキルがない場合、単にコピペするだけではなく、写経したり、似た様な機能を考えてA機能を参考にしながら1から作るなどの反復演習をしないと自分でアウトプットできるようにならないと思います。
写経や反復演習は「経験」に属すると思いますが、これは愚直にやるしかないです。
愚直に続けて、基本的な知識量と知覚力が上がってくれば、ショートカットできるようになり賢者に近づけます。
対人スキルは歴史から習得できない
部下のマネジメントには1on1が有効、などの手法は書籍から 知識として 学ぶことはできる。
1on1で何をしゃべったらいいの、というのも 知識として 学ぶことはできるだろう。
しかし、1on1のゴールは、相手との相互理解であったり、自分や会社の希望と非面接者の希望をすり合わせることだったりするため、ひたすら経験から学ぶ分野と感じる。
自分の発言に対して相手が何を感じるのか、ポジティブ/ネガティブな反応をするのかなどを、多く知っていて相手によって使い分けられることが望ましい。
日常のコミュニケーションでは、場の空気を悪くしてまで自分の意見を通さなければいけないケースは少ないと思うが、仕事でのコミュニケーションは利害関係が異なる人々との意見調整が基本であるため、いわゆるコミュ力と仕事のコミュ力は全く異なる物と考えた方が分かりやすいのではないだろうか。
例えば、顧客は低予算で思ったとおりの物を作って欲しいし、開発側はより具体的な指示がなければ物は作れないし、プログラムを覚えたらより高い給料が欲しい。これらは全部、当然の要求だ。
スタッフに悪い賃金を提示したらいなくなるかもしれないし、交換価値に変わる体験価値を提示したら同じ賃金でも喜んで働くかもしれない。
この時、どの様に話しをするかを決定する根拠は 経験 以外には思いつかない。
まとめ
賢者・愚者の話をしました。
学ぶことは、学ぶことの必要性に気づきさえすれば自分の力でできます。
経験は、丁度よい機会がないと自分の力だけではできません。
マネージャのやるべきことは、体験をつくる ことだと考えています。
丸投げするのではなく、チームのメンバーには適切なタスクを切り出し正しいフィードバックを与える。正しいコメントを口に出して伝えることで、本人が気づいてない物事を 知覚させて体験の価値を高める。
自分で気づいた事、学んだこと、体験したことは、自分で一歩を踏み出すための血肉になります。
わたし自身まだまだ学びながら試行錯誤をしておりますが、皆様の毎日の仕事の質を高める一助となれていれば幸いです。