1. ICPのはじまり
近年、「Web3」という言葉を耳にする機会が増えてきました。Web3とは、特定の巨大プラットフォームに依存せず、ユーザー自身がデータの所有権や管理権を持つ、分散型のインターネットの概念です。このWeb3の実現を支える基盤技術として注目されているのがブロックチェーンです。
ブロックチェーンは、データを分散して管理する技術であり、改ざんが極めて困難なため、セキュリティと透明性が高いことが特徴です。しかし、従来のブロックチェーンは、主に仮想通貨の取引記録などに用途が限られ、私たちが普段使うインターネットサービスを動かすには、処理速度や機能面で課題がありました。
そこで登場したのが ICP(Internet Computer)
です。ICPは、従来のブロックチェーンの機能を大幅に拡張し、インターネットそのものを再構築することを目指して開発されている、革新的なプロジェクトです。
2. ICPとは
ICPは、スイスの非営利団体「DFINITY Foundation」が開発を主導する、分散型クラウドコンピューティングプラットフォームです。簡単に言えば、世界中に分散配置されたコンピューター(ノード)をネットワークでつなぎ、一つの巨大なコンピューターのように機能させるプロジェクトです。
従来のインターネットでは、GoogleやAmazonなどの巨大IT企業が提供する中央集権型のサーバーにデータやアプリケーションが集中しています。しかし、ICPでは、データを特定の企業が管理するのではなく、世界中のノードに分散して保存・処理します。これにより、データの改ざんや検閲が難しくなり、より安全で自由なインターネットを実現できると考えられています。
ココがすごい!ICPの特徴
- Web3を実現するための基盤: ICPは、Web3アプリケーション(DApps)を構築・実行するための基盤を提供します。
- スマートコントラクトの進化版「キャニスター」: ICPでは、従来のスマートコントラクトをさらに進化させた「キャニスター(Canister)」と呼ばれる技術が使われます。キャニスターは、プログラム(コード)だけでなく、データも一緒に保存できるため、より複雑なアプリケーションを構築できます。
- 高速処理とスケーラビリティ: 「Chain Key Technology」という独自の技術により、高速な処理速度と、利用者の増加に対応できる拡張性(スケーラビリティ)を実現しています。
- ユーザーフレンドリー: ユーザーは、従来のインターネットサービスを利用するのと同じ感覚で、ICP上のアプリケーションを利用できます。仮想通貨ウォレットや専門知識は必要ありません。
- 独自のガバナンスシステム「NNS」: ICPは、Network Nervous System(NNS)と呼ばれる独自のガバナンスシステムを持っています。ICPトークン保有者は、ネットワークの運営に関する意思決定に参加できます。
3. 従来技術との比較
ICPの革新性を理解するために、従来のBlockchain、代表的なスマートコントラクトプラットフォームであるEthereum、そしてクラウドサービスの代表格であるAWSと比較します。
3.1. ICP vs Blockchain
ビットコインなどの従来のブロックチェーンは、主に仮想通貨の取引記録を安全に管理することに特化していました。しかし、取引量が増えると処理が遅くなる「スケーラビリティ問題」や、複雑なアプリケーションを構築するには機能が限定的であるという課題がありました。
相違点:
- Chain Key Technologyによる高速処理: ネットワーク全体を単一の公開鍵で管理することで、高速かつ安全な処理を実現
- シャーディングによるスケーラビリティの向上: ネットワークを分割して処理を並列化することで、利用者の増加に対応
- キャニスターによる高機能化: データとコードを一緒に保存できるキャニスターにより、従来のスマートコントラクトよりも複雑なアプリケーションを構築可能
3.2. ICP vs Ethereum
イーサリアムは、スマートコントラクトを実行できるブロックチェーンプラットフォームとして、DeFi(分散型金融)やNFT(非代替性トークン)などの分野で広く利用されています。
相違点:
- スケーラビリティ: イーサリアムは現在、スケーリングのために Ethereum 2.0(Eth2)への移行が進められており、「シャーディング」や「ロールアップ(Rollups)」などの技術が導入予定ですが、ICPは既にシャーディングに似た「サブネット(Subnet)」技術を用いて、分散型の拡張性を実現しています
- キャニスターとスマートコントラクト: ICPのキャニスターは、イーサリアムのスマートコントラクトよりも多くのデータと状態を保持でき、より複雑なアプリケーション構築に適しています
- ガバナンス: イーサリアムは開発者コミュニティの議論が中心ですが、ICPはNNSによるオンチェーンガバナンスを採用し、トークン保有者が意思決定に参加できます
- Web3への特化: ICPはWebAssembly (WASM)を採用し、Web開発者が容易に参入できる環境を提供。よりWeb3に特化した設計です
3.3. ICP vs AWS
AWSは、Amazonが提供するクラウドコンピューティングサービスであり、世界中の企業や開発者に利用されています。
相違点:
- 分散性: AWSはAmazonが管理する中央集権型のサービスですが、ICPは分散型のネットワークです
- データの所有権: AWSではデータはAmazonのサーバーに保存されますが、ICPではユーザー自身がデータの所有権を保持できます
- 検閲耐性: AWSは政府や企業の要請によりデータを検閲・削除する可能性がありますが、ICPは分散型のネットワークにより検閲が困難です
- コスト: 現時点では、ストレージを多用するアプリケーションやデータ転送量が多いアプリケーションでは、ICPはコスト面で不利になる可能性があります。しかし、データの書き込み・読み込みリクエストのコストは比較的安価であるため、アプリケーションの特性によっては、ICPがコスト面で優位になる可能性もあります
AWSとICPのコスト比較
日本総研 Internet Computerの概要 P14より抜粋
サービス | Computation (1ヶ月) | Storage (1ヶ月 1TiB) | Write (1M req) | Read (1M req) | Transfer (1TiB) |
---|---|---|---|---|---|
Amazon Web Services | $39.71 | $25.6 | $4.7 | $0.37+α | $116.74 |
Internet Computer | $36.29 | $460.86 | $2.51 | $0.26 | 上り $2,800 下り $1,400 |
4. ICPでできること
ICPは、高速でスケーラブルなプラットフォームを提供することで、様々なWeb3アプリケーションの開発を可能にします。
- DeFi(分散型金融): 銀行などの仲介者なしに、金融サービスを提供できます
- NFT(非代替性トークン): デジタルアートやゲームアイテムなど、唯一無二のデジタル資産を作成・取引できます
- ソーシャルメディア: 検閲のない、ユーザー主導型のソーシャルメディアプラットフォームを構築できます
- ゲーム: ゲーム内アイテムの所有権をユーザーが完全に管理できる、新しいゲーム体験を提供できます
- クラウドストレージ: データを分散して保存することで、セキュリティと可用性を向上させたクラウドストレージサービスを提供できます
実際の活用事例
- Internet Identity: ICP上のアプリケーションを利用するためのID認証プラットフォーム
- DSCVR: ICP上で動く分散型ソーシャルメディア
- IC Drive: ICPを利用した分散型クラウドストレージサービス
5. ICPの課題と展望
ICPは革新的な技術ですが、まだ発展途上のプロジェクトであり、いくつかの課題も存在します。
- 利用コスト: 上述の表で示した通り、特にストレージコストとデータ転送コストは従来のクラウドサービスよりも高く、アプリケーションによってはコストが膨大になる可能性があります
- 処理速度の改善: 従来のWebサービスと比べると、まだ処理速度が遅い場合があります
- 開発者向けドキュメントの整備: 開発者向けのドキュメントやツールはまだ発展途上です
しかし、ICPはこれらの課題を克服し、Web3の実現に向けて開発が進められています。将来的には、BitcoinやEthereumなどの他のブロックチェーンとの連携も予定されており、よりオープンで相互運用性の高いWeb3エコシステムの構築が期待されています。
6. まとめ
ICPは、分散型インターネットの実現を目指す革新的なプロジェクトであり、従来のブロックチェーン技術の課題を克服し、より高速かつスケーラブルな分散型クラウドコンピューティングを提供します。
ICPの最大の特徴は、データの分散管理やキャニスターによる高機能なアプリケーション開発が可能な点です。また、EthereumやAWSと比較しても、スケーラビリティ、コスト、分散性の面で独自の優位性を持っています。
さらに、ユーザーはNNSによるガバナンスに参加し、ネットワークの運営方針に関与することができます。
ICPを活用することで、DeFi、NFT、分散型ソーシャルメディア、ゲーム、クラウドストレージなど、多様なWeb3アプリケーションを構築し、より自由で安全なインターネットの実現を期待されています。