12本の波形を並べたら、同じ拍が聞こえた
電力系統の周波数は、ふだんはあまり意識されない指標です。発電量と需要が釣り合っていれば安定し、崩れると50Hzや60Hzの周辺で上下します。ところが今回の研究では、世界12の電力網の時系列をフーリエ解析すると、どれも「ちょうど1分」の周期成分を持っていました。しかも単発のノイズではなく、長い時間にわたって位相がそろっていたのです。

画像: www.nature.com より
ここで面白いのは、1分という時間の意味です。欧州で15分ごとの電力取引の区切りに周波数が大きく揺れる、というのは2018年の研究でも知られていました。一方で1分周期は、そこからさらに細かい。しかも、自然な振動なら少しずつずれていくはずなのに、観測されたパターンはかなり律儀でした。系統のどこかに、外部の時計に従う仕掛けがあると考えたくなる形です。
Nature Energy の論文は、この現象を「サイバー・フィジカル」な相互作用として扱っています。つまり、電気は物理現象でありながら、実際の動きはソフトウェアのタイミングにかなり左右される、ということです。再エネや蓄電池、データセンター、IoT機器が増えるほど、電力網は単なる配線ではなく、時計付きの装置が大量につながった巨大システムになります。
論文が扱う12の電力網は、五大陸にまたがっています。アイスランドの約40万顧客規模から、欧州大陸同期系統の4億顧客超まで幅がある。測定地点も送電側だけではなく配電側を含みます。スケールが違っても同じ周期が出る、という事実だけで十分に不穏です。では、その拍を作っているのは何なのか。単なる「どこかで何かが揃っている」では、まだ説明になりません。
五大陸に広がる系統で同じ1分成分が見える、というのは、日本の現場感覚に引き寄せるとかなり気持ち悪い現象です。工場設備でも社内バッチ処理でも、秒単位のタイマーを入れたつもりが、いつのまにか全台が同時に動き出すことがあります。平時は問題にならなくても、数が増えれば「小さい動きの合算」が本当に大きな波になる。電力網で起きていることは、それに近い。
60秒ごとの自己点検が、電力を少しずつ引っ張る
今回の手がかりになったのは、バッテリー式の無停電電源装置、いわゆるUPSです。停電しても機器を落とさないための装置ですが、内部ではバッテリーの状態確認や制御が走っています。TechXploreの記事では、Jülichのキャンパスで80か所に計測点を置き、大型のバッテリー蓄電でUPSを構成している地点で同じ周期的な消費パターンが見つかり、そのうち1台では毎分の頭に電力消費のスパイクが確認されたと伝えています。
重要なのは、1台の装置の小さな動きでも、同じ時刻に何十台、何百台と重なれば合計が見えてしまうことです。Grid Perspective の解説では、UPSのバッテリー自己点検が同期していると、変圧器や母線を通って110kV系統の接続点まで追跡できたとされています。局所の「ちょっとした消費増」が、系統全体では目に見える周波数変動になる。ここがこの話の核心手前です。
なぜ毎分そろうのか。TechXplore によると、こうした点検には拘束力のある標準がなく、研究者は多くのメーカーが60秒間隔を「妥当」とみなしたのではないかと推測しています。つまり、誰かが悪意を持って揃えたのではなく、実装の都合で、時計の分針に合わせたような動作が積み重なった可能性がある。しかも論文は、UPSに限らず、外部時刻に従うデジタル機器一般に広がりうると見ています。
この「毎分ぴったり」が厄介なのは、現場ではむしろ管理しやすいからです。保守担当から見れば、分かりやすい時刻に点検が走るほうが運用しやすい。ところが、同じ設計思想の装置が大量に入ると、利便性がそのまま同期の種になります。日本でも、似たような制御は珍しくありません。監視、自己診断、定期確認。どれも正しいのに、合わせて動くと別の顔を見せる。
ここで気になるのは、どれくらい効いているのか、です。Helmholtz の2018年の記事では、周波数の揺れは再エネだけでなく電力取引の影響も大きく、小さい系統ほど変動が大きいと説明されていました。今回の1分周期も、その延長線上にあります。系統が低慣性化していると、同じ電力の揺れでも周波数に出やすい。では、なぜこの現象が水力発電の摩耗にまで話が及ぶのか。そこにはまだ一段、仕組みのつながりがあります。
「安全ではある」が、無視はできない理由
TechXplore の記事では、この60秒ゆらぎはグリッドの安全性を脅かすレベルではなかったとされています。ここは大事です。ブラックアウトの前触れと断定できる話ではありません。ただし、危険でないから放置してよい、にもなりません。周波数の小さな上下でも、発電機や水力タービンは応答し続けるからです。繰り返しの微振動は、部品の摩耗として積み上がります。
Helmholtz の2018年記事では、50Hzからのズレは敏感な機器を傷めうると説明されていました。今回の研究では、そうしたズレの一部が、再エネのランダム性だけでなく、時計に従うソフトウェア動作から来ていると示唆されます。別々の装置が別々の理由で消費しているように見えて、時刻だけは同じ。すると、平均化されるはずの揺れが、かえって揃ってしまうわけです。
TechXplore(Jülich のプレスリリース)では、大型バッテリー蓄電を備えたデータセンターが電力需要の約5分の1を占めるアイルランドで、1分信号の振幅が2016年から2021年にかけて4倍になったと紹介されています。ただ、もし同じような制御が各地で増えているなら、世界の別の電力網でも似た増幅が起きてもおかしくありません。
「電力を食う装置」が増えた、というだけなら話は単純です。ですが実際には、食い方がそろっているかどうかが効いてきます。60秒ごとに一斉に自己診断するのか、ずらして実行するのかで、系統への見え方は変わる。ソフトウェアのスケジューリングが、電力品質の問題になる瞬間です。データセンターやバックアップ電源を抱える現場ほど、この視点は無視しにくいはずです。
では対策は何か。Grid Perspective は、同時に電力を変えないように、ランダム化や時刻ずらし、イベント駆動型の制御が提案されたと述べています。TechXplore も、毎分ちょうどではなく分散させればよい、としています。単純に見えて、実装は簡単ではないはずです。なぜなら、時計同期を崩すだけで、装置の監視や保守の設計そのものを変えないといけないからです。では、研究チームはどうやって「犯人」にたどり着いたのか。次の段階では、そこが一番気になります。
👉 続き(核心はここから)は PaPoo で読めます: https://papoo.work/doc/f0f88342197693c9