OpenAIのSam Altmanが「MBA学生には慢性的に失望している」という発言をしておりました1。
MBA学生がやりたがるのは「5年前にかっこよかったこと」で、新しいことに挑まない、という趣旨です。
一方、国内では日本プロジェクトソリューションズが『日本企業のプロジェクトマネジメント白書2026』を公開し、「AI・DXを導入したのに、なぜプロジェクトは進まないのか」を扱っています23。
キーワードは「実行の壁」と「完遂力」。差がつくのは導入力ではなく完遂力だ、という主張です。
別々の内容ではありますが真因は同じかな、と思いました。
私も大学ではMBAの教員、企業相手ではITコンサルタント、PMの講師という立場なので人ごとではない問題です。記事から「AIを入れたのに進まない現場」と「AI時代にどう学ぶかを考える教室」の観点で整理したいと思います。
3行で
- AIを入れてもプロジェクトが止まるのは、目的・意思決定者・リスク・発注責任という昔ながらのPMの問題が残っているから
- 「完遂力」を翻訳すると、AIは「候補を出す・整理する」、人は「決める・引き受ける」という役割分担
- MBA学生の保守性は個人ではなく組織の仕組みの反映。教室では説教より、AIの出力に完遂責任を負う経験を積ませる方が効く
「導入」は進んだが「成果」は横ばい
IPAが公表した「DX動向2026調査のポイント」によると、DXに取り組む企業の割合も成果が出ている企業の割合も前回から横ばいで、成果の中身は業務効率化に偏り、企業価値創出につながる領域では変化がないとされています4。AIも導入は広がったものの「期待どおり以上」の効果は限定的で、用途は効率化が中心です。
「AIを入れたのに成果が出ない」はお気持ちではなく、データでも見えている状態です。
エビデンス①:「5つの壁」
白書では数字は出てきませんが、問題の切り方がはっきりしています。
プロジェクトが進まないのは個人の能力不足ではなく組織の仕組みの問題だとしたうえで、第一弾は「5つの壁」を挙げています。
| # | 壁 | ひとことで言うと |
|---|---|---|
| ① | 目的が曖昧なまま始まる | 手段が目的の席に座っている |
| ② | 責任者はいるが意思決定者が見えない | 「誰が決めるか」が決まっていない |
| ③ | 会議は多いが決定が進まない | 検討材料は増えるが決定は増えない |
| ④ | 外部委託が「丸投げ」になっている | 発注者が中身を理解していない |
| ⑤ | 進捗管理はあるがリスク管理が弱い | 言いにくいことを言える場がない |
どれも目新しくありません。重要なのは、AIを入れてもこの5つは一つも解消しないことです。
エビデンス②:「完遂力」と5つの力
第二弾は「完遂力」を、根性でタスクをやり切ることではなく、目的を明確にし、課題を構造化し、関係者を動かし、不確実性の中で意思決定を積み重ねて成果まで進め切る能力と定義しています3。そのうえでAI時代のPMに必要な5つの力を挙げています。エンジニア向けに翻訳するとこうなります。
| 白書の言葉 | 翻訳 | AIがやる | 人がやる |
|---|---|---|---|
| 目的定義力 | 受入条件を書く | 条件の候補出し | どの条件にするか決める |
| 構造化力 | WBS・設計の分解 | 初版の分解、抜け漏れチェック | 粒度と境界を決める |
| 調整力 | 合意形成 | 論点整理、議事録 | 対立を引き受ける |
| 判断支援力 | 選択肢とトレードオフの提示 | 選択肢の列挙、影響分析 | 決める/決めさせる |
| 学習・改善力 | ふりかえりと改善 | データ集計、パターン抽出 | 何を変えるか決めて実行する |
白書自身も「AIは管理業務に、人は判断・調整・合意形成に」と提言しています。AIは「候補を出す・整理する」、人は「決める・引き受ける」。vibe codingで「動いたコードの責任を誰が取るか」が問題になるのと同じ構造です。
現場:AIは「作る」を速くしたが「決める」は速くしていない
5つの壁を、生成AIが入った現場に当てはめます。エビデンスなしの観察ですが、コンサルの現場ではだいたい次の4つに集約されます。
1. 成果物は増えるが、決定は増えない(壁②③)
AIを入れると議事録・計画案・リスク一覧は確実に増えます。しかし決める人とタイミングが設計されていなければ、それらは「検討材料」として積み上がるだけです。会議が短くなっても、決定事項の数が変わらなければ速度は変わりません。
2. 目的欄にツール名が書いてある(壁①)
「生成AIを活用した業務効率化」が目的のプロジェクトは、「○○システムの導入」が目的だったDXと同じ構造で迷子になります。受入条件が書けない目的は目的ではありません。「一次回答を2営業日から4時間に」なら書けますが、「AI活用」では書けません。
3. 丸投げの相手が「人」から「AI」に変わっただけ(壁④)
AIに作らせた仕様書を誰もレビューせず次工程に流す、新種の丸投げが増えています。発注者が中身を理解していない成果物は、誰が作ろうと後工程で同じ事故を起こします。情シスのいない中小企業で特に深刻ですが、本質はAIリテラシーではなく発注者責任が決まっていないことです。
4. 進捗は見えるが、リスクは誰も見ていない(壁⑤)
ガントチャートはAIが作ってくれます。しかしリスク管理は「この前提が崩れたら」を言いにくい人が言える場づくりの問題で、ツールでは解決しません。
エビデンス③:Altmanの「5年前にかっこよかったこと」
ここから教室の話です。Altmanの発言はFortune経由の報道で、原典のインタビュー収録日は明記されていないため、文脈には留保が必要です1。要旨は3点です。
- MBA学生は昔のやり方に流れがちで、やりたがるのは5年前にかっこよかったこと
- 多くの業務はAIによってより良く・安く・速くこなされるようになるが、変化は予想ほど速くない
- キャリアは大きな変化の時期、つまり競争の場が最も開かれているときに始めるべき
ここで言う「昔のやり方」というのは文脈的に「スキームが確立しておりリスクの少ないやり方」「枯れた手法」ということかと思います。
「MBA学生は保守的」は、社会人MBAの教室でも思い当たりますが・・・
ただ、日本の社会人学生は平日は会社員です。
彼らが「5年前にかっこよかったこと」に流れるのは個人の問題ではなく、所属組織で評価される行動がそうだからであると考えます。
日本の組織においてはリスク回避的思考が強くあると思います、それは変化への対応と言う意味では枷になるかもしれませんが、安心な社会の醸成という意味では必ずしも否定できることではないかも・・・
実践:教室で「完遂力」を鍛える
代わりにやるべきなのは、AIに作らせたものに人が完遂責任を負う経験を、安全な場で積ませることです。
| 演習 | やること | 鍛える力 |
|---|---|---|
| AIの要件定義を「受け入れ拒否」する | AIが書いた要件定義書を発注者としてレビューし、拒否理由を受入条件の形で書く | 目的定義力 |
| 決定ログでプロジェクトを再現する | AI生成の議事録から決定事項だけを抜き出し、決定が増えていない区間(=実行の壁)を特定する | 判断支援力・調整力 |
| AIにER図を描かせ、人が境界を決める | AIのテーブル設計初版をもとに、どのテーブルをどの部署が所有するかを決める | 構造化力 |
問いを「AIの出力は正しいか」から「自分はこれで発注できるか/決められるか」に変えるのがポイントです。前者はAIリテラシー、後者が完遂力です。
やってはいけないパターン
- AI禁止:職場で使っているので、教室だけ禁止しても意味がない
- AI礼賛:「こんなにできる」のデモは丸投げを正当化するだけ
- 正誤判定で終わる:正誤はAIリテラシーであって完遂力ではない
効果的なパターン
- 「決める」工程を必ず挟む:採用/不採用と理由を書かせる
- 決定に責任を持たせる:次の演習は前回の決定を前提に進め、決め直しのコストを体感させる
- 「決めなかった」も記録させる:実行の壁は決定の空白区間として可視化できる
結論:決定事項の数は増えたか
DXもAIも導入は進んだが成果は効率化止まり4。白書はその原因を昔ながらのPMの問題である「実行の壁」に求め、必要なのは「完遂力」だと主張します23。翻訳すれば、AIは「候補を出す・整理する」、人は「決める・引き受ける」です。
Altmanが失望するMBA学生の保守性も1、「決める」工程を設計していない組織の仕組みが教室に持ち込まれたものです。教室でできるのは説教ではなく、AIの出力に対して人が決めて引き受ける経験を安全に積ませることだと考えています。
AIを入れたあと、決定事項の数は増えたか。個人的には、これが導入力と完遂力を分ける一番シンプルな指標だと思っています。
参考文献
-
Fore, P. (2026). Sam Altman shares his 'chronic disappointment' in MBA students—they're stuck on what 'was cool five years ago'. Fortune, 2026-10-28. https://fortune.com/2026/10/28/openai-ceo-sam-altman-gen-z-disappointment-start-new-business-with-ai-entrepreneurship-career-advice/ ↩ ↩2 ↩3
-
日本プロジェクトソリューションズ株式会社 (2026). 日本企業のプロジェクトマネジメント白書2026 第一弾(課題編). PR TIMES, 2026-08-19. https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000041.000149507.html ↩ ↩2
-
日本プロジェクトソリューションズ株式会社 (2026). 日本企業のプロジェクトマネジメント白書2026 第二弾(提言編). PR TIMES, 2026-08-31. https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000042.000149507.html ↩ ↩2 ↩3
-
情報処理推進機構 (2026). DX動向2026調査のポイント 広がるAI導入、DXは変われるか. IPAプレス発表, 2026-07-16. https://www.ipa.go.jp/pressrelease/2026/press20260716.html ↩ ↩2