はじめに
2026年10月13日、神谷町トラストタワーで開かれた IIAC 2026(第5回 国際産業AIカンファレンス) に参加してきました。
テーマは「産業AIの主権 ― 国家・社会文化・産業」。スタンフォードで4回、2025年のハノイを経て、今回はじめて東京での開催です。会場には半導体、製造、政策、研究の関係者が集まり、終日シングルトラック(英日同時通訳あり)で議論が続きました。
正直なところ、いちばんの目当てはヤン・ルカン氏のワールドモデルの講演でした。ところが一日を通して印象に残ったのは、「データセット」「オントロジー」「IT/OTの溝」「Sovereignityソブリニティ」 という、もっと地に足のついた言葉のほうでした。
この記事は、会場でのメモと、そのとき考えたことをまとめたものです。詳しいアジェンダや内容は公式イベントサイトでご確認ください。
https://iiac.events/ja/
※会場のネットワークが不安定で、その場で調べながら聞くことができませんでした。聞き違いや理解が浅い部分があるかもしれません。
午前:Aitomatic、ヤン・ルカン氏、そして韓国の戦略
Aitomatic 基調講演 ― 熟練者のナレッジをAIへ
主催の Aitomatic CEO、Christopher Nguyen 氏の基調講演。印象に残ったのは次のエピソードです。
パナソニックがホームベーカリーを開発したとき、エンジニアがパン屋さんに弟子入りした。
何かを作るには特別なナレッジが要ります。汎用モデルだけでは、特殊なOT(制御系)の業務には届きません。だから 熟練世代が退職する前に、そのナレッジをAIに移植しよう、というのが全体のメッセージでした。
質疑のやり取りも興味深かったです。
- スモールモデルはどうあるべき? → OSS。
- 現場は今なにをしておくべき? → データ。「ビッグデータの時代は終わった」とも言われるが、現場のデータをきちんと残し、学べる仕組みを整えておくこと。センサーなどとつなぐ新しい取り組みも必要になるかもしれない。
- プラントのON/OFFをAIだけに任せる未来はあるか? → Human in the loop は必ず必要。
「経済が上向いている地域ほどAIに前向きで、そうでない地域は慎重」という指摘もありました。個人的には「本当にそうかな?」と思っていて、文化的な要因も大きいのではと感じています。それから、専門ナレッジをAIに落とし込む流れは、いずれ特許のような知財ビジネスにつながるのかも……と妄想しながら聞いていました。
AMI Labs 創業者 ヤン・ルカン氏 ― 今のAIは、まだ動物にもかなわない
憧れのルカン氏です。話はかなりストレートで、「今のAIは、動物や人間と比べてもできないことだらけだ」というところから始まりました。
- 専門知識や行動を学ぶだけでなく、子どもが自然に身につけるような 世界の背景知識 を学ぶ必要がある
- ワールドモデルがあれば、行動する前に結果を予測し、修正できる
- 動画などからも学習でき、次のアクションを予測する力が身につく
- JEPA の紹介が多く、JEPA と DINOv3(Meta)を組み合わせた事例も
……と書きましたが、数学や物理の話が続く場面もあり、正直かなり難しかったです。楽しみにしていた講演だけに悔しい! 技術寄りの同僚にこそ聞いてほしい内容でした。
ちなみに LeWorldModel は GitHub で公開されていて(lucas-maes/le-wm)、規模によっては手元のGPUでも動かせそうです。近いうちに「やってみた」を公開出来たらと思っています。
Young-Sup Joo氏 ― 技術起点から、目的起点へ
元・韓国中小企業庁長の Joo 氏。キーワードは 「Technology → Purpose and mission oriented」 でした。技術から出発するのではなく、解きたい目的や課題のために技術を開発しよう、という趣旨だと理解しています。
韓国は水平型AIではなく、業界ごとの 垂直型AI に舵を切っているそうです。産業ごとにデータの持ち方が違うので、まずデータを整え、その上でモデルを整える。EUやドイツの取り組みも紹介されていました。
休憩時間:「解かれない暗号」の話
休憩中、後ろの席に座っていた暗号技術提供している参加社 EAGLYS さんとお話しできました。
「データ」が重要になればなるほど、「AI」のできることが多くなればなるほど、扱われるデータセキュリティも重要になりますので勉強になりました。詳細はまたの機会にと考えています。
昼:パネル「日本のAIの未来」
NEC 取締役 代表執行役社長 兼 CEO 森田隆之氏、デジタル副大臣臣・内閣府副大臣の塩崎彰久氏、Aitomatic CEO Christopher Nguyen氏 によるパネルです。モデレーターはAitomatic COO Nanda Kishore氏でした。(以降敬称略)
森田氏(NEC)
- AIをどうカスタマイズするかに挑戦していて、それが正しいアプローチだと考えている
- AI capital と Human capital は対立ではなく融合すべきもの。ただ、その実現方法はまだ模索中
- 日本固有の大事なデータはまだたくさんある。その取り扱いポリシーを政府には早く決めてほしい
- データのサイロ化は大きな障害
塩崎氏(デジタル副大臣)
- AIに必要なものとして、まず 透明性 を挙げていた
- 主権(ソブリン)とは完全な自前主義ではなく、選択肢を持つこと、という趣旨だと受け取りました
- 何を公開し、何をAIに任せるかを企業が意識して選ぶ。そのための国際的な基準や、モデルのセキュリティ認証といったガードレールも必要
Nguyen 氏(Aitomatic)
- 「AIの暴走」という言い方は正しくない。AIはプロンプトに従っただけ。主権と責任を持つのはあくまで人間と企業
- エージェントがプロンプトを受け取る前に中身をチェックするなど、ガードレールとガバナンスを前提に使うべき
- 将来には非常に楽観的
「人間が責任を持つ」という考え方は、IBMも10年以上前から言っていたことです。身近な例ではインフラを直接触らせずにガードレールを強制する、CI/CDでセキュリティを強制する、といった発想に近いと感じました。AIを「まだ発展途上のアーキテクチャ」と捉えて、いわば大型新人を育成していくという考え方を改めて認識しました。
午後:政策と現場
経済産業省 大臣官房審議官 兼 AI政策統括調整官 奥家氏 ―「データ」「Dataset」
とにかく データ、データセット が繰り返された講演でした。
- 米中は巨大なGPUクラスタと、巨大なデータセット・基盤モデルを持っている
- そうした基盤を持たない日本は、エコシステムで実現する のが戦略
- ファナック、安川電機、川崎重工などとの連携で、ロボティクス向けの基盤モデルができるとよい
- 自動車の制御系で使われる日本製コンポーネントは、ロボティクスにも活かせる
- 「Redesign」:Baseball を「野球」にしたように、理解した上で日本流に再設計する
ここまでのセッションですっかり世界の最先端の取組をに染まってしまっていたので「まだその段階なのか」という気持ちになりましたが、改めて「地に足をつけて進めているんだな」と理解しました。
休憩時間:「AIを止めない」お話
休憩中、隣の席の Temporal さんとお話しできました。
AIエージェントが複雑な業務をこなすようになると、それだけ複雑なシステムをまたがってAIエージェントが稼働することになります。AIエージェントがどこかで止まってしまうリスクも増えるため、これを安定稼働させるソリューションを提供しているとのことです。詳細はまたの機会にしたいと思いますが話題のスタートアップとリアルにお話しできました。
ルネサス ― エッジAIを一気通貫で
ルネサス VP Gaurang Shah 氏は、産業AIを支える組込み・エッジ側の要件(低消費電力、リアルタイム性、セキュリティ)と、一気通貫のソリューションを紹介していました。電力・バッテリーまわりのソリューションもありそうなので、あとで調べてみるつもりです。
現場の実践:TEL / CTC / Open Data Spaces
- 東京エレクトロン:TEE(Trusted Execution Environment)を使い、社外に出せないIPなどの重要な情報を 暗号化したまま共有 して、トラブルシュートなどに使えるようにする取り組み。午前のEAGLYS氏の話とつながりました。
- CTC:テーマは IT/OTの溝。Smart Factory ソリューションと Aitomatic のデモ。Aitomatic は「AIのオブザーバビリティ」のような位置づけなのかな、と思いながら見ていました。
- Open Data Spaces(津田氏):「Sovereignty is not isolationism(主権は孤立主義ではない)」。オントロジーは API を通じて協調できる、という話でした。
終盤パネル ― スーパーインテリジェンスは人間を乗っ取るか
ルカン氏らのパネルでは、「スーパーインテリジェンスが人間を乗っ取る、というのは真実ではない。そういうことを考えるのは人間だけで、問題はAIのせいにする一部の人間の誤った野心だ」という趣旨の発言がありました。
会場でよく聞いた言葉
- Optimistic:登壇者はみな、AIとともにある未来にとても楽観的でした。
- Ontology:何度も出てきました。今回の陰の主役かもしれません。
- 「生成AIは終わった」:次は物理世界や産業の現場へ、という空気がありました。
- IT/OTの溝:日本の現場と付き合いの長そうな人ほど口にしていました。他の国では事情が違うのか、気になっています。
- Dataset:政策側も産業側も、結局はここに戻ってきます。
おわりに ― 持ち帰ったこと
ルカン氏目当てで参加しましたが、持ち帰ったのは次の3つでした。
AI・フィジカルAIにおいて
- データ整備こそが本丸。 現場データを残すこと、データセットにすること、サイロを壊すこと。政策側も産業側も、行き着く先は同じでした。
- 主権とは孤立ではなく、選択肢とガバナンスを持つこと。 透明性、ガードレール、Human in the loop。主語はあくまで人間と企業です。
- 機密を守ったまま連携する技術が熱い。 TEE、暗号化したままの処理、オントロジーを介した協調。「データを渡さずに一緒に賢くなる」仕組みが、産業AIの前提になりつつあると感じました。
これからはシングルモデルではなく、スモールモデルを適材適所で組み合わせる時代になりそうです。その下で動くGPU基盤や、オーケストレーション、オブザーバビリティまで含めて、引き続き追いかけていきます。まずは LeWorldModel の「やってみた」から始めるつもりです。(実際は社内SEにお願いするところからです!)
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
参考
- IIAC 2026 公式サイト:https://iiac.events/ja/
- LeWorldModel https://le-wm.github.io/
- LeWorldModel(GitHub):https://github.com/lucas-maes/le-wm