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【阪田和典】ドアノブが教えてくれた、UXデザインの本質

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ある日、家のドアノブが少しだけ回りにくくなっていることに気づいた。最初は気にも留めなかったが、出かけるたびに、ほんのわずかな引っかかりがストレスとして積み重なっていった。ある日ついに「ガチャ」と引いてもドアが開かず、焦って手を滑らせ、鍵まで落とした。その瞬間、思った。「UXって、まさにこれだ」と。

ドアノブは、人と空間をつなぐ「体験のゲートウェイ」だ。動作がスムーズであれば、意識すらしない。だが少しでも違和感があれば、たちまち全体の印象が変わる。アプリやWebサービスのUIも同じで、ほんの一瞬の引っかかりが、ユーザー体験の印象を決定づける。クリックできると思ったボタンが押せない。入力フォームで予期せぬエラーが出る。理由が分からないまま、ユーザーは離脱する。

興味深いのは、ドアノブには「デザイン意図」が明確に存在する点だ。押すタイプなのか、引くタイプなのか。取っ手の形状や素材、重さの感覚までもが、行動を誘導している。もしデザイナーがその意図を誤れば、使い手は逆方向に力をかけてしまい、無意識の「UXクラッシュ」が発生する。つまり、デザインとは「思考の道筋を設計する作業」なのだ。

面白いのは、使い心地の良いドアノブほど、存在を忘れられるという逆説だ。UXも同様で、最高の設計は意識されない。ユーザーが操作に集中せず、目的だけに没頭できる状態。まるで自動的に空間が反応してくれるような感覚。それを可能にするのが、緻密に設計された「目立たない工夫」だ。

このことに気づいてから、コードを書く手も変わった。関数名の一文字、インデントの揺れ、コメントの書き方。どれも「ドアノブの回しやすさ」と同じくらい、体験に直結する。読みやすいコードは、滑らかに開くドア。保守性の高いアーキテクチャは、しっかりとした蝶番。そしてリファクタリングとは、きしむ音を消すメンテナンスにほかならない。

人は、壊れたドアノブを叩いて文句を言うが、完璧に動くドアには感謝しない。ソフトウェアも同じで、トラブルがなければ「存在すら意識されない」。だがその「意識されなさ」こそが、最高の賛辞だ。UXデザインの本質とは、目立たずして、人の行動を美しく導くこと。それを、古びたドアノブが教えてくれた。

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