第1章:そもそも「SaaSがDBのラッパー」とはどういうことか
SaaSの基本構造
SaaS(Software as a Service)は、クラウド上でソフトウェアを提供するモデルです。しかし構造的に見ると、ほとんどのSaaSは「データを扱うためのUI+API層」であり、その背後には**データベース(DB)**が存在します。
例:
- CRM → 顧客レコードを保存・検索するDB
- ERP → 在庫・仕入れ・販売データを統合するDB
- Notion / Slack → テキスト・メタデータを管理するDB
つまり多くのSaaSは本質的に「ユーザーが直接DBを操作しなくても、意味のある形でデータを扱えるUI/UX」を提供しており、構造的に「SaaS=DBのラッパー」と表現できます。
ラッパーというメタファーの限界
「DBを隠しているだけ」では価値は生まれません。成功したSaaSは以下の3点でDB以上の価値を創出しています。
- ワークフロー統合(Salesforceなど)
- ネットワーク効果(Slackなど)
- 運用コストの最適化(自動更新・スケーラビリティなど)
「ラッパー」とは単なる構造の説明にすぎず、実際の価値はデータの文脈設計と利用体験にあります。
第2章:LLMの登場でSaaSはどう変わるのか
「UIを通じてDBに触れる」時代の終焉
LLM(Large Language Model)は自然言語を通じてDBクエリを生成・実行・解釈できます。これにより、従来SaaSが提供していた「UIでDBを操作する」価値は急速に陳腐化します。
例:
- Salesforceを開かずに「今期の失注理由トップ3を教えて」と聞く
- Notionを開かずに「会議メモから次のアクションを抽出して」と依頼
つまり、SaaSは人間が使う対象からAIエージェントに呼び出されるAPI群へと変わります。
呼び出す/呼び出される構造の転換
今後のSaaSは次の二種類に分かれます:
- 呼び出す側(Invoker):LLMを使って自社データを強化するSaaS
- 呼び出される側(Invokee):AIからAPIとして利用されるSaaS
後者では画面UIではなくAPIとデータスキーマが競争優位の中心になります。
差別化軸は「独自データ」へ
LLM自体は急速にコモディティ化しています。ゆえにSaaSの価値はドメイン固有データに移ります。
- CRM → 顧客関係の履歴データ
- HRTech → 評価・文化データ
- ERP → 取引・在庫パターン
SaaS × LLM = ドメイン知識の最適化エンジン
第3章:SaaSとリカーリングビジネスの違い
SaaSはリカーリングの「1形態」にすぎない
リカーリング(Recurring)とは、継続的価値提供に基づく反復収益です。SaaSはその一形態に過ぎません。
| 区分 | 提供対象 | 継続価値の本質 | 代表例 |
|---|---|---|---|
| SaaS | ソフトウェア機能 | 機能更新・利便性 | Salesforce |
| IaaS/PaaS | 計算・基盤 | 可用性・スケーラビリティ | AWS |
| データ/API | 知識・情報 | 最新性・網羅性 | OpenAI API |
| マネージドサービス | 運用・人手 | 継続的品質 | Datadog |
| SIer型リカーリング | 顧客業務 | 成果保証・運用代行 | NTTデータ |
LLM時代のリカーリング構造
これからの価値は「知識の鮮度と学習性」です。
機能提供 → 学習提供へ
AIが継続的に学習・改善する構造自体がリカーリングの源泉になります。
第4章:SIerがLLM時代にリカーリングで勝つには
SIerの現状課題
従来のSIerは「納品完了型」で非リカーリング構造です。
課題:
- 納品後に価値が止まる
- 顧客ノウハウが散逸
- 継続的改善のインセンティブが弱い
勝ち筋①:AI運用型リカーリング
- 顧客業務データを学習するLLMを構築し、精度改善・再学習・監視を継続提供。
- 契約は「AI品質SLA」ベース。
→ MLOps as a Service の発想。
勝ち筋②:“AI × SaaS × SI”のハイブリッド
- 顧客業務を理解したSIerがSaaSとLLMを統合し、**SPaaS(SaaS Proxy as a Service)**を構築。
- 顧客がAIを直接操作するのではなく、「SIerがAIを育てる」モデルへ。
勝ち筋③:“人+AI”の継続改善モデル
- SIerが持つ業務知識をAIで学習させる「ヒューマン・イン・ザ・ループ」体制。
- 人とAIが協調して成果を高めることで、知識資産を再利用可能に。
結論
- SaaSはもともとDBのラッパーであり、LLMによって操作主体が人からAIへ移る。
- リカーリングの本質は「継続的学習と価値更新」。
- SIerは「AI運用」「SaaS統合」「知識学習」を軸に学習型リカーリングモデルへ転換すべき。