はじめに
過去10年平均株価リターンが15%であったといったときに、では株価が10年で$1.15^{10} = 4.1$倍になったのかというとそうではない。
実際には、せいぜい $(1+0.15-0.15^2/2)^{10} = 3.7$ 倍程度。
(甘めにシャープレシオ1を仮定してボラを15%とおいた場合)。
これは、一般的な株価リターン(年率換算)が CAGR ではなく、年次(あるいは月次)リターンの平均という形で計算されるから。
そのため、平均リターンをCAGRと混同すると、実体よりも高めの数字に見えてしまうことになるので注意が必要。
なぜ CAGR と平均リターンに乖離が生じるのか(直感的に)
例えば、株価が期間1で25%上昇し、その後、期間2で元の水準に戻ったとき
| 時点 | 0 | 1 | 2 |
|---|---|---|---|
| 株価 | 100 | 125 | 100 |
| リターン | - | +25% | -20% |
最終的に株価は変わっていないが、この2期間での平均リターンは+2.5%になる。
一方で、以下のように下がってから上がった場合
| 時点 | 0 | 1 | 2 |
|---|---|---|---|
| 株価 | 100 | 80 | 100 |
| リターン | - | -20% | +25% |
この場合も最終的に株価変動はないが、この2期間でプラスの平均リターン(+2.5%)となっている。
以上の例から、平均リターンで考えるとボラティリティがある分、数字が高めになるということが理解できる。これは、株価の上昇・下落の効果が非対称であるため。
なお、どちらの例もCAGRは0%になる。
CAGRと平均リターンの差の評価
では、両者にはどのくらいの差が生じるのか。
結論からいうと以下であることが示せる。
幾何平均リターン ≈ 算術平均リターン − (1/2) × 分散
すなわち
r_g ≈ r̄ − (1/2)σ²
ここで、
- $r̄$:算術平均リターン
- $r_g$:幾何平均リターン
- $σ²$:算術リターンの分散
単利と複利の違いに基づく導出
1. 離散リターンの定義
-
リターン:
r_t = \frac{S_{t+1} - S_t}{S_t} -
算術平均リターン(単利):
\bar{r} = \frac{1}{T} \sum_{t=1}^{T} r_t -
幾何平均リターン(複利):
r_g = \left( \prod_{t=1}^{T} \left( 1 + r_t \right) \right)^{\frac{1}{T}} - 1
2. 幾何平均を対数で表す
-
幾何平均を対数変換:
\log\left( 1 + r_g \right) = \frac{1}{T} \sum_{t=1}^{T} \log\left( 1 + r_t \right) -
テイラー展開:
\log\left( 1 + r_t \right) \approx r_t - \frac{1}{2} r_t^2 + \frac{1}{3} r_t^3 - \cdots -
期待値をとると:
\mathbb{E}\left[ \log\left( 1 + r_t \right) \right] \approx \bar{r} - \frac{1}{2} \left( \sigma^2 + \bar{r}^2 \right)\left( \text{※ } \mathbb{E}\left[ r_t^2 \right] = \operatorname{Var}(r_t) + \left( \mathbb{E}[r_t] \right)^2 = \sigma^2 + \bar{r}^2 \right)
3. 幾何平均と算術平均の差を近似
-
近似式:
\log\left( 1 + r_g \right) \approx \bar{r} - \frac{1}{2} \left( \sigma^2 + \bar{r}^2 \right) -
さらに、リターンが小さいとき:
(すなわち $r_g \approx \log(1 + r_g)$)r_g \approx \bar{r} - \frac{1}{2} \left( \sigma^2 + \bar{r}^2 \right) -
そして、 $\bar{r}^2$ が無視できるほど小さいとき:
r_g \approx \bar{r} - \frac{1}{2} \sigma^2
補足
- この現象は「ボラティリティ・ドラッグ」とも呼ばれる。
- 株価変動にブラウン運動を仮定し、伊藤の公式などを使うことによってより厳密に式を証明することができる。