PLCとマイコン、どちらが優れているのか ― 現場視点での比較と考察
はじめに
「PLCとマイコン、どちらを使うべきか?」
このテーマは、制御や組み込みの世界で昔からよく議論になります。
どちらも制御装置ではありますが、設計思想や文化がまったく違います。
ここでは、実際にFA現場や設備開発に関わってきた立場から、両者の違いをできるだけ具体的に整理してみました。
PLCとマイコンの立ち位置
PLC:FA用途に最適化された“パッケージ化された制御装置”
PLCは、産業用途に最適化された完成形コントローラです。
I/O、電源、絶縁、ノイズ、耐環境など、長期稼働を前提とした設計と品質保証がパッケージ化されています。
主な特徴
- 24V入出力を前提にしたノイズ耐性と絶縁設計。
- 雷サージ・瞬停などに強く、温湿度変化にも耐える構造。
- 10年以上の長期供給・修理体制。
- 部品交換・プログラム更新が容易で、現場復旧性が高い。
国産PLCは特に信頼性が高く、過去の不具合を何十年かけて潰してきた結果、過剰なほど安定しています。
価格もエントリー機なら5万円台から入手可能で、高機能です。

現場での運用実態
私の観測範囲では、PLCは10年ノーメンテ運用が普通です。
ただし20年を超えると、電源OFF→ON時に電解コンデンサ劣化で壊れるケースが増えます。
この段階ではメーカー修理も終了しており、予備機がないと設備が止まるリスクが高いです。
特に腐食性ガスなどの環境向け対策品も存在し、基板への特殊コーティング指定して納入することも可能です。
MELSEC iQ-R,MELSEC-Q/Lシリーズ,ネットワーク関連製品の特殊コーティング仕
様品について
三菱だとこういう(C)のシールが貼ってあるのがコーティング仕様だった(と思う)

こうした環境対策を自力で行うのは難しく、PLCの「信頼性パッケージ」の強みがここにあります。
工場といってもクリーンルームであれば一年中一定の温度と湿度で使われますが、そうでない場所は電源電圧の変動もあったり制御盤の近くを高圧ケーブルが通っていたりオイルや雨が天井から落ちてくるような劣悪な場所もあり様々です。
PLCの基板がどのようなものか興味がある方は私の過去記事で分解しているので読んでみてください
また海外へ機器を出荷、販売する場合は各種認証取得や輸出規制品でないことを証明する非該当証明が必要だったりします。
こういったものが取得済であったり資料が用意されてるのもメリットです。
マイコン:自由度の高い“制御素材”
マイコンは、CPU+周辺回路を提供するだけの「素材」です。
ノイズ・電源・絶縁・保護などの設計はすべてユーザー責任となります。
言い換えると、「自由」と「責任」が1セットの世界です。
特徴
- C/C++やRTOS構築が前提。ログ機構・冗長処理・安全設計はすべて自作。
- 部品供給保証はあるが、アプリ全体の責任はユーザー側。
- サポートはフォーラム・アプリケーションノート中心で、開発者の自力対応が基本。
現実的な使われ方
マイコンの強みは安価で高性能な点です。
Raspberry Pi Picoなら1,000円台、Arduino Unoでも5,000円未満。
量産時はチップ単価200〜1,000円+周辺部品で1基板数千円規模になります。
工場でも、アンドン(稼働表示)なのどでRaspberry Piが採用される例があります。
たとえば、くら寿司や、IoTモニタリング端末などはRaspberry Piが多いです。
「壊れてもすぐ困らない」「リブートすれば復旧できる」ような用途では非常にコスパが良く、
試作・実験・プロトタイプ段階では最適解になることもあります。
また産業用ラズベリーパイという製品もあり自社でハード設計が難しい場合はこういう既製品を使うとよいでしょう。
Arduino OptaというArduinoシリーズのPLCが存在しますがあまり評判がよくないです。
マイコンとしてみると値段が高く、PLCとしてみると不具合が多い、サポートが悪いというのが私の感想です
コスト構造の比較
PLCの主なコスト要素
-
CPUユニット:小規模I/Oで8〜15万円前後。
- JTEKTの小型PLC:3〜4万円台。
- 三菱FX5U 下位モデル:5万円前後。
- 上位CPU(Intel組み込み搭載)は50〜100万円も。
-
I/O拡張ユニット:16点I/Oで2〜5万円。アナログ入力・温調は5〜10万円超。
-
通信モジュール:EtherNet/IP・CC-Link IEなど3〜8万円台。
-
開発ソフト:GX Works3 約10万円、Sysmac Studio 約20万円。
マイコンの主なコスト要素
- ハード初期費:Arduino Uno 3,000〜5,000円/Raspberry Pi Pico 約1,000円。
- 量産時:チップ単価+周辺部品で数千円/基板。
- 開発環境:無償IDE多数だが、JTAGデバッガや測定器は数十万円規模。
- 工数:C/C++ドライバ開発・通信・EMC対策・自己診断設計など全て自社対応。
- 維持管理:EOL対応、ファーム更新、脆弱性対応を自力で継続。
総評
PLCは初期費用こそ高めですが、信頼性と開発効率を含めたトータルコストは意外と低い。
マイコンは量産・独自設計では強いですが、一品装置では逆に高コスト化します。
数千台単位で量産する製品や、高速演算・AI連携が必要な場合を除き、
FA設備ではPLCの方が現実的な選択となるケースが多いです。
プログラム管理と学習文化
PLCは、プログラム管理が意外とずさんな現場が多いです。
「PLCにデータが入っており、都度吸い出せばよい」という油断で、バックアップも履歴管理もなし。
電池切れでメモリ初期化→設備停止、という事例は珍しくありません。
当然ですが、定期バックアップとバージョン管理は重要です。
「ラダーは学習が難しい」は本当か?
よく「ラダー言語は習得が難しい」「古臭い」と言われますが、
個人的にはそれは少し違うと思います。
確かに見た目は独特で最初は取っつきにくいですが、
制御の概念を理解していれば論理構造は非常に明快です。
むしろ、C言語やRTOSを使って高度な組み込みをできる人のほうが、ラダーをマスターできる人よりも圧倒的に少ないというのが現場感覚です。
ラダーが難しいのではなく、「PLC文化に触れる機会が少ない」だけかと思います。
ソース管理の違い
マイコンでは、書き込まれるのはコンパイル済みバイナリであり、
吸い出してもソースには戻せません。
Pythonなどのスクリプト系を除けば、ソースコードの管理は開発者の仕事ですです。
Githubで履歴管理する文化が発達しており、ソフトウェア工学的にはソース管理をする環境はマイコンのほうが進んでいると言えます。
デバッグとトラブルシュート
PLC
- 稼働中でもオンラインモニタでI/O・内部レジスタをリアルタイム監視可能。
- 一部メーカーはタッチパネルからラダー条件を直接確認可能。
- センサー・アクチュエータ故障時の切り分けが容易。
- 現場対応・保守に極めて強い。
マイコン
- デバッガ(JTAG/SWD)が必要で、現場モニタは難しい。
- ログや診断画面を自作する必要がある。
- 現場サポート性を高めるには、コピー機のように完成された自己診断UIや遠隔でもサポートできる機能が必要。
まとめ
| 観点 | PLC | マイコン |
|---|---|---|
| 信頼性 | 高い(FA環境対応) | 設計次第 |
| コスト | 初期高だが長期安定 | 量産で低コスト |
| 開発難易度 | GUI中心、ラダー理解で十分 | C/RTOS設計が必要 |
| デバッグ | 稼働中モニタ可 | 開発時のみ容易 |
| 保守 | メーカー保証・交換容易 | 自社保守・EOLリスク |
| 自由度 | 制限あり | 非常に高い |
結論
どちらが「優れているか」ではなく、
どの条件・規模・安全性レベルに適しているかが重要です。
- 一品もの、安全性・信頼性重視 → PLC
- 量産、クラウド連携、高度な演算処理 → マイコン
どちらも適材適所。
万能な制御装置は存在せず、
要件・ライフサイクル・体制を見据えた選定判断がエンジニアの腕の見せ所です。
おわりに
この記事は筆者の現場経験に基づいてまとめたものです。
読者の皆さんの現場でも、違った判断基準や知見があると思います。
マイコンのほうが優れていて万能だというご意見があれば記事を書いていただけると参考になるかと思います。
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私は現在フリーランスでFAエンジニアをしております。
PLC関連のプログラミング、古いシステムの更新などなんでもできます。
お仕事おまちしております。