こんにちは!今日は論文に興味を持っている「蠢動する赤
」です
LLM と AI をもぞもぞ学んでいる蛰伏系エンジニアです。気づいたら急に強くなっている……そんな存在を目指してます![]()
今のAIは「健忘症」──Nested Learning が予告する“次のAI革命”とは?
ChatGPT、Gemini、Claude…… 近年の LLM は驚異的な性能を誇り、その精度は人間を凌駕する場面も増えてきました。これは、モデルアーキテクチャの洗練、学習タスクの工夫、オプティマイザの進化、そして膨大なデータの改良といった、これまでの深層学習研究の集大成と言えるでしょう。
しかし、このアプローチは大きな壁に直面しています。
それは、これらが本質的に 「静的(Static)」なモデル であるという点です。
どれだけ巨大で賢くなっても、学習が完了した瞬間にその知識は固定され、それ以上の成長はありません。この「静的なパラダイム」の延長線上には、もはやこれ以上の劇的な進化は見込めない──そんなボトルネックが懸念されています。
Google Research の新論文 「Nested Learning: The Illusion of Deep Learning Architectures」 は、この構造的限界を根本からひっくり返す理論です。
本記事では、「Nested Learning」を速報的な「概念の整理」を主目的としています。(※ 筆者は現在論文を読み込んでいる途中なので、より詳しい説明は後日)
毎日が「学習」になる世界
想像してみてください。ChatGPT のような LLM は、毎日何万億回もの呼び出し(推論)を受けています。
現在のパラダイムでは、この膨大なインタラクションは「使い捨て」です。推論が終われば、その経験はモデルから消え去ります。
しかし、この 「毎日の何十億回の会話」すべてが、モデルを賢くするための糧(データ)になります 。
推論するたびに賢くなり、ユーザーと対話するたびに記憶が深まる。
それはまさに、AI が「無限の成長」を手に入れる可能性を秘めています。
既存LLMの致命的弱点:「学習が終わった瞬間に成長が止まる」
これは、医学的な 前向性健忘(Anterograde Amnesia) という症状に酷似しています。
論文では、この症状を以下のように説明し、現在のLLMとの類似性を指摘しています:
前向性健忘とは:
発症以前の記憶(長期記憶)は保たれているものの、発症以降の新しい出来事を長期記憶として形成できない神経学的状態。
患者は「直近の現在」と「遠い過去」という2つの時間枠に閉じ込められ、目の前の出来事を常に「初めての経験」として受け取ることになります。
今の LLM もまさにこの状態です。
彼らの知識は以下の2つに分断されています:
- コンテキストウィンドウ(直近の現在):今話している内容は覚えているが、ウィンドウから溢れれば消える。
- 事前学習済みの重み(遠い過去):「学習終了(発症)」以前の知識は持っているが、それ以降の新しい経験をそこに統合できない。
この「医学的な気づき」こそが、脳がどのように短期記憶を長期記憶へ定着させているか(記憶の固定化)を模倣するアプローチ、すなわち Nested Learning への着想源となりました。
1. すべての始まり:学習とは「記憶」すること
この論文の議論は、非常にシンプルかつ本質的な定義から始まります。
それは、「学習(Learning)」と「記憶(Memorization)」の関係についてです。
論文ではこう定義されています:
Learning vs. Memorization
- 記憶(Memory): 入力によって神経(ニューロン)が更新されること。
- 学習(Learning): 有効で役に立つ記憶を獲得するプロセスのこと。
つまり、難しく考える必要はありません。
AI がデータを読んでパラメータを変えるのも、私たちが教科書を読んで内容を覚えるのも、本質的には 「入力によって脳(モデル)の状態を書き換える」 という点で同じ 「記憶(Memory)」 の行為なのです。
具体例:人の顔を覚えるプロセス

これを私たちの日常、例えば「新しい人と出会ったとき」に例えてみましょう。
-
初対面(High-speed / Attention-like)
- 名前は覚えきれない、顔もぼんやり。
- 会話の内容は少し覚えている。
- → これが 高速短期記憶 です。
-
数日後、何度か会う(Medium-frequency / Momentum-like)
- 「あ、見たことある顔だ」と気づく。
- 徐々に特徴を認識し始める。
- → これが 中頻度記憶 です。
-
3ヶ月後、親友になる(Low-frequency / Parameters-like)
- 何年合わなくても、顔を見ればすぐに誰かわかる。
- → これが 低頻度長期記憶 です。
このプロセスにおいて:
- Memory(記憶) = 一度の出会いによって脳内で起こる更新
- Learning(学習) = 何度も出会うことで、その記憶を確実かつ永続的なものにすること
と言えます。
モデルもオプティマイザも「記憶装置」
この視点に立つと、深層学習の構成要素がまったく違った形で見えてきます。
これまで私たちは、
- モデル(Transformerなど): データを処理する関数
- オプティマイザ(SGDなど): モデルを修正する道具
と分けて考えてきました。しかし、Nested Learning はこれらを 「どちらも同じ『連想記憶システム(Associative Memory)』である」 と見なします。
1. Attention(短期記憶)
Transformer の Attention 機構は、入力された単語(Key)とそれに関連する情報(Value)を一時的に保持します。
これは、会話の流れを覚える 「高速な記憶」 です。
2. SGD / Optimizer(長期記憶)
一方、学習時の SGD(確率的勾配降下法)は何をしているでしょうか?
これも、データ(Input)と誤差(Gradient)を使って、重み行列(Weight)を書き換えています。
これは、膨大なデータから得た知識を蓄積する 「低速な記憶」 と言えます。
つまり、深層学習とは、異なる速度で動く「記憶システム」が入れ子(Nested)になった構造に過ぎない のです。
従来の深層学習 vs Nested Learning
この例を使うと、両者の違いが明確になります。
-
従来の深層学習
- 「訓練済みのモデルはパラメータを更新しない」
- つまり、推論フェーズで出会う人は全員「初対面」として処理され、すぐに忘れ去られます。毎日が「はじめまして」の繰り返しです。
-
Nested Learning
- 「初対面 → 高速記憶に書き込み」
- 「再会 → 中頻度記憶を更新」
- 「定着 → 長期記憶へ」
- 推論中であっても、出会った人をリアルタイムに「学習」し、記憶していくことができます。
2. 現代AIの限界:記憶が「静的」であること
しかし、現在の主流なアーキテクチャ(Transformer など)には致命的な欠陥があります。
それは、この記憶システムが 「静的(Static)」 に分断されていることです。
- 学習フェーズ(Training): オプティマイザが重み(長期記憶)を更新する。
- 推論フェーズ(Inference): 重みは凍結され、Attention(短期記憶)のみが動く。
この「分断」により、AI は学習が終わった瞬間に成長を止めます。
どれだけ長いコンテキストを読ませても、それは一時的なバッファ(Attention)に乗るだけで、長期記憶(重み)には定着しません。
これは人間で言えば 「前向性健忘(新しいことを長期記憶できない)」 状態と同じです。
3. Nested Learning:深さの「幻影」を解く
論文のタイトルにある "The Illusion of Deep Learning Architectures"(深層学習アーキテクチャの幻影)とは何を意味するのでしょうか?
従来、私たちは「層の深さ(Depth)」こそが知能の源泉だと信じてきました。
しかし Nested Learning はこう主張します。
「層の深さは本質ではない。重要なのは『最適化ループの入れ子』の深さである」
モデルの層を増やすこと(空間的な深さ)よりも、記憶の更新サイクル(時間的な深さ) を多層化することこそが、真の知能への鍵だというのです。
Continuum Memory System (CMS)
そこで提案されるのが、記憶を「周波数(更新頻度)」で階層化した Continuum Memory System (CMS) です。
- 高周波メモリ: 瞬時の入力を処理(現在の Attention に相当)
- 中周波メモリ: エピソードや文脈を数分〜数時間保持
- 低周波メモリ: 生涯にわたる知識を蓄積(現在の重みに相当)
脳が「短期記憶」を「長期記憶」へ徐々に定着させるように、AI もまた、グラデーションのある記憶システムを持つべきだという考え方です。
4. HOPE:自己進化するAIアーキテクチャ
この理論を具現化したのが、論文で提案された HOPE (Hierarchy of Optimization and Parameter Evolution) アーキテクチャです。
HOPE の最大の特徴は、「推論中にもパラメータが更新される」 点にあります。
推論時の自己更新
従来のモデルでは $W$(重み)は固定でした。
しかし HOPE では、推論中に入力されたデータ($x_t$)に基づいて、内部で「超高速な学習」を回し、自分自身の重みをリアルタイムに書き換えます。
$$
W_{t+1} = W_t (I - x_t x_t^\top) - \eta \nabla L
$$
これにより、HOPE は:
- 未知のタスク に出会っても、その場で適応できる
- 長い文脈 を読んでも、重要な情報を重みに「焼き付ける」ことができる
- 小型モデル であっても、巨大な静的モデル(Transformer)を凌駕する性能を発揮する
実際、実験結果(Table 1)では、HOPE はパラメータ数が同等の Transformer や SSM(State Space Models)と比較して、言語モデリングや推論タスクで優れたスコアを記録しています。
まとめ:Static から Dynamic へ、そして「無限の成長」へ
Nested Learning が示唆する未来は、単なる性能向上にとどまりません。それは AI のあり方そのものの転換です。
- これまでのAI: 学習と推論が分離された「静的」な道具
- これからのAI: 常に経験から学び、自己を書き換え続ける「動的」な知能
未来への展望:AIは「パートナー」から「自己進化する知性」へ
この変化は、私たちがAIとどう関わるかをも変えるでしょう。
これまでのAIは、工場出荷時が「完成品」であり、あとは劣化(陳腐化)していくだけの存在でした。
しかし Nested Learning を搭載したAIは、ユーザーと共に時間を過ごし、対話を重ねるほどに、そのユーザーに特化した知識と文脈を深く理解するようになります。
それはもはや単なるツールではなく、「あなたと共に成長し、あなたを理解し続ける、真のパートナー」 と呼べる存在になるかもしれません。
「学習」と「推論」の境界が消えたとき、AIは初めて「静的なプログラム」を卒業し、「動的な知性」としての一歩を踏み出すのです。


