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はじめに

本記事はNSSOL Advent Calendar 2025の8日目の記事です。

最近、トヨタ生産方式について調査した際に、偶然テイラー主義に触れる機会があり、テイラーが労働者に対する熱い思いに基づいてこの管理法を提唱していたことを知りました。同時に、彼の意図とは異なる形で広まっていることに少し悲しさを覚えたので、このギャップを埋めたいと思い、本記事を書いています。
本記事ではテイラー主義のよくある誤解についてと、私が普段アジャイル開発をやっていることもあり、アジャイルとの関連も見ていきたいと思います。

テイラー主義とは

テイラー主義とは、1911年にフレデリック・W・テイラーが提唱した科学的管理法のことを指します。当時問題になっていた、労働者と雇用主の賃金闘争の激化を打破する目的で考案されました。主な施策としては、工程をストップウォッチを用いて細分化する時間研究やそれに基づく出来高払い制度、役割毎に管理職を設置する機能別職長制などがあります。

労働者と雇用主の賃金闘争

テイラーは産業における非効率の最大の課題は労働者の組織的な怠業にあると考えていました。当時、雇用主は労働者が全力で取り組んだ際の仕事のペースを知らされておらず、労働者は手際よく作業しているように見せかけて、雇用主を欺いていました。これには理由があり、雇用主は労働者に対する報酬の上限を決めており、労働者は賃金据え置きのまま、より多くの仕事をこなすように指示されることを恐れていたためです。

最も重要な課題は協働

マネジメントの目的は何より、雇用主に「限りない繁栄」をもたらし、働き手に「最大の豊かさ」を届けることであるべきだ。
フレデリック・W・テイラー, |新訳|科学的管理法, 2021, p10

テイラー主義は、雇用主と労働者の双方のことを考えたものであり、両者の協働を目的にしています。両者が利益を最大化するように行動すれば、囚人のジレンマのように賃金闘争が激化するだけです。そこで、テイラーは科学的管理法を実施し、雇用主と労働者が互いに利益と信頼を積み重ね、学習していくことで、協働を促そうと考えていました

テイラー主義に対する誤解

テイラー主義、科学的管理法と聞くと、人間を機械的に捉え、冷たい印象のあるマネジメント手法を思い浮かべる方も多いかもしれません。アジャイルの文脈でも、しばしばテイラー主義は乗り越えるべき壁克服すべき古い考え方として語られます。(私も以前までそのように考えていました。)
テイラー主義がこのような印象を持たれる原因の一つは、テイラー主義とフォーディズムを混同していることにあります。フォーディズムとはヘンリー・フォードにより提唱された生産システムであり、世界初のベルトコンベア式の生産ラインを導入しました。規模の経済を活用し、T型フォードを一般家庭にも普及させました。フォードはMy Life and Workの中でこう述べています。

私は、反復作業が人に害を与えるという確かな証拠を見つけたことがありません。(中略)工場でいちばん単調だと思われる作業は、鉄のフックでギアを拾い上げ、油槽で数回ゆすり、かごに入れる──ただそれだけの仕事です。(中略)それにもかかわらず、その作業を担当している男は、なんと8年間ずっと同じ仕事を続けています。彼はこつこつ貯金と投資を続け、今では4万ドルもの資産を築きました。
そして驚くべきことに、彼はより条件の良い仕事に移るよう説得しても、頑なに拒むのです。
ヘンリー・フォード, My Life and Work, 2005, p84

この文からも読み取れるように、フォーディズムは労働者に対する高賃金、短時間労働を与える一方で、持続可能性の面で不安が残ります。これに対して、テイラーの人間観を見てみましょう。

働き手を十把ひとからげにせず、それぞれの個性に着目すると仮に任務を果たせなかったものがいた場合は、有能な指南役をつけて(中略)指導や後押し、励ましを行いその作業者の可能性を探るべきである。
フレデリック・W・テイラー, |新訳|科学的管理法, 2021, p82

このように、テイラー主義は労働者を機械的に捉えるものではなく、個々の労働者の能力を最大限に引き出すことを目指していたことが分かります。また、テイラーは研究で、賃金と働く意欲の関係を調査しており、その他大勢のように作業者を扱うと、個々の作業者の向上心に応じたマネジメントをしたときに比べ、生産性が格段に落ちると述べています。

アジャイル開発とテイラー主義

テイラー主義の誤解を解いたところで、ソフトウェア開発とテイラー主義について考察したいと思います。

アジャイル開発とテイラー主義の類似点

正直、テイラー主義は規模の経済を活用することが主流だった時代背景もあり、デリバリや顧客価値に関する考え方については、現代のアジャイル開発とは相容れない部分が多いです。
しかし、チーム文化に対する考え方はかなり近しいものを感じます。例えば、スクラムで考えると雇用主はステークホルダーとみなせます。ステークホルダーを味方につけ、協働することはスクラムにおいても重要です。また、機能別職長制は一見、機能横断型チームと相反するように見えますが、チームのいさかい等を解決する規律責任者や、チームの環境づくりを担う修繕責任者など、スクラムマスターの役割に通じる役職も用意されており、この時点でチームメンバーが働きやすい場づくりの考え方が取り入れられていたことが分かります。チームの人数についても言及しており、チームが大きすぎると、精彩を欠いてしまうことが分かり、テイラー主義では作業班の人数は4人までとしています。また、作業者からのプロセス改善の提案を積極的に受け入れる姿勢を示し、ただ言われたことをやるのではなく、自律的に働くことを奨励している点もアジャイル開発と共通しています。

テイラー主義から学ぶべきこと

アジャイル開発がテイラー主義から取り入れるべきは、人材育成の考え方だと考えています。これはアジャイル開発に限った話ではないかもしれませんが、現在のアジャイルチームは専門性の高いメンバーが少数で構成されていることが多く、自律的に動けることも期待されているため、新規メンバーに求めるレベルが高くなりがちです。日本においては人口減少による人手不足で、メンバーの確保はさらに困難になるでしょう。

誰もが即戦力を探している。つまりどこかで鍛えられてきた人材だ。すでに他社の手によって鍛えられた人材を探すよりも、計画的な協力により、期待に応えてくれる水準にまで人材を鍛えることにこそ自分たちの義務と機会があるのではないか。
フレデリック・W・テイラー, |新訳|科学的管理法, 2021, p5

テイラーは人材の質ではなく、人材を育てる「仕組み」を重要視していました。作業者はそれぞれの専門知識を持った職長に指導を受け、効率的に熟練度を上げていきます。アジャイルは自律性を尊重するため、**「自分のやり方で成長する」**が発生しやすい環境です。この危険性はテイラーも指摘しており、これにより、効率的ではないやり方がいくつも生まれると述べています。生成AIの普及もこれに拍車をかけるのではないかと考えており、自分のやり方でやった結果、なんとなくできてしまうことも増えるでしょう。もちろん各アジャイルチームではチームメンバーが自信を磨ける環境を整えるために様々な工夫がなされています。しかし、今後、継続的に顧客に価値を提供し続けるために、ある一定の水準まで引き上げる教育の仕組みを、チームごとの工夫ではなく、組織的に考えなければならないフェーズに入ろうとしているのではないかと考えます。

おわりに

長々と書いた挙句、ただの課題提起になってしまいましたが、いかがだったでしょうか。テイラー主義はプロセス改善のパイオニア的存在ですが、かなり古い時代の考え方であっても、解決しようとしている課題は現代のものと似通っていて、非常に興味深かったです。皆さんが少しでもテイラー主義に関する興味を持っていただければ嬉しいです。ここまで読んでいただきありがとうございました。

参考文献

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