はじめに
「エンジニアリングマネージャー」という役割は、かつてないほど繊細かつ複雑な職種になっていると思います。
エンジニアの価値観は多様化し、フル・リモート勤務、転職、複業等、一社に「就社」する時代は終わり、選択肢も増えました。
仕事に意味を求める姿勢が強まり、「自分は他ではもっと評価されているのでは?」といった揺さぶりもあります。
ハラスメントやアンコンシャス・バイアス対応、心理的安全性への配慮など、配慮すべきことは増える一方です。
そのような時代・環境だからこそ、私が大切にしているマネジメントの軸は、
「メンバーの“好き”を理解し、それを最大限に活かすこと」 です。
メンバーが何が好きなのか。
それをきちんと理解することによって、メンバーが輝く仕事のアサイン、タスク設計、支援の方向性が見えてくると思います。
「好き」を動詞で捉える
あなたは何が「好き」ですか?
「AIが好き」と言っても、人によってその意味はまったく異なると思います。
- AIの論文を読むのが好き
- AIのプロダクトを構想するのが好き
- AIについて人に教えるのが好き
- AIを使って小さなツールを作るのが好き
私は「好き」を動詞で具体化するようにしています。
ついつい人は名詞で「好き」を表現しがちです。
しかしその名刺は時代の流れとともに変化してしまいます。
ものすごいスピードで過去のものになっています。
10年後、AIはテーマとして存在するでしょうか?
「Pythonが好き」だったとして、そのPhtyonが廃れてしまったらどうしますか?
実は好きなのはAIでも、Pythonでもなく、「じっくり考えること」だったり、
「情報を広めること」だったり、「動く形にすること」なのではないでしょうか。
そして、その好きは対象が変わっても、不変なのではないでしょうか。
1on1は「話す場」ではなく「聴く場」
メンバーと1on1を実施していますか?
私は月に1回以上、直属ではない2階層下のメンバーとも1on1を行っています。
(自分が部長だとして、課長との1on1だけでなく、課のメンバーとも1on1を行っています。)
1回あたり最低1時間、長いときは4時間、8時間に及ぶこともあります。
他のマネージャーからは「そんなに話すことあるの?」と聞かれることもありますが、
1on1は 「話す場」ではなく「聴く場」 です。傾聴の場です。
マネージャーが、自己満足してしまってはいけない場です。
とにかく傾聴。メンバーが1on1を通して、本人も気づいていなかった「好き」や「不安」、「モヤモヤ」を言語化すること、その思いを共有することが大事です。
1on1は1回ですべてを解決するものではありません。
何度か繰り返しながら、信頼関係を構築し、
言語化できる範囲を広げていきます。
例えば、「やりたいことを100個挙げてみよう」とテーマを決めることもあります。
〇〇を買いたい、〇〇に旅行に行きたい、〇〇にチャレンジしてみたい、〇〇を食べたい、
結構大変な作業ですが、ちょっとしたやりたいことを言語化していくうちに、
本当に好きなこと、やりたいことが見えてくることがあります。
なお、本題とは関係ないですが、1on1後には、自分の発言内容について以下の観点で振り返りと自己チェックを行っています。
- ハラスメントになっていなかったか?
- アンコンシャス・バイアスが含まれていなかったか?
- 社内用語ばかり使っていなかったか?
プロンプト例
添付ファイルは、1on1のトランスクリプトです。発言内容をチェックして、
1. ハラスメントになっている可能性がある箇所
2. アンコンシャス・バイアスと思われる箇所
3. 社内用語と思われる箇所
をまとめてください。発言箇所、具体的な指摘内容、
どう表現すればよかったかの改善案、を一覧にしてください。
自分を言語化する「キャッチコピーの力
私は自分自身のキャッチコピーを「絶対不満足」としています。
現状に満足せず、常に進化を求める姿勢を表しています。
(面倒な上司ですね)
メンバーにも、自分自身のキャッチコピーを自分自身で考えてもらうようにしています。
たとえば──
- テクノロジー遊牧民:技術の流れに乗りながら、柔軟に渡り歩くスタイル
- 幼稚園児:アイデアにリミットをかけず、自由な発想を何よりも大切にする
キャッチコピーは、単なるあだ名ではありません。
その人の価値観や生き方のエッセンスを凝縮した言葉です。
組織体制図やメンバー紹介資料にもこのキャッチコピーを掲載することで、
周囲の理解が深まり、記憶に残る人物像になります。
もちろん、ラベルが独り歩きするリスクもありますが、
まずは 「知ってもらうこと」「興味を持ってもらうこと」 が何より大事です。
実際このキャッチコピー作りは、とても時間のかかる作業です。
自分を客観視するというのは結構難しいことです。
また、キャッチコピーの奥底にある意味合いも大事です。そのあたりの想いをしっかりと理解した上で、キャッチコピーを活用していきます。
週次会議は“好き”の披露会──「他己紹介」ができる組織を目指して
私たちの週次会議では、持ち回りで“好きなテーマを30分語る”発表の時間を設けています。
形式は自由。PowerPoint、Googleスライド、手描き、ライブデモ、何でもOKです。
テーマも完全に自由。過去にはこんな発表がありました。
- 自作キーボード沼の深淵
- こだわりのハンドドリップ
- 趣味の写真と構図の探求
- スノーボード遠征記
- 好きなアーティストの作品と自分の感性のつながり
聞き手が“置いてけぼり”になるぐらい徹底的に語ってもらうことが大切 です。
その人の情熱や価値観が伝わることで、誰かの「好き」は、他の誰かの「理解」につながります。
この取り組みのゴールは、「誰もが他の仲間を他己紹介できる組織」 です。
誰がどんな価値観を持っているのかが明確になれば、
新しいプロジェクトの際にも「この人に任せたい」と迷わず推薦できるようになります。
「好き」が仕事を変えた──動画配信の成功事例
ある若手メンバーが1on1「動画を編集することが好き」と話してくれたことがありました。
そこで、そのメンバーには、チーム活動の週刊動画配信を任せました。
社内向けのコンテンツでありながら、
「若手の視点×動画スタイル」のわかりやすさが評判を呼び、多くのファンが生まれました。
その後は、チームで開発しているプロダクトのプロモーション動画や、社内イベント動画の制作も手がけるようになり、
本人の技術力と周囲への影響力が自然と育っていきました。
きっかけはちょっとした趣味だったのかもしれませんが、「好き」を共有することで、「好きなこと」が仕事に変わりました。エンジニアリングマネージャーとして実施したことは、「好き」と事業活動を結びつけることだけです。
組織に生まれた変化
好きなことに取り組んでもらうことで、以下のような変化が起きています。
- アウトプットの質とスピードの向上
- 社内外でのメディア露出の増加
- 自己肯定感と挑戦意欲の向上
- チームの空気が前向きに変化
定性的なものだけではなく、エンゲージメント測定ツールでも実際にスコアが向上しています。
ただし、好きなことに夢中になることで「外の世界」との比較が強まり、
スコアが再び下がることもあります。だからこそ、スコアに一喜一憂しないことも大事です。何事においても、基準が上がっていることは良いことです。
おわりに──マネジメントは「プロモーション」と「全体設計」
多様な「好き」や「やりたい」を持つメンバーたち。
彼らが最大限に力を発揮できるようにするには、一人ひとりの才能を開花させるべくプロモーションしつつ、組織として形に整える全体設計力 が求められます。
マネジメントとは単なる管理ではありません。
まず、"その人らしさ”を活かすために、まずはその人のファンになることです。
そして、ただファンとして応援するのではなく、マネージャーとしての権限やコネクションを最大限に生かして、その人をプロモーションすることです。
この作業を、すべてのメンバーに対して行い、どういう組織にしていくのか、
ビジョンとともに全体設計していくこと。
これからの時代のエンジニアリングマネージャーの役割ではないかと思います。
好きなことをやっていい、という空気は、思っている以上に強い組織をつくります。
この記事が、同じように悩まれているエンジニアリング部門マネージャーの方のヒントになれば幸いです。
