【今後30年の世界と日本:ナショナリズムとポピュリズムの時代】冷戦後30年は楽観主義/利己主義の先鋭化/3つの衰退/民主主義のリーダー/グローバリズム衰退後の世界/日米同盟黄金時代の終わり/国民の物語
細谷雄一|慶應義塾大学教授
1997年慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程修了。2000年同博士課程修了、法学博士号取得。パリ政治学院客員教授(ジャパン・チェア)等を経て2010年慶應義塾大学法学部教授に就任(現職)。
<目次>
00:00 ダイジェスト
00:56 オープニング
01:44 「時代の転換点」を歴史から読み解く
08:22 客観的事実と主観的認識のギャップ
16:06 民主主義の衰退
25:56 政治とビッグテックの二層構造
36:31 日本の貿易交渉能力は高いのか?
43:08 ミニラテラリズムと地域大国の対立
51:20 米国の戦略転換と日本の自助努力
1:00:00 新自由主義の合理化
1:07:56 日本の政治体制
1:13:11 国民を統治する「物語」
--
(石井まとめ - Notebook LLM) - バランスの取れた巨視的な分析が勉強になったので、内容をシェアします。
慶應義塾大学の細谷教授が、冷戦終結後の楽観主義の時代が終わりを迎え、ナショナリズムとポピュリズムが台頭する新しい30年間の時代認識について論じています。細谷教授は、これまでの民主主義の拡大、新自由主義、グローバリゼーションという3つの楽観的流れが崩壊しつつある現状を分析し、特に先進国における低所得者層の不満がトランプ政権や極右政党の台頭、さらには反西側諸国の動きを支えていると指摘します。さらに、デジタル権威主義が強まる中で、日本の防衛体制や日米同盟、そして良質なナショナリズムを軸とした新たな国家の物語の必要性についても考察しています。
——
冷戦終結後30年の世界:「楽観主義」の時代
• 冷戦終結後の30年間は、世界が良くなっていくという「楽観主義」が浸透した時代でした。
• この楽観主義は主に3つの潮流に基づいています:民主主義の拡大、新自由主義の拡大、グローバリゼーションの進展です。
• 民主主義の拡大:ソ連の共産主義体制が崩壊し、西側の民主主義が世界中に広がっていくという考え方が主流でした。
• 新自由主義の拡大:国家間の壁は良くないものとされ、グローバルな市場が拡大し、中国なども取り込まれるだろうという期待がありました。
• グローバリゼーションの進展:トーマス・フリードマンが「フラット化する世界」と表現したように、世界が一つにつながるという認識が広まりました。
楽観主義の時代の終わりと新たな30年:「ナショナリズムとポピュリズム」の時代
• 現在、我々が目にしているのは、この30年間当たり前だった3つの楽観主義(民主主義、新自由主義、グローバリゼーション)が壊れている状況です。
• これらの潮流に対する強力な反発が、トランプ政権、ロシアのウクライナ侵攻、中国の行動、そしてグローバルサウス諸国の異議申し立てを支えています。
• 今後30年は、これまでの流れの逆、すなわちナショナリズムとポピュリズムの原理によって動く時代になると予測されています。
• この新しい時代は、①民主主義の衰退、②新自由主義の衰退、③グローバリズムの衰退という3つの大きな変化によって特徴づけられます。
3つの衰退:① 民主主義の衰退と権威主義の台頭
• 民主主義の衰退は、人々が利己的になり政治への関心を失うことで、プラトンが予言したようにデマゴーグ(衆愚扇動家)が登場するシナリオを辿っています。
• 人々が社会全体の公共性よりも自分の生活に関心を向けることで、民主主義の公共精神が崩壊しつつあります。
• イラク戦争やリーマンショックを経て、特に米国では政府やエリート層に対する国民の不信感が拡大しました。
• 民主主義の衰退後には権威主義、特にデジタル権威主義が台頭します。国家やビッグテックが、デジタル技術を用いて国民を容易にコントロールできるようになったことが背景にあります。
• 中国では、国家とビッグテック(例:アリババ)が一体化し、国民を管理する体制を強化しています。
• 日本や米国のような先進国でも、政府の権能拡大に対する反作用として、ディープステート批判のような陰謀論が広がり、民主主義の機能を脅かしています。
3つの衰退:② 新自由主義の衰退と共同体の復権
• 新自由主義がもたらした過度な経済合理化は、サッチャー首相の「社会なんて存在しない」という言葉に象徴されるように、家族や地域共同体といった支えを失わせ、人々を孤独にしました。
• この反動として、家族や国家、コミュニティの重要性を再評価する動き(コミリタリアニズム)が強まっています。
• しかし、日本の競争力を高めるためには、新自由主義の根底にある**「経済の合理化」という良質な部分は維持・推進する必要があります。
• 市場原理だけでは解決できない問題(例:地方の衰退、ワクチン開発)に対しては、良質な国家の介入が必要であり、経済合理性と非合理的な人間の感情(アイデンティティ)のバランスを取ることが重要です。
3つの衰退:③ グローバリズムの衰退後の世界
• グローバリズムの衰退後は、国家が再び壁を作る「反移民」や「ナショナリズム」の動きが強まります。
• WTOのようなグローバルな枠組みが機能不全に陥る中、世界は地域ごとの合意(CPTPPやEUなど)や、価値を共有する国々での連携(ミニラテラリズム)、そして二国間(バイラテラル)での関係が中心となる複合的な体制へと移行します。
• この流れは国連設立時にも想定されており、世界全体での合意が困難な場合、地域的取り決めや集団的自衛権(日米同盟など)が機能するという構造が元々組み込まれていました。
世界の中の日本:グランドストラテジー
• 日本の民主主義の健全性:日本は欧米諸国に比べ社会の分断が進んでおらず、民主主義の健全性が保たれてきました。これが強力な外交のリーダーシップにつながっていました。
• 自由民主主義諸国のリーダー:日本は「自由で開かれたインド太平洋」構想を提唱するなど、過去5〜10年、多くの局面で自由民主主義諸国のリーダーとしての役割を果たしてきました。
• 日本の変化:しかし、近年の選挙結果などから、日本も例外ではなく、社会の分断(ポピュリズムの浸透、極右政党の台頭)が始まったと海外から見られています。
• 日米同盟「黄金時代」の終わり:日米同盟は制度化が進み非常に完成度の高いものになりましたが、同盟を支えてきた「アライアンス・マネージャー」と呼ばれる日米双方の熱意ある人材が後継者不足に陥っています。
• 魂が抜けた同盟への懸念:これにより、同盟という「箱」だけが残り、それを動かす「魂」が失われ、形骸化する危険性があります。
• 米国の戦略転換「オフショア・バランシング」:米国のアジア戦略が、前方に展開する「前方展開」から、後方から支援する「オフショア・バランシング」へと回帰する可能性が高まっています。
• 日本の防衛力強化の必要性:この戦略転換は、日本に対して「自分の国は自分で守れ」という圧力を強めるものであり、日本は防衛力を大幅に強化する必要に迫られます。
• 台湾有事への備え:台湾有事は東アジアの戦略環境を根本的に変えるため、日本は現状維持が望ましいのであれば、そのための防衛戦略を真剣に検討する必要があります。
• 米軍基地の強靭化:米軍を沖縄に引き留めるためにも、中国のミサイル攻撃に脆弱な沖縄の基地を強靭化することが目下の最重要課題となっています。
これからの日本に必要なもの
• オルタナティブの不在:日本の政治は、自民党一党優位体制が長く続いた一方で、それに代わる信頼できるオルタナティブ(代替案)を提示できていないという課題を抱えています。
• 新たな分断線:今後の政治では、従来の左右の対立軸に加え、「世代」と「所得(富裕層vs低所得者層)」という新たな分断線が重要になります。
• 「物語」の必要性:国民を統合し、国が進むべき方向を示すためには、指導者や政権による「物語」が不可欠**です。近年の日本ではこの物語が貧困になっています。
• 良質な物語と悪質な物語:物語はナチスのように危険な方向にも作用するため、国民やメディアは良質な物語と、国を破壊する悪質な物語を見分ける力を持つ必要があります。
• 歴史認識の重要性:良質な物語のヒントは歴史の中にあり、学問的な成果に基づいた正しい歴史認識を紡いでいくことが極めて重要です。
• 長い物語を理解する「体力」:SNSなどで短文に慣れた現代人、特に若い世代は、複雑な事象を理解するために、長い文章や教養を吸収する「知的な体力」を身につけることが危険なポピュリズムに陥らないために重要です。