気象庁の気温偏差データ(1898〜2025年)と日本近海の海面水温を重ねたら、予想外のことが分かった。
温暖化は一直線ではなかった。
はじめに
東京の猛暑日は40年で13倍になっていた。
では、その増加はずっと一定のペースで続いていたのだろうか。
気象庁の気温偏差データと日本近海の海面水温を調べてみると、意外なことが分かった。
温暖化は一直線ではなかった。
1980年代から上昇していた日本の気温偏差と日本近海の海面水温は、1998〜2010年にかけて一度ほぼ横ばいになり、その後2011年以降に再び急加速していた。
ところが分析すると、1998〜2010年の約13年間、日本の気温偏差と日本近海の海面水温はほとんど変化していなかった。その後2011年以降、再び急上昇する。
今回見つかったのは「上昇→停滞→再加速」という3相構造だった。
しかも、この変化は日本の気温偏差だけでなく、日本近海の海面水温でも同時に観測された。
この記事は、前作「東京の猛暑日は40年で13倍。それでも全国1位ではなかった。なぜ香川が1位?」の「なぜ?」を掘り下げた続編です。
データと分析手法
今回使ったデータは3種類。
① 日本年平均気温偏差(気象庁)
1898〜2025年の年次データ。「偏差」とは1991〜2020年の30年平均からのずれ(プラス=平年より高い、マイナス=低い)。絶対値ではなく「いつもより何度高いか」で比較するため、長期の変化を見るのに適している。
② 日本近海海面水温偏差(SST: Sea Surface Temperature)(気象庁)
1900〜2025年。日本周辺13海域の平均。海面付近の水温の平年差。
SSTに注目する理由:海面温度は大気との熱・水蒸気交換に関わるため、陸上の気温変化と連動すると考えられている。今回の分析でも、日本近海SSTと日本年平均気温偏差はほぼ同じ変化パターンを示した(後述)。
③ 猛暑日数・熱帯夜数(前作データ)
JMA 日次データから集計した全47都道府県・1981〜2024年。
import requests, pandas as pd
from io import StringIO
# ① 日本年平均気温偏差 (気象庁 list/an_jpn.html)
def fetch_japan_temp_anomaly():
r = requests.get(
"https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/temp/list/an_jpn.html",
headers={"User-Agent": "Mozilla/5.0"}, timeout=20
)
r.encoding = "utf-8"
t = pd.read_html(StringIO(r.text))[0]
t.columns = ["year_str", "anomaly"]
t["year"] = t["year_str"].str.extract(r"(\d{4})").astype(float).astype(int)
t["anomaly"] = pd.to_numeric(t["anomaly"], errors="coerce")
return t[["year", "anomaly"]].dropna()
# ② 日本近海SST偏差 (気象庁 areaall_SST.txt)
def fetch_japan_sst():
r = requests.get(
"https://www.data.jma.go.jp/kaiyou/data/shindan/a_1/"
"japan_warm/cfig/data/areaall_SST.txt",
headers={"User-Agent": "Mozilla/5.0"}, timeout=20
)
rows = []
for line in r.text.split("\n"):
parts = line.strip().split(",")
if len(parts) < 5:
continue
try:
year = int(parts[0])
annual = float(parts[1]) if parts[1].strip() != "NoData" else None
summer = float(parts[4]) if parts[4].strip() != "NoData" else None
rows.append({"year": year, "sst_annual": annual, "sst_summer": summer})
except ValueError:
continue
return pd.DataFrame(rows).dropna(subset=["sst_annual"])
統計検定には Chow検定 と期間別スロープ比較を使った。
Chow検定とは?
「あるデータが特定の年を境に傾向が変わったか」を統計的に調べる手法(F検定の一種)。たとえば「2010年を境に気温の上昇速度が変わったか?」を p値で判定できる。
- p < 0.05 → 有意な構造変化がある可能性が高い
- n.s.(not significant) → 変化があるとは言えない
"グラフを見れば変わっている気がする" ≠ "統計的に変わったと言える" の違いを示すために使っている。
3相構造の発見
気温偏差を1981年以降で見ると、3つの時期に分かれていた。
期間別スロープ(10年あたりの変化速度)
| 期間 | 日本年平均気温偏差 | 日本近海SST(海面水温)偏差 | 猛暑日数(全国平均) |
|---|---|---|---|
| 1981〜1997年 | +0.51℃/10年 * | +0.35/10年 * | +2.9日/10年 |
| 1998〜2010年 | ±0.00(停滞) | −0.26(微減) | +2.2日/10年 |
| 2011〜2024年 | +1.12℃/10年 *** | +1.14/10年 *** | +8.1日/10年 * |
気温偏差と日本近海SSTがまったく同じ3相構造を示している。

図1:日本年平均気温偏差(上)と日本近海SST偏差(下)の長期推移。期間別トレンドラインで3相構造が確認できる。
停滞期(1998〜2010年)の期間平均
| 指標 | 1981〜1997年平均 | 1998〜2010年平均 | 2011〜2024年平均 |
|---|---|---|---|
| 気温偏差(℃) | −0.56 | +0.04 | +0.43 |
| SST偏差(℃) | −0.47 | +0.07 | +0.38 |
1998〜2010年は気温もSSTもほぼゼロ付近で横ばい。2011年以降、両方が急上昇している。
統計的検証:「2010年前後が境目」は本当か
グラフで境目が「見える」のと、統計的に「言える」は別の話。
Chow検定の結果
1998年と2010年の各年を「ブレーク候補年」として検定した。
| 指標 | Chow(1998年) | Chow(2010年) |
|---|---|---|
| 日本年平均気温偏差 | n.s.(p=0.784) | *(p=0.044) |
| 日本近海SST | n.s.(p=0.963) | ***(p=0.0008) |
| 猛暑日数(全国平均) | n.s.(p=0.418) | n.s.(p=0.209) |

図2:日本気温偏差・日本近海SST・猛暑日数の重ね合わせ(1981〜2010年を基準に正規化)
「言えること」と「まだ言えないこと」
正直に書く。
なぜ「停滞期」が面白いのか
「温暖化している」という事実はほとんどの人が知っている。しかし「一度止まっていた」と言うと、多くの人が驚く。
実際、1998〜2010年の13年間、日本の年平均気温は基準値(1991〜2020年平均)とほぼ同水準を維持していた。当時「温暖化が止まった」「データは誤りでは」という議論があったほどだ。その後の2011年以降の急加速を見ると、止まっていたというより「見かけ上は停滞していた」と表現した方が近いかもしれない。
この停滞と再加速の構造が分かると、「2010年代になってから急に夏が変わった気がする」という感覚の正体が見えてくる。
✅ データが示すこと
「2010年前後を境に、日本の気温偏差と日本近海SSTの上昇速度が統計的に有意に変化した」
気温偏差(p=0.044)・SST(p=0.0008)ともにChow検定で有意。気象庁の「2010年ごろに極小、その後上昇」という記述とも一致している。
ただし気温偏差のp値(0.044)は、有意水準(0.05)をわずかに下回る水準であり、強い証拠とまでは言えない。そのため本文では「2010年前後」という表現にとどめている。
⚠️ まだ言えないこと
猛暑日数の増加ペースについては、2011〜2024年が速くなっている傾向は見られる(+8.1日/10年、p<0.05)が、「2010年が正確なブレーク点」とはChow検定では確定できない。
サンプル期間の短さ(2011〜2024年は14年)と年ごとの変動の大きさが、統計的な検出力を下げている可能性がある。
なぜ2010年頃に反転したのか
気象庁の資料に、手がかりになる記述がある。
日本近海の海面水温には、長期的な昇温傾向だけでなく、十年規模の変動がみられます。全海域平均水温の十年規模変動は、近年では2000年ごろに極大、2010年ごろに極小となった後、上昇しています。
この「十年規模変動」とは、数十年単位で繰り返す海洋と大気の大きな循環パターンの変化のこと(PDO: 太平洋十年規模振動 などが代表例)。CO₂による長期温暖化トレンドとは別に、10〜20年単位で「追い風」「向かい風」が変わるイメージだ。
これが今回の3相構造を説明する。
長期的な地球温暖化トレンド(CO₂蓄積による)
↕
十年規模の変動(太平洋の大気・海洋循環の変化)
1998〜2010: 十年規模変動が「下降局面」
→ 長期温暖化トレンドを一時的に相殺
→ 気温・SSTが停滞
2011〜現在: 十年規模変動が「上昇局面」に反転
→ 長期温暖化トレンドに上乗せ
→ 気温・SSTが急加速
実際、今回の期間別スロープを見ると、2011〜2024年の気温上昇速度(+1.12℃/10年)は1981〜1997年の2倍以上。これは地球温暖化の速度が単純に速まったというより、十年規模変動が上昇局面に入ったことで、2つの変動が重なったと考えた方が整合的だ。
なお、世界全体でも1998〜2012年ごろに温暖化の速度が鈍化した時期が観測されており、気候科学ではglobal warming hiatusとして研究されてきた。今回の日本のデータはそれと整合する。
前作の発見とSSTの接続
前作では「香川県が猛暑日増加1位(+23日)、熱帯夜増加1位(+40.5日)」という結果が出た。その理由を「瀬戸内海式気候(山に囲まれ熱が逃げない)」と説明した。
今回のSST偏差データを見ると、もう一つの側面が見えてくる。
瀬戸内海・日本海南西部の水温上昇が特に大きい。気象庁の資料には「東シナ海北部、黄海、日本海南西部を中心とした広い海域における冬季の海面水温に大きな変動が認められる」とある。香川・兵庫・大阪・広島はこれらの海域に囲まれた地域だ。
瀬戸内海・日本海南西部の海面水温が上昇
↓
夜間に海から大気へ熱が放射される
↓
夜も気温が下がりにくい
↓
熱帯夜(夜間最低気温≥25℃)が急増
前作で「夜間型」と分類した大阪(熱帯夜 30.5→53.6日)、兵庫(20.7→60.6日)の急増は、この海面水温上昇と整合する。
地形が熱を閉じ込め(瀬戸内海式気候)、海が熱を供給し続ける(SST上昇)という二重の仕組みが香川・関西に働いている、というのが現時点での最も整合的な説明だ。
2024〜2025年の最新値が示すこと
最新値も見ておく。
| 年 | 日本年平均気温偏差 | 日本近海SST(年平均) | 日本近海SST(夏季) |
|---|---|---|---|
| 2023 | +1.29℃ | +1.10℃ | +1.31℃ |
| 2024 | +1.48℃ | +1.44℃ | +1.73℃ |
| 2025 | +1.23℃ | +1.00℃ | +1.84℃ |
2025年の夏季SST偏差が +1.84℃ という数字は、統計開始(1891年)以来でも異例の水準だ。
「2011年以降の再加速」は、2020年代に入ってさらに速まっている。
まとめ
気象庁の気温偏差データと日本近海SSTを重ねてわかったこと。
- 日本の気温偏差と日本近海SSTは、一直線には変化していなかった。 1998〜2010年にほぼ横ばいとなり、2011年以降に再加速している(地球全体の温暖化が止まったわけではない)。
- 気温偏差とSSTは同じ3相構造を示している(Chow検定:SST p=0.0008)。気象庁の「2010年ごろに極小、その後上昇」という記述とも一致。
- 「2010年前後が境目」は気温偏差・SSTに関しては統計的に支持される。 ただし猛暑日数については現時点でChow検定では確定できない。
- メカニズムとして有力なのは、地球温暖化の長期トレンドに、日本近海の十年規模変動(2010年ごろに反転)が重なったという構造。
「最近の夏が急に異常になった気がする」という感覚は、データでも裏付けられる。ただし、その「急に」がいつからかは、指標によって少し異なる。
データ:
- JMA 日本年平均気温偏差:
https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/temp/list/an_jpn.html - JMA 日本近海SST:
https://www.data.jma.go.jp/kaiyou/data/shindan/a_1/japan_warm/cfig/data/areaall_SST.txt
分析期間: 1981〜2025年 / 統計基準値: 1991〜2020年平均
* p<0.05 ** p<0.01 *** p<0.001
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