はじめに:私は「データ分析こそ安全地帯」だと本気で信じていた
「AIでホワイトカラーの仕事がなくなる」
この手の話は、もうネットに溢れている。不安を煽るとPVが伸びるから、というのもあるだろう。正直、私も最初は他人事として読んでいた。
なぜなら、こう思っていたからだ。
IT業界がどれだけAI化しても、データ分析だけは生き残る。
データを読み、仮説を立て、意味を取り出す。ここは人間の領域だ、と。
たぶん、同じ誤解をしているエンジニアは山ほどいる。「コードは書けなくなっても、分析できる奴は強い」と。
だがこの数ヶ月、統計コンペや自治体の財政分析を自分の手で進める中で、その前提が音を立てて崩れた。
しかもそれは、誰かに聞いた話ではない。自分の手で、自分の仕事が消えていく様子を実演してしまったという話だ。
驚きは、全部で4回あった。
この記事に出てくる4つの言葉(詳しくなくてOK、ざっくりで十分です)
- e-Stat(イースタット):国の統計をまとめて公開しているポータル。「政府統計の総合窓口」
- SSDSE:分析用に整えられた統計データセット。統計データ分析コンペで使われる
- RESAS(リーサス):国が作った地域経済の可視化システム。人口・産業・財政などをグラフで見られる
- ESRI(エスリ):内閣府の経済社会総合研究所。政策のための経済研究を行う国の機関
第一の驚き:AIでe-Statパイプラインを組んだら、作業が100倍速くなった
データ分析の仕事の大半は、実は「分析」ではない。
- データ取得
- クリーニング
- 整形
この地味で、ダルくて、終わらない前工程が仕事の8割だった。e-Statから複数の統計を都道府県別に揃えるだけでも、テーブルを探し、API仕様を調べ、取得コードを書き、欠損・表記ゆれ・単位を潰し……と、内容次第で平気で数週間が飛んでいた。
ところが、一度AIと組んでデータパイプラインを作ってしまうと、この一連が桁違いに速くなった。
どれくらい速くなったかは、別の記事に工程ごとのBefore/Afterをまとめている。
📄 AIに「お役所の課長の悩み」を理解させたら、提案書が3時間で完成した
——人間なら約6週間かかる工程(データ取得・整形〜提案書作成)が、AIと組むと約4時間。ざっくり100倍だった。📄 パイプラインの中身(並列処理などの作り方)はこちら → e-statの魔境にAIと挑んだら、pipeline・並列処理でねじ伏せた話
数字の詳細はそちらに譲るとして、ここで言いたいのは倍率そのものではない。
最初は素直に感動した。「これで本質的な分析に集中できる」と。
……だが、少し冷静になって気づいた。
いま消えた"苦行"は、これまでお金をもらっていた仕事そのものだった。
取得・整形が価値だった時代は、もう終わりかけている。
第二の驚き:逃げ込んだ先に、国がもう座っていた(RESAS・ESRI)
「作業は消えても、分析と洞察は残るはずだ」
そう思って、自治体分析にのめり込んだ。ここは人間の勝負どころだ、と。
そこで RESAS(地域経済分析システム)と ESRI(内閣府経済社会総合研究所)の存在を、あらためて突きつけられた。
- RESASは、人口・産業・観光・財政を、すでに可視化して配っている
- ESRIは、政策研究としてすでに分析・論文化している
つまり、「データを分析して意味を出す」という、私が最後の安全地帯だと思っていた領域は、国レベルではとっくに整備されていた。
AIが分析を加速させる未来を待つまでもない。分析の相当部分は、もう誰かがやり終えている。
一つ目の驚きが「希望」なら、これは正直に言って「絶望」だった。
- 取得・整形 → AIが飲み込む
- 分析・可視化 → 国や先人がすでにやっている
じゃあ、私の役割はどこに残るんだ?
第三の驚き:本当に価値があったのは「作業」ではなく「問い」だった
ここで、自分の自治体分析を振り返ってみた。
私がやったことで、AIにもRESASにも代わりがいなかった瞬間は、どこだったか。
それは、コードでも回帰分析でもなかった。
財政力が高い自治体ほど、借金は少ないのか?
この問いを立てた瞬間だった。
そこから、
- 普通会計で見るべきか、全会計で見るべきか
- 政令市に限定するとどうなるか
- 人口規模を統制したら結果は変わるか
- 民生費が効いているのではないか
という疑いが次々と生まれた。
これは分析「技術」ではない。何を疑うかという問題設定だ。
AIは、与えた問いには猛烈な速さで答える。RESASは、用意された切り口を美しく見せてくれる。だが「その通説、本当か?」と最初に疑うのは、まだ人間の仕事だった。
価値は、分析の下流(作業)から上流(問い)へ移動していた。
第四の驚き:分析の価値は、政策に近づくほど上がる
そして、これが一番大きな気づきだった。
SSDSE(統計コンペ)→ RESAS(政策コンテスト)→ ESRI(政策研究)と、自分の活動を並べて眺めていて、あることに気づいた。
同じ「データ分析」でも、評価される基準がまったく違う。
| 段階 | 何で評価されるか | 問いの形 |
|---|---|---|
| SSDSE | 相関があるか | 「何が起きているか」 |
| RESAS | だから何をやるか | 「だから、どうする」 |
| ESRI | 本当に社会を変えられるか | 「それで社会は変わるのか」 |
下流(SSDSE)は「相関がある」で評価される。ここはAIが最も得意で、最も早くコモディティ化する層だ。
だが上流(ESRI)に行くほど、問われるのは「この分析で、実際に人の暮らしが変わるのか」になる。ここはデータの外側 —— 現場・利害・価値判断 —— が絡み、AIやRESASだけでは埋まらない。
分析の価値は、分析そのものにあるのではない。政策や意思決定に近づくほど上がる。
「AIに仕事を奪われるのか?」に興味を持つ人の本音は、たぶん「じゃあ、自分はどこへ向かえばいいのか?」だと思う。
私の暫定的な答えはこうだ。下流に留まるほどAIに飲まれ、上流に行くほど人間が残る。 相関を出すだけの人から、意思決定を動かす人へ。向かうべきは上流だ。
答え合わせ:この不安は、私だけの思い込みではなかった
ここまで書いて、正直こわくなった。
「下流はAIに飲まれる」「価値は問いと意思決定へ移る」——これは私がたまたま数ヶ月でこじらせた思い込みで、大げさに騒いでいるだけじゃないのか、と。
だから調べた。すると、業界の総本山が、ほぼ同じことを、しかも私より一歩先で言っていた。
データサイエンティスト協会は、スキルの定義そのものを作り替えていた。
改訂されたスキルチェックリスト Ver.6では、長年の看板だった3本柱——「ビジネス力」「データサイエンス力」「データエンジニアリング力」——のうち、「ビジネス力」が丸ごと「価値創造(Value Creation)スキル」へ再定義された。
協会の言葉を借りれば、これは 「分析者から価値創造リーダーへの役割拡張」 だ。生成AIによる分析業務の自動化・コモディティ化を前提に、求められるのは課題の再定義・意味設計・社会実装まで責任を持つこと。「集計してレポートを出す」だけの仕事は、もう軸から外れていた。
……これ、私が第三・第四の驚きで書いたことと、ほぼ同じだ。
内閣府系のIPA(情報処理推進機構)の議論でも、同じ絵が描かれていた。
価値創造力とは「KPIを見つけ出す力であり、データから勝ち筋を導き出す力」(高橋氏)
「何を問うかがより重要になっている。誤った問いのもとでは、どれだけ高度な分析をしても意味がない」(森口氏)
「何を問うか」——私が第三の驚きで「まだ人間の仕事だった」と書いたものが、そのまま出てきた。
そしてもう一つ、救われた一言があった。生成AIについて、高橋氏はこう言っている。
「ようやく本来の仕事ができるようになった」
第一の驚きで感じた「これで本質的な分析に集中できる」という感動は、勘違いではなかったらしい。データ入力や修正に追われていた時代が終わっただけで、仕事が消えたわけではない。下流が消え、上流が空いたのだ。
一人でこじらせた不安だと思っていたら、業界はとっくに、それを前提に定義を書き換えていた。「AIに奪われる」ではなく「価値創造の側へ来い」と。少しだけ、背中を押された気がした。
結論:AIが奪ったのは「分析」ではなく「準備作業」だった
最後に、この記事で一番言いたかったことを書く。
AIが奪ったのは、分析者の仕事ではなかった。
分析者が何日もかけていた"準備作業"だった。
そして分析者の価値は、分析の下流ではなく、上流へ移動していた。
「AIでデータ分析者の仕事は消える」——半分は当たっている。取得・整形・集計といった"作業"の価値は、確実に下がる。
だが消えたのではなく、移動した。そしてこの記事で本当に伝えたかったのは、「AIに仕事を奪われる」という話ではない。分析そのものは、もうゴールではなくなった、ということだ。
相関を出すだけなら、AIがやる。きれいな可視化なら、RESASがやる。そして「その分析で、誰を動かしたいのか」を考えるところから、人間の仕事が始まる。
その先にあるのは、「何を疑うか(問い)」と「だから、どうするか(意思決定)」だ。データ分析の価値は、下流の作業から、政策や意思決定という上流へと移っていく。
……と、いったん今の自分は考えている。数年後、この記事を読み返して「甘かった」と思う日が来るのかもしれないが。
(余談。これを突き詰めると「AIは組織の形そのものを変えるのでは?」という、もっと大きな問いにぶつかる。現場と意思決定の境界が溶けていく話だ。長くなるので、それはまた別の記事で書きたい。)
この記事は、統計データ分析コンペ・地方創生政策アイデアコンテストの検討時の気づきをまとめたものです。