「10位の街は、15位の街より本当に住みやすいのか?」
812市区で「安心度」最下位の街が、「住みよさ」では41位。
東洋経済の「住みよさランキング2026」を眺めていて、妙なことに気づきました。
全国10位と15位の差は、わずか0.35点。
ところが101〜200位のあたりでは、同じ0.35点が約49位分の差になります。
つまり、
ランキング上の「5位差」と「49位差」が、同じ0.35点で起きている。
順位の数字ほど、実力差はない。
さらに812市区・20指標を全部分解してみると、もっと妙でした。
「住みよさ」をうたうランキングなのに、鉄道は1指標もない。
地価が高いほど「富裕度」にはプラス。
トップ200の85%は、4部門のどこかで下位半分。
そして、4部門すべて平均の「普通の街」は、全国406位。
つまり、
「住みよさランキング」の上位は、バランスのいい街を並べているわけではない。
じゃあ、いったい何をランキングしているのか。
812市区を20指標まで分解してみました。
きっかけは、自分の転勤です。富山県砺波市が全国15位。隣の高岡市が104位。砺波市には何度も行きましたが、車がないと生活が成り立たない。一方の高岡市には、あいの風とやま鉄道・城端線・氷見線・万葉線が通っています。
私は転勤族で、高岡市・富山市・枚方市・さいたま市・堺市に住みました。個人の主観ですが、圧倒的に住みやすかったのはさいたま市です。そのさいたま市は、トップ200圏外でした。
「ランキングなんてそんなもの」で片付けず、数字をバラしてみたら、想像していたのと違う光景が出てきました。
鉄道は、1指標もない
さいたま市で暮らしていたとき、生活のかなりの部分を占めていたのは鉄道網でした。駅へのアクセス、電車の本数、都心への移動時間、複数路線という選択肢。
20指標を確認して、まずここで驚きました。
鉄道という指標が、ありません。 駅も、バス路線も、運行本数も、交通空白地もない。
「利便度」という部門はあります。でも中身は4つとも小売と飲食でした。
人口当たり小売販売額 / 人口当たり大規模小売店店舗面積 / 可住地面積当たり飲食料品小売事業所数 / 人口当たり飲食店数
一方、「安心度」は全体の30% を占めます。中身は病床数、介護施設定員、子どもの数、子ども医療費助成、犯罪率、交通事故率。
医療が重要なのは言うまでもありません。
でも、毎日電車に乗る人にとっては、毎日使う交通インフラの重みが0% です。
普段ほとんど意識しない病床数が、ランキングの3割を占める。
そして埼玉県は、人口10万人当たり医師数189.1人で全国最下位(3回連続)。病床数も全国平均の72%です。ウェイト30%の部門を、まともに直撃していました。
私が住みやすいと感じていた鉄道は0%。雪が降らず日照が長い気候も、20分の1で5%。体感と順位がずれるのは、当然でした。
安心度812位なのに、住みよさ41位
冒頭の、あの街です。新宿区。
812市区の中で安心度が最下位なのに、総合では41位。逆に安心度1位の南さつま市は、富裕度801位。
| 総合 | 自治体 | 安心度 | 利便度 | 快適度 | 富裕度 |
|---|---|---|---|---|---|
| 41位 | 新宿区 | 812位/812 | 3位 | 74位 | 24位 |
| 1位 | 人吉市 | 4位 | 12位 | 379位 | 746位 |
| 28位 | 南さつま市 | 1位 | 464位 | 323位 | 801位 |
例外ではありませんでした。トップ200のうち85%が、4部門のどれかで下位半分(407位以下)に沈んでいます。 3分の1は下位2割にまで落ちている。
つまり「住みよさランキング」の上位は、バランスのいい街ではない。何かを捨てて、何かで稼いだ街が並んでいる。
理由は集計方法にあります。偏差値には下限30が設定されていて、1部門(5指標)が全滅しても総合への打撃は最大5点。ところがトップ200の総合偏差値の幅は、1位55.00から200位50.95までの4.05点しかない。
損失には床があり、得点には天井がない。
だから「1部門を捨てる」のが、この表では上に行きやすい形になります。
そして4部門を全部取ることは、そもそもほぼ不可能でした。安心度(人口当たり病床数・介護定員)と富裕度(所得・地価)は強いトレードオフの関係にあります。地方は病床が厚くて所得が低い、都心はその逆。だから上位は、正反対の2つの型が同じ点数で並んでいる状態になります。
- 都心型(安心度を捨てる):文京区2位、渋谷区9位、豊島区18位、台東区25位、新宿区41位
- 地方小都市型(富裕度を捨てる):人吉市1位、四万十市6位、倉吉市7位、南さつま市28位
上位の顔ぶれに傾向が見えないのは、真逆の2種類が混ざっているからでした。
地価が高いほど、「富裕度」にはプラス
富裕度の指標を見ていて、思わず二度読みしました。
「住宅地平均地価」に、「小さいほど良い」の印が付いていません。犯罪率・交通事故件数・水道料金には付いているのに。
つまり、地価が高い街ほど富裕度が上がる。
「住民にとって高い住宅価格」が、「富裕度」ではプラスになります。実際、住宅地の平均地価は枚方市 約13.6万円/㎡、堺市 約17.2万円/㎡で堺が26%高い。この指標では、堺のほうが高く評価されます。
そもそも富裕度5指標を「誰の豊かさか」で分けると、こうなっていました。
| その指標が主に測っているもの | 指標 |
|---|---|
| 自治体 | 財政力指数 |
| 企業 | 人口当たり法人市民税 |
| 土地所有者 | 住宅地平均地価 |
| 住民 | 納税義務者1人当たり所得 |
| 住民 | 世帯人員1人当たり延べ床面積 |
「富裕度」と呼ばれているけれど、住民の豊かさだけを測っているわけではない。
法人市民税の効き方も、はっきりしています。愛知県の企業城下町を並べると、こうなります。
| 自治体 | 総合 | 富裕度 | 利便度 |
|---|---|---|---|
| 豊田市 | 171位 | 13位 | 772位 |
| 碧南市 | 99位 | 10位 | 761位 |
| 大府市 | 44位 | 4位 | 717位 |
法人市民税は企業集積の影響を強く受けるため、住民所得とは別の経路で富裕度に効きます。 工場がある街の暮らしが、そのまま「富裕」という意味ではありません。
市のランキングなのに、県名を見たほうが分かる
ここが一番の驚きでした。上位の傾向は、都市規模でも気候でもなく、都道府県です。
全国平均のトップ200入り率は 200/812 = 24.6%。自分の県を探してみてください。
| 都道府県 | トップ200入り | 市区数 | 入り率 |
|---|---|---|---|
| 鳥取県 | 4 | 4 | 100.0% |
| 富山県 | 9 | 10 | 90.0% |
| 福井県 | 8 | 9 | 88.9% |
| 山口県 | 10 | 13 | 76.9% |
| 石川県 | 8 | 11 | 72.7% |
| 東京都 | 22 | 46 | 47.8% |
| 岐阜県 | 9 | 21 | 42.9% |
| 長野県 | 8 | 19 | 42.1% |
| 北海道 | 12 | 35 | 34.3% |
| 愛知県 | 10 | 38 | 26.3% |
| 兵庫県 | 5 | 29 | 17.2% |
| 千葉県 | 6 | 37 | 16.2% |
| 神奈川県 | 3 | 19 | 15.8% |
| 茨城県 | 3 | 32 | 9.4% |
| 大阪府 | 3 | 33 | 9.1% |
| 静岡県 | 1 | 23 | 4.3% |
| 福岡県 | 1 | 29 | 3.4% |
| 埼玉県 | 1 | 40 | 2.5% |
| 香川県・長崎県・沖縄県 | 0 | 8 / 13 / 11 | 0.0% |
鳥取は100%。富山90%。福井88.9%。
一方、埼玉2.5%。福岡3.4%。大阪9.1%。
市のランキングを見ているはずなのに、県名を見たほうが上位に入る確率が分かる。
埼玉県は40市あって1市だけ(東松山市189位)。富山県は10市中9市。この偏りが偶然で起きる確率は、100億分の3以下でした。
もちろん、これだけで「県がランキングを決めている」とは言えません。ただ、少なくとも市区だけの努力で説明できる順位表ではない。
手がかりは、指標の中身にあります。20指標のなかには、市区だけで動かしにくい変数が並んでいます。
- 人口当たり病床数 → 医療計画は二次医療圏(=県)単位で決まる
- 汚水処理人口普及率 → 県事業の比重が大きい
- 犯罪率 → 県警単位
- 納税義務者1人当たり所得 → 県内経済
- 住宅の広さ → 地域の生活様式
だから冒頭の高岡市も、富山県の中で並べ直すと景色が変わります。
魚津10位 → 砺波15位 → 黒部33位 → 富山71位 → 小矢部96位 → 滑川98位 → 高岡104位 → 南砺127位 → 射水160位
全国104位は上位13%。でも県内では9市中7位、下から3番目。「田舎だ」という実感と104位という数字は、比較対象が違うだけで両方正しかった。
なお、10位の魚津市と15位の砺波市は、どちらも富山県です。差は5位。総合偏差値の差は、冒頭の0.35点そのものです。
自分の市になくても加点される
注記に、こんなルールがありました。
病床数は、各市区の値と「二次医療圏」の値を比較し、高い方を採用。
小売販売額・大型店面積は、各市区の値と「東洋経済生活圏」の値を比較し、高い方を採用。
自分の市に病院がなくても、医療圏内にあれば加点される。 自前の商店街が寂れていても、生活圏に大型店があれば加点される。自市の医療や商業が脆弱でも、順位はそれだけでは下がりません。
普通の街は、全国406位
これは計算していて、一番きれいだと思った話です。
4部門すべて406位。
総合偏差値50。
全国812市区のちょうど真ん中。
つまり、何も悪くない。
でもトップ200には載らない。
「普通に住みやすい街」は、このランキングでは存在感を持てない。
公表されているのはトップ200まで。偏差値50の街は、その倍以上、下です。
トップ200で最も凸凹が小さいのは北広島市(145位)と塩尻市(179位)。4部門の順位差がそれぞれ92位分・100位分しかない(上位200の中央値は512位分)。それでも、表の後半に埋もれています。
しかも塩尻市は、4部門の最も弱いところだけで並べ替えると、179位から18位に跳ね上がる街でした。
このランキングでは、
「全部そこそこ良い」より「3つが強烈に良くて、1つを捨てる」ほうが上に行きやすい。
平均的であることは、この集計方式では報われない。弱点を持たない代わりに、どの部門でも上位に入らないので、加点が積み上がらない。先ほどの「捨てた街」が、上位に来る理由です。
重みを変えると、1位も2位も落ちる
部門のウェイトは、安心度30% / 快適度25% / 富裕度25% / 利便度20%。
ただしこれ、誰かが「住みよさ」の定義として決めた比率ではありません。各部門に入れた指標の数(6本・4本・5本・5本)を20で割っただけです。
なので、属性別に重みを変えて並べ替えてみました。
| 公表 | 自治体 | 子育て世代 | 単身・若手 | 高齢者 | 庶民 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1位 | 人吉市 | 1位 | 57位 | 1位 | 2位 |
| 2位 | 文京区 | 42位 | 1位 | 95位 | 40位 |
| 9位 | 渋谷区 | 192位 | 9位 | 184位 | 179位 |
| 5位 | 下松市 | 4位 | 14位 | 15位 | 7位 |
公表トップ10との重複は、子育て3/10、単身3/10、庶民2/10、そして高齢者は0/10。1つも重なりません。
同じ20指標のまま、重みを変えるだけで完全に別のランキングになります。
そこで、この5通りに「最も弱い部門で評価する」を加えた6通りすべてで上位に残る街を探しました。
結果は、下松市(山口県)のただ1団体でした。
子育て4位 / 単身14位 / 高齢者15位 / 庶民7位 / 最弱点評価5位。どの重みで測っても、15位以内から落ちません。 50位以内まで緩めても、下松・福井・魚津・砺波・白山・北杜・室蘭の7団体しかない。
逆に言えば、誰にとっても住みよい街は、812市区に1つしかなかった。総合1位の人吉市も、2位の文京区も、重みを変えれば100位以下に落ちます。
「これから届く請求書」を測っているのかもしれない
20指標を性質で仕分けたとき、最大の塊がこれでした。
これまでに積み上げたストック ÷ 現在の人口
病床数、介護定員、大型店面積、事業所数、汚水処理普及率、公園面積、住宅の床面積 — 20指標中8本=40%
病院が多い。介護施設が多い。下水道が整っている。公園が多い。
今は「住みよさ」に見える。
でもこの40%が測っているのは、暮らしの快適さそのものより、これまで積み上げてきたストックの厚さではないか。
ストックはすぐには消えない。人口は減る。割り算の形をしている以上、分母が小さいほど数字は厚く見える。人口減少がスコアを押し上げている、とまでは言えない。
今日の資産が、明日の固定費になる。
2026年の総合1位、熊本県人吉市の人口は 1980年 42,236人 → 2020年 31,108人(−26.3%)→ 2025年1月で29,358人。過疎地域持続的発展計画を策定している市です。安心度4位・利便度12位は、分子(施設ストック)が残ったまま分母(人口)が減った結果として、説明がつき得る。
ストックが厚いということは、一人当たりの更新負担が重いということでもある。病床も、下水道も、公園も、いずれ更新費用の請求書が来る。
つまりこのランキングは、「住みよさ」ではなくこれまで積み上げてきたストックの厚さをかなり測っているのではないか。そして厚いストックは、これから届く請求書にもなり得る。体力と請求書を、区別していない。
結局、誰の住みよさなのか
このランキングが悪い、という話ではありません。数字自体は厚労省・総務省・国交省の公的統計で、信用できます。
引っかかるのは、「住みよさ」という言葉に期待するものが、今の生活とズレてきているのではないかということです。ランキングの目的と、利用者が期待する「住みよさ」が違う可能性がある。
20指標が測っているのは、こういうものでした。
大型店がある。飲食店が多い。病床が多い。介護施設が多い。住宅が広い。所得が高い。地価が高い。
どれも重要です。でも今の生活には、同じくらい重要な問いがあります。
- 電車は何分に1本来るのか
- 車がなくても生活できるのか
- 災害時に安全なのか
- 保育所に入れるのか
- 高齢になっても移動できるのか
- 住宅費を払ったあとに生活できるのか
- 20年後もインフラを維持できるのか
そのかなりの部分が、20指標の外にあります。
将来を示す変数は「転出入人口比率」の1つだけ(ウェイト5%)。公共交通、災害リスク、将来の人口構成、将来負担比率、公共施設の更新費用、待機児童数、家賃——すべて入っていません。気候にいたっては1991〜2020年の平年値です。
「自分の生活にはめちゃくちゃ重要なのに、ランキングには存在しない」というものが、普通にある。
だから使い方としては、こうなると思います。
| ❌ 総合順位を実力差として読む | 小数第2位まで同点が45組ある。0.35点で5位にも49位にもなる |
| ❌ 「上位=バランスがいい街」と読む | 逆。1部門を捨てた街が上位に来る |
| ❌ 前年比で「良くなった」と読む | 毎年指標を変更している(2026年も2本) |
| ✅ 20指標の値を個別に見る | 公的統計そのもの。信頼できる |
| ✅ 自分の重みで組み直す | 重みを変えれば別の答えが出る |
そして5都市に住んでみて思うのは、「さいたま市が一番住みやすかった」という自分の実感のほうが、20指標より情報量が多いということです。さいたま市は子育て世代の転入超過が続いている街ですが、それはこのランキングには一切表れません。
順位の数字ほど、実力差はない。攻撃したいのは東洋経済ではなく、その読み方のほうです。
データについて
トップ200×6列(総合偏差値と4部門の全国順位)を記事の表から起こし、Pythonで分解しました。図は同じCSVから作っています。属性別の並べ替えは、部門順位を正規スコアに戻したうえで重みを掛け直しています(公表方式の上限70・下限30クリップに合わせて±2σで打ち切り)。
from scipy.stats import norm
Z = {k: np.clip(norm.ppf(1 - d[k] / 813), -2, 2) for k in K}
W = {"公表":(.30,.20,.25,.25), "子育て":(.45,.20,.25,.10), "単身":(.10,.45,.20,.25),
"高齢者":(.50,.30,.20,.00), "庶民":(.30,.25,.35,-.10)} # 庶民は地価加点を反転
for n, w in W.items():
d[n] = pd.Series(-sum(wi*Z[k] for wi,k in zip(w,K))).rank(method="min").astype(int)
d["最悪"] = d[list(W) + ["最弱点順位"]].max(1)
d[d["最悪"] <= 20].city.tolist() # → ['下松市']
出典:東洋経済オンライン「住みよさランキング2026」(全国編トップ200および算出指標)/厚生労働省「医師・歯科医師・薬剤師統計」/国土交通省「都道府県地価調査」/人吉市「過疎地域持続的発展計画」


