データ: 家計調査 単身世帯(世帯主年齢階級別)年次(総務省)
分析: Python(e-Stat API)でデータ取得・可視化、Claude(AI)と壁打ちしながら仮説を深掘り
シリーズ: 公開データで市場の通説を検証する
はじめに
「若者の酒離れ」「若者の車離れ」。
何かが減った話は多い。では反対側で、何が増えていたのか。
今回は「若者の保健医療費が10年で2倍になっていた」という、ほとんど語られていない数字から始める。その先に見えたのは、お金の移動先の話だった。
クイックサマリー
| 発見 | 数字 |
|---|---|
| 34歳以下単身世帯の保健医療費(2015→2025) | +102% |
| 増加の主役 | 保健医療サービス +141% |
| サプリの変化 | ▲35%(逆に減った) |
| 構造変化の起点 | 2021年 |
| 外食からの移動(家計支出ベース推計) | 約3,000億円/年 |
第1幕:+102% という数字で手が止まった
家計調査(単身世帯、世帯主年齢階級別)で34歳以下の費目別支出を2015年と2025年で比べた。
| カテゴリ | 2015年(円/月) | 2025年(円/月) | 変化 |
|---|---|---|---|
| 外食 | 23,650 | 17,430 | ▲26% |
| 食料 | 45,345 | 41,992 | ▲7% |
| 自動車等関係費 | 7,910 | 6,249 | ▲21% |
| 通信 | 7,450 | 6,589 | ▲12% |
| 酒類 | 1,244 | 781 | ▲37% |
| 保健医療 | 3,341 | 6,735 | +102% |
| 住居 | 28,954 | 35,060 | +21% |
酒が減り、車が減り、外食が減る。その一方で、保健医療費は静かに2倍になっていた。
「若者の〇〇離れ」で語られてきたのは左側の列だ。右側の変化は、ほぼ語られていない。
なお、同じ期間に65歳以上の保健医療費の変化率は +14% だった。若者の+102%はその7倍にあたる。「高齢者の医療費増大」が語られる一方で、静かに倍増していたのは若者の方だった。
第2幕:薬でもサプリでもなかった
「医療費が増えた=病気が増えた」は早計だ。内訳を見る。
| 内訳 | 2015年(円) | 2025年(円) | 変化率 |
|---|---|---|---|
| 保健医療サービス | 1,460 | 3,516 | +141% |
| 医薬品 | 661 | 1,395 | +111% |
| 保健医療用品・器具 | 919 | 1,628 | +77% |
| 健康保持用摂取品(サプリ) | 301 | 196 | ▲35% |
増えていたのは「サービス」——病院・クリニック・施術への支払いを意味するカテゴリだった。しかもサプリは逆に3割以上減っている。
「サプリで自己管理」から「クリニックに行く」へのシフトが数字に見える。

34歳以下 単身世帯 保健医療内訳(2015→2025年, 円/月)
第3幕:グラフで見えた2021年の転換
年次データを並べると、変化の時期がはっきりする。

34歳以下 単身世帯の保健医療サービス支出推移(2007-2025年, 円/月)。縦点線は2021年。
2015〜2020年は1,000〜2,000円の範囲で推移していた。2020年はコロナによる受診控えで▲30%急落。しかし2021年以降に急反転し、その水準が定着した。
第4幕:外部データを当てる
同じ時期、別の統計でも整合する変化が見えている。
日本の美容医療市場規模(矢野経済研究所)
| 年 | 市場規模 |
|---|---|
| 2021年 | 3,700億円 |
| 2024年 | 6,310億円 |
3年で約1.7倍。医療脱毛患者数は女性4.7倍・男性11.3倍(過去5年、リゼクリニック調査)。利用者の中心は20〜30代だ。
複数の調査が2021年の急拡大の背景として「マスク生活」を指摘している。顔の下半分が隠れるためダウンタイムが目立たず、リモートワークで時間も取りやすかった。
断定はしない。 家計調査の「保健医療サービス」には通常の通院・歯科・鍼灸・美容医療が混在しており、美容医療の寄与を直接確認することはこのデータの範囲ではできない。ただし市場規模・転換時期・年齢層の3点が揃っており、有力な説明候補として挙げられる。
第5幕:削られなかった支出と、3,000億円の移動
費目全体を並べると「削られた支出」と「守られた支出」の対比が見える。
34歳以下 単身世帯 費目別支出変化(2015→2025年, 円/月)。プラスが守られた支出、マイナスが削られた支出。
| 削られた支出 | 増加した支出 |
|---|---|
| 外食 ▲6,220円 | 住居 +6,106円(家賃上昇・不可抗力) |
| 食料 ▲3,353円 | 保健医療 +3,394円(自発的な選択) |
| 自動車等 ▲1,661円 | 教養娯楽 +3,579円 |
| 通信 ▲861円 | |
| 酒類 ▲463円 |
2つの増加は性格が異なる。住居費の上昇は都市部の家賃上昇が背景にあり、若者が能動的に選んだわけではない。家賃に財布を圧迫された結果、外食や酒を削らざるを得なかった——その余った選択肢の中で、保健医療は削られなかった。こちらが「自発的に守った支出」だ。
お金の移動を規模で見ると
34歳以下の単身世帯は約400万世帯(2020年国勢調査)。家計支出の変化分を年間に換算すると:
- 外食:400万世帯 × 月▲6,220円 × 12ヶ月 = 約3,000億円/年が移動
- 住居:400万世帯 × 月+6,106円 × 12ヶ月 = 約3,000億円/年が流入
- 保健医療:400万世帯 × 月+3,394円 × 12ヶ月 = 約1,600億円/年が流入
これは単身世帯のみの保守的な推計であり、二人以上世帯の34歳以下を含めると規模はさらに大きくなる。また、これは家計支出の変化分の試算であり、業界の市場規模そのものとは異なる。
外食チェーンの戦略会議で「若者の外食離れ」が議題になるとき、その裏では同規模の資金が住居費に流れている。「若者に刺さるメニュー開発」より、外食減少の背景に住居費の圧迫があるという仮説を起点にする方が、打ち手の設計に近づくかもしれない。
結論
若者の保健医療費は10年で2倍になっていた。増加の中心は薬でもサプリでもなく「保健医療サービス」だった。2021年に構造変化が起き、定着した。美容医療市場の急拡大はその有力な説明候補だ。
ただし、「だから○○業界が儲かる」とは言えない。市場が伸びることと自社が利益を取れることは別の話で、競争構造や供給制約がそれを決める。ここで示したのは予測ではなく、お金の流れの地図だ。
若者は外食を削り、酒を削り、車を削った。住居・健康・教養娯楽への支出は増加していたが、特に住居と健康は苦しい家計の中でも優先的に守られた支出だった。
家計簿は価値観のアンケートではない。実際にお金を払った結果だ。若者の家計は、「楽しみたいもの」より「失いたくないもの」を優先する方向へ変化していた。
サプリを削ってクリニックに行く——それは「不確かな自己管理より、確実な効果を買う」という選択かもしれない。
このシリーズではペット市場・おにぎり専門店・家事代行も取り上げてきた。振り返ると、孤独・時間・労力——それぞれ「失うことへの備え」だった。今回の保健医療と住居も、同じ構造を持っている。
分析環境・データ・再現
データソース
| データ | 出典 |
|---|---|
| 家計調査 単身世帯 用途分類(年齢階級別)年次 | e-Stat 統計表ID: 0002190004(総務省) |
| 34歳以下単身世帯数(約400万世帯) | 2020年国勢調査(総務省) |
| 美容医療市場規模 | 矢野経済研究所「2025美容医療の展望と戦略」(2025年6月) |
| 医療脱毛患者数推移 | リゼクリニック調査(2024年) |
| 美容医療利用者実態 | リクルート「美容センサス2024年下期」(2024年12月) |
注記
- 「保健医療サービス」には病院・歯科・美容医療・鍼灸・マッサージ等が混在しており、美容医療の寄与を直接確認することは本データの範囲では不可能
- 3,000億円等の試算は家計支出変化分の推計であり、業界市場規模とは異なる
- 単身世帯34歳以下はサンプルが小さく年次変動が大きいため、1〜2年の数字より推移のトレンドで判断するのが適切
- 単身世帯34歳以下は都市部の若者が多く含まれるが、34歳以下の若者全体を代表するわけではない
実行コマンド
# 単身世帯 全費目データ取得(外食・住居・通信など)
python analysis/qiita/single_household_explore.py
# 保健医療内訳 取得(若者・高齢者の年齢別比較を含む)
python analysis/qiita/elderly_health_drill.py
# 若者 保健医療 詳細分析
python analysis/qiita/young_health_drill.py
# 図生成(fig1〜fig3)
python analysis/qiita/young_health_figures.py
シリーズ: 公開データで市場の通説を検証する
