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電磁気力による質量欠損

Last updated at Posted at 2025-08-16

はじめに

 核融合・核分裂反応のエネルギー収支を説明する際に、しばしば質量欠損が強調されます。他方、質量欠損は相互作用の種類によらず、一般の複合粒子系に見られる現象です。

 この記事では、水素原子を題材にして、電磁気力で結合した二体系に質量欠損が観察されることを確認します。CODATA発行の2022年 基礎物理定数 推奨値及び、IAEAが発行するAME (原子質量評価) 2020の推奨値を参照して得た、電子質量、プロトン質量、水素原子質量の差分を、プロトンと電子が束縛する際の基底状態のポテンシャルエネルギー(電磁気力が支配的)13.6eVと比較します。

 後に、各物理量の参照元を掲示し、検索方法について軽く記載します。

計算 (水素原子)

 水素原子は、プロトンと電子が電磁気力で束縛された状態です。もし質量欠損が電磁気力でも観察できるならば、プロトンと電子を合わせた質量は、水素原子の質量よりもわずかに大きいはずです。

 電子、プロトン、水素の質量を統一原子質量単位(u)で与えます。

\begin{aligned}
m_e/\mathrm{u}\, &= 0.000\,548\,579\,909\,0441 \\
    &\pm \,0.000\,000\, 000\,000\, 0097\\

m_p/ \mathrm{u} \,&= 1.007\,276\,466\,578\,9 \\
    &\pm \,0.000\,000\, 000\,008\, 3 \\

m_H/ \mathrm{u} \, &= 1. \,007 \,825\,031\, 898\\
    &\pm \, 0.000\,000\,000\, 014
\end{aligned}

m_e + m_p - m_H 〜 13.6eVの成立を期待します。
左辺の質量の差分を計算してみますと小数第8桁目からずれが現れます。小数第11位から誤差評価を含むので、精度が高いのは3桁程度でしょうか。誤差は二乗和平方根で評価しました。

\begin{aligned}
m_e + m_p - m_H &=  0.000\, 000\, 014\, 600 \, \mathrm{u} \\
                &\,\,\pm \,\,0.000\, 000\,000\, 016 \,\mathrm{u} \\
      &= (1.4600\pm 0.0016)*10^{-8}\, \mathrm{u}  * 931.49\,\mathrm{MeV/u}\\
      &= (13.590\pm 0.015) \, \mathrm{eV}
\end{aligned}

ここで、統一原子質量単位を電子ボルト単位に換算する係数は以下のように与えました。

 u =1.660\,539\,068\,92(52)*10^{-27} \, \mathrm{kg}≈931.494 \, \mathrm{MeV}

 
一方水素のイオン化エネルギーの推奨値として次が与えられています。

    E=(13.598\,434\,599\,702 \pm  0.000\,000\,000\,012 )\, \mathrm{eV}

イオン化エネルギーは質量の差分の誤差の範囲内に収まっています。

 強調すべきは、それぞれの物理量は異なる手段で得られている点です。推奨値の決定の際には、理論的に満たすべき関係式をある程度考慮に入れるそうですが、無理やりそれを満たすように数値を改変するようなことはしないと思います。

余談 新しいデータを参照する重要性

 私が初めに参照した水素原子質量の数値は少し古いデータで、質量の差分を評価すると、$13.28\pm 0.09 \ \mathrm{eV}$を得ていました。大きめに誤差を見積もっても、確定値の範囲で$13.58\ \mathrm{eV}$から$0.2 \ \mathrm{eV}$以上ずれていました。可能な範囲で最新のデータを参照することは重要ですね。

物理量の参照元

  • プロトン質量・電子質量・統一原子質量単位

CODATA2022 基礎物理定数 推奨値を検索することができます。検索窓に、「electron mass」「proton mass」「unified atomic mass unit」など入力すると一致する候補を表示してくれます。

  • 水素原子の質量

IAEAによる原子質量評価 - AME2020

  • 水素のイオン化エネルギー

NIST Atomic Spectra Database Ionization Energies Data

まとめ 化学反応と核反応における質量欠損

 この記事では、水素原子に着目し、電磁気力による質量欠損を確認しました。質量変化は基本的に相対論からの帰結です。相互作用の種類によるものではありません。複合系のポテンシャルエネルギーは慣性質量に表れます。

 しばしば化学反応では、質量保存則が仮定されます。化学反応では電磁気力が支配的なので、質量の変化が電子質量の下5桁の精度(ΔE / 1粒子 ~ eV)で起こっているはずです。原理的には質量が変化していますが、滅多に顕になりません。質量保存はとても良い近似になります。

 一方、核反応では質量変化が核子の1/1000程度のオーダー、電子質量511keVの数倍のオーダーで起こるために、化学反応と比較すれば質量の変化が相対的に重要になると言えます。その意味で質量欠損が強調されるのでしょう。ただ、それ自体は反応の物理的なメカニズムには立ち入っていないともいえます。

 

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