もうあと数時間でクリスマスイブ。オフィスの小会議室に集まった年の離れた3人のエンジニア。
テーブルにはピザの箱と、コーヒーの入った紙コップ。モニタには遠隔用監視ダッシュボード。
説教禁止、自虐OKのクリぼっち座談会が熱く静かに始まる。
今回は会話形式でお送りします。
参加者
- A本:42歳男性。妻と子3人。製造業IT部門の開発PM。東京に単身赴任。
- E川:35歳男性。独身。経営コンサルから転職5年目のAIエンジニア。
- D介:22歳男性。独身。インフラエンジニア志望の若手。
第一幕:季節イベントはだいたい“証明書”
A本「メリー……メンテナンス?」
D介「あ、さっきCDNの証明書、期限30日切ってたんで自動更新ルール見直しました!」
E川「それ。毎年クリスマスはイルミネーションより証明書の方が眩しい問題。期限の赤字表示が目に刺さりますね」
A本「去年のイブは客先のゲートウェイ証明書が切れて、家族のビデオ通話より先にWAFに繋いだよ……」
D介「あ、彼女いないんで、僕いつでもWAFに繋げられるっすよ」
E川「WAFじゃなくてワイフだといいんですけどね」
D介「それ、セクハラ事案になるかもなんで、注意した方がいいっすよ」
A本「繋がる先……やめよう、夢になるといけない」
CDN:コンテンツ配信ネットワーク。画像や動画などを地理的に近いサーバーから高速配信する仕組み。
証明書(SSL/TLS証明書):通信を暗号化し、相手が正しいサイトであることを示す電子的な身分証。期限がある。
WAF:Web Application Firewall。Webアプリを攻撃から守る防御装置。
やめよう、夢になるといけない:落語「芝浜」のサゲ。
第二幕:年末進行×リリース凍結×「ちょっとだけ」
A本「年末はリリース凍結にしてるのに、毎年『軽微な修正なので今夜サクッと』って言われるんだよね」
E川「そこ、PMの力でなんとかなりませんかね」
A本「長期休暇はリリースの季節なんてSIerさんが言ってたなぁ。まぁ、全体的にシステム止められるチャンスだからね」
D介「“軽微”の定義、SIEMで検知できないっすかね」
E川「AIに判定させますか? 軽微スコア=仕様変更行数×関係者数×プロダクト年数 とか」
A本「その式、レガシー係数が∞になるからやめて」
D介「凍結期間、Terraformの apply 押す指が震えるっすよ」
E川「僕は pip install が震源地ですね。年末にマイナーアップデートでも地雷。AIで地雷除去でもやりたいところです」
A本「マインスイ……やめよう、夢になるといけない」
D介「A本さんは夢が多くていいっすね」
リリース凍結:大きな事故を避けるため、繁忙期に本番への更新を止める運用ルール。
SIEM:Security Information and Event Management、シーム。ログを集約・分析してセキュリティ異常を検知するツール。
レガシー:古くなった技術やシステム。扱いが難しく変更リスクが高いことが多い。
Terraform:インフラ設定をコード化し、自動で作成・変更するツール。applyは実行ボタン。実際はそれを決定するEnterキーやクリックが怖い。
pip:Pythonのパッケージ管理コマンド。
マイナーアップデート:小さな更新。互換性は保たれる想定だが、まれに不具合を招く。想定は想定でしかない。
第三幕:Slack通知の「ポンッ」のトラウマ
D介「深夜の『ポンッ』で心拍数上がるの、僕だけっす?」
A本「単身赴任3年目、LINEよりSlackに反応する体になったよ」
E川「『メンション来た!』って見たら イイね。OKなのに心臓に悪いですねあれは」
D介「逆に本当にヤバいときほど静かって先輩に聞いたっす。監視は鳴るのに人は鳴らないって」
A本「“鳴らす勇気”と“鳴らさない勇気”のチューニングがPMの年末行事だな」
E川「勇気、いりますね」
Slack:仕事で使われるチャットツール。通知音が「ポン」。
メンション:特定の相手を呼び出す機能。
監視:システムの状態を自動でチェックし、異常を通知する仕組み。
PM:プロジェクトマネージャー。進行管理と意思決定の責任者。
第四幕:アジャイル儀式 vs. 眠気
E川「年末の振り返り、KPTがKPで埋まっていくの微笑ましいです」
A本「でもTryが『来年ちゃんと寝る』で埋まるのも恒例。睡眠時間が短いのは年寄りだけじゃない」
E川「睡眠不足はパフォーマンスに影響しますからね」
D介「僕、ふりかえりで“Try: 先輩に質問する”って書いたら、翌日質問テンプレがNotionで降ってきたっす」
E川「テンプレは愛、テンプレは資産。でも貼るだけで終わらせないのが来年のTryですよ」
A本「説教っぽく聞こえないといいんだがなぁ」
D介「あ、コーヒーおかわりいるっすか?」
アジャイル:小さく作って早く改善する開発手法。
KPT:Keep/Problem/Try の頭文字。続けたいこと/課題/試したいことを整理する振り返りフレーム。
Notion:ドキュメントやタスクをまとめて管理できるツール。
テンプレ:テンプレート。再利用できる雛形。
第五幕:AIあるある—幻覚とGPUと期待値
E川「年末案件、GPU在庫はサンタ待ちですね。推論は回るけど、データの掃除が一番重い」
D介「AIの幻覚ってそんなに出るんですか?」
E川「出ますね。要件が曖昧だとモデルが元気になっちゃうんですよ」
A本「PMとしては“AIがやってくれる”って言葉にスコープが膨らむのが怖いんだよね。でもE川さんが毎回、『できること・できないこと』を最初に言語化してくれるの地味に助かってる」
E川「リテラシーは下地作りが大切ですからね。それに境界線を先に描くのは、炎上の初期消火のひとつです」
A本「戦いとは、常に二手三手先を読んで行うものだ」
E川「あれ? 世代でしたっけ」
A本「先輩からの受け売りなんだよね。上の世代には多かったなぁ……」
GPU:画像処理用の計算装置。AIの学習・推論でも高速化に必須。
推論:学習済みAIモデルに入力を与えて結果を出す処理。
幻覚(ハルシネーション):AIがそれらしく誤情報を生成する振る舞い。
要件:何を達成するかの合意事項。曖昧だと誤解や範囲拡大を招く。
スコープ:プロジェクトの作業範囲。広がるとコストや期日に影響。
リテラシー:特定分野の知識や活用できる能力の意味に使われることが増えた。
炎上:プロジェクトが混乱し制御不能になること。
戦いとは~:就職氷河期世代の先輩に聞いてみよう。
第六幕:オンコールのクリスマス
D介「今夜は一足先に、チキンとログを噛みしめるっす」
A本「僕はコンビニのショートケーキを監視ダッシュボードの熱で解凍しようかな」
E川「じゃあ乾杯のかわりにヘルスチェックしましょうか」
一瞬の静寂。3人が各自のチェックを行う。
A本はスケジュールと進捗表を整理し値を埋めていく。自動実行のデプロイ状況が刻一刻と変わる。
E川がAIエージェントにプロンプトを打ち込み、チェック結果が想定通りであったかを検査させた。
D介はセキュリティログでアラートが出ていないか、手慣れた様子で画面を切り替えていく。
全員「200」
ハイタッチの音が小会議室に響いた。
オンコール:勤務時間外でも障害対応の呼び出しに備える担当。
監視ダッシュボード:メトリクス(数値指標)をリアルタイム表示する画面。
ヘルスチェック:サービスが正常かを機械的に確認する仕組み。
200(200 OK):WebのHTTPステータスコード。要求が成功した意味。どこかの恋愛バラエティ番組でステータスコードを使って返事した人がいたとかどうとか。
デプロイ:ソフトウェアを本番環境に配置するプロセス。
第七幕:若者に説教しない回路
A本「D介くん、今年一番“助かったやつ”って何がある?」
D介「レビューで『ここは怖いから明日やろう』って言ってくれたやつっすね。“やらない勇気”の言語化、効いたっすよマジで」
E川「それ最高のインシデント予防ですね。学びは引き算にもある。遅延にならないように進捗管理をしっかりしているから、バッファも確保できるわけです」
A本「じゃあ俺の学びは、家族に“今日は無理”って先に言うこと。直前や事後より断然平和」
D介「僕の学びは、『できました!』の前にメトリクス。“速さ”より“見える化”が褒められるって知ったっすよ」
E川「僕は期待値の差分を毎日埋めること。AIでも人間でも同じですね」
コードレビュー:他人の変更をチェックして品質を高める工程。
インシデント:障害やセキュリティ問題などの出来事。
メトリクス:測定基準(例:応答時間、エラー率)。
期待値の差分:関係者が想像する結果と現実のギャップ。最初に合わせると摩擦が減る。
終幕:それでも来年は、少し楽に
A本「それじゃあそろそろこの会もお開きの時間ということで、来年の目標、三人でひとつずつ置いていこうか」
D介「Runbookを“読める日本語”にする、専門用語に脚注つけることっすね」
E川「プロンプトと要件の“バージョン管理”を徹底して、誰が何を期待してるかを残すことを目標にします」
A本「二人ともなかなかいいところ突いてくるな。なら俺は、“リリースしない勇気”の基準表を公開する、かな。システムだけじゃなくてビジネスにも共有できる話にもなるでしょ」
D介「ずっとリリースしないのがいいっす」
E川「それじゃあ給料出ませんよ」
D介「それ困るっす! まだ奨学金残ってるんで。がっつり稼いでとっとと返しちゃいたいっす」
A本「定期収入があるうちは繰り上げ返済しないで低金利のまま借りて、余剰資金を他に投資するという話があったなあ」
D介「え、なんすかそれ!? ちょっとそこんとこ詳しく教えてほしいっす!」
リアルタイムモニターのグラフが安定の波を表現している。
ピザの最後の一切れが冷えて堅くなっていたが、男たちの話はまだ熱を持って繰り広げられていた。
Runbook:運用手順書。障害時や定例作業の「やること・順番・判断基準」をまとめたもの。
プロンプト:AIに与える指示文。表現が明確だと再現性が上がる。
バージョン管理:変更履歴を記録・追跡する仕組み(例:Git)。
基準表:判断のルールを明文化した表。迷いを減らし合意形成を助ける。
この記事が、誰かのクリぼっちを200 OKにしますように。
