はじめに
本稿では、機械式ステップ・バイ・ステップ交換、ダイヤルパルス、DTMF(プッシュ回線)への移行、そして電子交換機がもたらしたサービス進化までをまとめます。目的は“電話番号が押せば通じる”という当たり前を技術的に分解し、のちのIP化の必然性を理解することです。
1. 課題の定義
- 現状:黒電話(ダイヤル)はダイヤルパルス(10ppsなど)で番号を送出。交換機側は機械的に段階選択
- 制約:機械式はスループット/保守/信頼性に限界。付加サービス(転送/表示など)実装が困難
- トレードオフ:設備費・省力化・速度・保守性の最適点を探る中で、電子化/デジタル化へ移行
2. 仮説の提示と根拠
仮説:トーン制御と電子交換は“ユーザ操作の高速化”と“交換機能のソフトウェア化”を後押しし、将来のIP化への道を拓いた
根拠:
- DTMF(プッシュ回線)は周波数組合せで確実に高速送出。IVR(自動音声応答)などの新機能を実現
- 電子交換機は多機能化(転送/短縮/表示)と運用性(遠隔設定/課金/監視)を向上
- 保守・省電力・省スペース化で局舎運用の負荷を軽減し、拠点統合の下地に
設計方針(実務):
- ダイヤル(パルス)対応が必要な機器は減少。DTMF前提のアダプタ/ATAでの継続利用が現実解
- IVR(自動音声応答)はクラウドPBXやSIP/アプリへ移行し、交換機能をソフトウェア化
3. 実装または具体策
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信号:
- ダイヤルパルス:回線の開閉回数で桁を表現。遅く誤り訂正が難しい
- DTMF:行列の二周波トーンで桁を表現。高速・安定で自動応答に適合
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交換:
- 機械式→クロスバー→電子交換。スループット/機能/保守性の段階的向上
- 電子交換により、加入者系の機能(ナンバーディスプレイ/転送/着信制限)が普及
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端末:
- 黒電話→プッシュホン→ナンバーディスプレイ機能付→コードレス→IP端末/ソフトフォンへ
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追加トピック:
- 人声とDTMFの誤認可能性:DTMFは常に二つの正確な周波数の同時発振で構成されるため、人間の声帯だけで“同時二音を規定周波数ぴったり”に出すことは実質不可能。誤検出(talk-off)対策は受信側の検出器設計やしきい値で講じられている。一方、再生機器からDTMFをスピーカ経由で注入すれば番号として認識されうるため、IVRや会議中のDTMFミュート設計が重要
- in-bandとout-of-band:音声帯域にDTMFをそのまま流すin-bandと、RTP上のイベントとして運ぶout-of-band(例:RFC 4733)があり、後者は音声圧縮の影響を避けられる
- 音響カプラとモデムの接続音:受話器のマイク/スピーカに物理的に密着させ、音を電気信号に変換してデータ通信を行う装置が音響カプラ。モデムの“ピー・ガガガ…”は呼出し→応答トーン→搬送波確立→ネゴシエーション(例:V.21の300bps、V.22/V.32系のハンドシェイク)という手順で鳴る制御トーンと訓練シーケンスの音
- 歴史的逸話の注意点:長距離幹線で用いられたin-band制御の単一周波数や多周波信号(例:2600Hz)を外部音で刺激して制御をかける“フリーキング”は海外の歴史的事例で、日本の現行網設計とは前提が異なる
4. 再検証と評価
- 示唆:操作系(DTMF)と交換(電子化)の分離・高速化は、のちのSIP/ソフトウェア交換(クラウドPBX)へ自然に継承
- 次アクション:既存のアナログ機器はDTMF環境での動作確認を行い、必要に応じてATA/ゲートウェイで延命または更改
おわりに
“押せばつながる”の裏側には、信号と交換機の進化がありました。次稿(連載3)では、音声とデータを統合したISDN(INS)の意義と限界を扱います。
参考・出典(一次/公的情報を優先)
- PSTNマイグレーションの15年の営み──固定電話サービスの今後
- DTMF(デュアルトーン多重) - Wikipedia
- ITU-T Q.23: Technical features of push-button telephone sets
- RFC 4733: RTP Payload for DTMF Digits, Telephony Tones, and Telephony Signals
- アコースティック・カプラ - Wikipedia
- モデム - Wikipedia(ハンドシェイク/各規格の概要)
- ITU-T V.21(300 bit/s)
- ITU-T V.32(9600 bit/s)
注記:本稿は一般的・周知の技術史を要点化したものであり、固有名詞・年次は概念レベルの整理に留めています。
