刑法は、近づきがたい法体系と見なされがちです。
しかしその本質は、**社会の共通規範を明確にする「境界線の法」**にあります。
本記事では、森と神樹というメタファーを用いながら、刑法の三層構造とその機能を再解釈します。

🔶シリーズ第4話「境界を守る神樹──刑法」

【1. 神樹としての刑法──境界を描く法】

刑法は、社会にとって「してはならない行為」を定め、これに反した場合に国家が制裁を加えることで秩序を守る法領域です。
森にたとえるなら、刑法は「侵してはならない境界を描く神樹」のような存在です。

その神樹は、広く枝を伸ばし、太い幹を持ち、深く根を張っている。
そこには、私たちが安心して生きるための「禁止」と「許容」のバランスが刻まれているのです。

【2. 三層構造で読み解く──神樹の枝・幹・根】

刑法による処罰は、以下の三段階の判断を経て成立します。
それはまるで神樹の構造そのもの──**「枝」「幹」「根」**のように重なり合っています。

枝（構成要件該当性）
　まず、ある行為がどの犯罪に当たるかを判断します。
　たとえば、物をこっそり持ち去る行為は「窃盗罪」という枝に分類されます。
　枝は、無数の行為を枝葉のように分類し、社会が許容しない行為を見極める分かれ道です。

幹（違法性）
　次に、その行為が社会的に非難されるべきものかを吟味します。
　同じ「殴る」行為でも、それが正当防衛であれば処罰されません。
　幹は、枝に実る行為に対して、「それでもなお処罰すべきか」と静かに問いかける太い軸。
　神樹の幹は、行為の理由を受け止め、正義の形を選び取っていきます。

根（責任能力）
　最後に、その行為者に責任を問えるのかを見極めます。
　たとえば、重い精神障害があって行為の意味を理解できなかった場合、責任を問えません。
　根は、目に見えない場所で、その人の心の深さや状況を静かに探っています。
　神樹が地に深く根を張るのは、軽々しく断罪しないためでもあるのです。

【3. 刑法の特質：恐ろしさと優しさ】

刑法はしばしば「怖い法律」として認識されます。
しかし実際には、人の命・身体・財産といった根本的な権利を守るための防壁であり、盾でもあるのです。

神樹の枝が乱暴に振り下ろされることはありません。
その枝葉は、幹と根に支えられながら、「本当に裁くべきか」を見極めているのです。

だからこそ刑法は、秩序を破る者だけでなく、秩序の中で怯える者の味方でもあるのです。

【4. 他の法との境界──神樹と森のつながり】

憲法との関係：刑法の運用には「罪刑法定主義」や「適正手続」が求められます。
　これは神樹にとっての「成長の掟」、憲法という森の大地から与えられた根源的なルールです。

民法との関係：他人の物を取れば、それは民法上の損害賠償と刑法上の窃盗の両方に関わります。
　神樹の枝と、他の樹木の枝が重なり合うような場面です。

行政法との関係：捜査や逮捕といった手続きは、行政権力と刑法が交差するところです。
　森に風が吹くとき、神樹の枝も揺れます。そこには慎重なバランスが必要です。

【5. まとめ──神樹は、私たちの隣に立っている】

刑法という神樹は、人を罰するためだけに立っているのではありません。
その境界線は、私たちが「安心して生きられる範囲」を描いているのです。

神樹は見えないけれど、確かにそこにあります。
幹の静けさは、理由を聞くためにあり、
枝の広がりは、無数の行為を受け止めるためにあり、
根の深さは、人の複雑さに寄り添うためにある──

その神樹のそばで、私たちは今日も生きています。

境界線は、排除のための線ではなく、共に生きるための合意点です。
法が描く「してはならない」の背後には、「守るべきもの」があります。

次回は行政法。表には見えにくい法領域が、どのように森の秩序を支えているかを見ていきます。