目次
- はじめに
- ディープラーニングは「方程式を解く作業」
- モデルの「弾性」理論とは
- AIの父 ジェフリー・ヒントンの比喩
- 研究の意義
- まとめ
- 引用・参考リンク
はじめに
近年、ChatGPTをはじめとする大規模言語モデル(LLM)が社会に広がり、AIの 「アラインメント(人間の意図との整合)」 は最重要課題となっています。
一般的な研究者の見解では、
「99%の事前学習+1%の微調整(後訓練)」でモデルは十分に人間に合わせられる
と信じられてきました。
しかし、2025年7月にウィーンで開催された ACL 2025(国際計算言語学会のトップ会議) において、北京大学・楊耀東研究グループの論文
「Language Models Resist Alignment: Evidence From Data Compression」
が 最佳論文賞 を受賞しました。
この研究は、従来の楽観的な見方に警鐘を鳴らすものです。
ディープラーニングは「方程式を解く作業」
私の理解では、ディープラーニングとは 「巨大な方程式を解く作業」 に近いものです。
- 事前学習:膨大なデータを圧縮し、「巨大な方程式」を解いてモデルのパラメータを固定する
- 微調整(アラインメント):追加の境界条件を与えて解を少し修正する
結果として、一度「大きな方程式」が解かれた後は、微調整の効果はごく限定的 です。
私はこれを 「路徑依存(パス・ディペンデンス)」 と捉えています。
大規模事前学習で形成された分布が強い制約を与えるため、それを大きく変えるのは難しいのです。
モデルの「弾性」理論とは
- 微調整で外力をかけても LLM は内部の安定状態に戻ろうとする、そんな現象をフックの法則に重ねて可視化したもの
写真引用元:Language Models Resist Alignment: Evidence From Data Compression
楊耀東チームが提示したのは、物理学のフックの法則に似た「弾性」メカニズムです。
- 抵抗性 (resistance):モデルは事前学習分布から離されることを嫌う
- 回復性 (resilience):一時的に人間に合わせても、監督が弱まれば元の分布に「跳ね返る」
つまり、モデル内部の表現空間は 事前学習で安定状態に固定されており、微調整は一時的にしか効かない のです。
AIの父 ジェフリー・ヒントンの比喩
Geoffrey Hinton 教授は次のように語っています:
RLHF(人間のフィードバックによる強化学習)は、錆びた車に美しい塗装をしただけだ。
これは「弾性理論」と本質的に同じことを表しています。
- 内部構造(錆びた車体 = 事前学習分布)は変わらない
- 外層の塗装(微調整・RLHF)は一時的に綺麗に見せるだけ
- 圧力や条件が変われば、すぐに「錆」が露出する
研究の意義
ACL 2025 の審査では、この論文が
- 「モデル・アラインメント研究に新しい理論的基盤を与える」
- 「99%事前学習+1%微調整パラダイムの限界を明らかにした」
として高く評価されました。
この研究は、新しい「抗弾性アラインメント」 の必要性を訴えています。
まとめ
- ディープラーニング = 方程式を解く作業
- 事前学習は巨大な解を固定し、微調整は小さな条件付けにすぎない
- 弾性理論:大規模モデルは人間による改造に抗い、元の分布へ戻ろうとする
- ヒントンの比喩:「錆びた車と塗装」はこの現象を直感的に表現
- 本当のアラインメントには、表層的な微調整ではなく モデル内部構造に踏み込む新しい方法論 が必要
私たちが「AIは人間に従う」と信じているのは、もしかすると 美しく塗られた表面 を見ているに過ぎないのかもしれません。
その内側に潜む「弾性」とどう向き合うか。
これこそが、AGI時代のAI哲学の核心課題になるのではないでしょうか。