本稿は、2025/11/6に開催された「Engineer Meets Design #2」の講演内容をまとめたものです。
私の業務も「デザイン制作」から「デザイン教育」へと移行している最中です。今回のイベントでは、受講者の皆様がどのような目的で学習を始められたのかについて、多くの貴重な知見を得ることができました。
https://emd.connpass.com/event/370101/
Engineer Meets Designは、社会人向けのデザイン塾 MoDと、事業共創カンパニー Relicによる、エンジニアのための共同勉強会です。 ユーザーに本当に価値あるプロダクトを届けるためには、エンジニアもデザインを理解し、開発プロセスに活かすことが必要です。しかし、実際にエンジニアがデザインを学んだ効果や意味について、深く知る機会はそう多くありません。 本勉強会では、実際にMoDでデザインを学んだエンジニアやプロダクト開発に関わる皆さんが学びをどのように業務に活かしているのかについて、セッションを通してご紹介します。
セッション① 課題を創造的に解決するリフレーミング(遠藤 大輔 氏)
デザインを課題解決に活かす鍵は「リフレーミング(課題の再定義)」です。
-
事例:エレベーター問題
- 課題:「エレベーターが遅い」
- 解決策:モーター交換、速度を上げる(=エンジニアリングの課題)
- リフレーミング:課題を「待ち時間が(体感として)長い」と再定義する(=デザインの課題)
- 新しい解決策:エレベーターホールに鏡を設置する。
- 結果:利用者は鏡に映る自分や他人に意識が向き、待ち時間のイライラが解消され、苦情が激減した。
このように、課題の定義を変えるだけで、解決策の幅は大きく広がります。また、課題の「範囲」をどう設定するかも重要です。山の写真を「美しい風景」と捉えるか、寄って「遭難者」と捉えるかで、解決すべき問題が全く変わるように、課題をどの距離で視覚的に捉えるかが鍵となります。
また、創造力は学習によって伸ばすことができ、想像のプロセスは「予測可能な道順(パターン)に沿う傾向があります。
セッション② いい課題設定から価値提供につなげよう(溝口 晃 氏)
リフレーミングの実践として、プロダクト開発の事例が紹介されました。
-
事例:予約コピー機能
- 要求:「美容院の予約をコピーする機能が欲しい」
- 対応:コピーボタンを設置する。
-
深掘り(Why?):「なぜコピーしたい?」
- → 予約の入力が手間だから。
- →(さらに深掘り)→ 店頭で次回の予約を取る際に、お客様を待たせたくないから。
- リフレーミング:本質的な課題は「次回の予約をスムーズに提案できていない」こと。
- 新しい解決策の可能性:施術中にお客様のスマホで予約してもらう、QRコードを発行するなど。
エンジニアだからこそ「設計の複雑さ」や「エッジケース」に気づき、物事をシンプルに捉え直す思考が、こうした課題発見や発想の転換に役立ちます。
セッション③ PdMが取り組んだ、デザインにまつわる3つの実験報告(小林 将也 氏)
「香り」という目に見えない価値をデジタルで届けるサブスク事業において、PdM(プロダクトマネージャー)がデザインを学んだ結果について、3つの実験として報告されました。
-
実験1:PdM + デザインの力
「機能的価値」(選べる・届く・使える)だけを追求する視点から、「意味的価値」(どう感じるか)を重視する視点に変わりました。「心地よい記憶の蓄積」や「感情のデザイン」を意識するようになり、「機能」ではなく「体験」を作っているという認識を得ました。 -
実験2:プロダクトヘッド + デザインの学び
デザイナーの思考を理解することで、彼らの力を最大限引き出せるようになりました。デザイナーを「見た目を整える人」ではなく「世の中を健やかに美しくする人」と捉え直し、開発の**最初期からデザイナーやエンジニアを巻き込む「チームクリエイション」**が実現しました。 -
実験3:AI時代 + デザインの再認識
AIによって「正しいもの」を論理的に作るハードルが下がりました。これは「写真」の登場で「写実主義」の価値が揺らいだ歴史と似ています。
その結果、写真登場後に「印象派」が生まれたように、これからのAI時代は、ロジックでは説明できない「人間にしかできない表現=クリエイティブジャンプ」の価値がますます高まっていきます。
パネルディスカッション(対談)
-
デザインを学んだことによる変化
- 「なぜこれを作るのか?」という視点や、リフレーミングの思考が強く意識されるようになった。
- 登壇者からは「(ルールや理論は分かってきても)デザインは、やればやるほど分からなくなる」という共通認識が示されました。
- 一方で、ロジックだけでは説明できない「気持ちよさ」「共感」といった感覚的な部分の重要性を受け入れられるようになった、という変化が語られました。
-
デザインを学ぶ最初の一歩
- まずは『ノンデザイナーズ・デザインブック』などの本を読むこと。
- 自分が「良い」と思ったデザインや「見たもの」を言語化してみること。
-
まとめ(遠藤氏より)
- スライド作成、図解、イベント企画など、エンジニアも普段から「デザイン」をしています。
- デザインはデザイナーだけのものではなく、実は地続きで繋がっています。自分が「好きだ」と感じるものを深掘りし、向き合うことが、創造的な思考や姿勢につながっていきます。
最後に
皆様の多様な学習動機や目的意識を深く理解できたことは、これから私自身がデザイン教育を実践していく上で、非常に貴重な指針となります。 この度の学びを活かし、受講者一人ひとりの目的に寄り添った教育を提供できるよう、一層努めてまいります。