はじめに
AI モデルやそれを核とした AI エージェントの技術が急速に進化しています。
その一方で、AI に業務を任せようとすると試してみてもなかなかうまくいかない、というのが 2025 年 11 月現在の実情ではないでしょうか?
本記事では、AI エージェントに仕事を任せられない一番の原因である「責任」の問題について考察し、AI エージェントに責任を持たせるために必要な技術的要素について述べます。
なぜ AI エージェントに仕事を任せられないのか?
皆さんも、開発者として GitHub Copilot や Claude Code、 OpenAI Codex などの AI エージェントを活用して日々のコーディングを効率化していると思います。
しかしながら、それは個人の活用のレベルにとどまっており、人に依頼していたタスクの粒度で AI エージェントに仕事を任せることはまだ難しい、と感じている方が多いのではないでしょうか。
実際に AI エージェントに仕事(たとえばコーディング)を任せてみると、以下のような問題のいずれかに直面することが多いです。
- AI エージェントがコードベースの作法や開発プロセスを守ってくれない
- 依頼したタスクと関係のないコードを改変、追加してしまう
- 依頼したテストをサボり、テスト結果を捏造する
- 似たようなコードが量産され、コードベースが肥大化してしまう
- タスクの長さが一定の閾値を超えると、全く役に立たなくなる
アルバイトで雇った人がこんな無責任な仕事ぶりだったら、すぐにクビにしてしまうでしょう。
結局、任せた仕事の一定のクオリティで切り上げて、残った部分は自分で巻き取る、というのが現状の AI エージェントの基本的な使い方になっていると思います。
つまり、AI エージェントに仕事を任せることが難しい一番の理由は
AI エージェントが任せた仕事を「責任を持って遂行する」ことができないからです。
注意
ただし、筆者は「現状の AI エージェントが役に立たない」と主張するつもりはありません。むしろ、AI エージェントには特定のタスクにおいて非常に高いパフォーマンスを発揮する能力があり、使い方を工夫すれば、使用者の生産性を大幅に向上させることができます。
責任とは何か?
さて、「責任」という言葉出てきましたが、そもそも責任とは何でしょうか?
ChatGPT に聞いてみると、以下のような回答が返ってきました。
Q. 仕事における責任とはなんでしょうか?
「仕事における責任」という言葉は一見ありふれていますが、掘り下げるとかなり層の厚い概念です。三つの観点で整理してみましょう。
まず倫理的側面。
これは「自分の行為が他者や社会にどんな影響を及ぼすかを自覚し、その結果を引き受ける」という意味です。医師が患者の命を預かるように、教師が生徒の将来を左右するように、仕事は常に誰かの期待と信頼の上に成り立っています。責任とは、その信頼に応える意思のことです。次に制度的側面。
組織には役割分担があり、「誰がどの範囲の意思決定・結果を担うか」が明確に定義されています。これが RACI モデルでいう Accountability(説明責任)と Responsibility(実行責任)の領域です。たとえば、システム障害が起きたとき、実際にコードを直すのは Responsible な人、外部に説明するのは Accountable な人。この線引きがないと、責任が「霧散」して誰も動かなくなります。そして心理的側面。
これは「自分の仕事に対して主体性を持てるか」という感覚です。責任を負うとは、自分の裁量を引き受けることでもある。つまり「任されている範囲で判断し、結果に誠実であろうとする態度」。責任は罰ではなく、信頼と自由の裏面でもあります。まとめると、
仕事における責任とは「自らの行為の結果を引き受け、他者と社会に対して説明できる状態」のことです。
さすが ChatGPT、なかなかいいことを言ってくれます。
この回答を踏まえて、AI エージェントに求められる「責任」を以下の三つの側面で整理してみましょう。
倫理的側面
AI エージェントが仕事を遂行する際に、その行為が他者や社会に与える影響を理解し、その結果を引き受ける能力が求められます。
AI モデルを開発するベンダーは、AI エージェントが倫理的に適切な行動を取るように設計し、偏見や差別が含まれていないか評価し、不適切な振る舞いをしないようにチューニングしています。
信頼できるベンダーの AI モデルを利用することが、AI エージェントの倫理的責任を担保する第一歩となります。
制度的側面
AI エージェントを組織で活用する場合、AI エージェントが担う役割と責任の範囲を明確に定義する必要があります。ここで重要なのが、Responsibility(実行責任)と Accountability(説明責任)の区別です。
この二つは似て非なる概念で、英語圏のマネジメントではかなり厳密に区別されます。日本語にするとどちらも「責任」と訳されるので混乱しやすいのですが、根本的な違いは 「誰に説明するか」 と 「何を実行するか」 にあります。
簡潔に言うと、
-
Responsibility(実行責任):
任された仕事を「やる」責任。
つまりタスクの遂行者。複数人いてもよい。
例:システム障害を修正するエンジニア。 -
Accountability(説明責任):
結果に対して「説明する」責任。
最終的な判断・結果に対して唯一の責任を負う立場。
例:障害発生を顧客や経営層に説明するプロジェクトマネージャ。
もう少し噛み砕くと、
Responsibility は「行為の責任」で、Accountability は「結果の責任」。
前者は“手を動かす人”、後者は“最終的に腹をくくる人”です。
AI エージェントに仕事を任せる場合、AI エージェントは Responsibility(実行責任)を担うことができますが、Accountability(説明責任)は人間が担う必要があります。
AI エージェントが担うべき実行責任はたとえば以下のようなものです。
- 人間が指示したタスクを遂行する
- 人間が定めたルールやガイドラインを遵守する
- タスクの進捗や結果を誠実に報告する
一方で、人間が担うべき説明責任は以下のようなものです。
- AI エージェントの行為や結果に対して最終的な責任を負う
- AI エージェントの行為や結果について、関係者に説明する
- AI エージェントの行為や結果に対して必要な修正や改善を行う
心理的側面
心理的側面では、AI エージェントが自分の仕事に対して主体性を持ち、結果に対して自分を修正できるか、という点が重要です。
最近の AI モデルは自律性が向上しており、自らに与えられた制約の範囲内で、目的を遂行するために試行錯誤する能力を持っています。
しかし、AI に「心」や「意思」があるわけではないので、AI がミスを犯したときに、反省したり、改善しようとする態度を持つことはできません。もちろん、表面的には AI が反省しているように見えることがありますが、AI には自らのパラメータやシステムプロンプトを変更する能力はありません。
したがって、AI エージェントの心理的責任を担保するためには、AI エージェントの行為や結果に対して人間がフィードバックを与え、必要な修正や改善を行う仕組みが必要です。
AI エージェントに責任を持たせるために必要な要素
これまでの議論を踏まえて、筆者は AI エージェントに責任を持たせるために以下の要素が必要だと考えています。
-
信頼できる AI モデルの選択:
倫理的責任を担保するために、信頼できるベンダーと契約し、AI モデルのシステムカードを確認して、偏見や差別が含まれていないか評価することが重要です。 -
明確な役割分担の定義:
制度的責任を担保するために、AI エージェントが担う Responsibility(実行責任)と、人間が担う Accountability(説明責任)を明確に定義し、ドキュメント化することが必要です。また、AI エージェントが遵守すべきルールやガイドライン(コーディング規約、アクセス可能な範囲など)を策定し、AI エージェントに適切に(できればプロンプトやシステムで強制的に)伝える仕組みや、AI の暴走を防ぐガードレール(例:関係のないファイルの変更を検知・ブロックする仕組み)も必要です。
AI エージェントの行動や結果を監視・評価し、必要に応じて人間が介入できる仕組みも、人間の Accountability の一部と言えるでしょう。 -
フィードバックと改善の仕組み:
心理的責任を担保するために、AI エージェントの行為や結果に対して人間がフィードバックを与え、必要な修正や改善を行う仕組みが必要です。ここがいちばん難しいポイントだと筆者は考えています。現状の AI モデルには人間のような長期記憶やメタ認知能力が備わっていないため、AI エージェントが自律的に自らの振る舞いを改善することはできません。
現状でできることとしては、AI がミスを犯したときに、その原因を人間が分析し、システムプロンプトを更新したり、ガードレールや監視の仕組みを強化したりすることが考えられます。より能動的なアプローチとしては、人間が「この修正は良くない」とフィードバックした内容や、過去のエラーログを RAG(Retrieval-Augmented Generation)で参照させ、自己修正を促すプロンプトを組んだり、人間からのフィードバック(例:「この関数は冗長だ」)をベクトル DB に蓄積し、類似のタスク実行時に参照させたりする仕組みの構築も考えられるでしょう。
おわりに
本記事では、AI エージェントに仕事を任せられない一番の理由である「責任」の問題について考察し、責任を取れる AI エージェントに必要な要素について述べました。
AI エージェントが自ら責任を取ることは(少なくとも現時点では)できません。
しかし、信頼できる AI モデルを選択し、明確な役割分担とガードレールを定義し、フィードバックと改善のループを構築することで、AI エージェントに「責任を持たせた」上で、安心して仕事を任せることが可能になると考えています。