設計レビューで問われるのは「How(方法)」ではなく「Why(理由)」である
ネットワーク設計は、ルーターの設定やケーブルの接続方法といった「How(方法)」からスタートしがちです。しかし、プロの設計者が直面するレビューや引き継ぎの現場で問われるのは、常に「Why(理由)」です。
なぜこのIPアドレス帯を選んだのか? なぜ冗長構成のコストをかけたのか?
この「Why」を言語化せず、設計者が頭の中に保持している状態が、設計レビューが長引き、後から要件がブレる最大の原因です。本連載で解説する「ネットワーク要件定義シート(Aシート)」の役割は、この「Why」に一意のID(A-No)を割り振ることにあります。
※A-Noとは「設計判断の根拠となる要件に一意の番号を付け、後続ドキュメントから参照可能にするためのID」です。
ネットワーク要件定義シート(Aシート)が担う3つの役割
要件定義シートは、単なる希望リストではありません。設計のコスト、構成、試験のすべてを決定する「設計の背骨」となる文書です。
1. 「誰のためのネットワークか」を定義する
ネットワークの「性能」「可用性」といった技術要件は、必ずビジネス要件、すなわち「誰が、何のために使うか」に紐づいています。
Aシートでは、まず以下のビジネス要件を明確にします。
- 利用目的: システムが停止した場合、業務にどれほどの影響が出るか。
- 将来拡張性: ユーザー数やトラフィックは将来どのように増加するか。
これらの項目にA-Noを振ることで、設計者が「会社の事業を守るため」に設計しているという視点が設計書全体に貫かれます。
2. 設計のコストと構成を決定する「根拠番号(A-No)」を定義する
Aシートで最も重要なのは、設計判断の論理的始点となるA-Noの定義です。
例えば、ネットワークの可用性を設計する際、「許容停止時間」は設計の冗長化レベル、すなわちコストを直接決定します。
| 項目 | A-No | 設計判断メモ | 構成への影響(コスト) |
|---|---|---|---|
| 業務影響度 | A-10 | 停止時、コア業務は完全に停止する。 | 高可用性設計を必須とする。 |
| 許容停止時間 | A-11 | 30分以内での復旧を必須とする。 | 機器の冗長化(HA構成)が必須。 |
設計者は、「A-11(30分以内復旧)」という要件を満たすために、ルーターやスイッチにHA構成を採用します。レビューで「なぜ二重化が必要か」と問われたとき、「A-11の要件を満たすためです」と、技術論ではなくビジネス要件ベースで即答できるようになります。
3. 設計の「スコープ」と「制約」を定義する
要件定義が曖昧なままだと、設計中に「あと出し要件」が発生し、プロジェクト全体が後戻りします。
Aシートでは、セキュリティポリシーや技術的な制約(例:利用可能なIPアドレス範囲、特定ベンダー製品の使用不可)を明確に定義し、「設計者が守るべきスコープ」を確定させます。
この制約項目にもA-Noを割り振ることで、Bシート(IP設計)やCシート(試験)で、なぜ特定の選択をしたのか(例:A-15の制約があるためL3分離が必要)を論理的に説明できます。
【第1回まとめ】要件定義の質が、後の全工数を決める
要件定義シート(Aシート)の段階で設計判断の「A-No」を定義することは、後の方式設計、詳細設計、試験工数のすべてを最適化します。レビューで詰まる時間を削減し、設計者が本当に価値のある論理的思考に集中するための、最も重要なツールです。
このAシートで定義した「A-No」が、次回の連載で解説する「Bシート(IPアドレス/VLAN設計表)」にどう組み込まれていくのか。その具体的な連動性が、あなたの設計を一段引き上げます。
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設計判断の根拠(A-No)をレビュー・引き継ぎで即説明できる形にする実務テンプレート
