AWS Lambdaが登場して以来、私たちエンジニアはずっと一つの課題と戦ってきました。「Cold Start(コールドスタート)」です。
パッケージサイズを削り、依存ライブラリを見直し、時には言語そのものを変える——。
PythonやNode.jsは手軽だが依存が増えると重くなる。JavaはJVMの起動が重すぎる。.NETは論外。Goは速いと言われつつも、I/Oやライブラリ次第で予測できない遅延が発生する。
この長い「Cold Start戦争」において、最終的に戦場に立ち続けた勝者は Rust でした。
なぜRustなのか? それは単に「処理速度が速いから」ではありません。「Lambdaという実行環境の構造に対し、Rustのアーキテクチャがパズルのピースのように完全に噛み合っているから」 です。
本記事では、Rustがサーバーレスの覇権を握る理由を、感情論ではなく「構造的必然性」から徹底的に解剖します。Rust Advent Calendar 2025の二日目の記事になります。
1. Rustだけが持つ「引き算」の強さ
多くの言語が「速く動くために工夫する」のに対し、Rustのアプローチは根本的に異なります。Rustは 「遅くなる要素を最初から持っていない」 のです。
🚫 JITもランタイムもGCも、最初から「ない」
Javaや.NET、そしてNode.jsなどは、コードを実行する前にやらなければならない「準備運動」が山ほどあります。
- ランタイムのロード
- クラスローダーやメタデータの読み込み
- JITコンパイル(Just-In-Time)
- ガベージコレクタ(GC)の初期化
これらはすべて、Lambdaが起動する貴重なミリ秒を食いつぶします。
対してRustは、AOT(Ahead-Of-Time)コンパイル済みです。機械語そのもののバイナリが置かれているだけで、仮想マシンもGCも存在しません。
「起動時にやることが何もない」。
これこそが、RustがCold Startにおいて最強である物理的な理由です。
📦 バイナリサイズ=ロード時間
Cold Startの支配的な要因の一つは「Zipファイルを解凍し、メモリに展開する時間」です。
Rustは--releaseビルドに加え、stripやLTO(Link Time Optimization)を駆使することで、依存関係を含めたバイナリを 数MB(時には1MB以下) にまで圧縮できます。
Pythonのsite-packagesやNodeのnode_modulesが数千ファイルを読み込む間に、Rustはたった一つの小さなバイナリをメモリに置くだけで完了します。
2. 徹底比較:なぜ Go ではなく Rust なのか?
ここで多くのエンジニアが抱く疑問に答えましょう。
「Goもコンパイル言語だし速いじゃないか。なぜRustなのか?」
確かにGoは速いです。しかし、LambdaのCold Startという極限の環境において、Goには 「構造的な限界」 が存在します。
Goの「隠れたランタイム」と「GC」のコスト
Goはシンプルに見えて、実は裏側でリッチなランタイムを持っています。
- ゴルーチン(Goroutine)スケジューラ
- ガベージコレクタ(GC)
- メモリ管理機構
Goのバイナリが起動した瞬間、これらが裏で初期化され、ヒープ領域を確保し、スケジューリングの準備を始めます。これらはミリ秒単位のコストとして確実に積み上がります。
さらに、Goのバイナリは静的リンクによって 10MB〜20MB に肥大化しがちです。
Rustは「スケーリングの法則」に逆らう
Goはコード量や依存ライブラリが増えるにつれ、GCの管理対象が増え、初期化コストが「劣化」していきます。
一方、RustにはGCもランタイムもありません。コードが増えても、依存が増えても、起動にかかる時間はほとんど変わらない(頭打ちになる) のです。
Goは「最適化された速さ」。Rustは「仕組みとしての速さ」。
この差は、システムが大規模になるほど決定的になります。
3. SnapStart × Rust が起こす革命
AWSが導入した革命的機能「SnapStart」。初期化済みのメモリ状態をスナップショット化し、そこから復元する機能ですが、ここでもRustは他言語を圧倒します。
SnapStartは本来Javaのために作られた機能ですが、その恩恵を最も受けるのは実はRustです。
「復元するもの」の複雑さが違う
スナップショットからの復元速度は、メモリレイアウトの複雑さに依存します。
- Java/Goの場合: ヒープ上のオブジェクト、GCの状態、スケジューラのコンテキストなど、復元すべき「動的な状態」が複雑に絡み合っています。
- Rustの場合: スタック、静的変数、単純な構造体。以上。
Rustのメモリ状態は驚くほどシンプルです。そのため、スナップショットからの復元が爆速で完了します。「SnapStartの仕組み」と「Rustのメモリ設計」は、運命的なほど相性が良いのです。
4. AIエージェント時代、Rustは「必須」になる
今、開発の現場はAIエージェント、MCP(Model Context Protocol)、マイクロサービスの超並列化へと向かっています。
1つのユーザーアクションで数十個のLambdaが並列で起動する世界です。
この時、重要になるのは「1個の速さ」ではなく 「100個同時に立ち上がった時の安定性」 です。
GoやJavaのようにGCやランタイムを持つ言語は、並列起動時にCPUリソースの奪い合いやメモリフットプリントの肥大化を招きます。
しかし、RustはCPU課金に最も優しく、メモリ効率が異常に良いため、並列Cold Startが多発してもインフラコストと性能が破綻しません。
さらに忘れてはならないのが、Lambdaを支える仮想化基盤 Firecracker 自体が Rust で書かれているという事実です。
AWS自体が、クラウドのコアコンポーネントにRustを選んでいる。これが何を意味するか、もはや説明不要でしょう。
結論:選択肢は一つになった
Cold Start戦争は終わりました。
- JITもGCもない という構造的優位性
- SnapStart との完璧なシナジー
- Firecracker との親和性
- AI時代の並列実行 への耐性
これらを総合すると、結論は一つです。
「Lambdaの性能を極限まで引き出し、将来の負債を残したくないなら、Rust以外を選ぶ理由がない」
他言語でのチューニングが「努力」であるなら、Rustの採用は「解決」です。
これからのサーバーレス開発において、Rustは単なる「速い言語の一つ」ではなく、「Lambdaにおける共通語(Lingua Franca)」 となっていくでしょう。
