はじめに
AIに漫画を描かせる練習として、青空文庫で公開されている中谷宇吉郎「ホノルル」を2ページの漫画にしました。
今回重視したのは、いきなり完成画像を生成しないことです。原文の読解、時代考証、文字量、ページ構成、キャラクター設計、ネーム、資料画像の順に、一工程ずつ確認しながら進めました。
制作にはCodexの会話機能と組み込みの画像生成・画像編集機能を使用しています。
題材
- 原作:中谷宇吉郎「ホノルル」
- 入手元:青空文庫
- 原文ファイル:
honolulu.txt - 作品の舞台:1956年のホノルル、ワイキキ、真珠湾
文章は短い紀行文です。25年ぶりにホノルルを訪れた語り手が、発展した街、山腹の住宅、整備されたワイキキを眺めます。後半では友人の車で真珠湾を訪れ、平和な風景の中で真珠湾攻撃当日の記憶を聞きます。
1. まず原文の構造を整理する
漫画化の前に、文章を次の5場面へ分けました。
- 25年ぶりのホノルルを訪れ、変貌に驚く
- 山腹まで続く住宅街を見る
- ホテルが並ぶワイキキと、清潔で開かれた海岸を見る
- 友人と車で静かな真珠湾を訪れる
- 友人が真珠湾攻撃当日の朝を回想する
この作品の核は、戦争そのものの描写ではありません。明るく平和な現在の景色を積み重ねた最後に、過去の記憶が静かに差し込まれます。
そのため、大きな爆発や軍艦を見せる演出は避けました。
2. 文字を極力減らす
原文は旧字体とやや古い文体を含みます。文章をそのまま漫画へ貼ると、絵より説明が前に出てしまいます。
そこで、次のルールを決めました。
- 地の文と長い説明枠は原則として使わない
- 景色から理解できる情報は文字にしない
- 主人公の独白は短くする
- 最後の友人の台詞だけは物語の核として残す
- 台詞、独白、場所表示は縦書きにする
- 句点は使わない
最終的に使った主な文言は次のとおりです。
- 「ずいぶん変わった」
- 「まるで湖だ」
- 「ああ、あれは日曜の朝だったから、僕はまだ寝ていたよ」
3. 1ページではなく2ページにする
原文自体は短いのですが、文字を減らすほど風景を見せる面積と「間」が必要になります。
そこで、全10コマの2ページ構成にしました。
1ページ目:変貌したホノルル
- ホノルルへの到着
- 発展した市街地
- 山腹の住宅街
- ワイキキのホテル街
- 清潔で開かれた海岸
2ページ目:真珠湾の静けさ
- 友人とのドライブ
- 湖のような真珠湾
- 景色を見る主人公
- 芝生で遊ぶ子供たち
- 友人の記憶
両ページとも明るい昼間です。「明るい現在」と「暗い過去」を直接対比するのではなく、「賑やかな平和」と「静かな平和」を対比しました。
4. キャラクターは先に作り込みすぎない
最初から詳細な設定画を作るのではなく、簡易設定を決めてからネームを作り、その後に必要な角度と表情を含む設定画を生成しました。
主人公は中谷宇吉郎本人の再現ではなく、1950年代の少し洒落た日本人旅行者です。
- 40代後半から50代
- 細身で控えめ
- 生成り色のサマースーツ
- 細身のネクタイ
- ストローハット
- 小さな革製旅行鞄
友人は、開襟シャツとハイウエストのスラックスで区別しました。
キャラクター初稿
初稿は顔の陰影や皺が細かく、狙いより劇画的でした。
キャラクター修正版
修正版では、次の指定を追加しました。
顔の面を簡略化する
輪郭線を少なくする
陰影とハッチングをほぼ使わない
写実的な肖像ではなく、読みやすい漫画の設定画にする
劇画調とデフォルメの両方を避ける
5. 1956年の風景を調べる
当時の住宅地とワイキキを描くため、1950年代の写真を検索しました。
参考にした主な資料は次のとおりです。
- 1956年頃のワイキキ航空写真(Wikimedia Commons)
- 1956年8月のワイキキビーチ
- 1954年のモアナ・サーフライダー前
- 1951年のカイムキ住宅街
- ハワイ州公文書館の1950年頃のホノルル航空写真
資料画像は、転載物としてではなく、建物の高さ、道路、植生、服装、車両などを調べるために参照しました。公開時には各資料の利用条件を個別に確認する必要があります。
山腹の住宅街:初稿と修正版
初稿は写真に近すぎたため、修正版では「選択的な輪郭線」「平面的な色面」「限定した情報量」を指定しました。
ワイキキ:初稿と修正版
1956年には、後年の高層ホテル群はまだありません。モアナやロイヤル・ハワイアンの時代を意識し、低層中心の海岸線にしました。
6. 真珠湾は現代の現地画像から地形を読む
真珠湾については、原文の視点に近い昔の写真を見つけにくかったため、周辺のストリートビュー画像を参考にしました。
この画像から利用したのは、個々の建物ではなく、次の地理的な層です。
- 道路
- 低い芝地
- 横長の水面
- 低い対岸
- 遠方の山並み
現代の金網、監視設備、道路標示などは除去し、1956年の景色として再構成しました。
真珠湾の初稿
この初稿は静けさは出ていますが、真珠湾周辺の見え方として適切か判断しにくいものでした。
ストリートビューを反映した修正版
漫画本編ではさらに海岸寄りへ移動し、子供が遊べる芝生と水面を中心にしました。車道とフェンスは画面外にしています。
7. 漫画本体を生成する
人物設定画と背景資料を参照画像として与え、各ページを別々に生成しました。
プロンプトでは、各コマについて次の情報を明示しています。
- コマ数
- コマの大きさと位置
- カメラ位置
- 登場人物
- 背景
- 正確な台詞
- 入れてはいけない物
たとえば2ページ目には、次のような指定を入れました。
縦長の漫画ページ、全5コマ、日本漫画の右から左への読順
大きな風景コマでは、二人が芝生の水際に立つ
道路とフェンスは描かない
水面は波がなく、湖のように見える
次のコマでは、1950年代の服装をした子供たちが芝生でボール遊びをする
最後は二人の後ろ姿と静かな真珠湾
友人の台詞以外に説明文を加えない
漫画初稿
初稿には、次の問題がありました。
- 台詞が横書きだった
- 句点が付いていた
- 場所が明示されず、最後の場面が真珠湾だと伝わりにくい
- 最後の台詞だけでは、何について話しているのか少し分かりにくい
8. 文字と場所表示を修正する
画像全体を作り直すのではなく、初稿を編集対象として、文字部分だけを修正しました。
絵、人物、コマ割り、色、構図は変更しない
日本語はすべて縦書き
句点は使わない
場所表示は小さな縦長の角枠
最後の台詞は指定文を一字一句そのまま使用する
場所表示として、ホノルル、カイムキ、ワイキキ、ワイキキビーチ、ホノルル郊外、真珠湾を加えました。
完成版
1ページ目
2ページ目
振り返り
今回特に有効だったのは、完成ページを一度に要求せず、役割を分けて画像を作ったことです。
- 原文を場面へ分解する
- 文字量を決める
- ページごとの役割を決める
- ネームを文章で作る
- キャラクター設定画を作る
- 背景資料を作る
- 漫画ページを生成する
- 文字だけを修正する
画像生成AIは、一枚の絵を作るだけなら簡単です。しかし漫画では、人物の連続性、時代、場所、読順、文字、ページをめくるリズムを同時に管理する必要があります。
そのため、AIを「一度で完成原稿を出す装置」として扱うより、編集者、資料作成者、作画担当の間を往復するように、小さく確認しながら進める方が安定しました。
一方で、次の課題も残りました。
- 参照画像を使っても、コマ間で顔や小物が少し変化する
- 建築物や地形の史実性は、人間による確認が必要
- 縦書き日本語の位置や改行は、生成後の確認が欠かせない
- 厳密な入稿原稿にするなら、吹き出しと文字は後工程で組版した方がよい
短い文学作品を漫画化する練習としては、文章の「説明」を減らし、絵にどこまで任せられるかを考える良い題材になりました。












