はじめに
本記事では、前回の 「AIエージェントを支える基盤技術: Agent Core が解決する5つの技術課題」 と 「AIエージェントを支える基盤技術⑤-1: Multi-Agent Coordination の仕組みと設計」 の続編です。
前回は、Multi-Agent Coordination の全体像や、なぜ複数の Agent が協調する必要があるのかについて概観しました。本記事では、その中でも特に Multi-Agent System の設計において重要となる アーキテクチャに焦点を当てます。まずは、Multi-Agent Architecture の代表的な構成として、
- Centralized Architecture
- Decentralized Architecture
を取り上げます。なお、Multi-Agent Coordination を理解するためには、アーキテクチャだけでなく Agent の協調方法を定義する設計パターンも重要です。次回は、
- Sequential Pattern
- Parallel Pattern
- Loop Pattern
- Review & Critique Pattern
- Iterative Refinement Pattern
- Coordinator Pattern
- Hierarchical Task Decomposition Pattern
- Swarm Pattern
- ReAct Pattern
- Human-in-the-Loop Pattern
- Custom Logic Pattern
といった代表的な Agent Design Pattern について解説します。さらにその後の記事では、
- Agent Communication
- Task Delegation
- Shared Context Design
- Agent Protocols
- Multi-Agent Runtime
など、複数の Agent が実際に連携して動作するための技術要素について見ていく予定です。
Multi-Agent Architecture
Multi-Agent Architecture(マルチエージェントアーキテクチャ) とは、複数の Agent をどのような構造で配置し、どのように協調させるかを定義する設計のことです。
Multi-Agent System を構築する際、単に Agent を増やせばよいわけではありません。たとえば、
- どの Agent が全体を管理するのか
- Agent 同士は直接通信するのか
- 誰がタスクを分解するのか
- 状態やコンテキストをどのように共有するのか
といった問題に答える必要があります。そのため、Multi-Agent System では Agent を配置するための構造、すなわち Architecture(アーキテクチャ)が重要になります。一般的には次の2つの考え方があります。
- Centralized Architecture(集中型アーキテクチャ)
- Decentralized Architecture(分散型アーキテクチャ)
実際のシステムはこの2つの中間に位置することも多いですが、まずは両極端の設計を理解することが重要です。
Centralized Architecture(集中型アーキテクチャ)
集中型アーキテクチャとは、中央の Orchestrator が全体を管理し、各 Agent を制御する構造です。この構成では、各 Agent は専門的なタスクのみを担当します。
たとえば出張計画システムの場合、
- Travel Agent は移動計画を担当
- Booking Agent は予約処理を担当
- Finance Agent は予算確認を担当
し、それらを Coordinator Agent が統括します。
Centralized Architecture の特徴
最大の特徴は、Agent 間の通信を Orchestrator が仲介することです。その結果、
- タスク管理が容易
- 権限管理が容易
- 状態管理が容易
- 監査しやすい
という利点があります。
少し分かりにくいかもしれませんが、Decentralized Architecture における Agent 間通信の実装方法と比較すると、Centralized Architecture の方が比較的容易であることが分かります。
Decentralized Architecture(分散型アーキテクチャ)
分散型アーキテクチャとは、中央の Coordinator を持たず、Agent 同士が直接通信しながら協調する構造です。
たとえば出張計画システムの場合 Decentralized Architecture の構造では、
- タスクの依頼
- 情報共有
- 結果の受け渡し
を Agent 同士が直接行います。各 Agent がより自律的に行動できるため、高い柔軟性を持つことが特徴です。
Centralized Architecture では Orchestrator が意思決定するのに対して、
Decentralized Architecture は Agent 自身が意思決定します。
Decentralized Architecture の特徴
ですが各 Agent は、
- 現在の状況を判断し
- 必要な Agent を選択し
- 必要な情報を要求する
という行動を自主的に実行します。そのため、
- 高い柔軟性
- 高い拡張性
- 障害耐性
が期待できる一方で、前述したような判断や通信の責任が各 Agent 側へ分散されます。各 Agent に求められる機能や考慮事項が増え、実装や運用は相対的に複雑になります。
なぜ Centralized Architecture が実務で好まれるのか
Enterprise は「企業」や「事業体」を意味し、Enterprise Agent System は企業の業務プロセスやビジネスワークフローを支援・自動化するための Agent System のことです。
実際、多くの Enterprise Agent System は Centralized Architecture に近い構造を採用しています。特に権限管理、監査、セキュリティ、コンプライアンスが求められる環境では、Centralized Architecture が採用されるケースが多く見られます。Multi-Agent Corordinationにおいて、
Strong Isolation + Controlled Collaboration
という考え方が広く採用されていることを前回の記事で紹介しました。Centralized Architecture は、この考え方と非常に相性が良い構造です。なぜなら、Orchestrator を中心とした明確な境界を構築しやすいためです。各 Agent は必要な情報だけを受け取り、
- 独自の State
- 独自の Memory
- 独自の権限
を維持できます。
つまり、
Collaboration を維持しながら Isolation を実現しやすい
構造なのです。中央の Orchestrator が通信や調整を仲介することで、Agent 間に明確な境界を作ることができます。
Centralized Architecture の課題
最大の課題は、
Orchestrator が Single Point of Failure になる
ことです。Single Point of Failure(単一障害点)とは、そのコンポーネントに障害が発生した場合、システム全体の動作に大きな影響を与える箇所を指します。これは Multi-Agent System に限った問題ではなく、中央集権的な制御を持つ多くのシステムに共通する課題です。たとえば、Orchestrator に障害が発生した場合、各 Agent が正常に動作していても、システム全体が停止してしまう可能性があります。
また、Agent 数が増加すると、
Agent 数が増加 → Orchestrator の負荷増加 → ボトルネック化
という問題も発生します。Orchestrator がすべての通信や意思決定を仲介するため、システム規模の拡大に伴って処理負荷が集中しやすくなるためです。その結果、Agent を追加してもシステム全体の処理能力が比例して向上しなくなり、スケールしにくい構造となります。
つまり、Centralized Architecture は管理や統制が容易である一方で、Single Point of Failure(単一障害点)による可用性の課題や、ボトルネックの発生によるスケーラビリティの課題を抱えています。
Decentralized Architecture の課題
一方で、Decentralized Architecture は高い柔軟性や拡張性を実現しやすい反面、Agent 間の協調や統制が難しくなるという課題があります。前述したように、意思決定や通信の責任が各 Agent に分散されるため、システム全体としての整合性や安全性を維持するための設計が重要になります。
実際の Multi-Agent Architecture の例
理解しやすくするために、
- Centralized Architecture(集中型)
- Decentralized Architecture(分散型)
という2つのアーキテクチャに単純化して説明してきましたが、実際の Multi-Agent System はそれほど単純な構造ではありません。
次の図は、Google Cloud が公開している Multi-Agent AI System のリファレンスアーキテクチャであり、実際の Multi-Agent Architecture の一例です。
図全体には Agents のほかに、Agents Runtime、Model Runtime、MCP、Observability、Tool Integration など、様々なアーキテクチャコンポーネントが含まれています。しかし、まず緑色の枠で囲まれた Agents 部分に注目してください。
この例では、Coordinator Agent が Multi-Agent System 全体を統制しています。システム全体の構造は Centralized Architecture に近い構成であることが分かります。Coordinator Agent は適切な Subagent を選択してタスクを委譲し、各 Agent の実行結果を統合しながら全体のフローを制御しています。
また、Sequence や Iterative Refinement といった Pattern が組み込まれていることにも気付きます。つまり、実際の Multi-Agent System は、
Architecture を選択し、その上で Pattern を組み合わせる
ことで構築されることが分かります。
まとめ
ここまで、Multi-Agent Coordination における「Agent をどのように配置するか」に対応する Architecture について見てきました。代表的なアーキテクチャ(Architecture、構造)として
- Centralized Architecture(集中型)
- Decentralized Architecture(分散型)
の 2 つを取り上げ、それぞれの特徴や利点、課題について説明しました。また、
アーキテクチャ → なぜそのアーキテクチャが必要なのか → その設計上のトレードオフ
という流れで Multi-Agent Architecture を整理しました。
実際のエンタープライズ環境では Centralized Architecture が採用されるケースが多いため、本記事では「なぜ Centralized Architecture が実務で好まれるのか」という観点についても触れました。しかし、これは Centralized Architecture に限定された話ではなく、本来は、「なぜそのアーキテクチャが必要なのか」という問いに対する答えとして捉えることもできます。
Architecture を理解するうえで重要なのは、単に構造の違いを理解することではなく、
- なぜその構造が選択されるのか
- どのような課題を解決するために存在するのか
- その結果としてどのようなトレードオフが生まれるのか
まで含めて理解することです。その意味では、「なぜ**エンタープライズ環境では Centralized Architecture **が好まれるのか」という議論も、単なるアーキテクチャの紹介ではなく「なぜそのアーキテクチャが必要なのか」という問いに対する一つの答えとして捉えることができます。
そして、実際の Multi-Agent Architecture の一例としてGoogle Cloud の Multi-Agent AI System のリファレンスアーキテクチャを紹介しました。
Architecture と Pattern は違う!
しかし、Architecture だけでは Multi-Agent System の動作を定義することはできません。次に重要になるのが、「Agent をどのように協調させるか」に対応する Pattern です。そのため、次のセクションに進む前に、
Architecture と Pattern は同じものではない
という点を明確にしておきます。
次のセクション
「AIエージェントを支える基盤技術⑤-3: Multi-Agent Coordination の仕組みと設計」(準備中)では、この図にも登場している Pattern を含め、Multi-Agent Coordination を実現する代表的な Agent Design Pattern について見ていきます。
