はじめに
高校で使われる参考書「物理のエッセンス」は、多くの受験生にとって定番の教材です。問題の難易度や範囲はちょうどよく、入試対策にも非常に役立ちます。
しかし、この本では 工学的な応用 についてはあまり触れられていません。公式や法則は学べても、それが実際の 回路設計 や 機械の仕組み とどうつながるのかまでは説明されていないため、「物理が社会や技術でどう使われるのか」がイメージしにくいのです。
この教材は、その「すき間」を埋めることを目的に作りました。高校物理で習う基礎式や法則を出発点にしつつ、工学的な実例や応用先に結びつけてわかりやすく解説します。
ここで大事にしているのは、式をただ暗記するのではなく、
なぜその式になるのか
どんな場面で役立つのか
実際の工学や技術でどう使われているのか
をイメージできるようになることです。
物理を単なる受験科目で終わらせるのではなく、将来の 工学や技術 にどうつながるのかを知りたい人にとって、学びの橋渡しとなることを目指しています。
ぜひ、学習の合間に読み進めてみてください。
1. マクスウェル方程式と回路素子
(1) ガウスの法則(電場)
内容:電場の源は「電荷」である。プラスやマイナスの電荷があると、その周りに電場が広がる。
数式:
∮ E · dS = Q / ε₀
イメージ:風船をこすると静電気で髪の毛が引き寄せられる → 電荷が電場を作っている。
回路での意味:コンデンサに電荷がたまると、その間に電場が生じ、電圧が発生する。
式(回路素子対応):Q = C V
👉 コンデンサは「電場にエネルギーをためる部品」。
(2) 磁場のガウスの法則
内容:磁場は必ず「閉じたループ」を作り、N極だけ・S極だけは存在しない。
数式:
∮ B · dS = 0
イメージ:磁石を割ってもN極とS極は必ずペアで現れる。磁力線は必ず閉じた曲線になる。
回路での意味:直接式はないが、磁気回路や磁束保存の考え方の基礎。
👉 「磁荷は存在しない」という法則。
(3) ファラデーの法則
内容:磁束が時間的に変化すると、電場(起電力)が生じる。
数式:
∮ E · dl = − dΦ/dt
イメージ:自転車のライトはタイヤで発電機(ダイナモ)を回す → 磁石とコイルの相対運動で磁束が変化し、電気が生まれる。
回路での意味:コイルに磁石を近づけたり離したりすると電流が流れる。発電機やトランスの原理。
式(回路素子対応):e = − dΦ/dt
👉 変化する磁場が「電気を生む源」。
(4) アンペール–マクスウェルの法則
内容:電流や、時間的に変化する電場が磁場をつくる。
数式:
∮ B · dl = μ₀ ( I + ε₀ dΦE/dt )
イメージ:導線に電流を流すと、その周りにコンパスの針が回る → 電流が磁場を作る。
回路での意味:コイルに電流を流すと磁場ができる。電流が急変すると逆起電力が発生する。
式(回路素子対応):V = L (di/dt)
👉 コイルは「電流の変化を妨げる部品」。
2. オームの法則と入力出力
(1) オームの法則
V = I × R
V(電圧, Volt):電気を押す力
I(電流, Ampere):流れる量
R(抵抗, Ohm):流れにくさ
例:R=10Ωに I=2A → V=20V
👉 水に例えると:水圧=電圧、水流=電流、細いストロー=抵抗
(2) 抵抗のつなぎ方
直列:
R_total = R1 + R2 + ...
電流は同じ、電圧を分け合う。
並列:
1/R_total = 1/R1 + 1/R2 + ...
電圧は同じ、電流を分け合う。小さい抵抗に多く流れる。
(3) 分圧回路
直列抵抗で電圧を分ける。
Vout = (R2 / (R1 + R2)) × Vin
例:Vin=12V, R1=2kΩ, R2=1kΩ → Vout=4V
👉 抵抗だけでは「電圧を下げる」ことしかできない。
(4) 抵抗の限界
抵抗は「分ける」だけで「増やす」ことはできない。
👉 増幅にはトランジスタやオペアンプなどの能動素子が必要。
(5) ゲイン(増幅率)
Av = Vout / Vin
例:Vin=1V, Vout=5V → Av=5
デシベル表記:
dB = 20 log10(Av)
Av=0.5 → -6dB
Av=2 → +6dB
👉 音響・通信でよく使う。
(6) 直流と交流
直流 (DC):向きが一定(電池、太陽光パネル)。
交流 (AC):向きが周期的に変わる(家庭の100Vコンセント)。
送電:
短距離 → 交流送電(変圧器で電圧を変えやすい)。
長距離 → 直流送電(損失が小さい)。
(7) 周波数と信号
周波数 f(Hz):1秒あたりの変化回数。
低周波(音声20Hz〜20kHz):届きやすい(AMラジオ)。
高周波(Wi-Fi GHz帯):多くの情報を運べるが障害物に弱い。
(8) 三相交流
発電機で120°ずらした3つの交流を作る。
特徴:
電線の中性線に電流が流れにくい
モーターが滑らかに回る
同じ電力を送るのに必要な電線が少ない
👉 工場の機械や電車のモーターに利用。
(9) オペアンプ(Operational Amplifier)
基本式:
Vout = A × (V+ − V−)
V+:非反転入力
V−:反転入力
A:増幅率(理想は無限大)
👉 差電圧を大きく増幅するIC。
フィードバック
負帰還(Negative Feedback):安定動作(アンプ、フィルタ)。
正帰還(Positive Feedback):発振器や比較器に利用。
代表的な回路
① 反転増幅回路
Vout = − (Rf / R1) × Vin
例:R1=1kΩ, Rf=10kΩ → Vout = −10 × Vin
② 非反転増幅回路
Vout = (1 + Rf / R1) × Vin
例:R1=1kΩ, Rf=9kΩ → Vout = 10 × Vin
③ 加算回路(ミキサー)
複数の入力を抵抗を通して V− に入れる → 出力は入力の和。
👉 音楽のミキサーや信号処理で使われる。
オペアンプの応用例
センサー信号の増幅(温度計、圧力センサーなど)
音響回路(マイク信号を増幅してスピーカーへ)
フィルタ(低音/高音を選択するイコライザー)
ADC/DACの前段(信号を整えてデジタル処理へ渡す)
3. 抵抗の設計
(1) 抵抗値の式
抵抗 R は、導体の材質・長さ・太さで決まります。
R = ρ × (L / A)
ρ(抵抗率, Ω·m):材質の「電気の通しにくさ」
L(長さ, m):導体の長さ。長いほど大きい。
A(断面積, m²):導体の太さ。太いほど小さい。
👉 水でたとえると:長いストローは流れにくい(抵抗大)、太いストローは流れやすい(抵抗小)。
実例(銅の抵抗)
銅の抵抗率:ρ ≈ 1.7 × 10⁻⁸ Ω·m
長さ 1 m、断面積 1 mm² (1×10⁻⁶ m²) の銅線 →
R = (1.7×10⁻⁸ × 1) / (1×10⁻⁶) = 0.017 Ω
👉 とても小さい。だから電線には銅がよく使われる。
(2) 設計で注意するポイント
① 発熱(定格電力)
抵抗は流れる電流によって熱を出します。
P = I²R = V² / R
例:10Ωの抵抗に2A流すと
P = (2²) × 10 = 40W
👉 小さな1/4W抵抗では一瞬で焼ける。必ず耐えられる定格を確認する。
② 温度の影響
金属抵抗(例:銅線):温度が上がると抵抗が増える。
サーミスタ(NTC型):温度が上がると抵抗が減る。
👉 例えば「10kΩのNTCサーミスタ」なら、25℃で10kΩ → 50℃では3kΩ程度まで下がる。
③ 高周波でのクセ
低周波(音声, 50Hz/60Hz) → 理想抵抗とほぼ同じ。
高周波(MHz〜GHz帯, 無線やWi-Fi) → 巻線抵抗ではコイルっぽく振る舞う。
👉 例:リード線付き抵抗の寄生インダクタンスは数十nH。100MHzでは影響が出る。
④ 精度(誤差)
炭素皮膜抵抗:±5%(10kΩなら 9.5〜10.5kΩの範囲)
金属皮膜抵抗:±1%(10kΩなら 9.9〜10.1kΩ)
高精度抵抗:±0.1%以下(10kΩなら 9.99〜10.01kΩ)
👉 パソコンや測定器には高精度品が必須。
⑤ 放熱
大きな電流を流すと抵抗が熱を持つ。
小型抵抗(1/4W品, 直径2mm, 長さ6mm) → 最大0.25Wまで
中型抵抗(2W品, 長さ15mm程度) → 数Wまで
セメント抵抗・金属皮膜大型(50W以上) → 放熱板が必要
例:自作アンプや電源装置では、10Ω・50Wのセメント抵抗をアルミヒートシンクに取り付けることがある。
⑥ ノイズ(ジョンソン雑音)
抵抗は必ず「熱雑音(ランダムな電圧のゆらぎ)」を出します。
式:
Vn = √(4 k T R B)
k:ボルツマン定数(1.38×10⁻²³ J/K)
T:温度(300K ≈ 室温)
R:抵抗値(Ω)
B:帯域幅(Hz)
例:10kΩの抵抗、帯域幅10kHz
Vn = √(4 × 1.38×10⁻²³ × 300 × 10,000 × 10,000)
≈ 1.3 µV(マイクロボルト)
👉 ふつうの回路では気にならないが、オーディオアンプや高精度測定器では重要。
4. キャパシタの設計
(1) 基本式 ― 電気をためるしくみ
キャパシタは「電気をためたり放したりする部品」です。
Q = C × V
Q:ためた電気の量(クーロン, C)
C:容量(ファラド, F)
V:電圧(ボルト, V)
👉 水タンクのイメージ:容量 C が大きいほど、多くの水(電気)をためられる。
実例
100µF のキャパシタに 5V かけると:
Q = 100×10⁻⁶ × 5 = 500µC
→ 500マイクロクーロンの電荷を保持。
(2) 平行板キャパシタの式
C = ε × A / d
ε:誘電率(空気 ≈ 8.85×10⁻¹² F/m, プラスチックは数倍)
A:板の面積(大きいほど容量大)
d:板の間隔(小さいほど容量大)
実例
空気キャパシタ、A=1 cm², d=1 mm の場合
C ≈ 8.85×10⁻¹² × (1×10⁻⁴ / 1×10⁻³)
= 8.85×10⁻¹³ F(約 0.9 pF)
👉 めちゃくちゃ小さい。だから実用キャパシタは「誘電体フィルム」を使う。
(3) 直列と並列のつなぎ方
並列:
C_total = C1 + C2 + …
例:10µF + 22µF = 32µF
直列:
1/C_total = 1/C1 + 1/C2 + …
例:10µF と 22µF → 6.9µF
👉 直列だと小さく、並列だと大きくなる。
(4) 電圧と電流の関係
i(t) = C × dv/dt
電圧がゆっくり変わる → 小さな電流
電圧が急に変わる → 大きな電流
実例
C=100µF、電圧を 0→5V に 1ms で変化
dv/dt = 5000 V/s
i = 100×10⁻⁶ × 5000 = 0.5 A
👉 一瞬で大電流が流れる。だからスイッチング回路で重要。
(5) インパルス関数 δ(t) とステップ関数 u(t)
ステップ入力:V(t) = V0 × u(t)
→ 最初に大電流、だんだん減る。
インパルス入力:δ(t) = d[u(t)]/dt
→ 瞬間的に電圧がジャンプ。
👉 蛇口を開ける(ステップ) vs ハンマーで叩く(インパルス)。
(6) RC回路の動作
充電:
V(t) = V0 (1 − e^(−t/RC))
放電:
V(t) = V0 e^(−t/RC)
👉 時定数 τ = RC が速さを決める。
実例
R = 10kΩ, C = 100µF
τ = 10,000 × 100×10⁻⁶ = 1 s
👉 充電・放電に「1秒くらい」かかる。
(7) バイパスキャパシタ
0.1µF セラミックキャパシタ → 高周波ノイズを除去
100µF 電解コンデンサ → 電源の低周波ゆらぎを吸収
👉 CPUやICの電源に必須。
(8) 浮遊容量(寄生容量)
配線や部品同士が近いと「勝手に小さなキャパシタ」ができる。
実例
プリント基板の配線間 → 数 pF
トランジスタ内部 → 数十 pF
👉 高周波回路では無視できず、信号がにじむ。
(9) サンプルホールド回路
キャパシタに一瞬充電して電圧を保持。
サンプル:スイッチ ON で充電
ホールド:スイッチ OFF で保持
実例
ADC の入力キャパシタ:数 pF〜数百 pF
オシロスコープ:ナノ秒単位でサンプル → ms単位で保持
👉 デジタル機器の「瞬間を記録する」基本動作。
5. コイル(インダクタ)の設計
(1) 基本式と性質
コイルは 電流の変化を妨げる部品 です。
V = L × (di/dt)
V:コイルにかかる電圧(ボルト, V)
L:インダクタンス(ヘンリー, H)
di/dt:電流の変化の速さ
👉 ポイント:
電流を急に止めようとすると、コイルは「やめろー!」と逆方向に大きな電圧を発生。
例えると「重たい水車」。急に止まらず、なめらかに動き続ける。
実例
L = 10 mH のコイルに、電流を 0 → 1A に 1ms で変化させると:
V = 0.01 × (1 / 0.001) = 10 V
👉 わずか 1cm の小コイルでも、急激に変化させると大きな電圧が出る。
(2) LR回路の動作
抵抗 R とコイル L を直列につなぐと「LR回路」になる。
電源を入れたとき:
i(t) = (V/R) × (1 − e^(−t/τ))
電源を切ったとき:
i(t) = I0 × e^(−t/τ)
👉 時定数 τ = L/R が「変化の速さ」を決める。
実例
L = 100 mH, R = 10 Ω
τ = 0.1 / 10 = 0.01 s = 10 ms
👉 10ms くらいかけて、電流がゆっくり変化する。
(3) 現実のコイルの制限
理想のコイルは「損失なし」だけど、現実にはいろいろ弱点あり。
① 巻線抵抗(直流抵抗 DCR)
銅線の抵抗で、電流が流れると熱が出る。
例:直径 0.5mm の銅線を 10m 巻くと抵抗 ≈ 0.34 Ω。
② 鉄心の損失
鉄を入れると磁場が強くなるが、以下の損失が出る:
ヒステリシス損(磁化・消磁の繰り返しで熱になる)
渦電流損(鉄の中に小さなループ電流が流れて熱になる)
👉 高周波で特に大きい。
③ 磁気飽和
鉄心が「もう磁束を増やせない」状態になる。
例:フェライトコアは 0.3〜0.5 T くらいで飽和。
👉 スイッチング電源で設計の大問題。
④ 浮遊容量(寄生容量)
コイルの巻き線同士が近いため、小さなキャパシタが自然にできる。
数 pF〜数十 pF ほど。
👉 高周波では「インダクタ」じゃなく「LC共振器」みたいにふるまう。
(4) 実際のコイルの種類と数値
① 空芯コイル
鉄心なし → 高周波用(MHz〜GHz)。
例:数ターンの空芯コイル → 数百 nH〜数 µH。
② 鉄心コイル(フェライトコア、鉄心入り)
低周波・電源用。
例:スイッチング電源用トロイダルコイル → 100 µH〜数 mH。
③ チップインダクタ(表面実装)
スマホやPCの基板に使う。
例:100 nH〜10 µH、小さな1mm角。
④ パワーインダクタ
数A〜数十Aを流せる。
例:L=10 µH, 最大電流 5A、直流抵抗 50 mΩ。
6. RCL回路の基礎
(1) 伝達関数とは?
回路やシステムに 入力 を入れたとき、出力 がどうなるかを数式で表したもの。
式:
H(s) = Vout(s) / Vin(s)
ここで使うのが ラプラス変換。
微分(変化の速さを表す) → 「s」を掛け算に変える
積分(時間をかけてたまる) → 「1/s」で割る
👉 つまり、時間の世界の「ややこしい微分方程式」を、周波数の世界の「分数式」に変えてシンプルに扱えるようにする。
(2) 抵抗・キャパシタ・コイルのインピーダンス
「インピーダンス」とは、周波数ごとに見た“抵抗のようなもの”。
抵抗 R
Z = R
周波数に関係なく一定。
キャパシタ C
Z = 1/(sC)
低周波では大きな抵抗(通しにくい)。
高周波では小さな抵抗(通しやすい)。
コイル L
Z = sL
低周波では小さな抵抗(通しやすい)。
高周波では大きな抵抗(通しにくい)。
👉 覚え方:
コンデンサ → 高周波を通す道(ハイスルー)。
コイル → 低周波を通す道(ロースルー)。
(3) RCローパスフィルタ
回路:抵抗 R とキャパシタ C を直列につなぎ、Cの電圧を出力にする。
式:
H(s) = 1 / (1 + sRC)
特徴:
低周波(s が小さい) → H ≈ 1 → 入力そのまま通す
高周波(s が大きい) → H ≈ 0 → カットされる
カットオフ周波数:
fc = 1 / (2πRC)
例:
R = 1 kΩ, C = 0.1 µF → fc ≈ 1.6 kHz
👉 この回路は 低い音(ゆっくりした変化)は通すけど、高い音(速い変化)は弱める。
オーディオ機器で「トーン調整」や「ノイズ除去」に使われる。
(4) RCハイパスフィルタ
回路:抵抗 R とキャパシタ C を直列につなぎ、Rの電圧を出力にする。
式:
H(s) = sRC / (1 + sRC)
特徴:
低周波 → H ≈ 0 → カット
高周波 → H ≈ 1 → 通す
カットオフ周波数は同じく:
fc = 1 / (2πRC)
例:
R = 1 kΩ, C = 0.1 µF → fc ≈ 1.6 kHz
👉 この回路は 低い音をカットし、高い音を通す。
マイクの「ポンッ」という低いノイズを取り除くのに使われる。
(5) 微分器・積分器としてのRC回路
RCフィルタは「ある条件で近似すれば」微分器や積分器になる。
ハイパス回路(fc より十分低い周波数):
H(s) ≈ sRC
出力は入力の「微分」。
👉 立ち上がりや変化の速さを強調。
ローパス回路(fc より十分高い周波数):
H(s) ≈ 1/(sRC)
出力は入力の「積分」。
👉 信号をなめらかに平均化。
例えると:
微分 → 入力の「変化の瞬間」をつかまえる(拍手の音を強調)。
積分 → 入力を「ならして平均化する」(騒音をマイルドに)。
(6) ゲインとdB表記
ゲイン:
|H(jω)| = |Vout / Vin|
ゲイン = 1 → 出力 = 入力(0 dB)
ゲイン = 0.1 → 出力は10分の1(-20 dB)
ゲイン = 10 → 出力は10倍(+20 dB)
👉 dBを使うと「比率」を直感的に表せる。
音響や無線通信では必須の考え方。
(7) もっと身近な例
スマホのノイズカット:
電源ラインにローパスフィルタを入れて「ガリガリ音」を減らす。
オーディオ機器のトーン調整:
ローパス → バスブースト(低音強調)、
ハイパス → トレブルブースト(高音強調)。
無線通信:
アンテナから拾った「必要な周波数」だけ取り出し、それ以外はフィルタで落とす。
7. LC回路と電気振動
(1) キャパシタと電場エネルギー
キャパシタ(コンデンサ)は「電気をためる部品」。
電圧がかかると、正極板にプラスの電荷、負極板にマイナスの電荷がたまります。
その結果、極板の間に 電場 が生じ、エネルギーが蓄えられます。
エネルギーの式:
Wc = (1/2) C V²
👉 「水タンクに水をためる」イメージ。水位(電圧 V)が高いほど、たまった水(電荷 Q)も多く、エネルギーが大きい。
(2) コイルと磁場エネルギー
コイル(インダクタ)は「電流を流し続けたい部品」。
電流が流れるとコイルの周りに 磁場 が発生し、その磁場にエネルギーが蓄えられます。
エネルギーの式:
WL = (1/2) L I²
👉 「重いフライホイール(回転するおもり)」のイメージ。
一度回り始めたら急には止まらず、慣性で動き続ける。
(3) LC回路の電気振動
キャパシタとコイルをつなぐと、エネルギーが交互にやりとりされます。
キャパシタに電荷をためる(電場エネルギー大、磁場エネルギーゼロ)
放電が始まり、電流が流れる → コイルに磁場エネルギーがたまる
キャパシタが空になる頃、コイルの磁場が電流を流し続ける
今度はキャパシタが逆向きに充電される
また放電 → コイルに磁場エネルギーが戻る
👉 この「電場 ↔ 磁場」のエネルギー交換が 電気振動。
物理でいう「振り子の運動」や「バネについた重りの振動」と同じ仕組み。
(4) 振動の周期と周波数
LC回路の振動は固有の周期をもっています。
周期:T = 2π√(LC)
周波数:f = 1 / (2π√(LC))
L が大きい(重いフライホイール) → ゆっくり振動
C が大きい(大きな水タンク) → ゆっくり振動
L や C が小さい → 速く振動
👉 ラジオやテレビは、この「LCの振動周波数」を利用して、欲しい電波だけを選び取っています。
(5) 理想と現実
理想のLC回路
抵抗がないと仮定すれば、エネルギーのやりとりが永遠に続きます。
現実のLC回路
導線やコイルには抵抗があり、少しずつ熱に変わって失われます。
そのため、振動はだんだん小さくなっていきます。
👉 この現象を「減衰振動」と呼びます。
8. RCLとマス‐バネ‐ダンパの対応
(1) 電気回路と力学を比べてみよう
実は、電気回路(R, L, C)と力学の運動(ばね・質量・摩擦)は「同じ数学の式」で表せます。
だから、物理の「力学」を理解していれば「電気回路」もイメージしやすいし、その逆も可能です。
(2) 対応関係
電圧 V ↔ 力 F
電圧は電荷を動かす「押す力」。力学でいう力に相当する。
電流 I ↔ 速度 v
電流は「電子が流れる速さ」。力学では「物体の速度」に対応。
抵抗 R ↔ ダンパ(摩擦)
抵抗は電流を妨げて熱に変える。摩擦やダンパは運動を妨げてエネルギーを熱にする。
インダクタ L ↔ 質量 m
インダクタは「電流の変化」を妨げる。質量は「速度の変化」を妨げる。
→ 式も似ていて、V = L (di/dt)、F = m (dv/dt)。
キャパシタ C ↔ ばね k
キャパシタは電圧をためてエネルギーを戻す。ばねも変形でエネルギーをためて戻す。
→ エネルギーの「貯蔵装置」として対応。
(3) 共振の対応
電気回路の LC 共振:
周波数 f = 1 / (2π√(LC))
力学系のばね振動(質量 m とばね定数 k):
周波数 f = 1 / (2π) √(k/m)
👉 式の形がほとんど同じ!
つまり、コイルとキャパシタの回路は「質量とばねの振り子運動」と同じように振動する。
9. キルヒホッフの法則と行列
(1) KCL(電流則)=流れの保存
「入ったものは出る」という考え方です。
回路の1つの接点(ノード)に注目すると、電流が入ってきた分は必ず出ていきます。
式で書くと:
Σ I_in = Σ I_out
例:
I1 と I2 が入ってきて、I3 が出ていくなら
I1 + I2 = I3
👉 水道管の分岐をイメージしてください。
蛇口から 3ℓ/秒 入ってきて、2ℓ/秒 と 1ℓ/秒 に分かれて出ていけば、合計は必ず釣り合います。
👉 これは「電荷は消えたり増えたりしない」という物理のルールそのもの。
(2) KVL(電圧則)=高さの保存
「ぐるっと一周するとプラスマイナスがゼロ」という考え方です。
回路を一周したとき、電池で得たエネルギーは抵抗で全部使い切るので、合計は0になります。
例:
電池 E、抵抗 R1 と R2 が直列につながっているとき
E − I·R1 − I·R2 = 0
👉 高低差で考えると、山に登って(電池)、坂道を下りる(抵抗)と、最後には元の高さに戻るイメージです。
👉 水配管なら、ポンプで上げた水圧を、管の摩擦で全部使ってしまうイメージです。
(3) 複雑な回路と行列
抵抗が1つや2つなら暗算で解けますが、10個や20個あるとどうでしょう?
→ 方程式がいっぱい出てきます(未知の電流や電圧が増えるから)。
このときに便利なのが 行列。
例:2つの電流 I1, I2 を求めたい場合
次のような形に整理できます:
[R1 0 ] [I1] = [E]
[ 0 R2] [I2] [E]
👉 行列は「たくさんの方程式をまとめて書く道具」。
コンピュータにとっても扱いやすいので、複雑な回路解析が一発でできるようになります。
(4) グラフ理論とのつながり
回路は「点(ノード)」と「線(エッジ)」でできています。
これはまさに グラフ理論 で扱う「ネットワーク」と同じ構造です。
ノード → 回路の接点
エッジ → 抵抗や電池などの素子
ここで:
KCL = 各ノードでの流れの保存(ノード方程式)
KVL = 各ループでの高さの保存(ループ方程式)
行列にするときに使うのが「接続行列(インシデンス行列)」や「ループ行列」です。
10. 外積とローレンツ力
- ローレンツ力の基本式
磁場 B 中を電荷 q が速度 v で運動するときに働く力は
F = q (v × B)
外積なので、力 F は v(速度)にも B(磁場)にも垂直。
向きは「右手の法則」で決まる。電子は負電荷なので逆向き。
- 運動の特徴
v ⊥ B:円運動(向心力が常に働く)
v ∥ B:力を受けず直進
v が斜め:平行成分は直進、垂直成分は円運動 → 螺旋運動
- ブラウン管テレビ(CRT)での利用
ブラウン管テレビは、電子銃から発射された電子を「電場・磁場」で制御して画面に像を描いていました。
(1) 電子の発射
真空管の奥に「電子銃」があり、陰極から電子が加速される。
高電圧(数千V)で加速 → 電子は高速で直進。
(2) 偏向のしくみ
電子ビームはそのままでは一直線。
画面の四角い枠に電子を走らせるために「偏向ヨーク」と呼ばれる磁場コイルを使う。
コイルに電流を流すと磁場 B が発生 → ローレンツ力 F = q(v × B) が電子に働く。
電子の軌道が曲げられ、左右・上下にスキャンできる。
👉 この「偏向」が速く繰り返されることで、電子ビームが画面全体を走査する。
(3) 螢光面で光る
画面の内側は螢光体でコーティングされている。
電子ビームが衝突すると発光 → 点として光る。
走査を高速に行うことで「映像」として見える。
- 工学的なポイント
ローレンツ力は速度に比例するため、電子の加速電圧を高めると偏向しにくくなる。
→ 大画面テレビでは偏向用コイルに強い磁場を作る必要があった。
高周波の偏向信号を正確に制御することで映像が安定する。
カラーCRTでは電子銃が3本あり(RGB)、電子ビームをマスクで分離して発光させる。
11. 電磁波と高周波
(1) 電磁波とは何か ― 基本イメージ
電磁波は「電場 E と磁場 B が時間的に振動しながら空間を伝わる波」。
可視光、赤外線、マイクロ波、X線などすべて電磁波。
成り立ち:E ⊥ B ⊥ 進行方向 k(右手系)
(2) 電磁波の式と波の性質
基本関係式:
c = λ × f
c ≈ 3.0 × 10^8 m/s
周波数が上がるほど波長は短くなる(Wi-FiのGHz帯 → λはcmオーダー)。
(3) マクスウェル方程式からの導出
真空中では:
∇ · E = 0
∇ · B = 0
∇ × E = − ∂B/∂t
∇ × B = μ₀ε₀ ∂E/∂t
→ 波動方程式:
∇²E − μ₀ε₀ ∂²E/∂t² = 0
∇²B − μ₀ε₀ ∂²B/∂t² = 0
波の速さ v = 1/√(μ₀ε₀) = c。
👉 電磁波はマクスウェル方程式から必然的に現れる。
(4) 発生の仕組みとアンテナ
加速する電荷が電磁波を生み出す。
直流電流:電場・磁場はあるが変化なし → 電磁波は出ない。
交流電流:時間的変化 → 電場・磁場が波動として伝播。
アンテナ:高周波電流を効率よく空間波に変換(半波長ダイポールなど)。
(5) 分布定数回路と電信方程式
高周波になると、配線は単なる「導線」ではなく「伝送線路」として波動的に扱う必要がある。
モデル化
1単位長さあたりのパラメータ:
L [H/m]:インダクタンス
C [F/m]:キャパシタンス
R [Ω/m]:抵抗(導体損失)
G [S/m]:コンダクタンス(誘電体損失)
電信方程式(Telegrapher’s Equation)
∂V/∂x = − (R + jωL) I
∂I/∂x = − (G + jωC) V
これを組み合わせると波動方程式になる:
∂²V/∂x² = γ² V
∂²I/∂x² = γ² I
伝搬定数:
γ = √((R + jωL)(G + jωC))
特に理想伝送線路(R=0, G=0)では:
γ = jω√(LC)
v = 1/√(LC)
👉 光速 c の代わりに、伝送線路の特性で決まる速さで伝わる。
(例:同軸ケーブルでは v ≈ 0.66c)
(6) エネルギーの伝わり方
電磁波のエネルギー流 → ポインティングベクトル
S = (1/μ₀) (E × B)
電力伝送線路では「電圧と電流の積」がエネルギーの流れに対応。
(7) 応用分野と実設計
無線通信(アンテナ・伝送路・変調)
光通信(光ファイバ:分布定数回路の極限)
マイクロ波工学(レーダー・電子レンジ)
高速デジタル回路(数GHzクロック → 配線も伝送線路扱い)
設計上の注意
インピーダンス整合:ZL = Z0 で反射防止
スミスチャートでのマッチング設計
シールドやグラウンド設計で不要輻射を抑制
EMC対策(不要電磁波とノイズ制御)
12. 量子力学とフラッシュメモリ
(1) 電子の二重性(粒子と波)
普段の感覚では、電子は「小さな粒(ボールのようなもの)」だと思いがちです。
電子顕微鏡は、電子を物質にぶつけて像を作るので「粒」としてふるまっているのがわかります。
ところが、電子を細いスリットに通してスクリーンに当てると、「干渉縞」というしま模様が現れます。これは水面の波が重なり合ったときにできる模様と同じで、電子が「波」としてふるまっていることを示しています。これを確かめる有名な実験が「二重スリット実験」です。
電子の波の性質は、ド・ブロイ波長 λ = h / p で表されます。
h はプランク定数、p は運動量です。運動量が大きい(速い電子)ほど、波長は短くなります。
つまり電子は、状況によって「粒」として観測されたり、「波」として広がっていたりする、不思議な性質を持っています。
(2) 半導体のバンド構造
電子がどのように動けるかは、物質の「バンド構造」で決まります。
価電子帯:電子が原子としっかり結びついている場所。ここにいる電子は動けない。
伝導帯:電子が自由に動ける場所。ここに入った電子は電流を運ぶ。
禁制帯(バンドギャップ):電子が存在できないエネルギーのすき間。
金属では、伝導帯にすぐ電子が入り込めるので電気がよく流れます。
一方、半導体(シリコンなど)では、価電子帯と伝導帯の間に「1.1 eVほどのギャップ」があります。
電子を伝導帯に移すには、外から電圧をかけてエネルギーを与える必要があります。
この「バンドギャップの存在」が、半導体がスイッチのようにON/OFFを作れる理由です。
(3) スイッチ動作とトランジスタ
半導体に電圧をかけないと、電子は価電子帯にとどまり動けません。これは「オフ状態」です。
電圧をかけると、電子にエネルギーが与えられて、伝導帯に飛び出します。伝導帯に入った電子は自由に動けるので、電流が流れる「オン状態」になります。
この仕組みを応用したのがトランジスタです。トランジスタは、小さな信号で大きな電流を制御できるので、電子スイッチや増幅器として働きます。
スマホやPCのCPUには、数十億個ものトランジスタが集まっていて、膨大な計算を同時に行っています。
(4) 量子力学的トンネル効果
古典力学では、ボールが山を越えるには「山より高いエネルギー」が必要です。低いエネルギーしか持たないボールは絶対に通れません。
しかし電子は波なので、山の向こう側に波がしみ出します。その結果、一定の確率で「通れるはずのない壁」をすり抜けることがあります。これをトンネル効果と呼びます。
ただし「必ず通る」わけではありません。壁が薄いほど、通り抜ける確率が高くなります。トンネル効果は、量子力学特有の現象です。
(5) フラッシュメモリでの応用
フラッシュメモリ(USBメモリやSSDに使われる)は、このトンネル効果を利用しています。
NANDフラッシュのトランジスタには「浮遊ゲート(フローティングゲート)」という電子を閉じ込める部分があります。
書き込み:高い電圧をかけると、電子がトンネル効果で浮遊ゲートに飛び込む。
読み出し:ゲートに電子があると電流が流れにくくなる。これを読み取って「0」か「1」に変換する。
消去:逆向きに電圧をかけ、電子をトンネル効果で外に出す。
つまり、電子が浮遊ゲートに「いるか・いないか」でデータを記憶しているのです。