タスクごとに専用のプログラムを書かなければロボットを動かせない、というのが長年の前提だった。Allen Institute for AI(Ai2)が2026年5月5日に公開したMolmoAct 2は、ロボットが「カメラ映像を見て、言語指示を理解して、そのまま動く」ための基盤モデルだ。前世代比37倍の速度向上を達成し、商用クローズドモデルを上回る実世界成功率51%を記録した。コード・学習済み重み・データセットをすべてオープンソースで公開している点も特徴だ。本記事では、このモデルの設計思想と海外での実証事例、そこから考えられるプロダクトアイデアを整理する。
新しい作業を「一から覚えさせる」コストの重さ
従来のロボットに新しい作業を覚えさせるには、そのタスク専用の大量のデモンストレーションデータを収集し、専用モデルをファインチューニングする必要があった。環境の変化にも脆弱で、カメラ位置が少しずれただけで成功率が95%から30%以下に落ちるケースが複数の研究論文で報告されている(arXiv:2511.05936)。
倉庫のレイアウトが変わるたびに再訓練が必要、検査項目が増えるたびにデータ収集からやり直しになる──この「一タスク一プログラム」の構造が、ロボット導入のコストを高止まりさせ、柔軟な現場への展開を難しくしてきた。
「見て・考えて・動く」という新しい設計思想
VLA(Vision-Language-Action)モデルは、この構造を変えるためのアーキテクチャだ。処理の流れを順番に示すと、次のようになる。
① カメラが周囲を撮影し、ビジョンエンコーダが「テーブル上に赤いカップがある」という視覚情報を数値に変換する
② 言語モデルのバックボーンが、その視覚情報と「カップをシンクに移して」という言語指示を組み合わせて推論する
③ アクション出力部が、ロボットアームの角度・速度・力の変化という連続的な動作列を生成し、実際の動きとして出力する
分かりやすい例えでいうと、従来のロボットが「楽譜通りにしか弾けないピアノ」だとすれば、VLAモデルは「楽譜なしに耳で聴いて演奏できるミュージシャン」に近い。大量の多様なデータから「物理世界の文法」を事前学習しているため、初めて見た部屋の片付けを一から覚え直さなくても対応できる。
MolmoAct 2を支える3つの設計的工夫
身体推論に特化したバックボーン:Molmo 2-ER
MolmoAct 2のVLM(視覚言語モデル)部分には、2025年12月にリリースされたMolmo 2をベースに約330万件の「身体推論データ」で追加学習した「Molmo 2-ER」を使っている。
Molmo 2-ERは、画像内の正確な位置を指し示す能力や、複数視点の映像を時系列で理解する能力を特別に強化している。13の身体推論ベンチマークで平均63.8点を記録し、GPT-5やGemini 2.5 Proを上回る(Ai2公式ブログ: allenai.org/blog/molmoact2)。ロボットが「今、ものはどこにあって、次の瞬間どう変わるか」を正確に把握するための土台がここにある。
動作をコンパクトなトークンに変換するOpenFAST
ロボットの動作は「1秒間に32次元の連続値」として表現される。この連続データをそのまま言語モデルで扱うと処理効率が悪い。
MolmoAct 2が採用するFAST(Frequency-Space Action Sequence Tokenization)は、JPEG画像圧縮と同様の手法──離散コサイン変換(DCT)──を動作データに適用し、連続動作をコンパクトな離散トークン列に変換する。結果として、言語処理と動作処理を同じ推論パイプラインで扱えるようになった。このOpenFAST Tokenizerは、Physical Intelligenceが公開したFAST(arXiv:2501.09747)に着想を得て、Ai2が独自にオープンウェイト・オープンデータで再実装・公開したものだ。
flow matchingとKV-cacheブリッジによる高速化
VLMで推論した内容を滑らかな連続動作に変換するには、「アクションエキスパート」と呼ばれる別コンポーネントが必要だ。MolmoAct 2はこのアクションエキスパートをKV-cacheブリッジでVLM部分と接続している。KV-cacheとは「一度計算した結果を再利用する仕組み」で、NVIDIA H100一枚でMolmoAct 2基本モデルは1アクション約180ミリ秒を実現し、前世代(約6,700ミリ秒)比で37倍の速度向上を達成している。深度推論を組み合わせたアダプティブモードでは1アクション約790ミリ秒となるが、いずれも実機での継続的な動作制御(closed-loop control)を現実的に可能にする速度だ。
独立評価機関が示したベンチマーク比較
Cortex AI(ロボティクスの独立評価企業)が双腕ロボットを使った8種類のタスク(試験管の収納、調理器具の片付け、おもちゃの整理など)で実施した第三者ベンチマークの結果は次の通りだ(出典:arXiv:2605.02881)。
| モデル | 平均成功率 |
|---|---|
| MolmoAct 2 | 51% |
| OpenVLA-OFT | 36% |
| π0.5(Physical Intelligence) | 32% |
| Cosmos Policy(NVIDIA) | 16% |
| X-VLA | 5% |
MolmoAct 2は8タスク中7タスクで最高スコアを記録した。ただし最高性能でも51%であり、「まだ途中段階」という重要な現実が含まれている。生産環境での安全基準が厳しい作業への単独導入は、現時点では難しい。
Stanford医学部、Skild AI、Physical Intelligence──実際の現場
MolmoAct 2は2026年5月5日にリリースされたばかりで、企業による本番量産事例の公開は限られている。以下3件は、MolmoAct 2の直接ユーザーと、同一技術アプローチを採用した先行事例として整理した。
Stanford School of Medicine / Cong Lab(米国・大学研究機関)
スタンフォード大医学部のCong Lab(Le Cong教授)は、CRISPR遺伝子編集実験のウェットラボ工程にMolmoAct 2を試験導入している。液体サンプルのステーション間移動、機器の操作など、科学者が毎日繰り返す手作業をMolmoAct 2を組み込んだロボットアームに担わせ、「自走するウェットラボ」の実現を目指している。Ai2の公式ブログでは、同ラボが「ウェットラボの主要工程の効率化と科学的発見の加速に強い可能性を示した」とコメントしている。
Skild AI(米国・Physical AI基盤モデル企業、評価額140億ドル)
MolmoAct 2と同一のVLAアプローチで汎用ロボット基盤モデル「Skild Brain」を開発するSkild AIは、2026年1月にSoftBank主導(NVIDIAも参加)の140億ドル評価シリーズCを完了した。同年3月にはABB Robotics・Universal RobotsのカタログロボットへのSkild Brain統合を発表し、ヒューストンのFoxconn工場でNVIDIA Blackwell GPUサーバーラックの組立ラインに導入している(出典:skild.ai/blogs/reindustrial-revolution)。既存の産業用ロボットにソフトウェアとして「汎用AI知能層」を後付けするビジネスモデルを実機で示した事例だ。
Physical Intelligence π0.5(米国・ロボティクス企業、累計11億ドル調達)
VLAを家庭向けに展開するPhysical Intelligence(PI)は、2026年4月にπ0.5でサンフランシスコの実家庭3軒へのテストを実施した。ロボットが初めて訪問した家のキッチンで「皿を流しに入れて」という自然言語指示だけで片付けを行うデモを成功させている(出典:pi.website/blog/pi05)。訓練データのロケーション数を3か所から104か所に拡大するほど未見の環境での汎化精度が向上したという結果は、訓練データの環境多様性がVLAの汎化能力に直結することを示している。
この技術を使ったらどんなプロダクトが作れるか──3つの方向性
A. 製薬・バイオ研究向けラボ自動化SaaS(垂直特化型)
ベース実例:Stanford Cong LabがMolmoAct 2でCRISPRウェットラボの繰り返し手作業を自動化しようとしている。
発展アイデア:この実証を製薬CRO(受託試験機関)向けの汎用SaaSに展開する。「液体を移す」「試験管を並べる」「機器を操作する」といった手作業のタスクライブラリをMolmoAct 2ベースで事前学習済みの状態で提供し、各ラボが自社実験データでファインチューニングできる仕組みにする。従来の産業ロボットでは試験管の配置・機器の種類が変わるたびに再プログラミングが必要になるが、VLAは少量のデモで対応できる点がこの技術でないと成立しない理由だ。同じ領域では米国のMedra AIが5,200万ドルのシリーズAを調達しており、MolmoAct 2のオープンソース版を活用することで基盤モデルコストを抑えた参入が考えられる。
収益モデル:月額課金(ラボ規模別5〜50万円/月)。製薬CROへのPoC導入から、同一製薬企業の複数拠点への横展開を狙う。GTMは大手製薬企業の基礎研究部門への無償PoC。
B. 産業用ロボットのSIer工数を削減するソフトウェア層(既存プロダクト置換型)
ベース実例:Skild AIがABB・Universal Robotsの既存ロボットにSkild BrainをAPIとして統合し、ハードウェアを替えずに汎用AI知能を後付けした。
発展アイデア:現在、製造現場にロボットを導入するにはSIer(システムインテグレーター)が数ヶ月かけてカスタムプログラミングを行い、1案件で数百万〜数千万円のエンジニアリングコストがかかる。このSIer工数の一部を「VLA知能SaaS」で置き換える。デモンストレーション動画を与えるだけで新タスクのファインチューニングが自動完了するサービスで、Skild AIとは異なりハードウェアを持たないソフトウェア専業モデルで展開する。製品種類の追加・工程変更のたびにSIerを呼ばなくて済む点がVLAの価値だ。
収益モデル:初期セットアップ費(100〜500万円/ライン)+月額ライセンス(10〜100万円/ライン)。カスタムSIerを雇いにくい中小製造業がターゲット。GTMはロボットメーカー・ディストリビューターとのOEM契約。
C. ロボット学習データの収集・管理プラットフォーム(新カテゴリ創出型)
ベース実例:Ai2がMolmoAct 2と同時に公開したMolmoAct 2-Bimanual YAMデータセット(720時間超、34,500件のデモ)が示す通り、良質な学習データがVLAの精度を決定的に左右する。
発展アイデア:各企業が自社ロボット向けVLAをファインチューニングするためのデモデータを、VRデバイスで効率的に収集・ラベリング・管理できるSaaSを構築する。収集データは匿名化して業界横断の共有リポジトリとし、企業は「データを出す代わりに使える」という相互利益モデルにする。Snowflakeが企業データのハブになったように、ロボット学習データのハブになるポジションを目指す。VLAの普及とともにファインチューニングデータの需要が急増する段階で必然的に生まれるカテゴリだと考えられる。
収益モデル:月額SaaS(収集データ量・ユーザー数で課金)+データマーケットプレイスのマージン(取引額の10〜20%)。自社ロボット導入を進める製造業・物流企業がターゲット。GTMはロボットハードウェアメーカーとの連携。
自社で採用を検討する前に確認しておきたいこと
向いているケース
- 同一タスクの繰り返しだが、環境(部品の位置・容器の形状など)が毎回微妙に変わる作業
- 言語指示で新しいタスクを追加したい
- 研究・試験環境など、ハードウェアの制約が比較的少ない場面
向かない現時点でのケース
- 安全基準が厳しい本番生産ライン(成功率51%では不十分な領域)
- カメラ位置の変更や照明変化が頻繁な環境(成功率が大幅に低下する可能性がある)
- 商用利用を考えている場合(コード・重みはApache 2.0だが、一部学習データが研究・非商用目的限定のため確認が必要)
なお、シミュレーションベンチマーク(LIBERO)ではNVIDIA Cosmos Policyが98.5%という数字を出している。しかしCortex AIの実機評価では16%だった。シミュレーションと実世界のギャップが大きい点は、VLAモデル全体の課題として認識しておく必要がある。
もっと知るための公式情報・論文・解説
- Ai2公式ブログ: https://allenai.org/blog/molmoact2
- 原論文(arXiv 2605.02881): https://arxiv.org/abs/2605.02881
- 公式GitHubリポジトリ: https://github.com/allenai/molmoact2
- HuggingFace(モデル重み): https://huggingface.co/collections/allenai/molmoact2-models
- Molmo 2ベースモデル: https://allenai.org/blog/molmo2
- FAST tokenizer原論文(arXiv 2501.09747): https://arxiv.org/abs/2501.09747
- VLAモデルの現状(ICLR 2026調査): https://mbreuss.github.io/blog_post_iclr_26_vla.html
- OpenVLA-OFT(比較モデル): https://openvla-oft.github.io/
過去シリーズから関連記事
- LLM推論を「分業」させてBlackwellで7倍速くする「推論OS」NVIDIA Dynamo 1.0(#001:VLA推論の高速化と連動するAIインフラアーキテクチャ)
- 56年の壁を破ったアルゴリズム発見AI——AlphaEvolveの設計と企業活用事例(#003:研究室自動化・科学的発見へのAI応用という共通テーマ)
最後に──「成功率51%」の先にあるもの
MolmoAct 2が示しているのは、ロボットに新しいタスクを覚えさせるコストの構造が変わり始めているということだ。タスクごとのカスタムプログラミングから、言語指示と少量のデモンストレーション動画でのファインチューニングへ──この変化は、ロボット導入の対象が「大量生産ライン」から「変化の激しい現場」にまで広がる可能性を示している。51%という成功率は「まだ途中段階」を示すが、Physical AIへのVC投資(VC Eclipseの13億ドル基金、Skild AIの140億ドル評価)が示すように、今がこの分野の転換期であることは確かだ。
参考文献
- Ai2 Blog - MolmoAct 2: An open foundation for robots that work in the real world https://allenai.org/blog/molmoact2
- arXiv 2605.02881 - MolmoAct2: Action Reasoning Models for Real-world Deployment https://arxiv.org/abs/2605.02881
- GitHub - allenai/molmoact2 https://github.com/allenai/molmoact2
- HuggingFace - MolmoAct2 Models Collection https://huggingface.co/collections/allenai/molmoact2-models
- Ai2 Blog - Molmo 2: State-of-the-art video understanding, pointing, and tracking https://allenai.org/blog/molmo2
- arXiv 2501.09747 - FAST: Efficient Action Tokenization for Vision-Language-Action Models https://arxiv.org/abs/2501.09747
- SiliconANGLE - Ai2 releases MolmoAct 2, enhancing robot intelligence in the real world https://siliconangle.com/2026/05/05/ai2-releases-molmoact-2-enhancing-robot-intelligence-real-world/
- The AI Economy - Ai2's MolmoAct 2 Steps Out of the Lab and Into the World https://theaieconomy.substack.com/p/molmoact-2-leaves-the-lab
- Physical Intelligence Blog - A VLA with Open-World Generalization (π0.5) https://www.pi.website/blog/pi05
- TechCrunch - Physical Intelligence says its new robot brain can figure out tasks it was never taught https://techcrunch.com/2026/04/16/physical-intelligence-a-hot-robotics-startup-says-its-new-robot-brain-can-figure-out-tasks-it-was-never-taught/
- Skild AI Blog - The Reindustrial Revolution: Partnering with ABB Robotics, Universal Robots, and NVIDIA https://www.skild.ai/blogs/reindustrial-revolution
- GlobeNewswire - Skild AI Expands Generalized Robot Intelligence Across Industries https://www.globenewswire.com/news-release/2026/03/17/3256839/0/en/Skild-AI-Expands-Generalized-Robot-Intelligence-Across-Industries-With-ABB-Robotics-Universal-Robots-and-NVIDIA.html
- TechCrunch - Robotics software maker Skild AI hits $14B valuation https://techcrunch.com/2026/01/14/robotic-software-maker-skild-ai-hits-14b-valuation/
- Skild AI Blog - Announcing Series C https://www.skild.ai/blogs/series-c
- arXiv 2502.19645 - Fine-Tuning Vision-Language-Action Models: Optimizing Speed and Success (OpenVLA-OFT) https://arxiv.org/abs/2502.19645
- NVIDIA Research - Cosmos Policy: Fine-Tuning Video Models for Visuomotor Control https://research.nvidia.com/labs/dir/cosmos-policy/cosmos_policy_index.html
- HuggingFace Blog - Introducing NVIDIA Cosmos Policy for Advanced Robot Control https://huggingface.co/blog/nvidia/cosmos-policy-for-robot-control
- arXiv 2511.05936 - 10 Open Challenges Steering the Future of Vision-Language-Action Models https://arxiv.org/abs/2511.05936
- Moritz Reuss - State of VLA Research at ICLR 2026 https://mbreuss.github.io/blog_post_iclr_26_vla.html
- TechCrunch - VC Eclipse has a new $1.3B to back and build physical AI startups https://techcrunch.com/2026/04/07/vc-eclipse-has-a-new-1-3b-to-back-and-build-physical-ai-startups/
- MarketsandMarkets - Physical AI Market Size https://www.marketsandmarkets.com/Market-Reports/physical-ai-market-240269196.html
- GlobeNewswire - Physical AI Market Set to Hit $15.24 Billion by 2032 https://www.globenewswire.com/news-release/2026/04/21/3278165/0/en/Physical-AI-Market-Set-to-Hit-15-24-Billion-by-2032-Future-Growth-Industry-Trends.html
- Medra - Announcing our $52M Series A to Build Physical AI Scientists https://www.medra.ai/series-a
- SiliconANGLE - Medra, developer of AI-powered lab robots, raises $52M https://siliconangle.com/2025/12/11/medra-developer-ai-powered-lab-robots-scientists-advance-drug-discovery-raises-52m/
- arXiv 2505.04769 - Vision-Language-Action Models: Concepts, Progress, Applications and Challenges https://arxiv.org/html/2505.04769v1
- The Letter Two - Ai2's MolmoAct 2: The Open Robot Model for the Real World https://thelettertwo.com/2026/05/05/molmoact-2-ai2-open-source-robotics-model
- theaiinsider.tech - Ai2 Releases MolmoAct 2 Open-Source Foundation Model for Robots https://theaiinsider.tech/2026/05/06/ai2-releases-molmoact-2-open-source-foundation-model-for-robots/
- arXiv 2504.16054 - π0.5: a Vision-Language-Action Model with Open-World Generalization https://arxiv.org/abs/2504.16054
- Physical Intelligence GitHub (openpi) https://github.com/Physical-Intelligence/openpi
- BusinessWire - Skild AI Raises $1.4B, Now Valued Over $14B https://www.businesswire.com/news/home/20260114335623/en/Skild-AI-Raises-$1.4B-Now-Valued-Over-$14B
- Vision-language-action model - Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/Vision-language-action_model
- NVIDIA Glossary - Reasoning Vision-Language-Action Model https://www.nvidia.com/en-us/glossary/reasoning-vision-language-action/