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56年の壁を破ったアルゴリズム発見AI——AlphaEvolveの設計と企業活用事例

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Last updated at Posted at 2026-05-10

1969年、ドイツの数学者フォルカー・シュトラッセンが4×4行列の掛け算を標準の64回ではなく49回の乗算で解く手法を発見した。以来56年間、この記録を更新できた数学者はいなかった。2025年5月にGoogle DeepMindが発表したAlphaEvolve(アルファイボルブ)は、同じ問題に48回という答えを出した。しかしAlphaEvolveは行列乗算のために設計されたわけではない。「定量的に評価できる問題なら何でも」を対象にする汎用アルゴリズム発見エージェントだ。本記事では、このエージェントのアーキテクチャ、企業での使い方、そこから派生するプロダクトアイデアを整理する。

「良いアルゴリズム」を探すことが難しかった理由

アルゴリズム設計は、料理のレシピに似ている。材料(データ)が同じでも、手順(アルゴリズム)が違えば全然異なる結果になる。「どの手順が最も効率的か」を探すには膨大な試行錯誤が必要で、この作業は長い間、人間のエンジニアの経験と直感に頼っていた。

ハイパーパラメータを変えるだけならOptunaやGrid Searchで済む。しかし「ループの順序」「分岐条件」「データ構造の選択」といったアルゴリズムの構造そのものを変えるには、コードを書き直す人間が必要だった。候補の空間が広大すぎて全探索は現実的でなく、良いアルゴリズムを発見するには専門家の直感が必要とされてきた。

Google DeepMindの前作FunSearch(2023年)はLLMで単一関数を進化させる試みだったが、10〜20行の関数しか扱えず、適用例も4つの数学的問題に限られていた。コードベース全体を対象にして、あらゆる最適化問題に使えるものが求められていた。

Geminiが「変異→評価→選択」をコード全体で繰り返す仕組み

AlphaEvolveは4つのコンポーネントで動く。

① 進化対象の指定

既存コードに # EVOLVE-BLOCK-START# EVOLVE-BLOCK-END というコメントを追加すると、そのブロックがAlphaEvolveの改良対象になる。残りのコードは「骨格」として固定したまま動く。

② LLMアンサンブルによる候補生成

Gemini 2.0 Flash(速度優先)とGemini 2.0 Pro(精度優先)の2モデルが、スコアの高い既存プログラムを「親」として変異版を生成する。変異は全書き換えではなく差分(diff)による局所的な変更が基本で、生成されたプログラムはすべて「プログラムデータベース」に保存される。高スコアのプログラムが次の世代の「親」に選ばれる——いわば進化論のコード版だ。

③ 自動評価器によるスコアリング

ユーザーが用意した評価器(evaluator)が、生成されたコードを実際に実行してスコアを返す。評価器の設計は採点基準を書く作業に似ている——基準が曖昧なら、AIは的外れな方向に最適化されてしまう(FM Logisticの例でいえば、「ピッキング数を最大化」という指標を使えば作業者が余計に動き回る結果になる)。評価器はFM Logisticなら「平均ピッキング距離の最小化」、Klarnaなら「モデルの学習速度の最大化」など、定量化できれば何でも使える。

④ FunSearchとの決定的な違い

AlphaEvolveはFunSearchが適用できた4問を超え、13以上の数学的問題で改善を達成している。主な拡張は2つ:コードベース全体(単一関数ではなく)を対象にできること、そして最新の大規模LLMにより豊かなコードコンテキストを活用できること。なお数学的貢献は行列乗算の発見にとどまらず、フィールズ賞受賞者テレンス・タオ氏を含む数学者チームとの共同研究(arXiv: 2511.02864)では67の未解決問題のうち複数で改善を達成している。

Pythonで見るAlphaEvolveの骨格

AlphaEvolve本体はGoogle Cloud Early Access(招待制)で提供中だが、OSS実装のOpenEvolve(pip install openevolve)で同じアーキテクチャを試せる。以下は「倉庫のピッキングルート最適化」を題材にした概念コードだ。

# initial_program.py(AlphaEvolveに渡す初期プログラム)

# EVOLVE-BLOCK-START
# ↑このブロックをLLMが改良する。残りのコードは骨格として固定
def route_optimizer(warehouse_orders):
    """作業者のピッキングルートを返す関数"""
    return sorted(warehouse_orders, key=lambda o: o.location_x)
# EVOLVE-BLOCK-END

# evaluator.py(何をもって「良い」とするかを数値で定義する)
def evaluator(program_path: str) -> dict:
    import subprocess
    result = subprocess.run(
        ["python", program_path, "--benchmark", "test_data.json"],
        capture_output=True, text=True
    )
    total_distance = float(result.stdout.strip())
    # OpenEvolveはスコアを最大化するため、距離はマイナスで返す
    return {"score": -total_distance}

# run.py(進化ループの起動)
import asyncio
from openevolve import OpenEvolve  # pip install openevolve

async def main():
    evolve = OpenEvolve(
        initial_program_path="initial_program.py",
        evaluation_file="evaluator.py",
        config_path="config.yaml",  # Gemini APIキーとイテレーション数を設定
    )
    best = await evolve.run(iterations=500)
    print(f"最終スコア: {best.score:.4f}")

asyncio.run(main())

このコードの核心は「# EVOLVE-BLOCK-START / END マーカー」と「スコアを数値で返す評価器」の2点だ。これさえ正しく設計できれば、AlphaEvolveはコードの改良を自律的に進める。OpenEvolveの公式リポジトリはGitHub(algorithmicsuperintelligence/openevolve)で公開されており、PyPI(pip install openevolve)から導入できる。

FM Logistic、Klarna、Schrödinger、WPP——実際に使っている企業

FM Logistic(物流 / フランス)

フランスの大手3PL(3者物流)企業・FM Logisticは、倉庫内のピッキングルート最適化にAlphaEvolveを適用した。課題は「巡回セールスマン問題(TSP)」の変形版:作業者が多数の棚を効率的に回る順序を求めること。AlphaEvolveに実際の1時間分の労働データ(60ツアー)を評価データとして与え、何千ものアルゴリズム候補を自動生成させた。結果、以前の最良解より10.4%の経路効率向上、年間15,000km以上の倉庫内移動距離を削減した。ポーランド拠点で本番稼働中、他拠点や輸送最適化への展開も検討中。(出典:Google Cloud Blog)

Klarna(フィンテック / スウェーデン)

BNPL(後払い決済)大手のKlarnaは、大規模Transformerモデルの学習スケジュールをAlphaEvolveで最適化した。学習率スケジュールのコードをAlphaEvolveが自律的に書き換え続けた結果、モデルの品質を維持しながら学習速度を約2倍に改善した。同じ計算コストで2倍の実験を回せるか、コストを半分にできる——AI企業にとって直接的なインパクトがある。(出典:DeepMind Impact Blog)

Schrödinger(創薬 / 米国、NASDAQ: SDGR)

計算化学プラットフォームを開発するSchrödinger(SDGR)は、機械学習力場(MLFF:分子シミュレーションの精度と速度を両立する機械学習モデル)の高速化にAlphaEvolveを使い、評価速度を約4倍に向上させた。4倍の高速化は、同じ時間で探索できる化合物候補数の大幅拡大を意味する。(出典:DeepMind Impact Blog)

WPP(広告 / 英国)

世界最大規模の広告グループWPPは、広告キャンペーンのROI予測モデルをAlphaEvolveで最適化し、予測精度を10%改善した。ROIモデルの精度が上がれば、同じ予算でより効果的な広告配信につながる。手動チューニングとの速度差が競合優位になるケースだ。(出典:DeepMind Impact Blog)

この技術を使ったらどんなプロダクトが作れるか——3つの方向性

A. 製造業の多工程スケジューラ(垂直特化型)

ベース実例:FM Logisticの倉庫ルート最適化

FM Logisticでは「ピッキング経路の最短化」という問題をAlphaEvolveに解かせた。同じパターンを製造業の「工程スケジューリング」に応用できる。

発展アイデア: 半導体・自動車部品の工場向けに、複数工程の処理順序を最適化するSaaSを作る。各工場の「スループット最大化」や「不良率最小化」を評価器として定義し、工程順序アルゴリズムを自律的に生成・改良する。既存の数理最適化ソフト(Gurobi、OR-Toolsなど)がパラメータを変えるだけなのに対し、AlphaEvolveはアルゴリズムの構造そのものを書き換えられる点が差別化の根拠だ。

収益モデル: 初期はPOC契約(数百万円〜)でスコアの改善度を可視化してからの継続課金(月額50〜200万円)。最適化結果が数値で出るため購買意思決定が速く、工場DXを推進するSIerとのチャネルパートナー契約が最初のGTMとして有効だ。

B. MLOps向け「訓練アルゴリズム発見」プラットフォーム(既存プロダクト置換型)

ベース実例:Klarnaの学習スケジュール2倍化

Klarnaが解いた問題は「学習率スケジュール」という訓練アルゴリズムの設計だった。現在のMLOpsツール(Optuna、WandB Sweeps、SageMaker HPOなど)が最適化するのはハイパーパラメータの「値」だけで、スケジューラ関数のコード構造は変えられない。

発展アイデア: ハイパーパラメータの値だけでなく、訓練アルゴリズムそのものを進化させるMLOps SaaSを作る。差別化ポイントは「パラメータ探索ではなくアルゴリズム探索」。AlphaEvolveを使わずに同等のことをするには、フルタイムの研究者チームが必要になる。

収益モデル: API従量課金(最適化1セッション単位)+月額プラン。最初のGTMはAI系スタートアップ向けに「学習コスト削減」を訴求軸にして小さく刺し始め、Klarna型の事例を自社で積んだ後に大企業のMLチームへ展開する。

C. 「評価器設計」を軸にした業界特化の最適化コンサル+実行プラットフォーム(新カテゴリ創出型)

ベース実例:各社がそれぞれ自前で設計した評価器

FM Logistic・Klarna・Schrödinger・WPPの事例に共通する成功要因は、「その問題に合った評価器を正しく設計できたこと」だ。評価器の設計には業界ドメイン知識が不可欠で、この知識の非対称性を事業にできる。

発展アイデア: 評価器設計のノウハウを業界ごとに標準化し、「評価器テンプレートライブラリ+実行環境のSaaS」と「評価器カスタマイズのコンサルティング」をセットで提供するサービスを作る。既存のどのカテゴリにも収まらない新しいポジションだ。製薬・物流・金融の3領域から始め、事例が積み上がるにつれてテンプレートライブラリが充実し、コンサル依存度が下がりSaaS比率が上がるグロースパスが見える。

収益モデル: コンサルティングフィー(評価器設計フェーズ、数百万〜)+実行プラットフォームのSaaS月額。最初のGTMはSchrödinger事例を起点にした製薬・創薬領域から入ると、技術的共感が得やすくドメイン知識の参入障壁も高い。

採用の前に確認すべきこと

AlphaEvolveが力を発揮する状況と、そうでない状況がある。

向くケース:

  • 解の良し悪しを定量的に評価できる問題(距離・速度・損失値・コストなど)
  • 既存の手作りアルゴリズムがあり、それを超えたい状況
  • 繰り返し実行・評価サイクルを自動化できる計算環境がある

向かないケース:

  • 「良い答え」を数値で評価できない問題(審美性・倫理・文章品質など)
  • 評価器用のベンチマークデータがまだない段階
  • Google Cloudへの依存を避けたい環境(OSS実装のOpenEvolveを使えば一部回避できるが、Gemini APIのコストは残る)

最初の一歩: すでに使っているアルゴリズムや処理ルールを1つ取り出し、それに対する評価器を設計するところから始めると良い。OpenEvolveをpip install openevolveして小規模な問題で動かすことが、実際のコスト感覚と適用可否を判断する最短ルートだ。

もっと詳しく知りたい人へ

最後に——アルゴリズムを「書く」から「育てる」へ

AlphaEvolveが示すのは「AIが難問を解けるようになった」という話だけではない。「評価器を正しく設計できれば、アルゴリズムの発見を自動化できる」という設計パターンが、物流・創薬・AI訓練をはじめ様々な最適化問題に適用できるようになったことを示している。次のフェーズでは「評価器を正しく設計できる人間」が価値を持つかもしれない。どんな問題を数値化するか——その問いが、これからのエンジニアリングの重要な関心事になっていきそうだ。


参考文献

  1. Google DeepMind - AlphaEvolve: A Gemini-powered coding agent for designing advanced algorithms https://deepmind.google/blog/alphaevolve-a-gemini-powered-coding-agent-for-designing-advanced-algorithms/
  2. arXiv 2506.13131 - AlphaEvolve: A coding agent for scientific and algorithmic discovery https://arxiv.org/abs/2506.13131
  3. Google Cloud Blog - AlphaEvolve on Google Cloud https://cloud.google.com/blog/products/ai-machine-learning/alphaevolve-on-google-cloud
  4. Google Cloud Blog - How FM Logistic tackled the traveling salesman problem with AlphaEvolve https://cloud.google.com/blog/products/ai-machine-learning/how-fm-logistic-tackled-the-traveling-salesman-problem-at-warehouse-scale-with-alphaevolve
  5. DeepMind - AlphaEvolve: Gemini-powered coding agent scaling impact across fields https://deepmind.google/blog/alphaevolve-impact/
  6. blog.google - AlphaEvolve updates https://blog.google/innovation-and-ai/infrastructure-and-cloud/google-cloud/alphaevolve-updates/
  7. GitHub - google-deepmind/alphaevolve_results https://github.com/google-deepmind/alphaevolve_results
  8. InfoQ - Google DeepMind Unveils AI Coding Agent AlphaEvolve (2025/05) https://www.infoq.com/news/2025/05/google-alpha-evolve/
  9. InfoQ - AlphaEvolve Enters Google Cloud as an Agentic System (2025/12) https://www.infoq.com/news/2025/12/alphaevolve-google-cloud/
  10. GitHub - algorithmicsuperintelligence/openevolve https://github.com/algorithmicsuperintelligence/openevolve
  11. HuggingFace Blog - OpenEvolve: An Open Source Implementation of Google DeepMind's AlphaEvolve https://huggingface.co/blog/codelion/openevolve
  12. PyPI - openevolve https://pypi.org/project/openevolve/
  13. arXiv 2511.02864 - Mathematical exploration and discovery at scale https://arxiv.org/abs/2511.02864
  14. Terence Tao blog - Mathematical exploration and discovery at scale https://terrytao.wordpress.com/2025/11/05/mathematical-exploration-and-discovery-at-scale/
  15. VentureBeat - Meet AlphaEvolve https://venturebeat.com/ai/meet-alphaevolve-the-google-ai-that-writes-its-own-code-and-just-saved-millions-in-computing-costs
  16. VentureBeat - Google's AlphaEvolve: The AI agent that reclaimed 0.7% of Google's compute https://venturebeat.com/infrastructure/googles-alphaevolve-the-ai-agent-that-reclaimed-0-7-of-googles-compute-and-how-to-copy-it
  17. Wikipedia - AlphaEvolve https://en.wikipedia.org/wiki/AlphaEvolve
  18. arXiv 2506.13242 - A non-commutative algorithm for multiplying 4x4 matrices using 48 non-complex multiplications https://arxiv.org/abs/2506.13242
  19. Precedence Research - AI for Scientific Discovery Market Size https://www.precedenceresearch.com/ai-for-scientific-discovery-market
  20. NYU Computer Science - Some comments on AlphaEvolve (Ernest Davis) https://cs.nyu.edu/~davise/papers/AlphaEvolveNotes.pdf
  21. Composio - AlphaEvolve: Evolutionary agent from DeepMind https://composio.dev/blog/alphaevolve-evolutionary-agent-from-deepmind
  22. Sakana AI - Darwin Gödel Machine https://sakana.ai/dgm/
  23. arXiv 2510.14150 - CodeEvolve: An open source evolutionary coding agent https://arxiv.org/abs/2510.14150
  24. The Register - Google DeepMind debuts algorithm evolving agent https://www.theregister.com/2025/05/15/google_deepmind_debuts_algorithm_evolving/
  25. Decrypt - Google DeepMind's AlphaEvolve AI Finds New Paths to Unsolved Math Problems https://decrypt.co/347586/google-deepmind-alphaevolve-ai-new-paths-unsolved-math-problems
  26. DeepLearning.ai The Batch - Google's AlphaEvolve Uses LLMs and Evolutionary Code https://www.deeplearning.ai/the-batch/googles-alphaevolve-uses-llms-and-evolutionary-code-to-solve-complex-math-and-speed-up-gemini-training/
  27. CRM.cat - Javier Gómez Serrano collaborates with Terence Tao and DeepMind https://www.crm.cat/javier-gomez-serrano-collaborates-with-terence-tao-and-deepmind-on-an-ai-project-to-solve-open-mathematical-problems/
  28. Medium - The Matrix Multiplication Revolution: How AlphaEvolve Shattered a 56-Year Mathematical Record https://medium.com/@deshmukhpratik931/the-matrix-multiplication-revolution-how-alphaevolve-shattered-a-56-year-mathematical-record-c9e61b70bae2
  29. GitHub - PhialsBasement/AlphaEvolve-MatrixMul-Verification https://github.com/PhialsBasement/AlphaEvolve-MatrixMul-Verification
  30. Google Research Blog - AI as a research partner: Advancing theoretical computer science with AlphaEvolve https://research.google/blog/ai-as-a-research-partner-advancing-theoretical-computer-science-with-alphaevolve/
  31. AIbase - Google AlphaEvolve Released https://www.aibase.com/news/18085
  32. Medium/Machine-Learning-Made-Simple - Google's AlphaEvolve and the Future of Automated Discovery https://machine-learning-made-simple.medium.com/googles-alphaevolve-and-the-future-of-automated-discovery-6eb8033879dd
  33. algorithmicsuperintelligence.ai - OpenEvolve: Teaching LLMs to Discover Algorithms Through Evolution https://algorithmicsuperintelligence.ai/blog/openevolve-overview/
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