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AIと著作権の基本

Last updated at Posted at 2025-11-20

1. はじめに

近年AIの技術開発は急速に進展しており、文書、イラスト、動画、音楽など、多様なコンテンツがAIを利用して制作される時代が到来しつつあります。

しかし、AIを開発したり、AIを使ってコンテンツを作成したりする際、意図せずクリエイターの権利(著作権)を侵害してしまう恐れが懸念されています。エンジニアとしてAI開発や利用に関わる上で、法的なリスクを理解し、トラブルを未然に防ぐための基本的なルールを知っておくことは極めて重要です。

本記事では、文化庁が令和6年3月に取りまとめた「AIと著作権に関する考え方について」の内容に基づき、AIと著作権の関係を、普段法律を学んでいない方にも分かりやすく解説します。


2. 著作権の超基本ルール

2.1 著作権法の目的と基本原則

著作権法は、「著作物(作品)の公正な利用」に留意しつつ、「著作権者等の権利の保護」を図ることで、新たな創作活動を促し、「文化の発展に寄与すること」を目的としています。

この目的のため、著作権法は「著作権者等の権利・利益を保護すること」と、「著作物を円滑に利用できること」のバランスを取ることを重要視し、制度設計されています。これは、公益性の高い利用などの一定の場合には許諾なしに利用できる例外規定(権利制限規定)を設けることで、公正な利用を確保する考え方に基づいています。

著作物を創作した人(著作者)は、特別な手続きを踏まなくても、著作物を創作した時点で自動的に「著作権」(財産的利益を保護)及び「著作者人格権」(人格的利益を保護)を取得し、著作権者となります。

著作権には、著作物の利用形態ごとに権利(支分権)が定められており、例えば、物をコピーする複製権や、インターネットにアップロードする公衆送信権などがあります。他人の著作物を利用したい場合は、原則として著作権者から許諾を得る必要があります。

2.2 著作権が守るもの vs 守らないもの

著作権法が保護する著作物とは、「人の考えや感情が、創作的(工夫された)に表現されたもの」を指します。

守られるもの(著作物) 守られないもの
創作的な表現:小説、音楽、絵画、映画など、工夫が凝らされた具体的な形。 アイデア:コンセプト、テーマ、画風や作風
事実やありふれた表現:誰が作っても基本的には同じ表現となるもの。

【重要】アイデアと表現の区別

著作権法が保護するのは、著作物に表現された表現そのものです。その手前のアイデアは保護されません。例えば、ある画家の「画風」や「作風」はアイデアに当たります。アイデアを保護すると、その独占によって新たな創作活動が阻害されかねないためです。したがって、画風などが類似していても、それ自体は著作権侵害とはなりません。

2.3 著作権侵害の責任と罰則

著作権を侵害された場合、権利者は民事上の対抗措置として、相手方に対し差し止め請求(侵害品の排除や削除、侵害予防措置の要求など)や損害賠償請求を行うことができます。

また、著作権侵害は刑事罰の対象ともなっており、個人の場合、10年以下の懲役もしくは1,000万円以下の罰金、またはその両方が科される可能性があり、法人の場合は3億円以下の罰金が科される恐れがあります。


3. 【開発者向け】AI学習段階のルール:許諾が原則不要なケース

AI開発・学習段階では、学習用データを収集・加工したり、そのデータセットを学習に利用したりする際に、著作物の利用(複製など)が発生します。

3.1 原則:「楽しむ目的でなければOK」(非享受目的)

AI学習に伴う著作物の利用については、著作権法第30条の4という重要な権利制限規定が適用されます。

この規定では、「著作物に表現された思想または感情の享受(きょうじゅ)を目的としない利用行為」、すなわち非享受目的であれば、原則として著作権者の許諾は不要とされています。

  • 享受とは、著作物の視聴等を通じて、視聴者の知的・精神的欲求を満たすという効用を得る行為を指します。
  • 非享受目的:AIがデータを解析・利用する行為は、人間が楽しむ目的(鑑賞し、知的・精神的欲求を満たすこと)ではないため、これに該当します。

この規定は、AIによる情報解析のような非享受目的の利用は、元々著作権者が対価を得る対象ではなかったため、著作権者の経済的利益を通常害さないと考えられているからです。このため、営利目的や商用目的のAI開発であっても、利用目的が非享受目的であれば30条の4は適用されます。

3.2 要注意!原則が崩れ、許諾が必要となるリスク

エンジニアが特に注意すべきは、この30条の4が適用されず、原則通り権利者の許諾が必要となってしまう、以下のリスクが高いケースです。

リスク①:そっくりさんを作らせる目的(享受目的の並存)

学習データである著作物と類似した生成物(創作的表現が共通したもの)を生成させることを目的としたAI学習は、「楽しむ目的ではない」という非享受目的の要件を満たさない(享受目的が並存する)と見なされます。

  • 過学習: いわゆる過学習をさせて学習データの類似物を頻繁に生成するように学習させることは、享受目的が並存する具体的な例とされています。
  • 狙い打ちのリスク:特定のクリエイターの商業的な著作物のみを学習データとするAI学習は、単に作風を模すだけでなく、創作的表現を模倣させて出力させる目的があると評価されるリスクがあり、非享受目的の要件を欠くと判断される可能性があります。

リスク②:市場と衝突するデータ利用(権利者の利益を不当に害する場合)

「著作権者の著作物の利用市場と衝突するか」あるいは「将来における著作物の潜在的販路を阻害するか」という観点から、ただし書き(著作権者の利益を不当に害する場合)に該当するかどうかが判断されます。

  1. 有償データベースの利用:情報解析用として有償で提供されているAI学習用データベースの著作物を、許諾なくコピーして学習に利用する行為。これはライセンス市場と衝突するため、適用外となります。オンラインでデータが提供される場合にも同様に当てはまります。

  2. 技術的措置の回避:Robots.txtやID/パスワード認証といった、AI学習のための著作物の複製を防止する技術的な措置が講じられているにもかかわらず、これを回避してデータ収集を行う行為。これは、近い将来に販売する予定が推認される場合に該当する恐れがあります。

リスク③:海賊版の利用

海賊版と知りながら学習データとして収集を行うことは許容されません。これによって開発されたAIが著作権侵害を生じさせた場合、AI開発者の責任が問われる可能性が高まります。海賊版による権利侵害を助長することは避けるべきです。


4. 【利用者向け】AI生成・利用段階のルール:侵害の判断基準

AIを利用して生成した画像などを公開・利用する際にも、既存の著作物の著作権を侵害する可能性があります。AI生成物の利用(公表や販売)が著作権侵害となるかは、通常の著作権侵害と同様の基準で判断されます。

4.1 著作権侵害の2つの条件

著作権侵害が成立するには、裁判例では、以下の2つの要件を両方満たす必要があります。

  1. 類似性(そっくり度):既存の著作物の創作的表現が共通していること。類似性があると言えるためには、他人の著作物の**「表現上の本質的な特徴を直接感得できること」**が必要とされています。アイデアや単なる事実、ありふれた表現部分のみが共通しているような場合は、類似性は認められません。

  2. 依拠性(知っていた度):既存の著作物に接し、それを利用して生成物を創作したこと。

4.2 依拠性の判断

AI生成の場合、「依拠性」は以下の基準で判断されます。

状況 依拠性の判断
AI利用者が既存の著作物を認識していた 依拠性ありと推定されます。 (例: イメージ・トゥ・イメージで著作物そのものを入力、特定の固有名称を入力)
学習データに含まれていたが、利用者は認識していなかった 通常、依拠性があると推認されます。
どちらでもない 依拠性は認められません

AI利用者に既存の著作物へ接する機会があったことや、生成物と既存の著作物の類似性が高度な場合にも、AI利用者が認識していたと推認されると考えられます。

4.3 誰が責任を負うのか?

AI生成物による著作権侵害の責任は、原則として、物理的にAIを利用して生成を行ったAI利用者が負うこととなります。

ただし、これまでの判例に照らすと、一定の場合には、AI開発者やAI提供者も著作権侵害の責任を負うことがあります。例えば、開発した生成AIが侵害物を高頻度で生成する場合や、侵害物生成の蓋然性が高いと認識しながら抑止措置を取らずに提供する場合などは、開発者・提供者の責任を高める要素となります。

4.4 利用形態ごとの注意点

AIによる生成自体は、個人による私的複製など権利制限規定の対象となり、許諾なく行える場合があります。しかし、生成された生成物をさらにSNSにアップロードしたり、販売したりする利用行為には、権利制限規定が及ばない場合が多く、著作権侵害を生じさせないか確認することが必要です。


5. AI生成物は「著作物」になるのか?

AIが作った作品に著作権は発生するのでしょうか。これは、著作権侵害となるか(侵害性)とは別の問題として扱われます。

原則:AIが自律的に生成したものは著作物に該当しない

著作権法上、「著作物」は「思想または感情を創作的に表現したもの」と定義されています。

AIが自律的に生成したもの(完全なランダム生成、またはごく簡単な指示のみの場合)は、人の思想または感情を創作的に表現したものではないため、この定義に照らして著作物には該当しないと考えられています。

例外:「道具」としてAIを使用した場合

これに対して、人が思想または感情を創作的に表現するための「道具」としてAIを使用したと認められる場合は、著作物に該当し、AI利用者が著作者となる(著作権を持つ)と考えられています。

人がAIを道具として使用したと言えるかどうかは、**人の「創作意図」があるか、および人が「創作的寄与」**と認められる行為を行ったかによって判断されます。

  • 創作意図: 「AIを使用して自らの個性の表れとみられる何らかの表現を有する結果物を作る」という程度の意図があれば足ります。
  • 創作的寄与: 人間がAI生成物に対して、創作的表現と言えるような程度の加筆・修正を加えた部分は、著作物性が認められるという考え方が示されています。

6. 最新の事案:AI生成物に関する権利者の動き

生成AIの利用が広がる中で、著作権侵害の疑いを巡る具体的な事案が発生し、権利者側が法的措置を取り始めています。

事案1:日経・朝日新聞 対 米AI検索パープレキシティ提訴 (2025年8月)

日本経済新聞社と朝日新聞社は2025年8月、AI検索サービスを提供する米パープレキシティを東京地裁に提訴しました。

  • 提訴内容は、AI検索サービスが記事を無断で収集・利用していることに対する著作権侵害行為の差し止めと、22億円超の損害賠償請求です。
  • このAI検索サービスは、インターネット上の記事を要約し、分かりやすい文章で回答する「対話型」のAI検索です。
  • 権利者側は、ウェブサイトに「AIにアクセスしてほしくない」と設定した指示(Robots.txtなど)を無視してクローリング(自動プログラムによる情報収集)を行い、複製する行為は著作権法違反に当たる可能性があると懸念しています。

事案2:人気キャラクターのAI大量生成(2025年10月)

オープンAIが2025年9月に動画生成AIサービス「ソラ」を公開した際、指示文を入力することで日本の人気キャラクターを登場させ、原作とほぼ同じ声色でしゃべらせる動画が生成される事例が問題となりました。

  • 元の著作物と創作的表現が類似するキャラクターが生成物中に登場する場合、著作権侵害と認定される可能性があります。
  • 法的には動画の生成・投稿者(AI利用者)が原則として責任を負いますが、侵害物が高頻度で生成されるような場合は、AIサービス提供者にも責任が生じうると考えられています。
  • これを受けて、内閣府知的財産戦略推進事務局は、オープンAIに対し、著作権侵害となるような行為をしないよう直接要請を行いました。

7. まとめと今後の展望

AI利用者がリスクを低減するために

AI利用者として著作権侵害のリスクを減らすためには、以下の点に留意しましょう。

  1. 生成物の確認: 生成された画像等が既存の著作物と「類似」(創作的表現が共通)していないか、画像検索なども活用し確認する。類似性がなければ著作権侵害となることはありません。
  2. 利用形態の注意: AI生成の行為自体は私的利用など権利制限規定の対象となる場合があるが、それをSNSにアップロードしたり販売したりする利用行為には、権利制限規定が及ばない場合が多い。公開利用する際は特に侵害リスクを確認する。
  3. トレーサビリティの確保: 依拠性がないことなどを説明できるように、生成に用いたプロンプトや生成過程が確認可能な状態を確保するよう努めることが望ましい。

エンジニアが取るべきリスク低減策(開発者・提供者向け)

AI開発者および提供者は、自らの責任を低減し、適正なサービス利用を促すために、以下の措置を検討することが望まれます。

フェーズ リスク低減策 効果(なぜ必要か)
システム開発 出力類似防止措置の採用 学習データである著作物と類似したものの生成を防止する技術的措置を導入する。これにより、著作権侵害の発生確率を低減させ、開発者の責任を問われる可能性も低減する。
学習過程の記録 学習データ出所や学習過程を文書化・保存する(トレーサビリティの確保)。 30条の4の適用要件(非享受目的だったこと)を満たしていたことを証明できるようにするため。
データ収集 技術的措置の尊重 Robots.txtなどの技術的措置を回避して収集しない。
情報提供 学習データや取り組みの情報発信 著作権侵害を防止するための取り組みについて、AI利用者へ積極的に情報提供を行う。利用者の適正な利用を促し、開発者の責任低減につながる。
サービス提供 利用規約の整備 著作権侵害となるような不適切な利用を抑制するための適切な利用規約を整備する。

参照元

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